シロ ◆lxPQLMa/5c_00話中編4

Last-modified: 2009-03-29 (日) 19:07:16

 マグマは一見冷えて固まったように見えても、その内に秘めた熱までそう簡単に失われ
ることはない。外見からわからなくとも内には膨大な熱を湛えている。

 

 少年の内面はまさにそれだろう。

 

 固まったのは表面のみでその内にあるのは、いまだ固まりきることのないドロドロに溶
けた・・・灼熱。

 

 きっかけさえあればその秘めた熱は牙をむく。

                  ***

 

 少年は高みを目指した。

 

 一つ登ればすぐさま次へ。もう一つ登ったなら即座に次へ。何かにとり憑かれたかのよ
うに我武者羅に。だが、高く登るほどに次のステップへと進むのに必要なものは難度を増
し厳しい側面を見せた。その斜面は急になり、崖となり登れるものは少なくなっていく。
 技能を身につけるほどに不足を突きつけられる。少年は己が未熟であることに少なから
ぬいらだちを募らせていた。

 

 「まだだ・・まだまだ全然足りない。」

 

ぼそっと呟かれた一言が偶然ロミナの耳に入る。
 「シンは強くなりたいの?」
コトリと少年の前にコーヒーカップを置き、対面に座ったライトグリーンの髪をもった
女性がそう問いかけてくる。
 そこに至ってようやく少年は自分が思考を口に出していたことに気がついた。どうやら
次の試験に向けて夢中になるあまり、考えていることが口からこぼれてしまっていたよう
だ。自分のうかつさにばつが悪そうにしながらも、その問いかけに迷いなく答えは返され
た。
 「ええ、強くなりたいです。」
 「どれだけ強くなれれば満足できるのかな?」

 

       間を開けずに発せられた新たな問いかけに・・・シンは・・・

 

               “家族を守れるくらい”

 

 もうかなう事のない願いが口を突きかける。だが、そんな言葉がのど元まで出かかって
おきながらも精神の防衛反応なのか、結局表層意識はその一言を認識することなく、悲し
いだけの願いは暗闇にのまれた。

 

 かわりに出た言葉は
 「戦争で人が泣かなくてもいいように、俺と同じような思いをしなくていいように。戦
争から人を守れるくらい・・・強くなりたい。」
思いつめた目が、強い口調が、願いの強さを伝えてくる。この言葉もまた偽りない本心で
あった。

 

 その願いを成すにはどれほどの力が必要なのか?それこそ神か魔王でもなければ不可能
だろうと女性は思う。
 彼はどれだけの力が欲しいのか自分でもわからないのだろう。
 (優しいんだね・・・誰より。だから力を求めて、誰より頑張れる。でも意地っ張りだ
から絶対認めないだろうけど。)
 ぬくもりを得てもすでにシンの力への欲求は止めようのないところまで来てしまってい
た。今もなおとどまることを知らない力への欲求は、逆に“彼女というもう一つの理由”
を得てより大きく膨らんでいく。

 

 (シンの力への欲求は優しさの裏返し。それがわかればとてもかわいい子なのに・・・)

 

そんな彼女の想いとは裏腹にシンの周りにはだれも寄り付く事はなかった。

 

 アカデミーでは体力作り、基礎的な学習、高等教育を終え各人が“ブリッジ要員 整備
員 パイロット 警備員 生活支援要員”等といった就くべき職業を見据え専門分野へと
進む。具体的となった仕事にじかに触れながら、学習内容はさらに細分化していく。

 

 当然、シン・アスカはパイロットとしての道を選ぶ。いかに彼の前に多くの選択肢が並
ぼうと、あの日からいくつの昼と夜を越えようと、彼の選ぶ道はその一択しかありえなか
った。

 

 アカデミーに限ったことではないが学習スケジュールというものは、何らかの理由でそ
の志望に漏れた時のため複数の希望をとり、当人に問題があってもすぐに配置転換できる
ように組まれてある。
 ザフトにおいては人数が少ないということもあり一人の人間が多様な技能をもちマルチ
に働ける必要があったことも理由の一つではあったのだろうが、シンもパイロット志望で
はあるがその講義内容は格闘、銃器の取り扱い等を中心とした物が多く含まれ警備員、歩
兵等へもすぐに動けるよう構築されていた。

 


 シンの瞳が塗り固められたかのようにただ一点を見つめる。その強さは見詰めるという
より睨みつけると言った方が似合うほどのものだった。
 その眼光の鋭さが示す通りその日の訓練にはいつもよりさらに熱が入っていた。その態
度は少年の視線の先にあるものに起因している。整列する一同の視線を釘付けにしている
もの、それは・・・

