リリカルバレル_第02話

Last-modified: 2007-11-18 (日) 15:38:57

俺ことレイ・ザ・バレルは取調べを受けていた。
死んだと思ったら見知らぬ場所で、見知らぬベッドで見知らぬ少女と寝ており、見知らぬ女性に見知らぬ攻撃を受けているような身分。
誰の目から見ても取調べを受けるには充分な状態だろう。

「さてと……それじゃあ取り調べ始めるわね?
私はこの艦の責任者であるリンディ・ハラオウンです。貴方の名前は?」

取調室とでも呼べそうな狭い部屋で机を挟んで座るのは、緑の髪の女性。その後ろに控えるのは黒髪の小柄な少年。
どちらも軍服のような制服に身を包んでいる事、更にはその身のこなしからして軍人、もしくはそれに類似した職業である事がわかる。自然と態度が改まり、背筋が伸びる。

「はっ! 自分はレイ・ザ・バレルであります!」
「うん、礼儀正しくて良いわね。それじゃあ所属は?」
「ZAFT、ミネルバ隊のMSパイロット。同時に特務隊フェイス」

そう、その身分だけが俺の全てだった。未来無き俺の全ての今。

「ほうほう、じゃあなんでフェイトちゃんの部屋に?」
「全く解りません。自分はその……戦闘中の爆発に巻き込まれた事しか……」
「ふんふん、じゃあこのデバイスはどこ製? 正式名称と型番は?」
「それも全く覚えがありません。正式名称どころか使用法、何故持っているかも不明です」

リンディ氏が調書から目を上げて指差すのは、机の上に転がされたキーホルダーのような何か。
身体検査で俺のポケットから発見されソレは、全く身に覚えが無い。しかもなにやらこの不思議世界では重要な武器らしい。

「フムム~じゃあ! フェイトちゃんとベッドの上でどんなことしたの!? 口では言えないような事していたら、お母さん許しませんですよ!?」
「何もしてません。なんですか? その期待と不安に満ちたような目は」

どうやらそこら辺が重要らしい。取調べとはコレで良いのだろうか?
「とまあ、こんな感じかしらね?」
「はあ……コレだけのものを見せられれば、納得せざるえません」

状況の説明と平行してリンディが提示した資料の全てが、レイが異世界から渡り来たことや、彼の世界では考えられない魔法と言う現象が真実である事を物語っている。
フェイトから説明された時は『錯乱していた』レイだが、落ち着きさえ取り戻せば彼の理解力や適応能力は高い。

「うんうん、物わかりが早くてお姐さん嬉しいわ。レイ君の世界は時空管理局でも把握していない世界なの。
 だから今すぐって訳には行かないけど、いつか必ず帰れるから安心してね?」

緑茶にミルクやら砂糖やらを溶かしこんだ不気味な飲料を、美味しそうに飲んでいるリンディの言葉に、レイは整った顔を崩す事無く平然と酷な内容を進言した。

「自分は元の世界では死んだ身です。それが突然と生きて現れる訳には行かないでしょう?」
「あら? それは困ったわね……でもそういう辻褄合わせはウチの得意分野だから……」

一瞬困った顔はするものの決して崩れなかったリンディの笑顔が、続くレイの呟きによって崩れ落ちる。

「俺は……死ぬべきだった……」

「ダメよ! そんな事を言っては!」

『ダン』とリンディの掌が机を撃ちつけて書類は大きく、湯飲みは小さく跳ねる。
彼女の顔には悲しみと怒りが渦巻き、平時の彼女を知るものが見れば驚愕に値するだろう変容。

「話を聴く限り貴方は軍人で、最も前線に出る機動兵器の操縦者だった。確かに戦場で散るのは軍人の宿命かもしれないわ。
 でも……自分を大事にしない。貴方は今生きているのよ? ご家族や友達も心配しているわ」
「……」
「提督、彼も疲れているでしょう。今は休ませてあげるべきでは?」

