ルナマリア◆yb4dHGjFao 15

Last-modified: 2017-02-22 (水) 03:16:33

これで貴方もいつでも種割れ
 
 

『ライオンに狙われたウサギの気持ちがわかった』
後にシン・アスカはロンド・ミナ・サハクの印象をこう語った……
 
「シン・アスカよ、種割れとはなんだと思う?」
 アカツキを見せてもらった直後、ロンドン・ミラーとか言うおばさん(ピキッ)が言い出した。
「は?なんです、突然?」
「種割れとは極限まで集中した状態の事で、特別なものではないらしい。」
「はぁ……」
 上から言葉が降って来る。この人のMSのコクピットはどんな大きさなんだろうか?別に羨ましくないけど。
「つまり!貴様の集中力を鍛えれば、いつでもトップ・エース級の活躍が出来るわけだ!」
「はぁ……」
「そこで!このロンド・ミナ・サハク自ら貴様を特訓してやる事にした!ありがたく思え!」
「はぁ!?俺にはアカツキの調整が……」
「そんなものはスタッフに任せればいい。今の貴様に必要なのは己を磨く事だ。」
 言うなり首筋を掴まれた。そのままドンドン運ばれていく。俺はネコか!?

「…なんです?この蝋燭?」
 暗い部屋にポツンと置かれた蝋燭。誰が何処からどう見ても怪しさ満点だ。
「昔の有名な拳法家が行った特訓だ。触れず、息を吹きかけずしてこの蝋燭を消して見せろ。」
「いや、マンガじゃないんだから……」
「無理か?ならこの濡れた和紙の上を破らずに歩いてみろ。」
「一朝一夕で出来るわけないじゃないですか!」
「口答えの多い奴だな。ならこの針に糸を通してみろ。」
「物凄い量じゃないですか!」
「ええい!文句が多いぞ!」
 殴ったね!?マユには殴られた事ないのに!
「アカツキを使う以上、負けるとしたら貴様の腕が悪いからだ。貴様はもっと強くならなければならんのだ!」
 ぐっ、正論過ぎて反論できない。
「…わかりました。」

「お、終わりましたよ?」
 格闘する事3時間、ようやく糸通しが終わった。単純作業を続けるのがいかに苦痛かわかった気がする。
「ふむ、では次の特訓に移ろうか。付いて来い。」
 拒否権は無いのか!?
「座れ。」
「…板張りで尻が痛いんですけど。」
「かつてニホンには座禅と言う修行があったそうだ。深く深く瞑想する事で己の心を無にするのだ。」
「はぁ……」
「無の心、それはまさしく究極の集中状態。これで貴様はいつでも種割れだ。」
「…フリーダムのパイロットが無の心だとは思えないんですけど?」
「あれは考える事を放棄しているだけだ。雑念が入らないから高い集中力を保っているのだ。」
 …なんとなく納得してしまった自分が情けない。

『は〜いマユで〜す』ぴくっ
 目の前に置かれたケータイからマユの声が聞こえてくる。思わず反応してしまう。
「雑念が入っているぞ!」
「あ痛っ!こんな状態じゃ無理でしょ!」
「集中せんか!」
「あ、頭は無しでしょ!」
『マユは今電話に出られません』ぴくっ
「集中しろと言った!」
 …なんかものすっごい笑顔なんですが、これは新手のイジメですか?

「よし、次の特訓に移るぞ。」
 ストレスを発散した爽やかな笑顔でのたまうおば(ピキッ)…もといミナ様。
「も、もう許してください……」
「なんだ?それでは私が貴様をいじめている様に聞こえるではないか?」
 しれっと言ってのけるあたり只者ではない。つーかこの人には絶対勝てない。
「…ふむ、私も鬼ではない。気分転換に私のペットと遊んで癒されて来い。」
 ペット…まさか人間の男とかじゃないだろうな?

「えーっと…随分広い運動場ですね?」
 運動場と言うよりは中世のコロシアムのようだ。
「シンよ、動物と言うものは最初に上下関係を教えれば従順になるものだ。」
「な、なんです?突然?」
 嫌な予感がするんですけど?
「まあ頑張れと言う事だ。来い、アストラ君。」
 片隅にあった檻が開いて立派なたてがみを持った金色の動物が現れた。
「ラ、ラララ……」
「ら?」
「ライオンじゃないですか!殺されますよ!」
「失敬な。アストラ君はただの大きなネコ(科の動物)だ。」
「今小さな声でなんか言ったでしょ!」
「遊んでもらえ、アストラ君。食べちゃだめだぞ♪」

「つ、爪!爪が!」
「バカモノ!攻撃動作を見切って避けろ!集中力が足りん!」
「牙!牙は嫌!」
「こら!食べちゃダメだって言っただろ!」

「全く!ビシッと躾けろと言っただろうが!」
 ライオンの頭を撫でながら言って来た。
「ライオンに…そんな…事…出来るの…は…どこぞ…の外務次官な…人…だけです…」
 ああ、マユ…そんな所にいたのか…今行くからな…

