リリカルしーどS_第04話前編

Last-modified: 2007-11-18 (日) 16:08:35

圧倒的な砲撃。
全ての希望を踏みにじるかのごとき、光。
シンが最後に見たのは虹色だった。
七色の光……それが自分を…マユを飲み込んでいく。
暴虐的なまでのその光は何もかもを奪い尽くした。
──止めろ、止めてくれ!!
何度もその情景が繰り返されていく。
そして、その光景の奥にいるのはいつも純白の羽を持った天使。
自由の名を関した最強の存在だった。
黄色のツインアイが神々しいまでに光っている。
「お兄ちゃん…?どうして、私を守ってくれなかったの…?」
血だらけのマユ。
右腕がすっかりなくなっていた。
──どうして、ドウシテ…
次の瞬間、マユは全身がぐちゃぐちゃに潰れた死体に変わった。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
飛び起きる。
嫌な汗が際限なく流れ続けた。
辺りは静寂に包まれている。
妙なまでにリアルな夢であった。だが、所詮は夢。
ビームの雨や白の天使など影も形もなかった。そして、隻腕のマユも。
「どうしたの…?」
そう声をかけたのはフェイトだった。
眠そうに眼を擦っていた。どうやら、シンの叫び声で起きたらしい。
そんなことは知らずエリオはぐっすりと眠り込んでいる。
時刻は深夜2時。
「い…少し嫌な夢を…」
「……そっか」
シンは胸を抑える。フェイトは全ての事情を察したのかシンの肩を抱き止める。
シンの表情は驚くほど弱々しかった。
フェイトはもうシンは大丈夫だと思っていた。ミッドチルダでの暮らしにも慣れ、家族と離れ離れになってしまったことも受け入れたものだとばかり考えていた。
だが、それは違っていた。彼女の認識は甘すぎたのである。彼はまだ14の少年なのである。
そんな少年にそれ程までに過酷な運命を十日や二十日で受け入れられるはずもない。

不幸にも彼の妹、マユ・アスカについての情報にも何の進展もない。彼を喜ばせるような言葉も思い浮かばなかったのである。
彼女に出来ることは一つしかなかった。
「…大丈夫、大丈夫だから」
優しく抱き止めながら、言葉をかける。
シンの気持ちが静まるまでずっとそのままでいた。
結局シンが落ち着き、再び眠りについたのはその一時間後だった。

朝になる。
「シンさん起きてください」
エリオの声だ。
シンはゆっくりと眼を開いた。
「……おはよう」
暗い表情だった。
「おはようございます。どうしたんですか?」
「……いや、何でもない。ちょっと眠かっただけだ」
すぐに暗い表情を消すと起き上がった。
服を着替えていく。
「珍しい服ですね」
「まあな、これは俺の世界の服だから」
シンが初めてミッドチルダにやってきた時の服だった。
「行くぞエリオ」
ダイニングルームに向かう。
テーブルの上には朝食が並んでいる。
テーブルを挟んだ向こう側にはフェイトが座っていた。
「おはよう」
いつもと変わらぬ笑顔を向ける。
「昨日のことはもう大丈夫ですから心配はしないでください」
シンのその言葉にフェイトは黙り込むしかなかった。
彼が無理をしているのは明らかだった。
だが、彼女に出来ることは何もなかった。優しい言葉をかけてあげることしか出来ないのであった。
結局はシン本人が自分の感情と折り合いをつけるしかないのだから。
「ご飯にしようか」
今はただ彼が押しつぶされないように支えてあげよう、フェイトははそうすることでシンを支援するしかなかった。
誰も喋ることなく朝食を食べていく。
重苦しい空気が場を支配していた。
「…そういえば、シンさん今魔法の方はどうなんですか?」
反応はない。シンは上の空の状態でりんごジャムのかかったトーストをかじっていた。

「……シンさん?」
「あっ…あぁ、ごめん聞いてなかった」
「シンさん…大丈夫ですか?」
エリオもエリオなりに心配していた。
自分より年下のものに心配されるということに軽い恥ずかしさを覚えた。
シンはトーストを食べるのを一旦止める。
「ごめんな心配かけさせちゃって」
このままではダメだ。エリオとフェイトの二人に心配させてしまっているのだから。
深くため息をつく。
何か明るい話題を探すがシンには思いつかなかった。
そして、言葉に詰まったように指を回していた。
「ご飯食べたらどっか出かけようか」
エリオとシンをじっと見つめながらフェイトは切り出した。
「どこにですか?」
すぐに反応を示したのはエリオの方だった。
子供だけあり出かけるという言葉には非常に敏感だった。
「ショッピングなんてどうかな?」
微笑むフェイト。シンはサラダを口に入れながら見ていた。
「良いんじゃないですか」
サラダにフォークを突き刺したまま言う。
そして、言い終わるとサラダを口に入れた。
「どうせ、家にいてもやることないし…」
サラダを飲み込むと同時に言う。
「それじゃそうしよっか。エリオはどう?」
「あっ、はい。問題ありません」
シンはそんな二人を見る。
「ごちそうさま」
シンは一足先に立ち上がると何かを話しているエリオとフェイトから離れていった。
部屋に戻り、ベッドに横になりながらマユの携帯に触れる。
「マユ…」
仲睦まじく写るシンとマユの姿。
シンは悲しげな瞳でそれを眺めていた。
シンの耳に扉をノックする音が入ってくる。
「シン、入るよ」
フェイトの声だった。
「どうぞ」
シンの了解を得て、フェイトが入ってくる。
「シン…妹さんのことだけど…絶対に私達が見つけるから…だから、心配しないで」
シンは驚いたような表情をする。
フェイトの表情は今にも泣き出しそうな悲しげな表情だったからである。
彼女は痛々しいまでのシンの姿に耐えられなかったのだ。