 

          “型式番号:YMF-01B プロトタイプジン”

 

 Z.A.F.T.の力の象徴として誕生した記念すべき機体。一線を退いた今でも訓練用の練習機、
作業用重機として活躍の場は広い。かの機体はそれだけザフトの中でも愛着をもって扱わ
れていた。

 

 MSは力の象徴。それはシンだけの認識でなく今や世界中の共通認識であった。もはや
CEという時代の象徴ともいうこともできるだろう。
 今、目の前にあるのはあの時望んで夢にまで見た力の具現!求め続けたMSを前にして
その身を満たす万感の思い。

 

 
 「ようやく、パイロットとしての道へと入った。」
目指していた場所への到達、いやその第一歩。

 

 そうだ。決して忘れてはならない、満足してはならない。これはあくまでパッシングポ
イントにすぎないのだから。望む地点はいまだ遥か遠い。
 でもようやく無力だったあの日から先に進んだ・・・進むことができた。奴と同じステ
ージに立つ“資格”を得たのだ!
 その目はいくつもの感情を詰め込み爛々と輝く。
教官の腹まで響く号令に従い整列しながら、後ろに組んだ手は握りこぶしとなる。

 

 少し気を向ければ周りの生徒も興奮しているのが手に取るようにわかった。だがその中
でも自分はダントツだろう。
 教官の出した指示に従いあてがわれた機体へとそれぞれが乗り込んでいく。初々しい様
子を見せる生徒たちに、整備兵が現場でしかわからない注意点や上級者がやっているコツ
などを簡単にレクチャーする。せっかくの機会にシンも事細かに質問を挟んで頭に叩き込
んでいく。

 

 聞くべき事をすべて頭に収めると、横付けされていた作業台が離れていく。閉じゆくコ
ックピットの隙間から

 

 「頑張ってください。」

 

そう言って親指をたてる整備兵が見えた。

 


 コックピットが閉じることで少年は訓練の喧騒と切り離され、場違いな暗闇と静寂に包
まれる。だが、そのつかの間の静寂はすぐに過ぎ去り計器が立ち上がった。その機械的な
光が、幼さを残しつつもあの時よりずっと精悍になった横顔を照らしだす。
 グッ
 感触を確かめるようにレバーを握り込めば、その感触に体は強いアルコールを呷ったよ
うに熱くなった。はじめてコックピットに座った時の熱さ、高揚感は生涯忘れることはないだろう。
その高揚感のままに手は動く。
 パチン
何度も繰り返されてきたであろう軽い、乾いた音。
しかし、初めて押したMSの起動スイッチには・・・焼ける様な快感が伴った。

 

 スイッチ一つのわずかなアクションによりMSに火が吹きこまれる。電子機器が起動す
る独特の音と共に機体全体に力が行き渡っていくのが感じられる。
 少年は進んでいくシーケンスに合わせて次々に対応したスイッチを入れていく。

 

 高密度バッテリーよりエネルギーが送られ血液のように全身をめぐる。各機関が目を覚
まし駆動音が大気を震わす。

 

 「排気ダクト異常なし、チェンバー内数値許容範囲内。電圧、油圧共に正常。プロトタ
イプジン、起動。」

 

 ヴゥン・・

 

 その一言がキーとなったかのように、特徴的なモノアイが電気的な音をたて薄闇に浮か
び上がった。

 

 少年は機体ステータスを参照してプロトジンが起動したことを確認した後、シミュレー
ションで何度も繰り返したようにゆっくりとレバーを引く。
 グオオォォォオオォォォォォン
シンの操縦に忠実に応えた機体は、豪快な音を響かせ力強く立ち上がった。

 

 “立ち上がる”
 唯それだけの動作ではあるが少年がコクピット内で感じている感覚は爽快なものだった。
脆弱な人の体から強靭で巨大なもう一つの体へと感覚が移行していく。

 

   サバイバル訓練で宇宙を漂った時に感じた無力感を打ち消してくれる力強さ

 

             “それが今は君のものだ”

 

           「そうだ、俺の・・・俺の力だ!」

 

 興奮の余り全身が紅潮する。
 「俺は、これが欲しかったんだ!」
腹の底から絞り出すように言葉が吐きだされる。

 

 「ようやく、ようやくここまで来た!」
 漏れだした歓喜の言葉。その言葉と共に今までの激変した生活が思い浮かび、その歓喜
の感情をさらに押し上げる。

 