目を覚ますと目の前が真っ暗で、奇妙な浮遊感があった。
(本当はまだ眠っていて目を覚ますとマユが朝ごはんを作ってくれていて学校へ行くとヨウランやヴィーノが……)
都合のいい妄想(願望)を猛獣に襲われた傷の痛みが吹き飛ばし、恐ろしい現実を教えてくれる。
「って、ノーマルスーツで無重力で真っ暗で宇宙漂流!?」

よーし、落ち着け、俺。素数を数えるんだ。1、2、3、5……199、211、よし落ち着いた。
星が見えないから何かの中に入ってるのは間違い無いよな?生身じゃデブリにぶつかって死んでるもんな。
そう言えばノーマルスーツには発光信号用のライトが付いてたはず…あった。
「木目…?それに旧世紀のテープレコーダー?」
 目の前に広がる木目の壁。漂うテープレコーダー。とりあえずスイッチを入れてみる。
『おはようアスカ君。』
 流れる疫病神の声。
『まず君の現在の状況を説明しよう。君は樽の中にいる。』
 …ハァ!?
『樽は凄いんだぞ?しっかり蓋をすれば宇宙から地球に帰れるかも知れない位だ。』
 いや、無理だから。
『爆薬とデメキンは入っていないから安心していいぞ?』
 何を安心しろって言うんだ!
『今回の訓練は生きて帰る事だ。まあ頑張れ。』
 うっわ、アバウト過ぎ!
『なお、このテープは自動的に消滅する。』
 …ほんとに燃え尽きた。どんな仕掛けなんだ?
一体何時間経ったのか…いや、実際は何分も経っていないのかもしれない。
「俺はこのまま死ぬのか?」
 そう思った途端、死が目前に迫ってきたような気がする。なんだか息苦しいような……
「死ぬのは嫌死ぬのは嫌(×多数)…死んでたまるかぁ!」
 クリアーになる視界。どうやら「種」が割れたらしい。
「って、こんな状況で割れたからって何になるってんだ!」

シンは、2度と地球へは戻れなかった…樽と生物の中間の生命体となり、永遠に宇宙空間をさまようのだ。
そして死にたいと思っても死ねないので、そのうちシンは考えるのをやめた。

「こんな結末は嫌だ!こうなったら外に出てやる!ええ、ヤケクソですが何か!?」
 外へ出て死んだらばーさん(ぴきっ)の枕元に毎日立ってやる。悲壮な覚悟を決めつつ、樽の蓋を蹴破った。
「はぁ!?」
 目の前には白い部屋。誰が、どこから、どう見ても宇宙空間ではない。
『やっと出てきたか。遅かったな。』
 管制室?らしき部屋からばーさん(ぷちっ)が話しかけてきた。何故か額に青筋が立っている。
「この部屋は一体なんなんだ!?」
『アメノミハシラ開発部の実験室だが?まあ、とりあえず出て来い。話はそれからだ。』
 指差す方向に出口らしき扉があった。護身用のナイフを握りつつ扉へ向かう。

「あんたって人はぁぁぁ!」
 ナイフを振りかざしつつ襲い掛かる…が、
「やめて欲しいものだな?本気で喧嘩したら、たとえ戦闘用コーディネーターでも私にかなうわけないだろう?」
 か、片手でネック・ハンギング・ツリー!?この人本当に女か!?いや、人間か!?
「全く、万が一にも事故の無いよう配慮してやったのに、貴様と言う奴は……」
「す、すみません、手を離して……」
 く、首、首が絞まる!
「大体私は(たしか)まだ20代で貴様にオバサン呼ばわりされる筋合いは……」
 ああ、マユ…迎えに来てくれたんだな……
以後の特訓をダイジェストでお送りします。

「でかい鍋に油?なんです、これ?」
「うむ、古来より日本男児はこの油風呂で精神を鍛えた、と本に書いてあった。」
「いや、死にますから!その怪しい本はあてにならないでしょ!」

「な、なんです?このヒラヒラフリフリの服は…?」
「うむ、これを着て暮らす事で精神を鍛えるのだ。」
「それは人として大切な何かを捨ててるだけじゃないですか!」

「あのー、ライオンが二頭いるんですけど……」
「うむ、アストラ君と兄のレオ君だ。かわいがってやれ。」
「あ、あは、あはははは……」

「うむ、ようやく満足できるレベルにはなったな。」
 ボロボロのシンを見下ろし、満足げに言う大女。
「そ、そうですか……」
「今回はこれで終わりだが、道に迷った時はいつでも来るがいい。」
(二度と来るもんか!)
「んー?返事はどうした?」
「は、はいっ!ありがとうございます!ミナ様!」

この後、エースパイロット、シン・アスカの名は世界中に響き渡った。
その影には、偉大なるコーチ、ロンド・ミナ・サハクの指導があったと囁かれている……