クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第101話

Last-modified: 2016-02-26 (金) 00:54:30

第101話 『我ら兄弟の戦いを』
 
 
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ドムトルーパーの反応は、悪くなかった
ただそれ以上に、兵の質が悪い。
ペイント弾などを用いた実戦形式での訓練を行わせたが、誰もジャミルに触れることができなかった

「MSというのは、動かせればいいというものではない
 おまえたちはなにを学んできたのだ。
 ムラサメ5機で、ドム1機に銃弾1つかすらせることができないだと?
 ドムは空を飛べないのだ。それをもっと頭に入れろ。
 それに、もっとまとまって動くことができれば、私ももっと苦戦したはずだ
 連携も考えないようでは話にならんな。実戦はもっと厳しい」

ジャミルは、30人ほどの新兵を前にしてしゃべっていた。新兵は、オーブ軍の兵である
ラクスに協力しなかった人間の中で、軍学校に居た人間をユウナは早めに卒業させた
それらを使ってオーブ軍を再建させたいようだが、ジャミルから見れば兵の練度が低すぎた

このまま実戦に投入しても、マトにしかならないだろう

新兵の半分ほどが、不満そうな顔をしていた。不満の理由もわかっている
彼らは、最後まで軍の教育課程を終えていない。MSを動かせないのも当たり前、という気持ちがある
そしてジャミルは上官でもなんでもない、ただの傭兵だった

「訓練が足らなさすぎる。これから20キロ、走れ」
「今からですか?」

新兵の一人が不満そうに言う。ジャミルはサングラスを取って、それをにらみつけた
左目にある醜い傷跡は、新兵を脅すのにも使えるだろう

「今からだと? 毎日だ。口を動かすな、体を動かせ」
「しかし、MSパイロットに歩兵のような訓練が必要なのでしょうか? 納得いく説明を……」

最後まで言わせず、新兵の頬げたをジャミルは思いっきり殴りつけた

「未熟者が、一人前の口をきくな。
 MSを動かすのに体力が必要ないと思っているのか
 私は三日三晩、寝ずにMSを動かさねばならなかったこともあるぞ
 その時、敵はこちらの事情を知って手加減してくれると思うのか」
「……」
「わかったら、早く走れ。次に口ごたえをすれば、腕をへし折る」

それで、新兵たちはようやく走り出した。
ジャミルはふっと、息を吐いて、ひたいを流れる汗をぬぐった

「教官が板についてるじゃないか」

後ろから声をかけられた。医者のテクスである
この男も、ずいぶん長い付き合いになっていると、ジャミルは思った

「長く軍には居なかったのだがな。
 軍人根性が私の中で消えていないのかもしれん」
「よく言うな。ジャミル、昔のおまえは軍人とは程遠かった」
「あれは愚かだっただけだ」

ニュータイプともてはやされ、最強のエースだと呼ばれた
事実、十五年前の自分は無敵に近かった。ガンダムXと、Gビット。
それを縦横無尽に操り、どれだけの敵を倒したのか
未完成のGX一機だけで、宇宙革命軍の大規模作戦をつぶしたこともある

しかし今は、あの頃の自分を思い出しても苦々しさしかわいてこない
あの強さは、異常だった。そしてその異常さを、自分はまったくおかしいとも思わなかった
戦争を終わらせるための、自分は選ばれた人間だとさえ思ったものだ

「だからキラに会ったのか?」

テクスが、ジャミルの隣に並んできた。
オーブ軍オノゴロ島にある訓練場で、新兵たちが走り回っている

「どれだけ弱かろうと、そして、どれだけ強かろうと、ニュータイプの保護は私の信念だ
 やらねばなるまい。十五年前の私は、関係ない」
「おまえも頑固だよ、ジャミル。キラと昔の自分を重ねたのか、なんて私は聞いていないぞ」
「テクス。キラと私は違う」
「そうだな。それは、そうだ」

ジャミルは訓練場を見回していた
訓練を終えたドムとムラサメが直立している。

ユウナに、新兵が使えるかどうか見てくれと頼まれていた
しかし今の状況では厳しい。ジャミルが指揮官なら、MSを与えることさえためらうレベルだった
ただこれで新兵たちを責めるべきではない。すべては、オーブの荒廃から来ている