 今現在シンの脳裏にはここに至るまでにこなした厳しい訓練の数々がよぎっていた。

 


 数の限られたMSのシートに座るために様々な訓練を潜り抜けてきた。例えばそれは週
間単位に及ぶ過酷なサバイバル訓練。例えばそれは高度な戦闘論理が飛び交う実戦想定訓
練。
 そして・・・例えばそれは、MSでの機動に耐えるための耐G訓練。

 

 その訓練はハンマー投げを思い浮かべればいいだろう。振り回されるハンマーが生徒た
ちだ。
 少年が座った耐G訓練用特殊シートが機械により360度縦横無尽に振り回されすさま
じい遠心力が発生する。体どころか意識ごと持っていかれそうな猛烈なGが襲いかかる。
 「ぐああ・・・」
 あまりの負荷に、意思と関係なく声が漏れだす。それほどの重圧。だがその無様な声が
許せなくて少年の負けん気に火がついた。首と腹にさらに力を込める。
 「な、めるな、この程度。まだ・・・やれる!」
歯をくいしばってその重圧に抗う。
 (MSじゃ急加速急減速を繰り返すんだ。この程度で、へばってられるか・・・この倍、
持ってこい!)

 

 シンが自身の経験から思い描いた戦闘スタイルは高速戦闘。
“このGの中でも操縦できるようになって、音速の世界で自由に動ける身体を手に入れる。”
それが少年の現在の目標であった。

 

 (重い!)
ぎちぎちと体が軋む音が聞こえてくる。
 (腕一本動かすだけでなんて労力だよ。)
 内臓がつぶされる、何もかもが後ろに押し付けられる。目に見えない力が少年を押し潰
す。少年にはその重さはMSのマニピュレーターで押し潰されているかのようにさえ感じ
られていた。

 

 パイロット志望の者は耐G訓練が必須項目となっている。現在シンの他にも並行してこ
の訓練は行われ、あちこちで豪快な風切り音が響いていた。この訓練でかかるGは生徒ひ
とりひとり異なっている。
 もちろん最低限のラインは決まっているが、そこを超えたならばあとは本人が耐えられ
るギリギリまでGは増していく。それには適性を見るということもあるだろうがそれ以上
により高い能力を求め続けるザフトの気性があった。
 そのためこの訓練はいかに耐久力が上がろうと毎度限界を問われる過酷なものとなって
いた。

 

 そのまま拷問のようなただひたすら耐えるだけの時間が訪れ、少年少女たちに苦痛を課
した。

 

 誰も彼も限界は近い。いかに気を張ろうと少年も次第に体に力が入らなくなり、視界に
は黒が混じり始めていた。

 

 ピーーーーーーーーーーーー

 

 視界がかすみ始めたその時、それを見計らったかのように規定の時間が過ぎアラームが
鳴り徐々にその速度が落ちはじめた。
 「はあっはあっ、ごほっはあはあはぁ・・・」
 肺が酸素を求めて喘ぐ。重圧から解放されたことで、せき止められていた血液が再び巡
りはじめた。
 控えていた指導員が体を固定していたベルトをはずしていく。少年はシートを降りても、
とにかくむさぼるように肺に空気を送り込んでいた。
 肩を貸そうと言ってきた指導員の言を拒否し、ふらつく足で慎重に訓練機より降りて人
の輪より離れていく。そうして倒れぬよう近くの壁に寄りかかりようやく一息つく。少年
は荒い呼吸のまま天井を見上げとにかく動悸がおさまるの待った。

 

 (死ぬかと思った・・・)
 ようやく思考できるだけのわずかな落ち着きを取り戻し、なんとなしにあたりを見回し
てみる。
 そうして見ればGに耐えられず気絶して、担架で運ばれている者たちの姿が目に入った。
 (無様だな。)
だが、その様子を眺めている自分も壁に寄りかかり何とか体を支えている。
 「・・・、あいつも・・・俺も。」
奴がいるのは担架の上、俺は自分で立っている。でも・・・誇れるもんなんかじゃない。

 

結局のところ現状大差ない。少なくとも少年にはそう感じられていた。

 

 再び天井を見上げ少年は呟く。

 

 「まだ、まだだ。」

 


 「そう、まだ・・・まだだ。」

 

 「準備はいいか、各自報告!」

 

