子連れダイノガイスト_第1話

Last-modified: 2008-09-18 (木) 09:13:21

第1話 『クルクルシュピンとガイスター』

 

 時に宇宙世紀0079――もといC.E.73年。地球と宇宙を騒がせる無法集団『宇宙海賊ガイスター』の活動が、地球圏に置いて最も活発になりはじめた時期とされている。
 『宇宙』海賊と名乗ってはいるものの、実際彼らの活動範囲のほとんどは地球に留まっていた。これは人類の歴史のほとんどが地球上において築かれてきたものであり、その文明と社会の中で『宝』とされたモノが、やはり地球に多かった為である。
 彼らガイスターの活動拠点は地球や宇宙の各所にあるとも、そもそも持ってはおらず常に移動し続けているなどの諸説が挙げられたが、その答えを得た者はいないままであった。
 マユとシンを乗せたディンは悠悠と空を飛び、目に痛いほど鮮やかな青い海の中に浮かぶ孤島へと降り立った。長い年月で、風と波によってアーチ型に削られた岩盤の、幅40メートル、高さ20メートルほどの門をくぐる。
 ざぶざぶ、とディンの脛の辺りまで海の中に沈めて歩き、白く細やかな砂浜に上陸し、ディンに膝をつかせてから二人はラダーを使って降りた。円形に抉れている窪地には簡単な造りの丸太小屋がぽつねんと建っている。
 すっかり日の灯りが落ち、闇夜に冴え冴えと降り注ぐ月の光を頼りに、二人は小屋では無く岩壁に偽装した地下格納庫への入り口を開ける。分子密度の調整で本物の岩と同じ厚みと感触を持たせたホログラフが、密度を緩め、二人の通過を許可する。
 すぐさま無音エレベーターで降下し、ガイスターの首領ダイノガイストが待つ格納庫へと向かう。いかんせん30メートル台のお体の持ち主である為に、人間のマユ達に比べて居場所を用意するのも一苦労である。
 ほどなく、一辺100メートル、高さ50メートルほどの広大な空間に出る。その中央寄りに設えられた武骨な造りの玉座に、漆黒の暴竜が座していた。恐竜型の体に合わせられている為、多少人間用に比べて歪な玉座である。
 格納庫は発光物質を含んでいるのか、照明か壁、床に照明は無くとも十分な光量が得られ、マユとシンの目にも優しい白い光が満ち満ちている。あんまりダイノガイストに似合った灯りではないのが玉に瑕である。
 ダイノガイストの姿を見つけ、たちまち笑顔になったマユが小走りにその巨体に駆け寄る。手に持った堤の右手で高く掲げる。

 

「ただいまダイノガイスト様! とってきたよ、お宝!」
『うむ。ご苦労だったな』

 

 ダイノガイストも重々しく頷き、労わりの響きを含んだ声で二人の苦労をねぎらった。かつての傷だらけ、特にオーブでの戦闘で9割――機体中枢まで破壊されかけた体は、1年以上を経た現在、傷一つなく、ピカピカに磨き上げられている。
 白く煌く黒い装甲に笑顔のマユの姿が映る位だ。
 一方のシンはやれやれ、と肩を叩きながらダイノガイストの方へ向かうマユを追った。

 

 本来のガイスターの面々と比べてあまりにもサイズが小さいマユ達用に合わせた椅子とテーブルが、昇り降りの為のエスカレーターと足場を備え付けて地上十メートルの高みにそれぞれ置いてある。
 かつてオーブ戦を斬り抜け、凄まじい戦果を上げたダイノガイストは、その足でマユ達の元には戻らずしばし傷を癒す為に潜伏し、その後宇宙に上がったという。
 その後ヤキン・ドゥーエの攻防戦にも参加し、地球連合、ザフト、三隻同盟と呼ばれた者達とそれぞれ交戦し、三軍合わせて一個艦隊相当の被害を与えたという。マユ達の所に戻るのが遅れたのはその時に更に手傷を負った為だ。
 何故ダイノガイストが宇宙に挙がったのかは、シンとマユがいくら口を酸っぱくしても教えてはくれなかったが、その実は、シン達から両親を奪ったMS――『フリーダム』を追っての事だった。
 いわば敵討の為であったのだが、それをダイノガイストは口にする事を良しとしなかった。シンとマユ達も、待たされはしたものの、きちんと帰ってきてくれたダイノガイストを詰問する気にもならなかったので、追及する事をその内に忘れた。

 

 

