ヘイトSS無題1

Last-modified: 2009-10-31 (土) 16:26:07

私の名はカガリ・ユラ・アスハ。通称「オーブの馬鹿殿」だ。
判断力も政治能力も交渉術も持ち合わせていない、ただの理想主義者。それが私に対する大半の評価だ。
しかし馬鹿殿、大いに結構。上に立つ人間は馬鹿な方が、下がしっかりまとまるというものだ。
その証拠に見ろ、このオーブ国民の団結力。
どいつもこいつも盲信者のように「カガリ様カガリ様」と連呼している。逆に怖い。
まぁ、そんな状況だから他国や連合の介入も確かにあるが、私はただ適当に理想論を振りかざしていれば、それでいいのだ。
周りは「ああ、またお飾りがなんか言ってるよ」くらいにしか思わず、あとは連中が勝手に話を進めてくれる。
あとは私は悔しそうに唇をかんでいればいい。もしくは、少し涙ぐむのも有効だ。
これで「政治のことをまるで解っちゃいない馬鹿殿が、また理想論を言って怒られている」の図が完成する。

周囲が私を政権のお飾りとして扱うが、こちらもその方が気楽で良い。
時々政務放棄してキラのところへ遊びに出かけても、特にお咎めなし。必要なことはキサカがやってくれる。
マーナはあれこれ口やかましいが、基本的に甘い。
そう、結局のところ、うちの連中は私には何を言っても無駄だと思って、自分たちで的確に物事を進めてしまう。
私はとりあえず国民に向かって笑っていれば、政権への支持率もなぜか落ちない。
理由は良くわからないが、国民はアスハを思いのほか信奉しているようだ。
私が馬鹿殿でいる限り、オーブは今後も安泰と言ってもいいだろう・・・・

そう思っていた時期が、私にもあった。

 

今、私は絞首台へと歩を進めている。
その周りを囲むように、かつて私に向かって歓喜の声を上げていた国民が、今は罵倒や怒号を浴びせている。
私は地球とプラントを混乱に貶めたラクス・クライン率いるテロリスト集団の共謀者として、処刑されようとしているのだ。

アーク・エンジェルの乗組員はすでに殺されている。ほとんど私刑のようだったと、面会に来たマーナが教えてくれた。
私は立場上、形ばかりの裁判を経てから処刑ということになっていた。
首謀者とされているラクスも、先日プラントで公開処刑されたらしい。
残念ながらそのとき私は投獄の身だったため、その中継放送を見ることができなかった。
ラクス。優しさと強さを兼ね備えた歌姫。でも、いつもなんでもお見通しのような顔をして、馬鹿な私を見下していたな。
ちなみにラクスを銃殺したのはアスランだという話だ。アスランは再びザフトに寝返ることに成功したらしい。
議長に土下座して謝ったとか、メイリンを差し出したとか自分の尻を差し出したとか色々言われている。
奴のこうもりっぷりには本当に呆れる。あの議長が、そんなフラフラ野郎をいつまでも飼っているわけがない。
きっと適当に利用されてから、そのうち消されるだろう。ていうか、そうなれ。死んでしまえハツカネズミ。

絞首台の上にのぼる。はぁ、よりによって絞首刑か。苦しいし汚いし、いいとこなしだ。どうせならギロチンの方が良かったな。

そういえば、キラは大乱戦に乗じて、うまく逃げたらしい。まったくどこまでも神に愛されている男だ。
もしかしたらどこかで反撃のチャンスを狙っているかもしれないけど、でももう無理だな。
あいつの無敵の機体を修理してくれる場所はどこにもない。あいつは一人じゃ何もできない。
もしかしたらどこかで野たれ死んでいるかもしれない。いっそその方があいつのためにもいいだろう。
キラ。遺伝子上では私の兄弟。悟りを開いたのか、妙に達観しているのが気持ち悪かったが、今となっては懐かしさすら覚える。

首に荒縄をかけられ、縛り具合を調整される。いよいよだな。
ふと、私の死に際を今か今かと待ち続ける群衆の中に、見知った顔を見つけたのは、死に際の奇跡とも言うべきか。
シン・アスカ。
今はザフトの英雄とはいえ、彼とてオーブ出身者だ。そこにいてもおかしくはない。いや、いて然るべきだ。
彼こそが一番私の無様な死を望んでいるはずなのだから。
よく見えないが、きっと彼は喜んでいるに違いない。それとも、自分の手で殺すことができずに、悔しいだろうか。
お前と会ったとき、馬鹿をやらずにちゃんと誠意ある対応を取っておけばよかったと、今更ながら後悔しているよ。
所詮私は馬鹿殿だからな・・・

視界が悪いのは、いつの間にか涙があふれてきたせいだった。
私の泣きっ面を見て、国民はますます侮蔑と罵倒の声を張り上げた。
私自身、最期の時まで馬鹿殿を気取るつもりはなかったのだが、出てきてしまったものは仕方がない。
荒縄で両手を縛られているため、涙をぬぐうこともできないので、あきらめてそのまま所定の位置に立って、目を閉じた。
すぐに足場がなくなって、一瞬の浮遊感の直後、痛みと苦しみが襲ってきた。

ああ、久しぶり、お父様。