リリカルバレル_第04話

Last-modified: 2007-11-18 (日) 15:39:58

フェイトに事前に与えられた情報は少ない。リンディ曰く『ハンデよ、レイ君よりずっと魔導師としては先輩でしょ?』と言うことらしい。
勿論ソレは良い。実戦における遭遇戦で相手のことが解っている事など、万に一つの確率だろう。
だがリンディが口にした数少ない忠告『見た事も無い魔法を使ってくるから気をつけて』と言うのが問題だ。
その魔法のデータ収集の為にレイは随分と努力させられたようだし……そこまで考えてフェイトは無駄な思考を追い出した。
相手が誰だろうと関係ない。どんな魔法を使ってこようと自分のするべき戦闘スタイルは変わらない。
もう今は居ない自分の師匠に当たる使い魔の教えを思い出して、フェイトは気を引き締めた。

片やレイが教えられているフェイトの情報は多い。彼女の戦闘スタイルや攻撃法は事細かに知らされている。恐らく速攻でやられないための配慮だろう。
実戦におけるレジェンドの画期的な兵装システムのデータを取る為の行うのだから、何のアクションも取れないのでは意味が無い。
もとより学習や練習でコーディネーターの中に居るナチュラルでありながら、アカデミーのトップを守り続けたレイだ。
それだけでは飽き足らずフェイトの戦闘映像には残らず目を通した。故に理解している。
彼女の強さを。だから出し惜しみは一切無し。最初っから望んだ通りのデータをくれてやる事にした。

「レジェンド、ドラグーンシステム起動」
『Yes My Pirot.』

先程とは打って変わって感情を配した高い女性の声でレジェンドは答えた。ディスプレイで英語の羅列が流れる。
流れる文字は『Disconnected Rapid Armament GroupOverlook Operation Network System』。
分離式統合制御高速機動兵装群ネットワークシステム。その頭文字を取って『DRAGOON』System。

『Dragoon System  Set Ready.』
「ドラグーン……射出」

「なっ!?」

模擬戦開始の合図となる電子音を聞くと同時に、フェイトは最速での前進を開始して……驚愕した。
もちろん相手が砲撃魔法を仕掛けてきたわけではない。敵が突っ込んできたわけでもない。
それは戦闘であれば当然の事だ。驚く必要性は一切無い。だが驚いてしまった。『飛んできたのはデバイスの一部』だったから。
正確に言えばレジェンドの円形部の淵に並んでいた突起が計8個、本体から外れて猛スピードで飛来する。

「これは……」
『攻撃感知』
「!?」

それだけで驚いたフェイトに彼女の相方たるバルディッシュが告げるのは更なる衝撃。見れば分離した突起が、その先端に射撃魔法使用時に展開される魔方陣を灯す。
フェイトが大きく前方への運動エネルギーを後方へと回して飛び去るのと同時に、彼女がいた空間を数条の光線が貫いた。

「この!!」

フェイトとてやられてばかりではない。鎌状のサイズフォームに変形させたバルディッシュを一閃! 
アークセイバーと名付けられた光の刃が、分離した突起数個を巻き込み切り裂く為に飛翔する。
だが突起 機動砲は空中を左右へスライドするような完璧な回避を見せ、更には返礼とばかりに射撃魔法を放ってくる。
数瞬の攻防の中でフェイトは唸る。

「なに……これ!?」

撃ち出して来るのは、珍しくも無い中威力程度の直射型の射撃魔法だ。だが直射型である以上貫通力に優れ、何処かの砲台型魔法少女には及ばないフェイトのシールドを何度か貫かれた。
フェイトは並みの射撃魔法に対して、防御などせずに回避するという選択を取ってきた。彼女のスピードならば、直進するだけの直射型ならば避けるのは難しくない。
だが今回は違う。直射型射撃が360度から飛んでくるのだから、回避が間に合わないのも当然。

「これが画期的な兵装システム!」

リンディ達がデータを欲しがるのもフェイトには良く解る。ドラグーンシステムだっただろうか? では飛び回っているのはドラグーンと呼称しよう。
それらの動きはランダムに見えて、実はしっかりと制御されている。お互いの隙をカバーするように回避と射撃を行ってくる。
確かに素晴らしいシステムだ。だが……!!

「世の中に完璧は無い!!」

ソレは魔導師にも言える事。砲撃が得意なものは近接戦闘が苦手。戦闘に特化すれば回復などが使えない。それらは全て逆もしかり。
オールラウンド全てをこなせそうな仕事の虫執務官も存在するが、全てをソツ無くこなせるが飛びぬけたものが無いとも取れる。

この人も……とフェイトの思考が回避と防御の合間で見出した答えが、実際に起きた。
移動と射撃を繰り返して八つのドラグーンが、一斉に後進する。ランダム機動で迎撃は避けているが、戻る先はレジャンド本体。つまり雨のように降り注いでいた射撃が止む。

「いま!!」

このときを逃せばチャンスは少ない。フェイトは一気に駆けた。魔力を加速に惜しげなくつぎ込み、爆発的な速度。戦闘は一気に終焉へ……

レイは苛立っては居ない。冷静に状況を見極めて判断している。冷静に『マズイ』と判断している。
ドラグーンシステムはこの世界でも強力であり、魔導師としての経験の無さを補って余りあるシステムだ。並みの相手ならば勝利することができるだろう。
だが目の前の少女 フェイトが相手ではそれが難しい。先程から大部分の射撃は回避され、防御させられた回数すら僅か。
その大部分が障壁を貫通しているが、敵の動きを止めるほどではない。せいぜい精神的に追い詰めている程度の効果だろう。
先程ドラグーンの砲撃に混じって、大威力の砲撃を行ってみたがあっさり回避され、ドラグーンの制御が甘くなって間合いを詰められかけた。
レイは自分が接近戦では勝利が薄いのは目に見えている。フェイトもソレを理解して距離を詰めようと奮戦しているのだから。