 仇として追ったフリーダムやジャスティス、ジェネシスや核ミサイルを巡る第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦において、ダイノガイストはいくつか『拾いもの』をした。
 その『拾いもの』が、ダイノガイストとは別にシンとマユを迎える。

 

「やあ、御苦労だったね。まずはかけたまえ」
「二人とも怪我はしていないか?」

 

 ダイノガイストの拾いものは、人間――しかも二人だった。目元を覆うサングラスで顔を隠した波打つ金髪の男と、紫がかった紺色のショートカットの髪に、首筋から左の眼元にまで走る火傷をした女性である。
 ヤキン・ドゥーエ戦のどさくさに紛れて、ダイノガイストが今後の活動に役に立つと判断し、命を救ったのだという。
 ザフトの白い軍服を改造したロングコートを着込んでいる男は『アルダ』、連合軍の軍服を着て軍帽を目深に被っている女性は『艦長』と呼ばれていた。
 ダイノガイストの目線に合わせて、地上十メートルの所に設置された特大サイズのテーブルの上に、昇降用のエスカレーターで上がり、二人の為に空けられた椅子に腰かけた。
 それからテーブルの上に今回のお宝を置いた。ただの布の包みから零れた輝きに、アルダがほう、と溜息をついた。厭世的な所のある男もそれなりに感嘆したらしい。
 マユとシンが今回奪ってきたのは、スミソニアン博物館から好事家が買い取った呪われたダイヤモンド――『ホープ・ダイヤモンド』だった。

 

 十五世紀にインドのゴルゴンダで採掘されたホープ・ダイヤモンドは原石112.5カラットであり、現在は3分の1の44.5カラットしかない。
 ヒンドゥー教の寺院に献納された後、1622年にフランスの宝石商ジャン・バプディスト・タバニエールの手に渡る。タバニエールはこれをフランス国王ルイ十四世に売りつけた後、ロシア旅行中に狼に食い殺された。
 不幸な結末を迎えたタバニエールとは違い、『太陽王』と呼ばれたルイ十四世は72年の在位を全うし、このダイヤモンドを孫のルイ十六世に譲ったのだが……。
 十六世とその妻マリー・アントワネットの結末は誰でも知っているだろう。ギロチンで首と胴が別々になったのだ。
 その後ダイヤは1792年に王家の宝物庫から姿を消し、以後38年間行方不明になったのだがベルギー人のファールスがロンドンで競売にかけた。ファールスはその後原因不明の自殺を迎える。
 ファールスの前にダイヤを買い取ったのが銀行家ヘンリー・フィリップ・ホープであったが、ホープ・ダイヤモンドが呪われたダイヤモンドと恐れられるのは、ひとえにこの一族に降りかかった不幸の凄まじさに由来する。
 それだけにとどまらずホープ家から転々としたダイヤの持ち主たち――フランスの美術商、ギリシャの投資家、カトニフスキーというロシア貴族たちは全員自殺している。
 それらの犠牲の後にシリアの商人モンサライズが入手し、トルコ皇帝アブドル・ハミット三世に売りつけた。
 だが、モンサライズは代金四十万ドルを使う暇も無く、商談成立の翌週には女房子供と共に新車で出かけた先で崖から落ち、全員死亡の憂き目にあっている。
 トルコ皇帝の方は1909年の革命で国外追放され、ダイヤは革命軍の手を通じてパリの宝石商ピエール・カルティエの手に渡る。
 幸い、カルティエはダイヤの呪いが降りかかるよりも早く、ワシントン・ポストなどを支配する当時の新聞王エド・マクリーンの妻エバ・マクリーンに売却した。
 マクリーン家はダイヤの呪いなど無いと公表した者の、実際には数々の不幸に見舞われて1947年にエバ・マクリーンが死去した際に他の宝石諸共ニューヨークの有名な宝石商ハリー・ウィンストンに引き取られた。
 その後11年間ハリーは生命保険にも入れない生活を送ったものの、さしたる不幸には見舞われず、スミソニアン博物館にタダで寄贈した。
 それから幾世紀を経て、あのまんまるい金持ちA氏の手に渡っていた。その果てに今回ガイスターの面々の手に渡ったわけである。

 

 呪われたダイヤは、その輝きに覗きこむアルダと艦長、ダイノガイストの顔を映していた。シンとマユは活動当初の頃は失敗もあったが、今では成功するのが当たり前、と言うくらい上手くいくようになっていた。このダイヤもそれを証明している。
 アルダが、白い手袋をはめた指を顎に添えた。サングラスで隠れた顔は二流の俳優位にならすぐなれる程度には整っている。

