リリカルバレル_第01話

Last-modified: 2007-11-18 (日) 15:37:43

その少女は思い悩み続けていた。

自分の存在について。体はニセモノ。精神はモホウ。
母と信じた人の意思に従い、ただひたすらに目的を達そうと努力してきた。
自分を傷つけ、理解者を傷つけ、敵を傷つけ、ただ盲目に。

しかし母だと信じていた人物は母ではなかった。
自分は彼女の本当の娘の模造品。果てない願いを一身に背負いながら生まれた失敗作。
だが最後に母と対峙して行った言葉に、『例え貴方が母でなくても良い。貴方が私に娘たる事を望むならば、私は世界中の何からも貴方を守る』と言う言葉に、嘘はない。

でも母は言い捨てる。『くだらない』と。
結果として母は本当の娘の遺体と一緒に遠い世界に行ってしまった。
残された私は目的と自分を見失う。全てに対して不安定感を覚える。
母の愛が娘に対する贖罪と愛情の過程で生まれ、自分を構成する目的と大事な人を失い……他に何が残る?

普通の人が沢山持っているはずの『大事なモノ』
だけど私にはそれが無い。足場が無い。他が無いのだ。
世界とは自分と大好きな母親、そして忠義な使い魔だけで出来ていたのだから。

もちろん優しい使い魔は囚われの身である私についてきてくれたし、戦いの最中で出会い、争い、理解しあい、そして剣の向きを揃えた友も居る。
だけど今はその彼女とも離れ離れだ。時々やり取りするビデオレターだけが繋ぐ関係。
だからこんな風に考えてしまうのだろう。

「……世界が空っぽ……」

自分の心を具現化したように真っ暗な室内で、フェイト・テスタロッサは呟いた。

「んっ……」

可愛らしい呻き声を一つ、フェイト・テスタロッサはベッドに横たえていた体を起こす。
眠気眼で見渡した場所が何処なのかを数秒思考し、直ぐに思い当たる。
時空管理局の巡航艦アースラの艦内であり、自分に与えられた一室であると。

次元災害未遂事件の重要参考人と言う扱いである自分には、似合わないキレイな部屋。
シンプルだが必要な家具や充分な広さはあり、自分と使い魔の二人で暮らすにも快適。
この優遇された状態もこの艦の指揮者たる提督達の心遣いのお陰である事を考えると、感謝の念は尽きない。

「起きようかな……」

重要参考人と容疑者は紙一重であり、現在も審議と言う名の裁判は継続中。
だがその審議に関係した予定さえ入らなければ、逆に暇を持て余す状態だ。
脳内で予定表を見返しても、今日の部分は空欄。故にのんびりと惰眠をむさぼっていた訳である。

「あれ?」

ふと自分の横でシーツが、もう一つの盛り上がりを見せていることに、フェイトは気がつく。
普通に考えればその下に居るのは……

「もう……アルフったら。自分のベッドがあるでしょ?」

ベッドに潜り込むだろう可能性を持った自分の使い魔の名を呟き、フェイトは苦笑。
自分が作り、育てた家族であり半身。戦いでの支援を一手に任せる戦友でも有る。
成長の早い使い魔である為すでに大人の風貌を持ち、この頃落ち込み気味な自分を支えてくれているが、狼を素体とした故に活発であり、時には甘えん坊な一面も見せるのだ。

「ほら、アルフ! もう起きよう」

ゆさゆさとシーツごとその体を揺すれば、零れ出てくるのは『長い金髪』。

「え?」

アルフの姿を間違えるわけが無い。彼女はオレンジ色の髪だったはずだ。
変身魔法でも使っているのか? 私を驚かせようとして?
疑問は尽きず、フェイトは揺さぶる手を止めて、アルフとの精神リンクをかすかに開く。
話をするほどではなく、相手の状態を確認する程度の接続率。

「嘘……アルフは今……自販機の前?」

瞼の裏に映る像は自販機でカップ入りのティーを買っているアルフの姿。
どうやら寝坊している自分に飲ませてくれるつもりのようだ。何と優しい子だろう。
とても私の使い魔とは思えない。

「……って違う! じゃあコレは……」

フェイトは問題点の差異に気がつく。
問題はアルフが自分に似てない優しい子だということではない。
アルフであると思っていたベッドへの乱入者が違う人物だったと言う事だと。。

「ゴクリッ……」

恐る恐るシーツを下へとずらして行く。
現れたのは長い金髪の少年。艶やかな金髪と整い過ぎた顔立ちで、女性にすら見える。

「うっ……ギル……ゴメンなさい……」

その姿と色々な衝撃で呆然とするフェイトを他所に、少年は不意に顔を顰めた。
懺悔の念が苦しそうな呻き声と表情を作り、キレイな顔を老人のように歪める。

「えっと……その……大丈夫……だから」

フェイトは思わずそんな言葉を呟き、細いながらもしっかりとした少年の肩をそっと撫でる。
本当ならば他に色々ととるべき反応と言うのがあるのだが、それよりも何よりも苦しそうな少年を救いたい。
そうさせる何かが、自分と同じような苦しみを感じ、そうすることしかできなかった。

「……ここは?」

「キャッ!」

スイッチが入ったように跳ね起きる少年に、フェイトは思わず悲鳴を上げる。
片や少年はその悲鳴でやっとフェイトの存在に気がついたらしい。そして自分と少女の位置関係も……

