久遠281 氏_MARCHOCIAS_第10話

Last-modified: 2014-07-13 (日) 00:11:34

――MARCHOCIAS――

 

 第十話 悪魔

 
 

収容所内部、通路の曲がり角から突然現れた兵士の姿に、コニールは驚いて咄嗟に動くことが出来なかった。
代わりに兵士に跳びかかったのはアセナだ。
唸り声をあげながら跳びかかってきた大きな獣の姿に、兵士はそのまま後ろに倒れた。
そのまま伸し掛かったアセナを、兵士は自分の上から退かそうと必死に抵抗するが、アセナは牙をむき出して退こうとはしない。
その間に我に返ったコニールは、倒れた兵士の手からライフルをもぎ取り、その顔面を思いっきり踏みつけた。
踏みつけられた兵士は少しの間痙攣した後、その場に大の字になって動かなくなった。
どうやら気を失ったらしい。
「……ありがと」
兵士が動かなくなった事を確認したコニールは、礼の代わりにアセナの頭を軽く撫でようとする。
しかしアセナはコニールの手が触れる直前、その手から逃れるように走り出してしまう。
そして少し行った所で"早く来い"と言わんばかりに、こちらを振り返った。
その姿に、コニールはアセナの飼い主の姿を思い出してしまい、自然と笑みがこぼれた。
――素直じゃない所はそっくりだ。
そんな事を思った瞬間、轟音と共に地響きが聞こえてきた。
轟音の出所に心当たりがあったコニールは、思わず窓の外を覗き込んだ。
だが、窓の外に自分の探している姿は見当たらなかった。
どうやら、ここからは死角の場所に居るようだった。
「シン……」
コニールは不安げな声で小さくつぶやく。
その姿を探したい誘惑を振り切って、コニールはアセナの後を追って走り出した。

 
 

****

 
 

建物の壁に勢いよくぶつかった衝撃に、シンは歯を食いしばった。
直後にビームサーベルを振りかぶったドムトルーパーの姿が視界に映り、慌てて機体をひるがえす。
一瞬前までインパルスレプリカがいた空間を、ドムトルーパーのビームサーベルが切り裂いた。
インパルスレプリカがぶつかった所為で崩れかけていた壁が、ビームサーベルでさらに破壊されて辺りに飛び散る。
その隙にドムトルーパーの横に回り込んだインパルスレプリカは、持っていたビールライフルの照準を目の前のドムトルーパーに合わせた。
だが、引き金を引く直前もう一機のドムトルーパーが横からインパルスレプリカにギガランチャーを構えてることに気が付き、慌てて機体を後退させた。
しかし慌てて居たためか、インパルスレプリカの左右の足がぶつかり、バランスを崩してその場に尻餅をついてしまった。
――……なんか最近、転んでばかりだ。

 

