ナンバーズPLUS_06話

Last-modified: 2010-07-11 (日) 20:40:56

0067年。
荒廃した世界の一角にとある研究所があった。
ドーム状の屋根が特徴的で、周りは丘で囲まれ、遠くから一見しただけではその研究所を見ることは適わない。
そんな研究所の前に多くの人影が見てとれた。
「メガーヌ、どうだ?」
その人影の一つ、黒髪の中年の男が部下と思われる女性隊員、メガーヌに問うた。
「地下の方にかなり大規模な空間が広がっていますね」
彼女は研究所の立体見取り図を見ながらそう口にした。
「それから戦闘機人の反応とは別に、生命反応が一つありますね。
魔力の大きさから、少なくとも一般人ではない可能性が高いと思われます」
紫をはらんだ長髪を揺らしながらもう一人の女性隊員、クイント・ナカジマが報告。
ゼストは無言で他隊員たちを一瞥し
「総員、バリアジャケット、及び騎士服を装着。
各自、待機モードのデバイスを起動させろ」
指示を飛ばす。
研究所の前で無数の光が瞬いた。
隊員たちは規定のバリアジャケット、または騎士服を身にまとい、手にはそれぞれ規定の杖。
無論、若干名はオリジナルのデバイスを手にしている。
ゼストを始め、メガーヌとクイントの3人もオリジナルのデバイスだ。
「当初の予定通り、俺とメガーヌ、他数名は正面から突入。
クイント」
「はい」
「お前は残りの隊員を率いて裏から突入しろ」
「了解」
「合流ポイントで会おう」
ゼスト隊が行動を開始した。
東の空から不吉を孕んだ暗雲が立ち込める。
風が吹き、荒れ果てた大地を撫で始める。
そんな中、違法な戦闘機人を摘発すべく、ゼスト隊は研究所内へと突入した。

 

「あらぁ~ん、見つかっちゃたわねぇ~ん」
「どうやらそのようだな。」
暗闇の中、声がした。
「それよりどうしますぅ?
ドクターがおっしゃてたロストロギアはないみたいですし」
「こうなった以上、姉たちがここに長居をする必要はないからな。
トーレ」
「あぁ、チンク、蹴散らすまでだ。

 

キラ、お前にとっては初実戦だ。
無理はしなくていいから、私たちに遅れずについてこい」
沈黙。
「あの~、トーレねえ様」
「トーレ、お前は一体誰と話しているのだ?」
てっきりそばにいると思っていたキラは、その場から忽然と姿を消していた。

 

「はぐれた……のかな?」
年の頃十歳かそれ以上の少年、キラは暗闇の中つぶやいた。
その呟きに応える者はなく、冷たい金属の壁に反射して虚しくも自分に返ってくる。
キラはゴクリと生唾を飲み下した。
この研究所に入る前にトーレとチンクから散々に渡って口酸っぱく言われていた事を思い出す。
絶対にはぐれるな。
と、これはトーレ。
ウーノねえ様は博士のお手伝いでぇ、手が放せないんですってねぇ~。
とクアットロ。
クアットロもトーレも姉も、サーチには長けてないんだ。
はぐれたら、外で待つように。
と、チンク。
いや、しかしとキラは闇を見回しながら呟いた。
「出口は……どこなのかな」
やはりその呟きも、虚しく自分に帰ってきた。
じっとしていても埒があかないので、キラは適当に歩き始めた。

 

カツカツカツっと複数人が足並みを揃えて駆ける足音。
ゼストを先頭にメガーヌ、隊員たちが続く。
「この下に、反応が三つ。この階に……っ!?」
メガーヌが息を呑む音がした。
「どうした?」
ゼストは行く手に敵がいないかを確認するため、壁から半身を通路側に乗り出しながら何があったのかを問う。
「ターゲットの数が」
「見せてみろ」
ゼストはメガーヌに身を寄せて差し出されたモニターを確認する。
「……陽動と判断すべきだろうな」
研究所に最初にあった反応は戦闘機人反応三つと魔導師反応が一つの計四つ。
それが今や、二十四、六倍に増えている。
「どんな能力かわからん。気を抜くな」
「了解」
メガーヌと隊員たちはゼストの背中を追って地下二階へと階段を降りていく。