 

「では予定通り、このダイヤモンドは『彼』に引き取ってもらうとしよう」
「もう? もうちょっと見ていたいなあ、こんなにきれいなのに」

 

 ホープ・ダイヤモンドの呪われた歴史を気にしないマユの無邪気な発言は、アルダの口元に微笑を刻んでいた。裏は無さそうだ。

 

「残念な気持ちは分かるが、これは下手をすれば握った手だけではなく全身を火傷しかねない代物だ。見るだけで止めておきたまえ」
「はーい」

 

 とマユ。ここら辺の素直さは宇宙海賊になっても変わらないようだ。

 

「今日は疲れただろう。休むと良い」

 

 柔和な艦長の勧めに従って、シンとマユはそのまま自分達用の個室に戻る事にした。いくらコーディネイターといえども、10歳前後のマユには負担が大きい。
 後を尾けられないよう繊細に注意を払って、ここまで操縦してきたシンもなんだかんだで疲れていたので、これを受け入れる。
 二人に続いて艦長も、食事の用意が出来ているぞ、と言いながら格納庫を後にした。普段は規律遵守の気真面目なお固い性格なのだが、子供であるマユとシン――とくにマユには優しい。
 三人が姿を消してから、アルダがダイノガイストを振り返った。

 

「二人とも良く働いてくれるな」
『うむ』

 

 これは本心からの返事である。身寄りの無くなってしまったシンとマユを引き取り、ガイスターのメンバーに加えたものの、流石にここまで見事に働くとはダイノガイストの思慮の外の結果だった。

 

「それでボス、次の目標は決まっているので?」
『ああ。次はコレだ』

 

 とダイノガイストの爪の一つが、正面にあるモニターに向けられて、そこに次のターゲットが映し出される。ダイノガイストは、自分が拾い、『命』を救ってやった男に答えを示した。

 

 

「家宝を守ってくれ? それが今回の依頼なのか、リード」

 

 銀の髪だけでなくその顔立ちまでが美しい青年が、目の前の酒臭い男に聞いた。今も酒瓶片手の男――リード・ウェラーは、赤らんだ顔のままで青年――イライジャ・キールに、おうと頷く。地球のとある国にあるホテルの最高級スイートルームの中での事だ。
 この二人の他に褐色の肌に黒髪をポニーテールにした女性と、宇宙育ちの為にややひょろっとした印象を受ける聡明そうな女の子、それに色入りのサングラスをかけた東洋系の顔立ちをした二十代半ばほどの青年が一人いる。
 女の子とザフトの緑の軍服を着たイライジャ以外は皆地球連合の軍服に手を加えたモノを身に付けていた。
 普段はここに活動するが、依頼によっては集結し共同でミッションに当たる傭兵――『サーペントテール』のメンバー全員だ。青年がリーダーである叢雲劾、女性がロレッタ・アジャー、女の子がロレッタの娘風花・アジャーという名だ。
 この時代でもっとも名の知れた最強の傭兵がサーペントテールであり、劾はこれまでこなしてきた依頼の過酷さと優れた戦闘能力から『最高のコーディネイター』――つまり最強のMSパイロットとの評判も高い。

 

「ああ、なんでも予告状が届いたそうだ。三日後の12時、家宝である『ヴァルデマール金貨』を頂くってな」
「ヴァルデマール金貨?」

 

 首を捻るイライジャに、続けてリードが不出来な生徒によく聞かせる教師みたいに、教えた。といってもここにいるリード以外のメンバーは、イライジャ同様にヴァルデマール金貨ってなんだ? なのだが。

 

「1705年にアフリカの東海岸にあったヴァルデンて小国が鋳造した金貨さ。鋳造中に隣国に攻め滅ぼされた所為で14枚しかできなかった。今世にあるのは三分の一以下の4枚って話だ。依頼人のはその一枚らしいな」
「へえ、価値のあるモノなのか」
「値は付けられないな。国が買えてもおかしくはないって話だ。まあ、おれはタダでももらいたかないがね」
「なんでだ? リードならその金であの世に行っても飲み切れないくらい酒を買いこみそうだけどな」
「ユリウス・カエサル、クレオパトラ、楊貴妃、織田信長、ナポレオン・ボナパルト、マリー・アントワネット、そしてアドルフ・ヒトラー…… 全員名前とその結末くらいは知っているよな? おれは彼らの二の舞はごめんだね。死ぬなら酒瓶に囲まれて死ぬと決めているんだ」
「リードがいらないっていう意味が分かったよ」