シンはそんな事をうんざりしながら思ったが、愚痴を言っている暇は全くない。
急いで機体を立ち上がらせようとする。
しかしその間に三機目のドムトルーパーがこちらに向かってビームサーベルを振り上げる。
立ち上がっている暇がない事を悟ったシンは、無理やり機体をひねってビームサーベルを避けた。
ビームサーベルが装甲をかすり、黒く焦がす。
相手が次の攻撃に移るまでのわずかな隙に、シンは急いでインパルスレプリカを立たせると、大地を蹴って距離を取ろうとする。
大地を蹴った直後、、メインカメラの直ぐ前を相手のビームサーベルが通り過ぎて行き、シンは内心冷や汗をかいた。
距離を取って一息ついたかと思ったら、もうすでに最初に攻撃してきたドムトルーパーが後ろに回り込んでおり、シンは舌打ちしをした。
背後のドムトルーパーが構えたギガランチャーから発射された閃光を、何とか盾で防ぐ。
『思ったよりもやるじゃないか』
不意に聞こえてきた声に、シンは思わず眉を寄せた。
その声は素直な称賛の響きがあったが、素直に喜ぶ気にはなれない。
『あんただろ?ザフトのグフイグナイテッドを落としたのは』
――……は?ザフトのグフイグナイテッド?
ヒルダの声に、シンの脳が一瞬フリーズする。
そういえば最近、グフイグナイテッドを見たよな。
あのド素人が乗ってるとしか思えなかった機体。
もしかしてあれが"ザフトのグフイグナイテッド"って奴だったのか?
へー、あれがザフトの……。
ザフトの……。
……。
――一体どうした、ザフトーー!!
シンは心の中だけで絶叫する。
声に出なかった理由は、あまりの驚愕に開いた口が閉まらなくなったからだ。
いくらなんでも、あんな素人同然を戦場に出すなんて、ザフト上層部はいったい何を考えているのか。
もっとも、昔から少しおかしい所は確かにあったけど!
民間の警備会社だって禁止しているソロでの行動を組み込んだ作戦を、そのまま実行しちゃう軍隊だったけど!
実行したのは俺だけど!!
そんな事を思いながら、シンは頭を抱たい気分になった。
しかし今、コントロール・スティックから手を放したら確実に落とされる。
そう思いながらシンが機体を横っ飛びさせると、直前までインパルスレプリカがいた所が閃光に焼かれ、辺りに焼けた石が飛び散った。
シンが絶え間なく仕掛けられる攻撃を何とかかわしていると、突然警報がコックピット内に響き渡った。
驚いて計器に目をやると、いつの間にかにバッテリーの残量は、もうすぐレッドゾーンに入ろうとしていた。
このままだと攻撃が当たって四散するか、それともバッテリー切れで戦闘不能になるか、そのどちらかしか無い。
いくらナノマシンといえども、爆発四散したら蘇生は不可能だろう。
生き残れる可能性だけを考えたら、バッテリー切れの方が、まだ可能性がある。
しかしそれでは、今収容所に潜入している仲間達がどうなるかが分からない。
バッテリーがある内に捕まっている仲間達を全員逃がせればいいが、そうでなければ逃げ遅れる者が出るだろう。
じゃなくても自分がドムトルーパーに捕まっているせいで、兵士達は"MSはMSに任せたほうが良い"と判断し、予定よりもこちらに意識を集中してはいないだろう。
シンは舌打ちして、何とか突破口を探して辺りに視線を巡らせる。
それで気が付いたのは、いつの間にかに最初に戦闘していた地域から、随分流されていたという事だった。
最初に戦い始めたのはMS倉庫の傍だったが、いつの間にかにその姿は見えなくなっていた。

 

代わりに見えたのは、送電線が通った鉄塔だ。
今でも広い地域で電力不足が続いている状況で、政府関係施設につながる送電線の鉄塔は必要以上に大きい。
理由は、あまり小さいと電力泥棒が多発するからだ。
政府関連施設に続く電線は、一般家庭のものより優先的に電力を供給しているケースが多い。
その電力を狙って電柱によじ登り、勝手に電線をつないだり、バッテリーを充電したりする者が後を絶たないのだ。
だが大きな鉄塔ならよじ登れないので、電力泥棒の方があきらめる。
シンはその大きな鉄塔の足元で、何か手がないか、必死に考えた。
しかし、何の手も浮かばないまま、バッテリーだけが減っていく。
『なかなか粘るね。だけど、そろそろ終わらせてもらおうか!』
ヒルダの声に反応するかのように、ドムトルーパーが一機、こちらに向かってビームサーベルを振り上げた。
シンはそれを避けて後退しようとする。
だが、それをもう一機のドムトルーパーが放った閃光が阻んだ。
シンは後ろに下がる事が出来ず、仕方なくドムトルーパーのビームサーベルをテンペストで受け止める。
そこでシンは、残る一機が自分の右手からこちらをギガランチャーで狙っている事に気が付いた。
しかし目の前のドムトルーパーが邪魔で、回避行動をとる事が出来ない。
かといって、盾は左腕に持っているため、それでガードする事も出来ない。
シンは思わず舌打ちをする。
ここままだと確実に――死ぬ。
そう思った瞬間、気温が急激に下がるような感覚が、シンを襲った。
死ぬ?
死んだらすべての苦しみから逃れられるのか?
体内にナノマシンを持つシンには、"寿命"と言うものが無い。
死ぬには誰かに殺されるか、それか自分で自分の命を絶つ以外に"それ"を得る方法は無かった。
だからこそ、シンにとって"それ"はとてつもない甘美な誘惑に思えた。
――……別に、いいか。
シンは不意にそう思い、コントロール・スティックを固く握っていた手の力を抜いた。
しかしその直後、シンの視界の中にある光景が映った。
それは焼き払われた大地。
目の前にあるのは先ほどまでは人"だった"、血にまみれた三つの肉の塊。
視界が急に変わる。
次に映ったのは雪が降りしきる瓦礫の山。
自分の腕が抱くのは、血まみれで眠るように息絶えた金髪の少女。
――お前たちは……きろ。生きて……俺の明日を……。
不意に聞こえてきた少年の声に、シンは少女に向けていた視線を上げる。
いつの間にかに雪と瓦礫の山が消えており、代わりに炎を上げる家々が並んでいた。
――シン……。
自分の手元から聞こえてきた弱弱しい声に、シンは驚いて視界をそちらに移した。
いつの間にかに自分の手元から金髪の少女が消えており、代わりに赤毛の女性が血まみれで横たわっていた。
女性は血にまみれた手で、シンの頬をいとおしそうになでる。
――どうか……、あなたは……。
そこまで言うと、女性の手がシンの頬から離れ、地面に落ちた。
シンは空に向かって叫ぶ。