 プロトジンのコックピットに内蔵されているスピーカーより教官の指示が届く。回想に
浸っていたため危うく聞き逃しかけたが、体の方はシミュレーターで幾度も繰り返した動
作を正確になぞってくれていた。
 シートに座ったなら、ペダル、スティック、計器類のチェック等無意識のうちに行える
ようにと繰り返した動作は、ねらい通り今日も無意識のレベルで機能してくれたらしい。

 

 その事に小さく満足しながら口を開く。

 

 「8番シン・アスカ問題ありません。」

 

                   ***

 

 点呼を終えたパイロット候補生達は、そのままプロトジンを繰り訓練用に用意されたグ
ラウンドに出る。
 「それではこれから用意されたコースを歩いてもらう。基本的な歩き方を覚えたら次は
濡れた地面、坂道、砂利道等様々な状況の路面を歩いてもらう。ただ歩くだけとなめるな
よ。自分の体で歩くのと同じくらいになじませろ。」
 そのまま教官の乗ったMSの後についてグラウンドのコースを歩き始める。

 

 MSという未知の感触に触れた訓練生達は今赤子と同じだ。人はハイハイからはじまり
二足歩行へと移行していく。彼らもMSという新たな体を手に入れ、幼児へと成長を開始
したところなのだ。
 もう一つの体を使いこなすために試行錯誤を繰り返すことでもう一度成長をなぞってい
く。

 

 教官の指導の下、決まったコースを整列して歩きはじめる。その教官を先頭に歩く集団
の姿は軍隊の行進というよりも、親鳥についてまわるひな鳥のようでどこか微笑ましさを
与えるものだった。やっている本人たちは真剣であるため誰もそんなことは言わなかった
が。

 

 歩行に慣れた頃教官から新たな指示が届く。その指示に従って訓練生達は仰向け、うつ
伏せ等といった体勢からのリカバーを何度も繰り返し始める。
 どんなものでも危険から身を守るため、まずは止める方法から練習していく。彼らもそ
んな原則に従って駐機時の操作や危険を減らすための転倒など、過去からの訓練要綱に沿
った確実な技能の訓練にとりかかった。

 

 最初はそんな一見地味な訓練を何度も繰り返した。それでも少年に不満などあるはずも
なく倒れる時の角度、実戦時のリカバーにどう繋げるかなど黙々と試行錯誤し続けていた。
 基本的な動作でも、MSの巨大さというのは実際に体験してみれば予想以上のもので、
機体の幅、高さ、リーチに慣れるというのに生徒の多くが四苦八苦していた。

 

 基本的な事項だけを繰り返して一日のパイロット用の訓練が終わっていく。
 少年は余韻が消えないうちに実習の終わったコックピットの中で訓練内容を反芻する。
相当に疲労しているはずなのだが疲れなど全く意識に上ることはない。

 

 今はここから離れたくない気分だった。

 

                    ***

 少年がパイロットとしての道を選んだ以上獲得しなくてはならない技能は多岐に渡る。
加えて実績として評価を得るためにはMSへの一定以上の搭乗時間を確保する必要もあっ
た。

 

 そのため少年はMSを有効活用するための学習、実践に時間の多くを取られるようにな
り、必然的に今まで続けてきた他の訓練のための時間が圧迫されることとなった。つまり
は格闘や銃器の訓練にあてる時間が減っていた。肉体にしみ込ませる必要のある技能は継
続してこそ意味がある。よって鈍らせないために休日の時間は主にそういったものを補う
ために使われるようになっていた。

 

 そして休日の現在、シンは日課となっている銃技を磨くため射撃場へ足を運んでいた。
場所柄、完全に防音となっているその空間には外の喧騒が届く事はない。そこにあるのは
金属の匂い、そして火薬の匂い。それだけがいつもと変わらずそこにあった。
 どうやら今日も他に人など・・・いやたった一人自分と同じように寡黙に訓練を続ける
男がいた。目に入ったのは見知った金髪。・・・名前は知ってる、知らないはずがない。

 

 男の名は レイ・ザ・バレル。

 

 (なんでこんな時間帯にいるんだよ?)
 レイ・ザ・バレルの持つ雰囲気や華やかな外見がそういった地道な訓練というものをシ
ンに連想させなかったための感想であった。

 

 シンは銃を手にとり安全装置等のチェックをしながらレイを横目でチラチラと窺う。他
人の視線を意に介すこともなくレイの銃弾が次々とターゲットの胸の中心を穿っていく。
 (くそ!)
その光景を見せつけられる形となったシンは自分の腕前と比較して悪態づく。
 だが、少年は悪態づきながらもレイの動きを参考にして、自身の構えに修正を加えてい
た。それは意識してのことではなく、その事を本人が決して自覚することはなかったが。