戦力のことを考えたら、オケハザマで降伏させたオーブ軍人たちを使うべきだろう。
ただ、信用できるかと言われたら疑問符がつく
彼らすべて、クーデターにおいてユウナを拒みラクスを歓迎した人間たちなのだ

信用できる人間を、1から育てる。そういうユウナの考えは理解できる
軍にアスランを、閣僚にミナを、そういう配置をしなければならないのもやむをえない

「時が足らんな」
ジャミルはつぶやいた。
「オーブ軍のことか、ジャミル?」
「うむ。立て直すのには数年の猶予がいる。ただ、それは軍だけを見た意見だ
 オーブの政治、経済そのものを立て直すのにはもっとかかるだろう。
 せめて、オケハザマで終戦となればと思うが。やはり難しいだろうな、テクス」
「偽者がどう動くかにかかっているか……」

偽者について、ジャミルはキラから聞いたことがある
あれはジョージ・グレンなのだと。なぜそれがわかったのかと聞いてみたが、直感と言われただけだった
だから、これはジャミルの胸にだけ秘めていることだ

ニュータイプのカンを、決して軽んじてはならない。それはわかる
だが、ジョージ・グレンというのはにわかに信じられなかった
とっくに死人で、仮に生きていたとしても90近い老齢だった。

「テクス。少し聞きたいのだが」
「なんだ?」
「90才ぐらいの老人が、若く見せるとしたら、どれぐらいが限界だ?」
「それはどういう意味で、だ?
 例えば、精巧に作ったマスクをかぶれば、老人が少女のようになりすますこともできるぞ」
「人間が年を偽ることに限界は無いということか?」
「まぁ、そうだな。ただ当然限界はある。
 マスクをはがせば老人は老人だし、動きの悪さだってそう隠せるものではない
 いくら整形しても年は取るしな。あくまでも、若く『見せる』ことはできるということだ」
「そうか……」
「クローンという手もあるが。ただクローンは、テロメアの問題を解決できていない
 例えば50才の細胞でクローンを作れば、生まれてきた赤子は50才分の年をすでにとっていて、寿命が短くなってしまう
 それにクローンでは、あまり意味は無いか。自分が若返れねば意味はないしな」

クローンか。それならジョージ・グレンでも納得できないこともないが、なにか引っかかる
キラは、ジョージ・グレン『本人』だと感じているのだ。
クローンと本人は、いくら似ていても人格は別になる

それに、動機がわからない。それどころか、なにを目指しているのかさえ見えないのだ
まさか、プラントの政権が欲しいというわけでもないだろう
そんなまわりくどいことせずとも、ジョージ・グレンと名乗って参政を表明すればいいことだ
プラントの民は、ジョージの復帰を歓迎するはずで、最高評議会議長となるのも難しいことではない

いくら考えてもまとまらず、ドムを見た。
黒と紫の機体だが、黒の部分を青に、紫の部分を白に、塗装を塗り替えている
いい機体だと思う。ドムは、扱いようによっては無限に攻撃を無効化できる

あまり実戦に出たいとは思わなかった。あくまでも自分は客人である。
ただ、キラを放っておくわけにもいかない。
たきつけてそれっきりというのは、あまりに無責任すぎるだろう

「ジャミル、ユウナ代表は君にオーブ軍へ参加して欲しいようだが」

テクスが話題を変えた。
それは、ジャミルの方にも正式に要請があったことで、一佐の地位を用意してもいいということだ
逆にそれは、オーブの人材がどれほど底をついているかを示している
ユウナの苦労は、並のものではないのだろう

「オーブ軍に参加するつもりはない。私は傭兵だ。それも、デュランダル議長のな
 せいぜい、頼まれて新兵を鍛えるぐらいだな」
「ユウナ・ロマが嫌いなのか?」
「そうではない。私の生きる場所は、やはりAWだと思っているだけだ」

