和傘 氏_傷跡_序章第1節

Last-modified: 2009-04-27 (月) 22:13:22

泣いて縋った思い出は火傷のように痛みはじめた。

 
 

傷跡
序章『終夢』 第1節「壊れたモノ」

 
 

―――――――なんだ、これは…。

 
 

故郷の慰霊碑の前で。
亡くなった人々の前で。
彼らにそう言われた時、なにがなんだかわからなかった。

 

「いくら吹き飛ばされても、僕らはまた花を植えるよ」
「それが、俺達の戦いだな」

 

理解、できなかった。
理解できるはずがなかった。
目の前で自分から全て奪った者から情けをかけられるこなど……。

 

差しのばされた手を見た。仇の顔を見た。裏切り者を見た。慰霊碑を見た。

 

そして、笑顔を向ける者たちを――見た。
うつむく。

 

‘まさか、まさか、この場所で…’

 

それは、彼が歩んだ道そのものを否定された瞬間だった。

 
 

唇が震えた。瞳を見開いた。視線が勝手に潤んだ。
呼吸を大きくする。歯を食いしばる。
それでも、胸を絞め続けるモノは止まらない。

 

それは、怒りだったのだろうか?
それは、屈辱だったのだろうか?
それは、憎悪だったのだろうか?

 

あるいはその全てだったのかも知れない。
ただ、混沌とした感情は自分自身判断つかぬものとなっていた。

 

―――何かが削られる音がする

 
 

自分は何を求めたのだろう?
優しく暖かい世界。ひどくあいまいな言葉だ。
だが、それは自分にとってまさしく理想そのものだった。

 

“デスティニープラン”
確かに極端すぎる政策だと自分もそう感じていた。
だが、それには“戦争の無い平和な世界”という確固たる目的があったのだ。
それは、戦争によって全て奪われた者――自分にとっては。
それこそが本当の、真の“平和”そのものだった。
だから、だから…。ここまで、戦い続けたのだ。
そのために全てをかなぐり捨てでも願ったのだ。

 

その果てに、これか…。

 

目の前にいるモノは強者だった。
理念や理想ではない。ただ単純な力だった。
強大な力はより強大な力に頓挫させられる。
そう、ただそれだけのあたりまえの出来事で…。
人はそれを“運命”と呼ぶのだろう。
だが、敗れた相手がこのような無法者どもだとは思いもしなかったが…。

 

彼らは気付いているのだろうか? 
彼らが否定した“力”と否定された“力”がまったく同じものだという事を…。

 

ふいに視界が暗転する。
それは、自分が始まった瞬間、いや、終わった瞬間だった。

 

灰塵。轟音。炎。

 

                   ありえない方向に曲がった母。

 

千切れた腕。

 

            岩に押しつぶされる父。

 

    青空。

 

赤、紅、朱。                     天使。

 

          消えた妹。

 

  絶叫。             叫ぶ者。

 

握りしめた携帯。

 

                涙。

 

               蒼い翼。

 
 

目を見開いた。壊れたように叫ぶ者は・・・・・・・・・・・・・・自分だった。

 

―――何かが削られる音がした。

 
 

視界が戻った。そうだ、あの時から自分は戦い続けたのだ。
あらゆるモノを犠牲にしてでも手にいれたかったモノがあったのだ。
それはなんだったのだろう?