 

 シンはその後の時間外も休日も訓練を欠かすことはないのだが・・・

 

       トレーニングルーム 「あっ・・・」
                         射的場 「げっ・・・」
   シミュレーションルーム 「おい・・・」

 

 シンが向かう先にはいつもレイの姿があった。
 シンとレイ、彼らはどちらもいつも時間外は基本的に訓練漬けであった。そのため必然
的に顔を合わせる機会も増えることとなった。
 いつも見上げていた存在。いままで才能だと思っていたあの力が、実際は堅実な努力に
支えられたものだと知っていく。

 


 「お姉ちゃん今日は訓練するの?」
 「ちょ、ちょっと思うところがあってね。」
 自身の銃の腕がよくないことは承知していたが、総合成績が発表された時、銃の項目が
あまりに足を引っ張っている事に焦りを覚え始めていた。

 

 「せっかくだからメイリンも。」
そう言って肩に手を置き押し出すように歩きだす。
 「う~欲しいアクセあったのに~。」
 「ごめんって。今度なにか奢るから許して。」
 メイリンを伴って射撃場の扉をくぐると、そこには鬼気迫る様子で競うように銃を撃ち
続ける2人の少年の姿があった。ルナマリアとメイリンにはこの時確かに2人を取り巻き火花を散らすオーラのようなものが見えた。

 

 ガンガンガンガンガン・・・ガチャ、ガンガンガンガンチラッ「チッ・・」ガンガン・・

 

 2人は何かに取りつかれたように、的に恨みでもあるかのように、睨みを利かせ引き金
を引いていた。

 

 「は、端っこでやろうか。」
 「う、うん、賛成。」

 

                  ***

 

 ダンダンダンッズドン・・・ドンッ 豪快な音を響かせMSが走りくる。

 

 バーニアを使用した高速移動、蹴り足とバーニアの連動、スラスターを使用した細かい
挙動。パイロット候補生達の訓練内容はもうすでに高度なものに移っていた。
 単一の動きを何度も繰り返し習熟してきた。そうして今まで学んだそれぞれの動きを組
み合わせていく。彼らは先達の指導を受けながらさらに高度な動きへと移行していく。

 

 コーディネーターの学習速度は早い。彼らの学習要領を見ればナチュラルが彼らを化け
物扱いするのがよく理解できる。それほどに隔絶していた。早熟なナチュラルでもとても
及ばないほどに。
 遺伝子レベルによる強化、それはまぎれもない脅威だった。

 

 そして彼らの訓練は空中、宇宙での訓練へと移り変わっていく。
 宇宙こそはコーディネーターの領域。この場所で後れを取るなど許されることではなか
った。すぐ後ろには何よりも優先して守るべきものがある。

 

            撤退はない。あってはならない。

 

 実際住んでいる環境等の問題もあり宇宙での訓練に割く時間はナチュラルと比較になる
ものではなかった。生まれ持った早熟さと宇宙での訓練にかける時間の長さ、そこに蓄積
された技術、これらの要素がコーディネーターの宇宙における無類の強さを支えていた。

 


 少年はMSに乗るようになって、さまざまな状況で使用される兵装に関する学習をして
いた。戦闘に関係のありそうな教本ならそれこそ暗記するほど読みふけった。子供が物語
におけるお気に入りの部分を繰り返し繰り返し読むように。
 知識もまた力である。一般教養などは眠たげに聞いていただけなので少年の知識が相当
偏っている感は否めない事実であったが。

 

 日々の訓練により知識が経験へと昇華していく。パイロット候補生達の訓練は基礎的な
部分を終え、実戦を想定したものへと移り変わっていた。

 

 模擬戦の順番待ちをしている候補生の控室にモニターが設置されている。そしてそのモ
ニターに映し出されているのは戦闘を繰り広げる2体のジン。

 

 デブリが点在する場を戦場として2人の生徒がしのぎを削る。だが、その戦闘はよくみ
れば一方的なものであった。優位にあるジンはブースターの使い方に優れており慣性をう
まく使い、極力自身の位置を悟らせる原因となるものを出さない。

 

 対戦者は時折飛んでくる弾丸に焦りだけが膨れ上がる。
 (ちっ!!)
位置がつかめない。その間も敵はセミオート時の精密射撃とフルオート時の連射を使い分
け確実に追いつめてくる。

 