荒廃と死の世界。あれと比べれば、オーブの荒廃などたかの知れたものだった

それでも、あそこはジャミルの故郷である。そして、15年前、自分が殺してしまった世界だった

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ネオジェネシスの修理を急がせていた
一撃でいい。とにかく一撃だけでも放てるようにしてくれと、メカニックたちには頼み込んでいる
大量破壊兵器であるネオジェネシスの修理は、ラクスが知れば止められそうだが、彼女の目はキラに注がれていた

今は、その隙を狙って修理しているという感じだった

オーブを失ったという報告を聞いても、バルトフェルドは動じなかった
あの国土を護りきる能力が、今のクライン派には欠けている

オーブを護りきろうと思えば、タカマガハラと組むしかなかった
しかし今さらユウナと組めないという意見が大半だった。それも仕方の無いことか

敗戦の報告を聞いて、バルトフェルドは宇宙要塞メサイアを地球の重力圏近くまで移動させた
かつて艦隊を組んでオーブへ降下したが、戻ってくるのは汎用シャトル一隻だけである
ほとんどの戦力が、無意味に失われていた

メサイアを包囲しているザフト軍は、汎用シャトルの回収を邪魔しなかった
理由はわかっている。人間が多ければ多いほど、メサイアの物資は、そして食料は多く減る

バルトフェルドは、メサイアの港まで行ってシャトルを出迎えた
大敗だが、ほっとしている。キラとラクスが生きていたのは幸いだった

そう。キラが、生きていた

シャトルから降りてきたキラを見て、バルトフェルドはどきりとした
ヒゲが生えて、頭が白髪まみれになっている。目は慢性の結膜炎なのか、真っ赤になっていた
なにより、人をからかうような笑みを常に浮かべているのだ

ただそれだけではない。今のキラから、気迫がにじみ出ている
昔のキラは優しくて、時として軟弱な感じだったが、今はバルトフェルドを威圧してしまいかねない雰囲気があった

キラはバルトフェルドにはなにも言ってこず、すぐに部屋の方へ帰って行った
声をかけようとしたのだが、キラの背中がそれを拒んでいた

「報告が必要か、バルトフェルド?」

シャトルから降りてきた、シャギアがバルトフェルドに声をかけてきた

「シャギアか。よく無事だったな」
シャギアもいくらか雰囲気が変わったような気もしたが、生きてくれたのは良かったとバルトフェルドは思った
「無事ではない。DXに撃墜されている。ヴァサーゴの修理は急いでくれないか」
「わかった。でも、完璧な修理は期待するなよ。物資が足りない」
「そうか。報告だが、」

バルトフェルドはうなずきながらシャギアの報告を聞いた
DXの圧倒的な力を改めて思い知らされる。
それともう一つ、キラの態度が不明瞭だった

「キラがそんなことを言ったのかい?」
「ああ。それで元オーブ軍の連中に、降伏する人間がかなり出た
 なにを考えているのかはわからんが、賢い行動では無かったな」
「オーブに、すでに価値は無い、か……」

バルトフェルドも同意見だった。ただ、口に出すべきことではない
そんなことをすればオーブ軍人から反発を食らうことは目に見えているのだ

それからいくらかの事後報告を聞いて、バルトフェルドは部屋に引っ込んだ
メサイアの自室であるが、ベットと机にイスの殺風景な部屋だった
服をかけるハンガーすらない

バルトフェルドはパソコンを起動させて、メールを打った
はた目にはたわいないメールに見えて、いくつもの言葉を仕込んである
見る人間が見れば、それはわかる。通信を護るように配慮はしているが、万が一ばれてもそれでどうにかなる

やっているのは、主に火星への連絡だった。
他にも、プラント以外で宇宙に住み着いているはぐれ者のような人間が居る
彼らはジャンク屋などで生計を立てたりしていて、そこにも連絡をしていた

キーボードをたたきながら、乾いていくような感じをバルトフェルドは感じていた
死ぬための準備を、必死でしているようなものだ

少しだけ思い出す。ラクスは、光だった
前大戦、キラに撃墜されながら生き延びたバルトフェルドは、パトリック・ザラから新型艦エターナルの艦長に任命された
しかし、パトリックに従うことがどうしてもむなしいことにしか考えられなかったのだ