リンディの言葉に瞼を閉じ、重たい沈黙で答えたレイに、見かねたクロノが助け舟を出す。
外に控えていた保安部に宛がわれた個室に案内されながら、レイは思う。

リンディ氏の言葉はもっともだ。それが普通の人間を相手にしているならば……
自分に本当の親は居ない。戦友はいたが俺は彼らを利用した。心を弄んで、駒にした。
全ては大好きな育ての親の望みのために、自分のような不幸な存在が生まれない平和な新世界の為に。
それだけが望みだった。なのに……

「俺は……ギルを撃った……」

理由は解らない。まるで神に操れたような感覚だった。自分の体が自分の物ではなかった。
傲慢な最高傑作を狙っていたはずの銃口が……なんで……ギルを……
しかも共に死ぬならば救いは有る。だが自分は他の世界とやらで生きている。これではギルや艦長に申し開きができない。

「ゴメンなさい……ゴメンなさい……ゴメン……」

レイは通された個室で明かりをつけることもせず、ベッドにではなく壁を背にして崩れるように座り込む。
暖かいベッドでは、穏やかな安らぎでは眠る事が許されないと自分を戒めるように……

「ふう……レイ・ザ・バレルか……なにやら訳有りな雰囲気ね」

執務室でソファーに腰を下ろしながら、リンディは纏めた資料を再び目を通す。
そこには彼の証言だけではなく、そこから推測可能な事柄が細かく示されていた。
それだけ見れば『死に場所を求める悲しい金髪美少年軍人』と言う事位しか解りはしない。
だが彼の闇はもっと深い。彼女のプロとしての勘がそう叫んでいた。
生きてきた過程や訓練などの後天的な要因では生まれない何かが有るのだろう。
それが憎しみなのか、悲しみなのか、憤りなのか、空しさなのか? 

「そんなものを内に抱えているのに、彼の表情はそれを全く感じさせない」

完璧に近いポーカーフェイス。全てを内封しても冷たさを失わない氷の彫像。
そんな言葉で言い表すのがレイと言う少年にはピッタリだろう。
いや、彼はとても少年とは思えない大人びた雰囲気を持っているが……

「話して欲しいし、何とかしてあげたいけど、個人のことだし」

フェイトを積極的に擁護し、破格の待遇を与えているリンディは、レイに対してもそういう処置をとるつもりではいる。
時空遭難者は数こそ少ないけれど、定期的に報告される現象であり、彼らに対する処置は艦長クラスがある程度の裁量権を与えられていた。
故に可能な限りのフォローはしてあげたいが、裁判をしているフェイトとは違い、その目標を捉え難い。
加えて彼女よりも重症なのは明らかだった。

「リンディ提督、例の不明デバイスの解析結果なんだが……」

不意に通信端末から聞こえてきたのは、技術部長の野太い声。わかりやすい職人気質である彼の声には、長い付き合いであるものだけが読み取れる苛立ちが感じられた。

「まさか解析しきれなかったのかしら、親方?」
「ご冗談を! 魔法形式はミッドチルダ式、たぶんインテリジェントデバイス。
ただ起動コードのロックが硬くてな。それと今まで聴いた事も無い兵装システムを搭載している」

送られて来たデータに目を通し、リンディは大きく頷いた。ソレは確かに聴いた事の無い兵装システムだ。
本部の開発部が見たら卒倒してしまうだろう画期的なもの。だが……

「けれどこれは制御可能なの? デバイスから子機を複数分離させて、その子機が空中を飛び回りながら魔法を遠隔発射するんでしょ?
 普通の人間では把握しきれなくて事故、もしくは唯の的だと思うけど……」
「自分は機械の事は解りますがね、人の事は知りませんよ。それこそ持ち主に聞いてください」
「持ち主ね……」