 訓練生控室に設置してあるモニターにはそんな戦闘の模様が映し出されている。
 (あいつだ。)
 一目見ればわかる。これほどの正確さ計算高さをもって事を運べるのは、シンの知る限
りたった一人しかいない。

 

 追い詰められている一方のジンが状況を打開するためか新たな動きを見せる。
 (それじゃああいつの思うつぼだ。俺ならこうする。・・・げ!)
その後シンがイメージしたものと同じ行動をとった生徒は現在盛大に被弾していた。
 (今のなし! とりあえず次は・・・)
優位にあるジンの動きを目に焼き付けいくつもの対応策を練る。対策は絶対に必要だった。

 

 なぜなら奴は、いつか必ず俺の目の前に立ちふさがるのだから

 

 直後に決着はついた。予想通りの結果に控室にいた面々も勝利者の称賛を口にする。

 

          “Winner 4番レイ・ザ・バレル”

 その表示を見届けることなくシンは控室の椅子から立ち上がると、ヘルメットを片手に
己の機体へと向かった。

 

                 ***

 

 シンが格納庫に到着するとそこではヨウラン、ヴィーノの二人がいつものように笑みを
浮かべながら待っていた。
 「おう、来たな。俺たちが整備したんだから勝てよ。」
 「シンの要望通りばっちり見といたから。」
 彼ら2人とはMS訓練を始めてから機体の整備関係の講習で顔見知りとなった。2人は
工学専門だけあってさすがに詳しく、シンもその知識にひとしきり感心させられた。簡単
な整備のコツなどを教わったりしている内に、彼らの間にはわずかながら連帯感が生まれ
ていた。

 

 「がんばれよー。」
2人がそう言って手を振ってくる。それにプロトジンの腕を軽く上げることで応え返す。

 

 「シン・アスカ、プロトタイプジン出ます!」

 


 現在は模擬弾を使った1対1の戦闘訓練であるため、弾丸はペイント弾に、剣も刃を潰
した棒状のものに変えられている。

 

 敵は突然物陰から現れ突撃機銃を乱射してきた。シールドにいくつか弾痕が刻まれ、コ
ックピットが揺れる。だがシンの心を揺らすには至らない、それにはまるで足りない。

 

 (狙いが甘いんだよ!そんなに無駄弾使ったらあとで息切れするだろ。)

 

 初めはがむしゃらに攻め立てるだけだった操縦も今では、押しては引いて隙を突き、な
ければ誘い込んで隙を作り出すという先達の老獪さをとり込んでいた。飛行訓練も幾度と
なく繰り返すことでその機動も徐々に洗練されたものへと変わっていた。少年は殊戦闘に
関して絶大なセンスを持っていた。
 今はまだそのセンスも芽を出したばかり、どれだけの花を咲かせるのかはこれからの彼
次第。

 

 二足歩行の巨大人型兵器が実現した事で、今までの人類ではありえなかった“空中にお
ける人型の行動”というものが重要視されるようになった。
 それは機構的な面、プログラムの面、操縦の面でも飛行機とは一線を画す複雑さ、煩雑
さをもたらした。
 例えば空中で剣を振ること一つとっても姿勢の制御に様々な機能を使わなくてはならな
い。生まれる反作用にブースターをふかすならば、それにはどのタイミングが一番いいの
か? 人によってその感じ方は異なる。玄人ほどオートバランサーを最小限に抑えフレキ
シブルな動きを実現した。

 

 煩雑であるほどに操縦技術の差が顕著となる現れる事となる。

 

 飛行機とは一線を画した人型というものが空中でとる挙動とは、すべてが新たな試みで
あり、いまだ模索段階の域にある。
 空での格闘戦は前世紀とはまるで様相を変えたのだ。それは後ろを取り合う戦闘機のド
ッグファイトとはまるで意味合いが異なる。まさに文字通りの格闘。それは現在進行形で
発達している、スタンダードなどあってないようなものだ。そんな中で誰もが己だけのも
のを作り上げていく。

 

 コックピットのディスプレイにはいくつものデブリ、大小様々な岩塊など数多くの障害
が映し出されている。

 

 ・・・身を隠すのに適した大きさの岩・・・蹴って加速するのによさそうなデブリ・・・

 

 瞬時にそれの使い道にあたりをつけ自分にとって役立つもの、邪魔なものを選別してい
く。そうしてそれらの配置を叩き込み自らの内に即座に引き出せるマップをイメージする。

 

そうすること事でシンの脳裏に戦闘に使える幾筋ものルートが浮かびあがった。

 