そんなバルトフェルドへ、ラクスは戦争を止める手段は無いかと聞いてきた
最初はなにをバカなことをと思ったが、次第に彼女の純粋な思想に従うのも悪くないと思った

バルトフェルドは具体的な作戦を指示した。極限まで物量を絞り、少数精鋭による部隊を作る
機動力に特化し、奇襲と離脱を主な作戦とする。そして戦争へ介入する
当初は絵空事のようなことだったが、フリーダム、ジャスティスの参加により実現することになった

そして、本当に戦争は終わった。
三隻同盟はジェネシスや核攻撃を防ぎきり、終戦の立役者として英雄となった

「虎のおっさん」

ノックもせず、乱暴に扉が開かれていた

「ロアビィかい?」

パソコンに向かったまま、バルトフェルドは答えている

「重労働だったんだぜ。エターナルまで撃沈されたしね」
「そうかい」
「一応、言っとかなきゃいけないと思ったんだけど。
 次もキラとラクスを護りきれる自信は無いね」
「弱音を吐きに来たのか、ロアビィ君?
 その分の金はしっかりと払っているはずだよ」

ロアビィの舌打ちが聞こえた。それでもバルトフェルドは振り返らなかった

「俺は、キラに生き延びる意志が無いんじゃないかって思うんだけどね
 おい、聞いてんの、バルトフェルド?」
「生き延びる意志が無い?」

それで、初めてバルトフェルドは振り返った

「別に本人から聞いたわけじゃないけどね
 命を投げ出す戦い方をしている。
 いや、MSがジンとかいうポンコツだからそう思うからかもしれないけどさ」 
「緊急事態だったんだろう。ストライクフリーダムは無理でも、クラウダぐらいはキラに用意するさ」
「キラが乗るかな。4機しか乗せられない汎用シャトルに、わざわざキラはジンを乗せてんだぜ?
 普通なら、クラウダ乗せるだろ」
「和平交渉をやったんだろう? その条件に、クラウダの譲渡があったはずだ
 別にキラはおかしなことをしたわけじゃない」
「キラがおかしくない。そう思ってるのは、あんただけじゃないの、バルトフェルド?」

やれやれという感じで、ロアビィは首をすくめていた
そういう仕草をすると、この男はひどく軽薄に見える。
ただ、義理堅いところを持っている。そして、誰よりも生き延びる力を持っている
ほとんど壊滅に追い込まれたオーブのクライン派を、メサイアまで逃がすことができたのはロアビィの功績だった
この男がいなければ、キラもラクスもオーブで死んでいる

「なにが言いたいんだい、ロアビィ君?」
「命を捨ててかかるようなやつを、護り切る自信は無いってことさ
 当然、全力は尽くしますよ? でも、護衛ってのは、護られる側も相応の自覚があってできることさ
 その点、歌姫さんもキラも自分の命を大事にしなさすぎるね」
「それがわかってるから、金を積んでいるんだよ。
 ロアビィ、もう少しだけ頑張ってくれ」
「へぇ、なにか秘策でも?」

この男は、気づいているかもしれない。気づいていて、気づかないフリをする男だ

「時間さえ稼げればどうにかするさ。忘れたかい? ボクは、砂漠の虎なんだよ」
「……わかりました、信じましょう?」
「ただ、ロアビィ。ラクスを抑えてくれないか。
 できるだけ彼女に、なにもさせないでくれ」

バルトフェルド、唯一の懸念がそれだった。
自分ではラクスを抑えられない。ラクスがなにか言い出せば、意見を通してしまうだろう
ラクスに、気圧されてしまうのだ

ただ、ここでラクスに動かれては、バルトフェルドのもくろみは灰燼に帰す

「無理だぜ。歌姫さんを本当に抑えられるのは、キラだけだ」
「ボクもわかっていて言っているんだ」
「……あんたも気苦労が多いな」

気苦労が多いと言われて、あるいはそうかもしれないと思った

「仕方ないさ。苦労するのが、大人だからね」

バルトフェルドは笑った。できれば、余裕ありげな笑みになればいい
そう思いながら笑ってみたが、うまくできたかどうか自信は無かった

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シャギアは、ラクスの両手を拘束している包帯をほどいた
余計なことをしないようにと、ロアビィががんじがらめにして彼女をシャトルの中へ放り込んでいたのだ

