ステラ=ルーシェ編

Last-modified: 2016-07-23 (土) 18:10:47

 脇を逸れて背後の床に喰らいついた銃撃の激しさを肌に感じながら、
ステラはジグザグに走り銃撃手の照準を躱し続けた。
左右に跳ねるように床を蹴るたびに、意識が加速して行く感覚を覚え、
それに反比例して周囲の動きが段々と緩慢な物になってゆくように感じる。
一歩進んで体に加速度を与えるたびに、意識が次々と大きな歯車に連結され
感覚だけが時間の向こう側へと投げ出されるような、凶暴な加速感が体を貫いた。

 

「ハアァァーーーーーーッ!!!」

 

 10メートルの距離を五歩で詰め、先ずは最初の一人――銃を手にした警備員の
わき腹に、握ったナイフの切っ先を滑り込ませた刻、ステラは既に赤い世界に居た。
手首を捻って傷口から空気を腹腔の中に送り込み、確実を期した必殺の刃を抜き取る。
刃は鮮血に赤く染まっていた、ステラの視界の中でゆっくりと驚愕の表情を弛緩させる
警備員の顔も赤く染まっていた、力を失って倒れるその体も赤く染まっていた、
――床も赤く染まっていた
――壁も赤く染まっていた
――天井も赤く染まっていた。

 

 赤い世界――加速する感覚の中で、ステラは逆に自分の体がひどくゆっくりとしか
動かず、思うようにならないのがとても嫌だった。
肉体の反応をはるかに凌駕して意識だけが加速してしまうが故に、
自分自身さえ透明な泥の中で動いているように感じてしまうのだ。
周りの銃を構えている人間など、殆ど止まって見える。

 

 間延びした銃声が聞こえ、ステラの足元で銃弾が跳ねた。
ステラは射撃のやって来た方向を見据える。
二人目――機材の影から小銃弾を連射する警備員が居た。
赤い世界の中でステラは比喩ではなく、音速を超えて飛来する弾丸を視認できた。
ステラの世界の中で最も早く動く事の出来るそれを生身で躱すことは出来ない、早すぎる。
だが、セミオートで連発されているその一発一発の間隔はひどくあいていて、
ステラは2発目と3発目の間――常人ならば瞬きをする間に過ぎてしまうだろう時間――
に銃口の向く直線を通り抜けた。

 

 警備員の驚愕は永遠に晴らされることは無くなった。
射線に捕らえたと思った少女は警備員に無傷で迫り、その血に染まった刃で喉元を裂く。
頚動脈を切り裂かれた警備員はステラの赤い視界の中でなお深く紅に染まる血潮を盛大に
吹き上げながら、数秒のうちにショック死を遂げた。

 
 

 ステラは銃が嫌いだった。黒光りする銃身の先から弾丸が迸り、自分を怖い目にあわせる。
怖いのは嫌だ。
ステラの世界でとてつもなくゆっくり動く人間が、
とてつもなく早く動く弾丸を銃から放ってくるので、
ステラは動きを完全に止めてしまうことにした。
三人目の肋骨の隙間からナイフを心臓まで届くほど潜り込ませ、即死させる。
一歩たりとも止まることなく四人目に迫り、殆ど同様に停止させた。
既に死体と化した男から抜き取ったナイフには血潮がべったりと付着していたが、
刀身には刃こぼれ一つ無かった。

 

 ――――ステラは、「骨をちゃんと避けるんですよ」という"先生"の言いつけを
ちゃんと守る事が出来ている自分に、ほっと一安心した。

 

 少女の形をした死の具現が、警備員たちの集団に向かって駆ける。
鮮血を床に撒き散らしながら死の舞踏を舞う踊り子に、複数の銃口が向けられた。
ステラは気づく、このままでは後四歩ステップを踏んだ後に自分は回避不可能な銃撃に曝される。
だから、あと三歩のうちに防御しよう、と思った。

 

 一歩、ステラがナイフを一閃すると同時に握りのスイッチを入れる。
内部の機構が作動し、グリップ側に内蔵されていたバネが刀身を飛ばした。
刀身が宙を走り、一人の警備員の首に巻きつく。刃と握りは細いワイヤーによって繋がっていた。

 

 二歩、ステラは射線を回避しながら、別のスイッチを押す。
グリップ内のモーターが全霊を挙げて回転し、ステラの細腕が警備員の決して小さくはない
体躯をひきずり寄せた。

 

 三歩、抵抗する暇も無く警備員がステラの下まで引き寄せられる。
ステラが手にしたナイフの柄を振ると、警備員の体がくるっと一回転してステラと銃撃者
との間に割り込まされた。
ナイフの刀身が再びあるべき場所に還ったとき、警備員の血と指が空中を飛んだ。
首に食い込んだワイヤーを解こうとしていた指が、鋭い刀身によって頚動脈共々切断されていた。

 