 

しかしそれは"今"ではない。
全て"過去"
ずっと前の"昨日"だ。
そして"今"は、あの空に向かって叫んだ日の"明日"だ。
そう思った瞬間、コントロール・スティックを握っていたシンの腕に力がこもった。
――……そうだ。
"今"は、彼女が、親友が、あの子が、妹が母が父が、どんなに望んでも得られなかった"明日"だ。

 

――それを俺が、ここで捨てる訳にはいかない!

 

「こんな……、こんな所で俺は……!!」
死ねない、死ぬわけにはいかない。
そう思った瞬間、シンの頭の中で何かが弾けた。
途端に、視界が一気に広がる。
バッテリーがレッドゾーンに入ったことを知らせるアラームがコックピット内に鳴り響いたが、シンはそれを無視した。
シンは、右にいるドムトルーパーがギガランチャーの引き金に力を込めるのを見たが、それも無視して力任せに一歩踏み込んだ。
相手は驚いたようだったが、インパルスレプリカに自機よりもずっと重量のあるドムトルーパーを押しのけるほどの馬力は無い。
しかしシンは構わず踏み込むと、左腕を伸ばす。
そしてドムトルーパーの首の装甲と装甲の隙間に手を掛け、そのまま力任せに引っ張った。
あまりに予想外のインパルスレプリカの行動に、相手パイロットは驚いて対応が遅れたのだろう。
そのままバランスを崩して、インパルスレプリカとこちらを狙っていたドムトルーパーの間に倒れこむ。
倒れた瞬間と、右手に居たドムトルーパーのギガランチャーが閃光を放ったのはほとんど同時だった。
閃光はドムトルーパーの装甲に当たり、跳ね返される。
跳ね返った閃光は撃ったドムトルーパーの足元に当たり、石つぶてが辺りに散った。
その間に、背後にいたドムトルーパーがビームサーベルを振りかぶってインパルスレプリカに襲ってきた。
シンはそのドムトルーパーに向かってビームライフルを撃ちながら、倒れているドムトルーパーを飛び越えて距離を取る。
インパルスレプリカが放った閃光はドムトルーパーの装甲に弾かれ、方向を変えて飛び去る。
その飛び去った先に在ったのは、送電用の鉄塔だった。
閃光は鉄塔の柱に当たり、高熱で溶かす。
直後に聞こえてきたのは、甲高い耳障りな音だった。
その音と同時に、鉄塔がゆっくりとこちらに向かって倒れだす。
それに気が付いた三機のドムトルーパーが、思わず鉄塔に視線を向けた。
インパルスレプリカが大地を蹴ったのは、その瞬間だった。
テンペストを手に跳びかかってきたインパルスレプリカに、鉄塔に気を逸らしていたドムトルーパーは反応が遅れた。
それでも直ぐに気が付き、手に持っていたギガランチャーを構えようとする。
しかし遅すぎた。
インパルスレプリカは、ドムトルーパーがギガランチャーを構えるよりも早く、ドムトルーパーの首と胴体をつなぐ装甲と装甲の隙間にテンペストを差し込み、そのまま突き刺した。
テンペストの切っ先は胴体の内部を進み、そのままコックピットを貫いた。
シンはすぐさまドムトルーパーからテンペストを引き抜くと、今し方貫いたドムトルーパーに背を向ける。
直後、ドムトルーパーが轟音を立てて爆発を起こす。
ドムトルーパーが爆発すると同時に、シンはブースターを全開にした。
本来インパルスレプリカに推進剤はごくわずかしか積まれていなかったが、ドムトルーパーの爆発した爆風に押され、推進剤の量以上の加速力を見せた。