 

「これは……」
クイントは割れたガラスにそっと手を触れた。
以前調査に入った廃棄研究所でも似たような光景に遭遇したことがあった。
元は子供が一人、すっぽりと入ってしまいそうな培養基だろう。
今は自分の娘だが、これとにたような場所でクイントは二人の少女を保護したことがある。
四つの反応を思い出す。
三つは戦闘機人の反応。一つは魔導師。
「まさか……人造魔導師」
思い当たる不吉な単語。
サーチャーに異常が現れたのはそれから直ぐのことだった。

 

「反応が二十四……六倍に増えた……」
「(どうしました?)」
ひとりの隊員が、クイントの緊張に気づき、念話で語りかけてきた。
「(気をつけてね、急に反応が六倍に増えたわ)」
「(ろ、六倍……ですか)」
「(行くわよ)」
クイントは闇の中、データだけを頼りに通路を合流地点目指して走る。
四方向に広がる通路を何度も別方向に折れ、モニターに表示されたターゲットと遭遇した。
見慣れぬ服を着て三つ編みおさげを背中に垂らした少女が廊下を歩いている。
暗く静かな廃墟にも関わらず、足音はしない。
どんなに足音を忍ばせても、靴を履いていれば荒れ果てた廃棄研究所の隙間から入り込んだ砂利を踏む音が鳴るはずだ。
しかし、クイントや他隊員たちの息遣いや、衣擦れのする音しか聞こえない。
とにかく、クイントは職務をこなすため口を開いた。
「止まりなさい」
威圧の念は込めず、ただ静かに一言発す。
三つ編みおさげの少女はグルンとクイントに向き直ると猛然と迫り来る。
相手の思いがけない挙動に心乱すことなく、クイントは迎え撃った。
リボルバーナックルによる右ストレート。
しかし、繰り出した右拳はおさげの少女を貫通し、少女はそのままクイントを、背後に控える隊員たちをすり抜けていった。
「……」
「な、何ですかね。今の」
得体のしれない敵に隊員たちのモチベーションは下がるのをクイントは感じた。
「さぁ、考えられるのは幻術かしらね」
すり抜けた右拳を握ったり開いたりしながらクイントは特に動揺することなくそう言った。

 

「止まりなさい」
一方、ゼストとメガーヌを初めとする隊員たちもまた、暗闇に僅かに差し込む光の中に影が蠢くのを確認していた。
影はメガーヌの声に逆らうことなくピタリと動きを止めた。
「そう、そのままゆっくりこちらを向いて」
メガーヌがゼストに目配せすれば、彼は魔法を用いて灯りを灯し、影を照らし出す。
「子供?」
「……みたいだな」
影の正体は茶髪にパールブルーの双眸のまだ年齢が十歳前後の少年だった。
「人造魔導師……でしょうか?」
「恐らくは、そうだろうな。モニタに表示された魔力もちの人間の反応はこの子供だろう」
ゼストは少年観察する。
濃紺色のコートに真っ黒なインナー、そして同系色のズボン。
ブーツを履いていて、ズボンの裾はブーツの中に押し込められている。

 

バリアジャケット、又は騎士服。
ゼストはそう察した。
「メガーヌ、どうやらこの子供は武装している」
「はい。
でもデバイスが見あたりませんが……」
声を殺して、二人は問答する。
「コートで隠れているんだろう」
ゼストは一呼吸おいてから、
「少年、武装を解除しろ。抵抗しなければ何も捕まえたりはしない。
少し話を聞くだけだ」
静かに少年に語りかける。
少年はといえば、一向に動く気配がない。
「もう一度、今度は警告よ。
武装を解除なさい。
出なければ実力行使に出ます」
今度はメガーヌの警告。
「やぁ~~っとみつけたわぁん」
と嫌に甘ったるい声が響きわたった刹那、
ゼストたちが立つ通路の壁の両脇に金属片が複数本突き刺る音がした。