 そして四歩目、引き金にかけた指を止められなかった警備員達のもとから幾条もの火線が迸り、
盾にされた警備員の体に命中してゆく。

 

 斬撃と銃撃に挟まれて死の痙攣を始めた体躯の襟を掴み、ステラは半死体を持ち上げて走った。
苛烈な訓練と過酷な投薬の末に備わった強靭な膂力が、それに条件付けを加えることによって
自己破壊を防ぐための制限をあっさりと突破し、ステラは肩と肘の強度限界ぎりぎりの負荷を
宙に浮かしたまま疾走した。

 

 たった今自分達が射殺してしまった同僚の肉体が宙に浮き、背中を向けたまま迫ってくる。
そんな怪奇的な光景に顔を引きつらせた一人の喉元を、ステラの刃が切り裂く。
それとほぼ同時に残りの警備員をスティングの狙撃が沈黙させた。

 
 

 ステラが盾にしていた男の襟首を放し、完全な死体と化した男がどさりと音を立てて
床に落ちたのが、格納庫における生身の戦闘が終結した合図であった。
殆ど無音と化した格納庫において、五体満足で立っているのはステラとスティング、そして
アウルの三人だけである。 

 

「いつも通り大分汚れちまったな、ステラ。
早くモビルスーツに乗れよ、直に次の奴等が来るぜ、もっと強力な装備を持ってな。
もう全員モビルスーツに乗らないと、戦え無い」
「…………うん」

 

 スティングの声にステラは赤い世界から帰還した。
突入前は青かった衣装が今や、誰の返り血かも区別がつかないほどに染め上げられていた。
まただ――戦いの時の赤い世界から帰ってきても、必ず自分だけは常に赤いままだった。

 

「返り血は気にするな。
汚れちまったのは気になるだろうが、船に帰ればきちんと洗って……違うか、
船に帰りさえすれば別の服が貰えるし、ネオがきっと別の服もプレゼントしてくれるさ」
「ネオが……それほんと?」

 

 宇宙戦艦の中でどうやって女物の服を調達するのか。
実はスティングは彼の上官がステラへの"ご褒美"用に何着もの衣服をわざわざ持ち込んでいる
ということを知っていたが、あえて口にはしなかった。
あの変態仮面が何を考えているのか分からないが、ステラが喜ぶ顔をする事に関して、
スティングに文句はない。

 

「ああ、本当だ。おれやアウルも、ネオに向かって一緒に報告してやる。
ステラはずっと一番前の、一番危ない所で、一番頑張って戦っていたとな。
だから先にこのモビルスーツに乗っちまえ、アウルはもう乗った、さっきも言ったが俺が殿だ」
「わかった…………そうする」

 

 操縦席のある位置までモビルスーツ――作戦前に確認した資料では"ガイア"といったか――
の装甲を飛び跳ねて登るステラを下から見上げながら、スティングは思った。
自分たちはエクステンデットと呼ばれる強化人間だ。基本的に命令に逆らう事は出来ない。
だがそれでも、自分たちの仕事を認めて報酬を与えられれば、精神的に安定するのは
間違いがないことなのだ。
だからネオがステラの働きを認めて、せいぜいかわいい服をプレゼントしてくれるよう、
信じてもいない神に祈ってみた。

 

 ――――ついでに、一瞬だけ見えたが今日も白だった。

 
 

 慣れないモビルスーツの、ステラには大きすぎるシートに腰を降ろしながらも、ステラは
不安な気持ちを隠せなかった。
モビルスーツは例え頑丈な装甲に身を護られていたとしても嫌いだった。
只でさえ戦闘のときに身を置く赤い世界では自分の体すら満足に動いてくれないのに、
モビルスーツはそれに輪をかけて思い通りにならない。
こんな不自由な物にどうして皆乗りたがるのだろうと、ステラはいつも疑問に思った。

 

 疑問といえば、戦闘の後にいつも不思議で思えてならない事が一つある。
ステラは今日の戦闘でも、殆ど相手に痛みを感じさせる事は無かった。
"先生"の言いつけどうり、ちゃんと近いところから急所を狙ったからだ。
でも、アウルやスティングが殺していた敵の中には、運悪く急所を外れて中々死ねなかった
者達がいて、誰も彼もとても苦しそうだった。
銃で撃たれて死ぬのはきっと、結構苦しいことなのだろう。
ステラには敵に対する恨みや憎しみは無い、それはきっと二人も同じことだろう。
恨んでもいないし憎んでもいない。
只殺さなければ殺される、自分が死ぬのが嫌だから殺しているだけだ。
殺さなければいけないだけの相手をわざわざ苦しませる事が、理解不能だった。
だから今日も戦闘が一旦終わった今、こうして疑問に想う。

 
 

――――どうして自分の周りはどいつもこいつもみんな、銃をつかいたがるのだろう?

 
 

――――ナイフの方が優しいのに。

 
 

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