 (戦闘訓練ってのは何も勝つことだけが目的じゃない・・・)「・・・悪いけどいろいろ
試させてもらう。」

 シンは相手の突撃機銃に対抗できず苦し紛れに逃げるような様子を見せることで、いい
気になった相手を確実にデブリ地帯へと誘い込んでいく。
 (レイがやってたのはこんな感じだったな。)
いかに反発しようと、逆に誰より見て焼き付けていたその動きはシンの中で息づくことに
なる。本人も気づかぬうちにレイという少年の存在はシンの内で大きなウエイトを占めて
いた。

 

 思惑通り誘い出し一度障害物で姿を隠せば、もうなにも遠慮することはない。シンはす
でに思い描いていたルートを縦横無尽に駆け巡る事でそれほど苦もなく相手の追撃を巻く
事に成功した。

 

 そのまま身を潜め岩陰より相手を窺えば、キョロキョロと警戒しながら恐る恐る直進す
る相手がみえる。その姿を見るや否やシンはすぐさま考えていた次の一手を打った。

 

 自分の周りに浮かんでいるいくつもの岩塊から手頃なものを選び、それを相手の進行方
向へと蹴りやった。そして自分は推進機関の光を漏らさぬよう大きな障害物を壁にその反
対側へと使い回り込んでいく。
 (なるほど、戦闘時にぼんやりまっすぐ飛ぶのは危険だな。いいように策を弄され
る。・・・腕に自信があるなら誘い出すのに使えるか?)

 


 「ん?」
      ・・・ブオン・・

 

 相手の少年は突如目の前を岩が横切っていったため、自然とんできた方向に警戒心を向
けた。収縮するカメラアイが誰もいないデブリを映す。
 直後まるで彼をあざ笑うかのように背後にスラスタ光が広がる。かすかに目の端をよぎ
ったそれがなんであるのか判断を下すよりはやく

 

 背面に衝撃が走る!

 

 (囮か!くそっ、っの野郎!)

 

 被弾した個所から相手が撃ってきたであろう場所にあたりをつける。すぐに体勢を立て
直し弾丸が飛んできたであろう宙域を探る。だが、辿りついて突撃機銃を向けるもそこに
あるはずのモノはすでに存在しない。

 

 その後も2度3度と大小様々な岩塊・デブリなどが自分に向かってくる。だが攻撃はな
く位置を特定するに至らない。相手の思うままに翻弄される。少年は自分が罠にはまった
ことに気づき舌うちした。

 

         今の状況は・・まずい。敵が一方的に攻撃できる

 

               今も・・・見ている

 

 じわりじわりと焦りが滲みだす、先程までの余裕が焦燥に姿を変えた。冷や汗がひどく
気持ち悪い。

 

 「・・・チッ、なら、いくらでも見ろよ。」
一種の開き直りに近い状態に至ったのか、彼はその場を離れ視界の開けた場所を探す。対
戦相手である少年は“どうせ見られているなら”と自ら見晴らしのいい場所に出て細かい
機動を維持したまま次の攻撃に備えた。
 「いつでも来いよ!・・返り討ちにしてやる・・」
自分を鼓舞するように声に出し、あたりを油断なく見まわす。

 

 だが待ちに入ったとたん何のアクションもない。彼を焦らすように無音のままにしばし
の時がながれる。少年にできる事はただ一つ、ひたすらに待ち続ける。

 

 (まだか・・・はぁ・・・・はぁ・・・・どこにいる・・・・シン・アスカ・・・)

 

 攻撃は・・・まだない。

 

 こめかみから汗が浮き出る。それでも小さな違和感一つ見落とさぬよう神経を尖らせる。今集中をとくわけにはいか
なかった。

 

 じりじりと集中力を削って時間だけが流れる。その数分後鋭敏化した神経がようやく何
かを捉える。それはこちらへ向かってゆっくりと流れてくる大きめのデブリであった。

 

 (合図だ!)
 先程までやられていた時の事を鑑みれば、これは偶然などではなく奴が行動を起こした
のだと推測できる。

 

 ・・・・・どこからくる・・・どこだ・・・・・・・・・・まだか・・・・・・・・・

 

 目はせわしなく動けども、今だ予兆は見えない。不可視の圧力に抗して極度に集中して
いたため、わずかな間に精神は削られていく。

 

 ・・・・・・・・・来ない・・・はぁ・・・・はぁ・・・・

 

           ・・・・・・・・・・・まだ来ない・・・・・ ど こ だ

 