 

「何!?」
突き刺さった金属片は発光し、
「伏せろ、メガーヌ」
「IS、ランブルデトネイター」
何者かの女の声。
ゼストは一番側にいたメガーヌの肩を掴み、覆い被さるようにして身を伏せて障壁を張った。
直後、視界を奪う閃光と爆煙が、聴覚を奪う爆音が生じる。
煙幕が薄れ、視界に飛び込んできたのは老朽化し、もろくなっていた研究所の天井。
鉄筋が折れ曲がり、コンクリートの塊がゼストが率いていた少数の部隊員を押しつぶしていた。
胸中で暴れる怒りを押さえつけ、ゼストは周囲を見回す。
しかし、正体不明の敵の姿はすでになく、薄く立ちこめる粉塵だけが爆発により穿たれた穴から吹く風に踊っているだけだった。

 

「あぁん、キラのせいでぇ~お姉さん疲れちゃったわぁん」
「ごめんね、クア姉。
でも僕、緊張しちゃって」
「気持ちはわからんでもないがクアットロと姉は兎も角、トーレが何というか……」
かたや、三つ編みを揺らしながら、片や腰近くまである銀の長髪を揺らしながら走る、クアットロ、チンク、キラの三人は、はたと足を止めた。
「そういえばトーレ姉はどうしたの?」
「脱出ルートの確保に向かっている」
「まぁ、トーレ姉様ならぁ、壁をぶち抜いてぇ脱出ルートを確保をしてくれるわぁ」
冗談を言うクアットロにチンクは
「そうもいかんだろう。
音がすれば奴らに居場所がバレるからな」
「あら、チンクおねぇ様の方が派手に音を立てていたみたいですけれど」

 

「仕方なかろう。
キラを助けるためだ」
チンクが発した言葉に、キラの顔がやや曇る。
「どうしたのだ?」
その様子に気づいたチンクがキラを気にかけるが
「いや、何でもないよ……」
そんな問答をやっているうちに、背後から足音が響いてくる。
「どうやらゆっくりしている場合ではないようだ。
クアットロ、キラ、トーレと合流を急ごう」
合流地点を目指し、走り出す三人。
しかし、
「チンク姉様、行き止まりのようですぅ~」
ちっとも危機感のない声でクアットロ。
「ランブルデトネイターの爆発の影響で老朽化した床が崩れ落ちたようだな。
なんと迂闊な」
「チンク姉、僕の魔法なら瓦礫は溶かせるよ」
キラが案を出すとチンクは険しい表情を崩さないままキラに背を向けた。
体の動きに合わせて銀の長髪が揺れ動く。
「そうか、ならキラは障害物を溶かせ、姉とクアットロは」
「お前たち、そこまでだ」
低い男の声が響きわたる。
「管理局員に対する公務執行妨害でお前たちを逮捕する」
「抵抗しなければ、あなたたちに弁解の機会を約束します。
ですが、抵抗するというのであれば……」
ゼストの背後でメガーヌがアスクレピウスを構えた。
「抵抗したら、どうなるのかしらねぇ~!
IS、シルバーカーッ!?」
能力を発動する前に、クアットロは背中から壁に叩きつけられた。
「ぐはっ!」
「クア姉!」
「キラ、いいから道を作れ、ここは姉が!」
「でも……」
メガーヌのデバイスが輝き、魔力がゼストのデバイスへと供給される。
「(ブースト効果のある魔法か、ならば)」
チンクはまだ崩れていない天井に向かって投げナイフ、スティンガーを投擲。
「何度も同じ手は食わん!」
ゼストが槍型のデバイスを振るう。
生み出された不可視の刃がチンクの投擲したナイフを吹き飛ばした。
「(……分が悪いな。
クアットロは)」
視線をやればクアットロはまだ床に伏している。
キラは集中できていないのか魔法を発動するのに手こずっているようだ。
チンクは両手に握るナイフを構えた。