技術部長に言われて、持ち主をリンディは思い浮かべる。その持ち主はこのデバイスが自分のポケットから出てきた事を心底不思議がっていたが……

「でも……渡してみたら意外と……って事もあるし」

どこかのフェレットもどきが、小学生に高出力なデバイスをポイっと渡したら、その小学生が規格外魔導師だった実例もある。
リンディもその実例に倣ってみることにした。

「技術部長、そのデバイスをこちらに持ってきてくれる? それとモニタリングの準備を」

「レイく~ん。今良いかな? 開けて~お姐さんと良い事をしましょう~」
「提督……それではむしろ開ける気が失せるかと……」
「え~!? お母さんって魅力無いのかな、クロノ~!!」
「仲が良いですな~貴方達親子は……」

床で蹲ったまま眠っていたレイは、インターフォンから流れてくるその会話に首を傾げた。

「何か御用ですか?」

当たり障りの無い言葉をセレクトし、ドアを開けたレイの顔は何時もの冷静なソレ。眠る前の悲しみや跡の後は欠片も無い。

「うん、ちょっとね。コレを持ってくれるかな?」

リンディが突き出した手に乗っているのは、レイがなぜか持っていた不明デバイス。
魔法が一般的な世界で使われる演算補助装置や予備魔力蓄積石などを備えた魔法運用を助ける補助装置。
それをなぜ魔法が認知されていない世界から来たレイが持っていたのか?

「起動コードにロックがされている。お前の世界に関連する言葉がパスワードかもしれない。
 だから思いついた言葉で良い、何か言ってみてくれるか?」
「……デスティニープラン……」
「魔力反応増加無し。違いますな」

それからレイが色々それらしい言葉を並べるが、反応無し。

「そうだ! デバイスも武器だから、そっちの世界の武器の名前! どうかしら?」
「了解」

レイは渡されたデバイスを睨みつけている。その形にはどこか見覚えがあったから。

「……アレだ」

不意に思い出した。それは最後に自分が乗っていた機体の姿と名前。となれば唱えるべき言葉は一つしかない。
むしろそれが何故今まで出てこなかったのかが疑問だ。

「レジェンド……『ZGMF-X666S LEGEND』……」

ソレは突然のことだった。

『コード確認・所有者認定』
「「「!?」」」

デバイスが無機質な声と愛色の光を放ち、技術部長の睨みつけていた魔力計の針が大きく跳ね上がる。
レイを含めて誰も呆然とする中、デバイスの声だけが響く。

『戦闘機動を開始しますか? Y/N』
「Y」

藍色の光は強さを増し、デバイスはその形を変える。MSレジェンドのバックパックをそのまま先端に装着したような杖だ。
外側に生えた十個の突起物が太陽や神の後光を思わせるが、その色は落ち着いた藍色。杖の大部分を構成する棒は暗灰色。

溢れる光はレイをも包み、それが消えたときには彼の服が変わっていた。それは元の世界で毎日袖を通していた服。MSパイロットのエリートを示す真紅の軍服。だが袖口等から見苦しくない程度にフリルが覗いている。
さらに胸元にはキレイなリボンや勲章のようなものが輝き、何処となく可愛らしさを演出していた。

「これは?」
「バリアジャケット。ミッドチルダ式魔導師が纏う魔力を物質化した防護服だ」
「魔導師? 自分がですか?」
「まだ初心者も良いところだけどな?」

形を変えた覚えの無いキーホルダーと、異世界に来てまで袖を通す事に成るとは思わなかった、ちょっと愛らしくなってしまった軍服。
それらを興味深そうに、だが少しの感情も表に出さずレイは眺めていく。

「これならあの分離する兵装システムのデータも取れますかね?」
「そうね~じゃあ、ちょっとトレーニングルームで『これでアナタも一人前の魔導師♪ 地獄を三週から五回半コース』を受けてもらえば……」
「アレは耐え切れば優秀な魔導師になりますけど、高確率で人生に挫けてしまうのでは?」

そんな彼らの話を聴きつつ、レイは冷静に判断した。

「自分は不味い所に来てしまったのでは?」と