「どういう状況だ?」

「どういうって……貴方が私のベッドに入っていて……」

「バカな! 俺は確かに……確かに死んだはずだ」

『死』
その言葉にフェイトは固まり、なにやらブツブツ呟いている少年を呆然と見つめる。ようやく自失から立ち直った少年がフェイトに、更に問いをぶつける。
だが彼女の口から語られる全ての事柄に、少年はただ首を傾げることしかしない。答えを得ているはずなのに、疑問が深まっているような反応。

「……という感じなんだけど……」

「しばし待て。俺はすでに錯乱している……」

数分の会話の結果得た答えは『錯乱している』ということらしい。
これ以上の説明が意味を成すとは思えないとフェイトは判断し、自己紹介を試みた。

「私、フェイト・テスタロッサ。貴方は?」

「俺は……レイ・ザ・バレル」

フェイトの問いに答えるとき、レイは初めて呆然とした視線を上げる。ぶつかり合う二つの視線。重なり合う二つの瞳。交差する二つの意思。
特別な感覚でもなんでも無く、二人は同じような答えを導き出した。

自分にあり、相手にもあるもの。冷めた心に、見えない明日。
作り物めいた『ニセモノ』のような印象。
何か別のものを目指して届かなかった『ユメのアト』たる身分。
そして……世界でたった一つの大事なものを失ってしまった『カラッポ』……

「「あの……」」

思わず上げた声が重なり、気まずそうにどちらも口を閉ざす。
言いたい事、聞きたい事、沢山有るはずなのにどちらも言葉が出てこない。
お互いに感じ取ったとおりに、似た者同士ということだろうか?

「おっはよ~フェイト!」

似た者同士が生み出す沈黙を破るのは、全く似ていない明るい声。長身の女性頭部からは獣の耳が覗き、それが狼系の動物を素体にした使い魔であることを示す。
手には持つ二つのカップからは暖かい湯気と香ばしい匂いが発せられていた・

「お寝坊さんなフェイトにホットの紅茶を……」

目的を告げる女性の言葉は途切れた。目の前に繰り広げられる光景を目撃してしまったが故に。
思い出して欲しい。フェイトとレイの位置関係を。
二人が居るのはベッドの上であり、二人は若い男女(若干年齢に差有り)だと言う事を。

「なっ……何してんの? アンタ達」

アルフと呼ばれるフェイトの使い魔は必死に考えていた。
ベッドの上で、二人ですること……つまりアレだ。多分……私も聞きかじりの知識だが。
しかも相手は見慣れない男。出来すぎた顔と長い金髪が不確定要素を濃くする。
もちろんこれがクロノだったとしても許しがたいが、アイツにはそれなりに恩が有る。
イヤ……相手がなのはだったら、ソレはソレでアリかもしれない。私も混ぜろと言う話だ。
待て待て! 問題点が全く違う場所に向かっているぞ? 落ち着け私! まずは状況の把握を……

ヤバ気な答えを弾き出しまくる脳を必死に冷却する。それでも彼女の手の内で紙のカップは不当な力に悲鳴を上げて、歪に歪み始めた。

「アッ……アルフ? 落ち着いて。私たち多分そういう事じゃなくて、つまりその……ね?」

自分の使い魔が熱くなっているだろう理由を即座に推測し、フェイトは慌てて言葉を紡ぐ。とんでもない勘違いをして熱くなっている使い魔を沈めようと、レイにも手助けを求める。
だがそれが過ちだった。

レイはそういうのが苦手だ。アカデミー時代から女性からの黄色い声は絶えなかったが、ソレを反応するような余裕は彼には無かったし、ソレを対処するようなアドバイザーも居ない。
保護者代わりの某議長はそういうのはダメダメっぽい。

そんな彼だが、突然目の前に現れた女性が怒っている事は理解できた。
だが隣の少女 フェイトが自分に何を求めているのかが解らない。
『つまり漠然としても良いから状態の否定が必要なのか?』
そう結論付けた彼はいつか使った気がする言葉で、否定を表してみた。

「気にするな。俺は気にしない」

その言葉に室内が凍りついた。もちろんレイはその温度差を理解できずに首を傾げる。

「気にするなだって……それはつまりぃいぃいい!!」

アルフの頭の中の方程式はこうだ。
『気にするな→大した事ではない→お前の主人と寝ようがどうでも良いことだろう?』
二個目の矢印で余りにも大きな意味の跳躍が見受けられるが、彼女はソレを完全無視。

「よくも……よくもフェイトをぉぉおおぉ!!!」

どう考えても敵役にフェイトが殺された時に叫ぶような台詞が室内を震撼させる。
使い魔は常に主人を優先する生物だ。主人に多くを依存する特性上、ソレは命令以上のモノで縛られた盟約。
そんな主人のどうでも良い扱い。アルフの使い魔としての能力はそのとき完全覚醒。
同じベッドに居ようともフェイトには被害ゼロなステキ攻撃魔法をセレクト。
最大火力で憎いアンチクショウにぶち込む。

轟音

初激を軍人の反射神経と、憎い遺伝子提供者の感で回避したレイは、しばらくアースラ内部を必死に逃げ回る事になった。
彼が保安部に『確保』……イヤ、『保護』されるまで五分弱……