 

キラは焦っていた。
魔法をうまく制御出来ない。
背後では幾度も刃を交えている甲高い音がする。
(僕がやらなきゃ、僕が……でないとクア姉も、チンク姉も守れない)
余計なことを考え魔法の構築式が解けていく。
何故?
どうして?
その時一際、鈍い音がキラの背後でした。
思わず振り返る。
チンクが右目を片手で押さえ、片膝をついていた。
「……チンク……姉ぇ……」
「姉なら大丈夫だから、キラは早く脱出口を作りクアットロを」
血を流していない左目が優しく微笑んだ。
ゼストが槍を構えた。
守れない?
キラの脳裏によぎるドゥーエとの約束。
キラの後頭部に鋭い痛みが駆け抜けた。
混乱した思考が真っ白になる。
乱れていた呼吸が整い、鼓動が規則正しいリズムを刻む。
まっさらな思考のキャンバスに『撃て』という文字が刻まれ、増殖を始める。
『撃て』
管理局の男を。
『撃て』
姉に害をなす者を。
『討たなければ』
姉が
『討たれるぞ』
キラはフリーダムの銃口をゼストに向けた。

 

ゼストが一歩、チンクへと踏み出した。
バギンッ!
フリーダムから排出されたのは空になった薬莢。
展開される環状魔法陣はミッド式でもベルカ式でも、ましてや近代ベルカ式でもない。
ミッド式に無理やりベルカ式をねじ込んだ歪な魔法陣。
ベルカの特徴を表す三つの円を結び、描かれる三角形が二つ重なり合い、六角星を描く。
それを包むのはミッド式の構築式の面影を残す環状魔法陣。
方陣の色は蒼。
そこから稲光にも似た蛍光色の電撃の尾が迸る。
御せない雷撃が方陣の外へとその尾を伸ばす。
ゼストは槍を巧みに操り、自分に向かって迸る雷撃を弾き飛ばす。
チンクとの戦いで余力を欠いたか、ゼストはただ突撃してくる。
狙い澄ますはゼストの胸部。
キラの目が鋭く細まった。
引き金にかかる指がトリガーを僅かに引く。
銃口からあふれ出すのは雷。
ゼストの胸部へ乱曲線を描きながら刹那に到達。
「ぐっ!?」
ゼストの体が一瞬動きをとめるのと同時にフリーダムを囲う増幅リングと制御リング。
環状魔法陣から一際激しく溢れ出す雷光が一瞬にしてフリーダムに取り込まれた。

 

ゼストの胸部を貫く金色の閃光。
『クスィフィアス・レールガン』
立ちすくむゼストの耳に飛び込んできたのは無機質な機械音声。
金色の直線が、ゼストの背中から伸びているのをメガーヌは見ていた。
やがて光線は途切れて消え失せ、 次に訪れたのは衝撃波。
ゼストの体が吹き飛んだ。
「隊長!!」
メガーヌは叫ぶ。
「よくやったキラ。さぁトーレの……」
『HighMAT SYSTEM STAND BY...
Aile mode set up』
チンクが言い切る前に、キラの背に象られる鋭利な翼。
キラの体勢が低く沈んだ。
「よせ、もういい!」
静止の声は届かない。
メガーヌはゼストの遺体を運びだそうとしていた。
その彼女の視界の隅に飛び込んでくるのはフリーダムの砲身。
「ッ!?」
飛び退き難を逃れ、直感的にクイントと合流することをメガーヌは第一に考えた。キラを警戒しながらも背を向けて、合流ポイントを目指す。
薄紫色の長髪を揺らしひた走るメガーヌの背後を十歳前後の少年が猛追。
『プラズマランサー・カリドゥスシフト』
一点集中型の巨大な雷槍がフリーダムの銃口のサイズを無視して放たれる。
誘導性能無しの砲撃にも似た射撃魔法。
狭い通路には大きく回避行動をとれるスペースがない。