 

もう一度その言葉を思い出す。

 

『いくら吹き飛ばされても、僕らはまた花を植えるよ』

 

腸が煮えくりかえりそうだ。ひどく見当違いな答えだ。代わりなどないのだ。

 

あれ程、あれ程、愛したモノが、あんなに救いたいと願ったモノが、
その実あっさり代わりがきくモノだと誰が信じられようか。
似たようなモノは見つかるだろう。
だが、それはあくまで“似た”モノなのだ。

 

だから、だから、自分は幸せなどいらなかったのだ。
自分にとっての本当の“幸せ”はあの戦火に消えてしまったのだから。
そうだ、だから、自分は、大切だったモノの為に。
与えることが出来なかった、平和の世界の為に戦ったのだ。
それは、自己満足だったかもしれない。
だが、それでも心を擦りへしてでも叶えたかった、願いだった。
幸せなどいらなかった。命などいらなかった。平和の、平和の為ならば……。

 

だけど――――。

 

自分は生きていた。終わるはずだったのに生き残ってしまっていた。
そして、目の前にいるのは強者で、勝者だった。そして自分は敗者だった。
だが、まだ自分は生きている。戦うことができる。

 

そうだ、だから目の前にいるこの者らを今すぐ…殺せ! 引き裂け! 叩き殺してやれ!

 

どす黒いその獣は心の内でそう叫びあげる。
そして自分も本能のままに飛びかかりそうだった。
だが、その時ふっと、遮ったモノがあった。

 

だけど――――。

 

この者たちのいる場所は自分が秘かに渇望していた場所ではないのだろうか? 
誰にも奪われずにすむ、そんな場所なのではないだろうか?

 
 

彼は疲れ果てていた。
まだ、14歳で家族の変わり果てた姿を見た。
普通だったら一生引きずるトラウマとなっていただろう。
ある例に家族を目の前で銃殺された少年は、それから喋ることと歩くことが出来なくなったそうだ。
家族を目の前で失う。それはこの世界ではありふれた出来事だろう。
だが、同じような経験でも、その者に与える影響が、傷が、同じだとは限らないのだ。

 

“もう一度、奪われることのない、あの頃の、平穏を……。”

 

知らず知らずの内に手が伸びた。

 
 

その時、影のような手が、彼の手を、腰を、腕を、顔を、脚を、まとわりつくように掴んだ。

 

影は言った。
捨てるのか? っと、
裏切るのか? っと。

 

それは彼が殺してきたモノたちだった。
それは彼の理想の為に殺してきたモノたちだった。
それは彼に理想を託して逝ったモノたちだった。

 

力を託してくれた人がいた。
いつも無茶ばかりする自分を助けてくれた人がいた。
一緒に戦ったひとがいた。
救いたいと願った人がいた。
失ってしまった大切な人達がいた。
そして名も知らない自分の敵だった人達がいた。
罵倒、叫び、泣声。音が溢れる。

 
 

帰り道などなくなっていた。もう戻ることなどできなかった。
視界が黒く覆われた。周りは全て真っ暗だ。
差し出された手だけが、輝いているように見えた。

 

「……はい……」

 

手を取ったその瞬間、闇は弾けた。
ただ周りは色褪せて、灰色のように見えた。

 

そして彼らに謝りながら彼は……。

 

その瞬間、彼は彼らを捨てたのだ。

 
 

―――――何かが壊れる音を聞いた。

 
 

そこで、マドロミは終わり、夢は終わった。

 
 

――Pi、Pi、Pi。
アラームの電子音が鳴り響く部屋。
アラームを止め、無機質なその部屋で、彼――シン=アスカは起床した。
形見の携帯はいつのまにかに壊れていて、自室に配置されているものを使っている。
戦場にいた頃、いつも起こしてくれた親友はもういない。
「また…あの夢か」
ひどく疲れる、そう呟きつつザフトのくたびれた赤服を身につける。
当時、童顔だった彼の顔は今では、良くいえば大人っぽく。
悪く言えばひどく疲れを感じさせる顔立ちになっていた。
「さて…仕事だ」

 
 

C.E76、終戦より2年。世界は平和と呼ばれていた。
ナスカ級高速戦闘艦『カシム』シン=アスカは今、此処にいる。

 

彼は気付いていない。
無くならない限り歯車は廻るのだ。
歪み錆つき、それでも廻り続ける。
軋み、音をあげながら…。

 

“運命”は廻る。

 
 

                          多分、続く。

 
 

】 【?