「…何で…何であなたは俺のことをそんな…」
「決まってるじゃない…家族だからだよ。シンもエリオも私にとって大切な家族だから」
シンはその言葉に胸を打たれた。
愚かだった。
たかだか、夢だ。夢ごときでフェイトに対してどれだけの心配をかけさせてしまったのだろう。
心配をかけさせてしまったのに自分一人で抱え込もうとしてしてしまったことを恥じた。
「……ごめんなさい」
シンは頭を下げる。
「気にしないで良いよ。あんなことがあって傷つかない人間なんているはずないから」
「でも…」
シンが全てを言う前にボンっと頭に手を置いた。
「そんなに気にしなくて良いから。シンがそんなにネガティブに考えちゃうのも家に閉じこもってるからだと思う。だから、気分転換に外に出かけよう、ね?」
フェイトはシンに向かって微笑んだ。
「はい」
マユの携帯をポケットにしまって、シンは立ち上がる。
「行こう」
そう言って、手を差し出した。
シンにはそれが眩しすぎるもののように感じられた。
手を取り、誘われるかのように外へと出ていった。

「こんなのどうかな?」
シンとエリオ用の服を買いに来ていた。
シンとエリオは困ったように顔を見合わせていた。
着せかえ人形のように何度も試着させられていたのである。
現在シンは白黒のブロックチェックシャツに黒のカーディガンを羽織っていた。
「もう良いですよ。こんなたくさん着たってしょうがないですから。なぁ」
同意を求めるように言う。
エリオもうんうん、と頷いていた。
「そうかな、それじゃ次で最後にしよっか」
シンとエリオは嫌そうな表情をする。
だが、それはどこか楽しげであった。
結局その後もしばらくの間試着は続いた。
「荷物は俺が持ちますよ」
「そう、それじゃお願い出来るかな」
先ほど、買った服をシンが持つ。

ずしりとした重さがシンの右腕にかかった。
「しかし、こんなに色々買わせちゃって申し訳ないです。居候の分際で…」
「良いよ気にしないで。私が好きで買ったんだから、ね」
最後のねを強調するように微笑んだ。
『エリオ…』
念話を送る。
『何でしょうシンさん』
『…いつか二人でフェイトさんのために何かしてあげようぜ。俺もお前も一人前になった時にさ』
少し間が流れる。
『そうですね。そうしましょう。僕は一人前の騎士、シンさんは一人前の魔導師になった時に一緒に』
『あぁ』
シンはエリオに微笑む。
フェイトはその二人の姿を不思議そうに見ていた。
「そろそろ、お昼だね、どうする?何か食べたいものはある?」
「何でも良いです」
「僕も何でも良いです」
「そういうのが一番困るんだけどな…うーん、じゃあ、あそこにしよっか?」
そう言って、目についた喫茶店を指差した。
「良いですよ」
「僕の方も問題ありません」
「決まりだね」
三人は喫茶店に入る。
「いらっしゃいませ♪」
甲高い声と営業スマイルに出迎えられる。
「三名様でよろしいでしょうか?」
「はい」
「では、ご案内致します」
女性店員がフェイト達をテーブルまで連れて行った。
「では、ご注文が決まり次第お呼びください」
頭を下げてカウンターまで戻っていった。
シン達が注文を取ると10分も経たないうちに料理が運ばれてきた。
他愛もない会話をしながらスパゲティを食べていく。
シンはというと自分からは語らずに聞きに回っていた。
たまに何かを言い出そうかと口を開けようとするが、言い出せずにいた。
「どうしたの?何かあるなら相談に乗るけど」
先ほどから妙なシンにフェイトが問いかける。
しばらくの間の後ゆっくりと口を開いた。
「……俺、この家を出ようと思うんです」
「えっ?」
遅れてテーブルに金属音が響く。フェイトがフォークを落としたのである。

驚いたようにエリオはシンのことを見ていた。
「どうして?もしかして、ここの生活が気に入らなかったの?」
当然の疑問だった。
フェイトは不安そうな表情で言う。
シンは頭を横に振ることでそれを否定する。
「じゃあ、どうして?」
フェイトはシンのことをじっと見る。
「俺、考えたんです」
ゆっくりと口を開く。
「これ以上あなたに迷惑をかけたくないんです。俺がいるせいで仕事とかも早いところ切り上げないといけなくて…本当は凄く忙しいことくらい知ってるんです」
ここで一旦間を置きフェイトの反応を見る。
フェイトは無言でシンを見つめていた。
「俺は管理局の軍学校に入ろうと思うんです。それに、管理局員になれば、それだけマユや自分の世界にも近くなれる。だから…」
「まだ早いよ。まだこの世界に来てから1ヶ月も経ってないから」
シンの言葉を遮るように言う。
フェイトはシンのことが大切だった。それこそ過保護なまでに大事に思っていた。
シンもフェイトの優しさは嬉しかった。
だが、彼の覚悟はそんなこで揺るぐほどのものではなかった。
「……なら俺の力を見せてあげます。あなたとの訓練で俺がどれだけ強くなったかを…」
「……」
「俺の力が心配要らないくらいのものだったら軍学校に入るのを認めてください。」
真剣な目つきで言う。
エリオは心配そうにシンとフェイトの反応を伺っていた。
「分かった……それじゃ明日模擬戦をやろう。そこで私に一撃与えることが出来たら認めてあげる」
「……ありがとうございます」
シンは小さく礼をすると再びスパゲティを食べ始める。
フェイトは様々な感情が入り混じったかのような瞳でそれを見ていた。
危なかっしい弟のような扱いのシンを巣立たせるような真似は彼女には出来なかった。
だから、明日はシンを負かそう、密かにそう決意していた。