 

必然的に、メガーヌは障壁による防御を余儀なくされた。

 

鈍い打撃音が響き渡る。
ぶつかり合うのは拳と障壁。
間髪入れずクイントの顎先をトーレの足先がかすめた。
互いに距離を取り、視線を交わす。
クイントの背後で管理局員が杖先をトーレに向けた。
杖先から光が溢れ出し、光球を作り出す。
(ツッ、部が悪いな)
トーレは胸中でそう呟く。
クイントが念話を駆使して指揮をとっているため、他局員たちの連携は巧だった。
複数対一、この状況をどうやり過ごそうかトーレが考えていると、研究所内に明かりが灯った。
「何?」
クイントが警戒し、トーレから注意が逸れたがしかし、トーレ自身もまた動けない。
電力の通っていないこの施設に明かりを灯している原因に心当たりはあるが、
「キラ、一体何を……」
トーレの呟きはクイントの背後の壁を吹き飛ばす轟音にかき消された。

 

「ッ!? メガーヌ!?」
吹き飛んだ壁の残骸に埋もれるメガーヌにクイントは駆け寄った。
トーレに向けて光球を放とうとしていた局員も不意をついた壁の残骸に埋もれピクリともしていない。
「メガーヌ」
クイントは最悪の可能性を考えたが
「ク……イント」
メガーヌにはまだ息があるようだ。
「ゼスト隊長は?」
予想はできる。
ゼストは部下にすべてを任せるような指揮官ではない。
部下よりも前に出て常に最前線で指揮を取りながら戦っていた。
共に現場を乗り越えてきたクイントにはわかる。
つまり、ゼストは死んだのだと。
「気を……つけて」
蚊の泣くような声だった。
「メガーヌ?」
重体にも関わらず、不自然に重たい動作で崩壊した壁を指差す。
クイントはそれに従って視線向けた。
もうもうと沸き立つ粉塵。
その中から、カツンカツンと足音が聞こえ、やがて影が視認できる様になった。
そして
「……子供?」
粉塵の中から姿を現したのは背に蒼い翼を背負ったまだ幼い少年、キラだった。
煤で黒く汚れた顔には表情は一切なかった。
「キラ……」
トーレが名を呼ぶ。
キラは視線だけをトーレに向け、少しだけ表情を泣き笑いするかのように歪ませた。
そして銃口をクイントに向けた。
クイントは今し方息絶えたメガーヌを前に悲しみを堪えるかのように拳を握りしめた。
キラが口を開いた。
「トーレ姉ぇは行って……クア姉ぇとチンク姉ぇが待ってる……
ここは僕が引き受けるから……」
「……一人でやれるのか」
いつもと違う雰囲気を纏ったキラに圧倒されそうになりながら、トーレは問う。
「僕は……大丈夫だから……」
そのやりとりを終える前に、クイントがキラに向かって突進。
クイントが全力で振り抜こうとした拳はフリーダムで防がれた。
「……任せたぞ」
トーレはキラにそう残し、去っていった。
「はぁっ!!」
声とともに蹴りがキラの横っ腹を捉えた。
何の抵抗もなく、キラは床を転がり、むくりと起き上がった。

 

クイントの追撃は続く。
いくら子供とは言え、ゼストとメガーヌを撃墜した敵。侮れば負けてしまうだろう。
有らん限りの声と共に両の拳が交互に繰り出される。
クイント自身、復讐だとか敵討ちだとか、そういう理由で両の腕と足を振るっている訳ではない。
死ぬわけにはいかないのだ。
夫が待つ家に帰るために。
二人の娘が待つ家に帰るために。
マニュアル通りにやれば殺される。
そう思わずにはいられない。
クイントよりも数段格上のゼストを殺し、決して防御力の低くないメガーヌを余力を残して殺した。
キラはクイントから繰り出される連撃を猫のような俊敏さでするりとかわし、大きく跳躍して後退した。
「逃がさない!」
追撃するクイント。
着地するキラ。
力をためているのかキラの体勢が低く沈む。