「そして……こっちにはタイムリミットが有る……」

砲撃は隙を作るため本体からの射撃でドラグーンに混じって攻撃を加えながら、レイは呟く。
それはディスプレイで60秒を切ったことを知らせるドラグーンの稼働時間だ。魔力で飛翔・攻撃するドラグーンだが、その補給はレジェンド本体を通して直接受けなければ成らない。
つまりフェイトをようやく押さえ込んでいる攻撃が、一斉に止まってしまうという事だ。

「どうするか……レジェンド。『ナイト』を起動準備」
『Bat……NO Power And Limit.』
「構わん。片方だけ……その一撃だけ撃てれば良い。他のドラグーンが戻り始めたのと同時に放て」
『YES Sir.』

レジェンドとの打ち合わせを終了し、レイは変わらず華麗な動きを見せる敵を睨みつける。ドラグーンの動きが読めてきたのか? 時たま放たれる迎撃の魔法が少しずつ誤差を修正している。

レイにとって見れば驚愕と評価に値し、もっと見ればその姿は凛々しく美しかった。
だが……勝負とは関係ない。価値無き自分に価値を付けるための行い。自分が初心者だろうと、相手が強かろうと負けたいとは思わない。

『3…2…1…0! Dragoon Recovery』

レジェンドの宣言どおり、ピタリと攻撃を止めて戻ってくるドラグーン。その隙を見逃すまいとフェイトが駆ける。
その速さは魔導師の出鱈目な動きを学習済みであるレイも舌を巻いた。一気に距離を詰められば、そこは既に彼女の間合い。

「だが……最短を意識すれば、軌道は読みやすい! レジェンド!!」

ドラグーン自体を操るには並外れた空間認識能力が必要とされる。リンディがシステムの報告を受けた時に疑問視したことを解決できる唯一の能力だ。
その能力を使えば速度ではなくルートとして、彼女の動きは手にとるように解る。主が読み取った軌道から取るべき道を読み取り、レジェンドも吼える。

『Surprise♪ Right knight Go Ahead!』

その言葉に答えるのはデバイスの先端部に装着されている、他よりも微かに大型な一対の機動砲の片割れ。そのレイから見て右側に該当するモノが他とは違う動きをとった。
後進し、母なるデバイスと連結する休息ではなく、更なる戦果を求める進撃。他のドラグーンが『歩兵』もしくは『射手』だとすれば、それは『騎士』。
砲撃だけではなく、その先端に宿すのは光の棘・ビームスパイク。進撃する先は同じく勝利のために高速で前進するフェイト・テスタロッサ。

『Defenser!』
「えっ!?」

フェイトはバルディッシュが上げる自動防御の声で、その奇襲に気が付いた。だが側面から、しかも高速運動中である事からも回避は困難。
回避ではなく選らばなければ成らなかった防御に、ナイト・ドラグーンの光の刃が噛み付き……ガラスが割れるような音と共に最後の守備が砕け散る。
だがそれだけだ。もはやフェイトに突撃するにも、射撃を浴びせるにも魔力が足りない。フェイトが一安心しかけて、驚愕する。

「レジェンド! 近接武装を!!」
『Defeianto Javelin』

ナイト・ドラグーンの突撃と同時にレイは駆け出す。もう自分の気力と魔力は残り少ない。また距離を取ろうとも消耗戦では、先に力尽きるのはこっち。
ならば敵が予想だにしない動きをとっての錯乱から、一気に勝負を決する。レイの手の内ではレジェンドの柄の部分が一回り縮み、先端から延びる光の刃。

「はぁああ!!」
「このぉおお!!」

だがレイも承知の通り、ここはフェイトの間合い。ディフェンサーを抜かれたスキから直ぐに立ち直り、鎌状のバルディシュを振り上げる。
ほぼ同じタイミングでレイは剣の形をとったレジェンドを振り下ろし……

勝負は付いた。

「負け……か」
「えぇ、私の勝ちです」

既に魔力の爆発音も静まった訓練室内で、そんな小さな会話が響く。負けかと呟いたレイは仰向けになって倒れ、勝ちと宣言したフェイトも片膝を付き、その息は荒い。

「やはり接近戦は挑むべきでは無かったか……」
「そんな事はありません。かなり……驚きました。一瞬遅れたら……相打ち……ううん、負けていましたから」
「そうか……」

非殺傷設定と言うレイからすれば便利すぎる機能により、大きな怪我は一つ無いが、いまは全ての力を抜いて横になって居たい。
地獄巡りとは違う充足感を伴う疲労感だったから。しばらくの沈黙、お互いの息遣いだけが聴こえていたが、レイが思い出したように呟いた。

「お前とは……同じようなモノを感じた」
「え?」
「冷めて満ちぬ心……偽りだらけの自分……」
「あっ……」

フェイトは思わずその言葉に思わず身を竦める。何故そんな事を言うのかと言う理屈よりも、ソレを誰かに口にされた事がショックだった。彼が自身をそう評した事に疑問を感じながら。
そんなフェイトの雰囲気を感じ取ったわけではないだろうが、レイはそれ以上その話はしなかった。代わりに不器用な微笑を浮かべて問う。

「たまにで良いが……模擬戦……付き合ってくれるか?」
「……はい」

虚無だと自分を認識するニセモノ二人……だがほんの少しだけ……運動で熱した体に伴うように、心に温かみも感じていた。