 

さらに鉄塔が倒れてきたさいに生じた風圧が加わり、インパルスレプリカは一気にドムトルーパーに迫った。
予想外のインパルスレプリカの加速に、倒れてきた鉄塔を避けるため回避行動をとっていたドムトルーパーは、対応する事が出来なかった。
シンは先ほどと同じように、ドムトルーパーの首を狙ってテンペストを突き立てた。
そのさい、ヒルダの誰かを呼ぶ声が聞こえた気がするが、シンは構わなかった。
テンペストの切っ先は、中のパイロットごとコックピットをつぶす。
直後、残った最後のドムトルーパーがこちらに向かって突進してきた。
通信機からヒルダの声が聞こえてきたので、このドムトルーパーに乗っているのがヒルダらしい。
シンは突き刺していたテンペストを引き抜くと、そのまま蹴り飛ばし、ヒルダの乗るドムトルーパーに向き直ってビームライフルを構えた。
それを見たヒルダはそのままビームサーベルを振りかぶる。
――ドムトルーパーは"ヤタノカガミ"を使っているからビームライフルは効かない。
その思いが、ヒルダに大きな隙を作らせた。
ビームソードを振りかぶって正面ががら空きになったドムトルーパーに、シンはビームライフルを突きつける。
そこは胸部にあるミラージュコロイドを転用した粒子ビームを放出し、フィールド膜を発生させるするための穴だった。
当然、そこは装甲でふさがれてはいない。
シンはためらい無く引き金を引いた。
発射された閃光は穴から内部に入り、すべてを一瞬で焼き尽くした。
ドムトルーパーがバランスを崩して後ろに倒れこむ。
エネルギーが暴走したのか、それとも推進剤に着火したのか、ドムトルーパーの機体は倒れると同時に火に包まれた。
それとほとんど同時に、インパルスレプリカのコックピットが暗くなる。
シンが計器に目をやると、バッテリー残量は0になっていた。
どうやら予備バッテリーに切り替わったらしく、コックピット内は必要最低限の計器の光だけが灯っていた。

 
 

****

 
 

収容所の至る所で火の手が上がる。
そのほとんどは、激しいMS同士の戦いによるものだった。
警備兵達はすでに、この騒ぎを抑える事をあきらめたらしい。
あきらかに部外者の格好をしたコニールが収容所内部を走っているのに、誰も咎める者は居なかった。
もっとも、自分達もさっさと逃げ出さないと炎に飲み込まれかねない中、そこまで任務に忠実な者などいないだろう。
コニールは自分の求める姿を探して収容所内部を走り続ける。
やがて見つけたその巨大な姿に、コニールは思わず安堵の気持ちを覚えた。
コニールはその姿が立ち尽くしたまま止まっている事を確認すると、姿が良く見える距離まで近づいた。
しかし停止していたインパルスレプリカの姿を良く見た瞬間、コニールは思わずその場に立ちすくんだ。
インパルスレプリカは煌々と燃える瓦礫の前に立ち尽くして居た。
コニールから見ると丁度逆光になり、インパルスレプリカの姿は真っ黒に見えた。
そのアンテナはまるで角のようで、所々剥げ落ち、焼けて黒ずんだ装甲で身を包んだ姿は、まるで――
「……悪魔」
昔読んだ物語に出てくる悪魔の姿を思い出し、コニールは思わずそうつぶやいていた。

 
 

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