 

直に得意な間合いに入る。

 

クイントは右拳を作り、相手に叩きつける準備を整えた。
対するキラは床を蹴った。
フリーダムを構え、全速力でクイントを迎え撃つ。
すれ違い様、刹那の間の攻防。
互いに相手に背を向け、床を擦過する。
果たして膝をついたのはクイントだった。
右腕を庇うように押さえている。
キラが振り返り、フリーダムの銃口をクイントに向けた。
すぐ様、クイントは移動を開始する。

 

その背を掠める蒼き魔力弾。
円を描くようにキラの周囲を滑走していたクイントは徐々に円を縮小し、タイミングを見計らって直角に折れ曲がった。
一直線にキラへと向かってくる。
『バラーナ・プラズマランサー』
キラの付近に停滞する二槍の雷槍。
形を微妙に崩しつつ停滞していたその二槍の雷槍を真っ直ぐ向かってくるクイントに向けて投擲した。
「ッ!!」
クイントの頭の中に回避の文字はなかった。
まだ動く左腕を前方に突き出し、障壁を展開。
雷槍が突き刺さり、スパークして爆散。
クイントの視界を黒煙が奪う。
衝撃で揺れた右腕に痛みが走る。しかし、歯を食いしばり、クイントは跳躍した。
煙幕を突き破り、左腕を後方に構え、キラをめがけて振り下ろす。
その拳がキラを捉えることはなく散乱した瓦礫に突き刺さった。
パリッとクイントの目前を小さな雷の尾が駆け抜けた。
「バインドッ!?」

 

床に突き刺さった左拳を引き抜き、すぐ様飛び退こうとした刹那、周囲から雷の鎖がクイントの四肢を絡め取る。
「くっ!」
もがけどもがけど雷の鎖が解けることはない。
「僕は……」
クイントの目の前にキラが銃口を向けて立っていた。
その顔には決意の眼差し。
「僕は!」
両足を広げて、両手でフリーダムを握る。
「守ってみせる!!」
なるほど。
クイントは思った。
(私に守りたいものがあるように、あの子にも……
だけど!)
四肢がミシリと音を立てるのもかまわず、クイントは尚抵抗を見せる。
「私だって死ぬわけにはいかない!」
バギンッと、フリーダムから排出されるカートリッジ。
バチンッと、クイントの自由を奪っていたバインドが引きちぎられた。
キラの足下には円で包む六角星の感情魔法陣。
クイントの足元からキラ目掛け作り出される加速補助のついた滑走路。
雷の尾が激しく瞬いては消えていく。
体勢を低くしたクイントがローラーブーツで滑り出す。
加速効果のついたウィングロードの補助を受け、最高速度へ。
フリーダムへと一斉に供給される膨大な雷の奔流。
先行放電が開始される。
僅かな動きで相手の動きを縛るフリーダムの先行放電をクイントは避けた。
「はぁぁぁあああ」
振り抜こうと左腕がキラの顔を目掛け、動き出す。
「うぁあああ!」
人差し指がフリーダムのトリガーを引いた。
増幅リング、制御リングがフリーダムを囲う。
クイントの左拳がキラの頬からわずか三寸でピタリと動きを止めた。
胸を貫く金色の閃光。
『クスィフィアス・レールガン』

 

遅れてやってきたのは無機質な機械音声と、周囲の残骸を吹き飛ばすほどの衝撃波。
鮮血と共にクイントの体が後方へと吹き飛ばされ、崩れた天井の瓦礫に埋まった。
「はぁ……はぁ……」
呼吸を乱すキラ。
熱を排出するため、フリーダムから蒸気が噴射される。
その手は大きく震えていた。
「守れ……た」
呟く。
思わず笑みがこぼれた。
「守れた」
膝をついてへたり込み、キラは笑う。
嬉しかった。
姉たちを守れたことが、けれど、両の目から溢れる涙は止まらなかった。
人を殺した感触は、気持ち悪かった。

 