 どれほど長く感じようと流れた時間はわずか、今ようやくデブリがそばを通り過ぎる程
度であった。
 時間の流れの遅さに少年は自分の焦りを自覚し、一つ息をついて気分を入れ替え再び視線を外へと向ける。
外に対する警戒のためわずかにデブリに背を向けた刹那・・・少年の背後に黒々とした
影がひろがった。

 

 ―――ヴゥン・・

 

 その影の中に一点、不気味に揺らめく光が浮かび上がる。それは冷たいモノアイの輝き。
そしてその奥には熱くぎらついた紅のツインアイ。

 

         シン・アスカ、彼は幽鬼の如く突然に出現した

 

 
 彼は堂々と音もなく緻密に悪魔のような周到さで、対戦相手に気付かれることなくこれ
だけの距離を、殺した。
 センサーをごまかすため必要最低限まで機能を落とし、静かに静かに息を潜めデブリの
影に張り付いていたのだ。そして食虫植物が突如豹変するように、爬虫類が獲物をとらえ
るように、唐突にその本性を見せた。

 

 先程までの出来事は意識をそらすための布石。シンが行ったのは、隕石は気をひくだけ
の無害な物、そして攻撃は周りから来るという印象で固められていた少年の“想像の外か
らの接近”。

 

 ぞくぅぅ・・・

 

悪寒に振り向くも、もうあまりに遅い。
 「うあああああああ!!」
すでに振り下ろされていた剣により、何が起こったのか正しく把握しないままに弾き飛ば
され岩肌へと叩きつけられた。

 

 衝撃に呻きながら顔を上げればそこには求め続けた姿。だが、ようやく捕捉した奴は・・・
剣を片手に悠然と待ち構えていた。

 

 「舐め、やがってぇ!」 
 少年は対戦中とは思えないその姿に激昂する。怒りで恐怖を駆逐し、すぐさまその怒り
を行動に直結させる。彼は左に突撃機銃を右に剣を持ち、残りわずかとなった弾薬を打ち
尽くしながらシンへと突っ込んでいく。
 シンは即座に機体を振るも何発かの被弾を許した・・・意図的に、装甲の厚い部分で。

 

 「やられ方がうまいな。自身の狙い通りダメージをコントロールしている。」
控室のモニターを通してその戦闘を見ていたレイが称賛を口にする。

 

 「ざまあみろ!」
 自身の弾丸がシンをとらえたことに気分を高揚させ、勢いに乗ったまま剣を振り上げ突
進する。シンも接近戦を望んでいるのか動かず待ち構えているためすぐに距離は埋まった。
 「これでくたばれっ!」
 「ふん!モーションが大きいんだよ!!」
勢いに乗って触れあうまでに接近した彼は、シンの操るジンにその右手に持った剣を振り
下ろす。

 

 ――――わざわざシールドのある方から切りつけてくれるなんてな――――

 

 そして予想通りの攻撃を受けたシンは“派手に”吹き飛んだ。
 「よっしゃ!どうだ!!」
吹き飛ぶシンを見て喝采を挙げ・・・その声はすぐに凍りついた。

 

 「・・・え?」
 その眼に映ったのは奴が吹き飛んだという予想通りの光景・・・そして、たった一つの
小さな相違点。

 

 彼の目の前にあったのは宙を漂い赤く点滅を繰り返すグレネード

 

 「もう遅い。」
吹き飛ばされて遠ざかるシンがぽつりとこぼす。それはあまりに物騒な置土産。

 

 「ま、待って・・・」
 機械的なプログラムにそんな言葉が通じるはずもない。願いもむなしく彼のジンの半身
は大きな衝撃と共にカラフルに染め上げられる。コックピットに震動が走り彼の内臓を、
脳をシェイクした。

 

            Winner 8番シン・アスカ

 

 MSを手に入れたシンはまるで水を得た魚のようであった。場に慣れるに従って、彼は
喧嘩で培った技術を応用し独自の動きを見せ始めた。戦闘時にある独特な空気、格闘の呼
吸、そういったものを貪欲に委細構わず飲み込んでいく。

 

 これからもさらに多くの経験が、彼の戦闘における選択肢の幅を増やしていくだろう。
少年の成長は止まることを知らない。その姿は、試合を採点していた教官たちに後の大木
を予感させるものだった。

 

                   そして

 

               運命が音を立てて動き出す

 

             鍛え磨き続けた力 それが2人を結ぶ
 手を伸ばせば届くほどに近くも、はるか隔絶していたその距離はようやく埋まったのだ

 

              今2人の少年が邂逅の時を迎える