ロアビィの処置は正しかったと、シャギアは思っている
あそこでラクスがくちばしを突っ込めば、また余計なことになりかねなかった

「苦しかったか、ラクス」
「いえ、別に……」

包帯が、彼女の手からこぼれ落ちる。ラクスは一度だけ深呼吸をして、ゆっくりと立ち上がった
彼女の背筋はぴんと張られていて、足取りもしっかりしている

気丈である。ラクスは、嫌になるほど強い女だった
あれだけの大敗なら、気分が落ち込んで当たり前だった
そういうものはたいてい歩き方などに出るものだ。
しかし彼女は、まったく動揺を表に出さない。昔、よほど鍛えられたのか
それともラクスが、生来持っている強さなのか

人が集まってくるのは、当たり前だった。
ラクスの後ろ姿をながめているだけでも、シャギアはひきつけるものを感じる
そしてそれが、たまらなくねたましく感じる

どうしようもない光を、ラクスは持っている。そしてそれを壊してしまいたいと、シャギアは思う

人を憎んで、生きてきた。憎しみのみがシャギアを形成するすべてだったと言っていい
ニュータイプとして期待され、研究所で育ったが、
ツインズシンクロ能力がニュータイプ能力で無いと判断されると、たちまちシャギアへの扱いはモルモットのそれに変わった

思い出したくないような扱いを受けた。人間扱いされなかった。
もったいないという理由だけで、五日間も食事が無かったことがある
そういう時は、研究所の倉庫へ忍び込んで食料を盗んだりした。発覚した時は、意識がなくなるほど殴られたものだ

自分は、まだ良かった。盗んだものであろうと食べ物を手に入れることができた
弟のオルバにはそこまでの才覚が無く、オルバは餓えるしかなかった
どうにかして弟に食べ物をと考えて、渡そうとしたこともあるが、盗みがばれてからは監視がひどくなった

だから、オルバとシャギアはひどい身長差になってしまったのだ。
双子であるにも関わらず、オルバは幼い頃の栄養不足がたたって、シャギアほど身長が伸びなかった

オルバの身長を見るたびに、シャギアは痛ましい想いにとらわれる
ニュータイプでないという理由だけで、こんな風に扱われるのは我慢できなかった

それでも生きてこれたのは、MSを動かす適正を認められたからだ。
研究所から新連邦の一兵士として採用され、そこで頭角を現した
しかしまともな仕事をしてきたわけではない。エージェントとして、汚い仕事ばかりをやってきた
軍にいる不満分子を始末したり、敵対する勢力の人間を暗殺したりと、誰もが目をそむけるような仕事しか与えられなかったのだ
拷問を命じられて、やったこともある。そういう仕事をするたびに、自分がどうしようもなく汚れるのを感じていた

手が汚れるなら、汚れればよかった。どうせ栄光などつかめぬ手である

ラクスが歩いていく。その後ろを、シャギアが付き従う。
彼女が姿を見せると、わぁっと歓声が広がった。メサイアの人間たちが、一斉に集まってくる
ラクスはその一つ一つへ、丁寧に対応している

世界に、これほどの光があったのか。シャギアは、他人事のような目で、ラクスを見つめていた

(兄さん)

頭の中へ、声が響いてくる。オルバからの伝言だった
ツインズシンクロ能力は、どれだけ離れていたとしてもテレパシーでの会話を可能とする
双子のオルバとシャギアのみが持つ、特殊な能力だった

(オルバか)
(ティファはメサイアの部屋に軟禁しておいたよ)
(うむ。オルバ、これからはクライン派とできるだけ話をするのだ)
(何故だい、兄さん?)
(キラに不満を持つ人間がいるだろう。その不満をあおるのだ
 まず、キラとラクスを分断させようではないか。うまくやれば、キラをクライン派に殺させることができる)
(わかったよ、兄さん。酒でも誘ってみるよ
 でも、いいのかい?)
(なにがだ?)