もし、自分が管理局の人間たちを撃墜しなければ、今頃姉たちがあのようになっていたのだろうか。
キラは衝撃波で吹き飛んだメガーヌへと視線をやる。
手足は投げ出されてあらぬ方向へと曲がり、額からは血を流し、瓦礫の刺さった腹部からは未だに血が湧き出ている。
姉たちを守れなければ、自分は一体どんな気持ちになるのか。
視線を移動、瓦礫から覗くクイントの左手を見て、キラはそう考える。
立場を置き換えてみた。
チンクをメガーヌに、クイントをトーレに。
「そんなのは……もっと嫌だ」
姉たちがいなくなるなど自分には考えられない。
「もっと……強くならなくちゃ……」
キラは涙を拭い、よろよろと立ち上がった。

 

『キラ』
姉たちと合流しようと歩き出したキラの耳に通信が入った。
ウーノである。
「ウー姉ぇ……」
『お疲れのところ申し訳ないですが、少し調査をしてください』
「……調査?」
一刻も早くこの場を立ち去りたかったキラ、しかしウーノの命となれば、それは博士の命と同じ、断る訳にもいかず、キラは黙って内容を聞いた。
『このようなことを頼むのは心苦しいのですが、そちらにある死体、破損状況が軽微であれば回収をお願いできますか?』
「えっ……?」
出来ればもう見たくないものをもう一度見なければならない。
「……どう……して?」
『博士からの要望です』
嫌に苦みのする唾液が喉の奥からこみ上げてきた。
断れない。
拒否はできない。
ウーノにも、博士にもキラは嫌われたくなかった。
役に立ちたかった。
だから、
「わかり……ました」
『……どこか、やられましたか?』
声がふるえていたのを不振に思ったウーノが問う。
「いや……何でも。
僕は大丈夫だよ。
確認してから転送するから……」
『では、よろしく――――――ッ』
キラは通信を一方的に切った。
静まり返った空間に水気を帯びた音がこだました。
目から涙を流し、鼻水をたらし、胸を片手で抑えながらキラは瓦礫に埋まったクイントの手を掴む。
握り返しては来ない。
少しだけ安堵し、キラは掴んだ手を思いっきり引っ張り、尻餅をついた。
手がすっぽ抜けた訳ではない。その証拠に、クイントの左手は握られている。
ただ、肘から先がなかった。

 

「う、うわぁぁああっ!!」
悲鳴を上げ、放り出す。
リボルバーナックルのついた左手はガシャリと音を立てて、床に落ちた。
「うっ……え……」
口を抑え、キラはふらふらとメガーヌの元へ向かう。
クイントの死体は諦めた。
掘り返したくなかったから。
横たわったメガーヌの体を中心に環状魔法陣が展開される。
すると、メガーヌの体は消え失せた。
博士の元へと転送したのである。
キラは飛翔し、崩壊した天井から外へでる。
蒼空はなく、空は灰色一色だった。
ポツポツと雨まで降りだしている。
気分が晴れない。
『クスィフィアス・レールガン』
頭上に向けて発射されたレールガン。
しかし、分厚い雲を払うことは叶わない。

 

そんなキラの様子をチンクは研究所の外で見ていた。
トーレとクアットロはゼストの死体を回収し、博士の元へ帰還している。
チンクはキラを待つとトーレとクアットロに告げ、合流しようと待っていた。
雨足が早まっていく。
自分の体が濡れるのも気にせず、チンクはキラを見守っていた。
何発も何発も、カートリッジが空になるまで雨降る空に撃ち尽くし、キラは漸くフリーダムのトリガーを引くのを止めた。
頭上に掲げたフリーダムを下ろし、顔を俯ける。
『キラ』
キラの目の前に空間モニターが展開された。
画面にはチンクの顔。
怪我を負った右目は白い布切れで止血され、痛々しく血がにじんでいた。
「……」
キラは何も喋らなかった。
『帰るぞ』
キラは黙って背中の翼を稼働させ、チンクの元へと飛翔。
合流した二人の姿は雷鳴と共に姿を消した。

 

温水洗浄施設から出て着替えを終えたキラは髪を乾かすこともなく脱衣所から出た。
夕食をとることなく自分の部屋に向かう、その途中、ウーノとすれ違った。
「キラ? 夕食は食べないのですか?」
キラは足を止めた。
食べたくない。
今は食べることは愚か、見るのさえ、匂いを嗅ぐのさえ嫌だった。
「今日は……」
ウーノに背を向けたまま、キラは言う。
「今日は疲れたから、もう……寝るよ……」
歩き出すキラ。
その背を見送るウーノ。
まだ幼いとは言え、キラの背中は酷く小さくウーノには見えた。

 

そんなキラの背に向かってウーノが声をかけようとすると
「そっとしておいてやってはくれないか?」
チンクだった。
「何か、あったのですか?」
「キラはあれでまだ子供だ」
チンクの言葉に眉根をよせるウーノ。
「泣き虫だったキラが、もう泣かなくなった。
それは本当に強くなったと判断してもいいのだろうか?」
通路を照らす明かりを仰ぎ見、チンクは呟くようにそう言った。
「ある程度、感情が安定してきたのでは?
博士もそう仰っていましたし」
しばしの沈黙。
ウーノとチンクの視線が交わる。
それから暫くしてチンクは固く結んだ口を開いた。
「安定などしていないよ。キラは弱い。
心が」
「しかし、それも直に」
「本当にそう思うのか?
ウーノは」
自分よりも背丈の低いチンクに一瞬、気圧されかけた。
「疲れただけだと、本当にそう思うのか?
産まれ方は違えど同じ人間をたかだか十を越えたばかりの少年が殺したんだぞ?
1対1の状況でキラが何を見てどんな思いで死体を回収したのか、察してやってくれ。
でないと……」
ウーノはチンクの言葉の続きを待った。
「でないと、最高傑作でも壊れてしまうぞ」
チンクは辛辣な顔でそう口にした。

 

「キラぁ~ん」
とキラの部屋にやってきたのはクアットロ。
キラはと言えばベッドに腰掛け、蒼白な顔で床を見続けていた。
「最高傑作がだらしないわねぇん」
クアットロは三つ編みを解き、見向きもしないキラの肩をど突いた。
抵抗する素振りすらなく、キラは仰向けに倒れた。
そんなキラの顔を覗き込む様にクアットロはベッドに腰掛けて顔を近づける。
キラは天井を見続けていた。
薄いキラの胸板に指を這わせ、なお顔を近づけるクアットロ。
「辛いなら何も感じなければいいのよ。
感情なんてくだらないものは殺して、ねぇ」
丸い眼鏡の奥、クアットロの目つきが鋭く細まり、口元を醜悪に歪める。
キラの眼球がクアットロへと動いた。
「喜怒哀楽、そんなものはあなたには不要。
ドゥーエ姉様もきっとそう思ってるわぁん。
ウーノ姉様もトーレ姉様もチンク姉様も、もちろん私も……博士も……ね」
「そう……だね。こんなものがあるから僕だって苦しいし……」
「そう、だからぁ~、あなたは博士に言われたこと、私たちの障害になりえるものを討てばいいの、お分かり?」

 

「そう……なのかな?」
「そうよ~、あなたの姉たちがそれを願ってる。
あなたがもしそうなったならウーノ姉様もドゥーエ姉様もきっと喜ぶと思うわぁ」
甘い吐息がキラの鼻孔を擽る。
「さぁ、おやすみ。
キラ、あなたが明日起きる頃には今日のことを忘れてるわぁ~」
キラの瞼が重くなり、疲れもあってか眠りに落ちる。
それを見届けてからクアットロは立ち上がり、キラの部屋から出るため歩を進めた。
そして部屋からでる前に一度だけキラへと顔を向け、口元に歪んだ笑みを浮かべた。

 

第六話 レポート3/プロジェクトC~目覚める刃~ 完