シャギアは、少しだけ笑った。弟の遠慮が、かわいらしくもある
父親のような気分に、シャギアはさせられた

(ラクスのことさ)
(オルバよ。おまえはラクスが、好きなのだろう?)
(好きとかそういうのじゃないよ、兄さん)
(隠すな、オルバ。おまえと私がつながっていることを忘れたか?)
(そうだね。ごめんよ、兄さん。でも、恋とかじゃないと思うよ)

かたくなにオルバは、自分の感情を否定している
自分が女を好きになることなど無いと思い込んでいるのだ
しかし、オルバも男なのだ。女を好きになるのは悪いことではない

(オルバよ。私はおまえにたいしたことをしてやれなかった
 研究所でも、おまえが餓えることを助けてやれなかった)
(そんな、兄さん。それは別に)
(オルバよ。忘れるなよ。おまえの命が私のものであるように、私の命もまた、おまえのものなのだ
 おまえが欲しいと思うものも、私も欲しい。
 おまえがラクスというおもちゃを欲しいのなら、私もそのおもちゃが欲しいのだよ
 それに私は、おまえの兄だ。おまえは昔から、なに一つ欲しがらなかったが、初めて欲しいというものができたのだ
 兄としては、おまえの欲望をかなえてやりたい)
(兄さん)
(さぁ、初めようか、オルバよ。コズミック・イラにおける我ら兄弟の戦いを)
(わかったよ、兄さん)

テレパシーは、それで途切れた
ラクスは依然として、クライン派に囲まれている。そしてシャギアはそのそばにいることを許されていた
記憶喪失による、怪我の功名である。自分は確かに、ラクスの信用を受けている

オルバと違って、シャギアはラクスの指図を受けたことをさして屈辱とは思わなかった
むしろ、それがあったからラクスに食い込めているという事実がある
記憶が戻ってすぐに考えたのは、クライン派をこちらに取り込めないかということだった

AWの、新連邦軍で、シャギアは少しずつ『フロスト派』という人間を造り出していた
いつか、クーデターで権力を握りたいと考えていたからだ。
クライン派を取り込めば、フロスト派は途方も無く大きくなる。

キラを始末し、バルトフェルドも殺す。
ラクスの側近を何人か始末すれば、頼る人間がシャギアだけになってくる
それでラクスの心を徐々に引き寄せ、やがて意のままにしてしまう。
後は表にラクスを出して、自分たちが裏に回り、そこで物事を決めてしまえばいい

戦況の劣勢は、どうにでもなるとシャギアは思っていた
ラクスがいれば、いくらでも人は集まってくる。ひとまず、メサイアから脱出さえできればいいのだ

「シャギア・フロスト。ラクス様の様子はどうだった?」

いつの間にか、クライン派のヒルダがそばにやってきていた
眼帯をしている女傑で、ラクスに対しては絶対の忠誠をささげている

「私が拘束を解いた時は、思ったよりも元気だったな
 ただ、気丈に振舞っているだけかもしれん」
「強い方さ、ラクス様は。私は、それよりもキラの方が許せないね
 あの撤退命令は、どう考えても的外れなものだった。それに、キラがいなければマーズは死ななくてすんだ」

ヒルダは、ドムトルーパー3機で編成した小部隊の指揮を取っていた
その部下が一人、死んだらしいことは聞いている。そして、その死を理不尽なものだと考えているようだ

「しかしな、ヒルダ。指揮権はキラにあった。軍人は命令に従うものだろう」
「私に命令できるのは、ラクス様だけだ」
「もうよせ。今さら言っても仕方ない
 マーズは、立派に死んだ。それだけが救いではないか」
「そう言ってくれる人間がいる。それはありがたいよ、シャギア」
「まぁ、私もキラに思うことがないわけではないがな」

シャギアがささやくように言うと、ヒルダは目を光らせた
彼女の、キラへの不満は小さくないようだ。うまく使えば、どうにかなるかもしれない

楽しくなってきたな。シャギアは、口に出さずつぶやいた

ラクスを見つめる。変わらず、彼女は大きな光の中にいた