 

 肩を竦めるイライジャによろしい、とリードは頷いて答える。まあ、歴史に名を残せる男にはなれるかもしれないが、イライジャもそんなのはお断りだ。今の傭兵稼業が性に合っているし、自分はそう言うタイプではないと自覚している。
 ここで風花がんん? と疑問の声を挙げてリードに質問した。今度の生徒は風花だ。

 

「でもなんで傭兵を、しかもあたしたちを雇うの? MSを使った強盗団が相手なのかしら? そんな貴重な金貨を持っているお金持ちなら、MS込みで傭兵をたくさん雇えるでしょう?」
「今回の金貨の持ち主はよほどの強運の持ち主だったらしいが、今度の予告でそれも尽きたらしい」
「勿体ぶるなよ」
「……『ガイスター』、か」

 

 イライジャと風花に答えを示したのは、これまで沈黙を守っていた劾だ。椅子の背もたれに体重を預けながら、リードの言葉からこれまで一度も戦った事の無い宇宙海賊の名を口に出した。

 

「ガイスターって、あの地球でばかり活動して居て、全然『宇宙』海賊じゃない宇宙海賊か?」
「そう、そのガイスターだ。あのダイノガイストとかいう巨大MSを持っている連中だ。俺の調べたところ、雇い主の方もそのダイノガイストを警戒して傭兵を二十人近く雇ったみたいだがどこまでやれるかね。ヤキンじゃ正規軍を相手に大暴れしたって言うじゃないか。所詮兵士崩れや素人モドキの傭兵連中だ。劾とおまけでイライジャも例外だが、二人が加わってもあんまり変わらんかも知れん」

 

 リードの言葉は控えめな発言とは言えなかった。これまでに知られているダイノガイストの所業が話半分としても、入念な準備なしに戦うには手強く、またあえて戦うにはリスクが大きすぎる相手だ。

 

「どうする 劾?」

 

 決めるのは劾、と暗黙のうちに決められた決まりに従い、イライジャが答えを求めた。果たして劾の答えは……?

 

 

「ヴァルデマール金貨? それが次の目標なの?」
『そうだ。予告状は既に出しておいた。三日後の十二時に頂く』

 

 尚怪盗に相応しい夜の晩ではなく、お陽さまがぽかぽかと暖かいお昼時を選んだのは、成長期のマユに夜更かしさせない為である。夜更かしは美貌の天敵なのである。
 元々予告状などは出さずにお宝を頂いていたのだが、最近たまに予告状を出す事がある。というのも旧世紀の漫画を読み漁っていたマユが、『キャッ○アイ』なる美人三姉妹怪盗の話を見て、自分達もやろうと言い出したからである。
 まあ、いいんじゃない? 妹に弱いシンの言葉を筆頭に、これといって反対意見も出なかった為、三回に一回くらいは出している。

 

「今度もマユとお兄ちゃんで行けばいいの?」
「いや、今回は予告状の甲斐もあって向こうもMSで守りを固めているらしいのでね。我々も船で同行する」

 

 とこれはアルダだった。ダイノガイストも頷き、すぐに出発するから所定の位置に着くよう言い渡される。言われた通り環境に向かったシンとマユは、一段高い艦長席の左右にある自分達の席に腰を下ろす。
 アルダが艦長席横のオブザーバーシートに収まる。その反対側には、下半身をコンソールに埋めたテレビロボがいる。この船の運用のほとんどはこのテレビロボのサポートありきだ。
 テレビロボの画面で船に異常が無いことを確認した艦長が、厳かに出港を命じた。

 

「離水と同時にメインロケットエンジン点火、サンダルフォン、発進!」

 

 南海の孤島の海底に眠っていた巨大な船体が、ゆっくりと海面を押し上げて黒い船が姿を見せる。特徴的な前方の突きでた二つの蹄鉄の様な船体は、不沈艦として知られた『アークエンジェル』の姉妹艦『ドミニオン』のもの。
 その船尾にはアガメムノン級戦闘空母の後ろ半分がくっつき、さらにその両舷には、ドレイク級二隻の下半分が船底部を外に向けた状態でくっついている。それ以外にも、船体各所に様々な勢力の艦船やMA・MSがめちゃくちゃに突き出ている。
 ダイノガイストがヤキン・ドゥーエ宙域で回収したこれらの残骸を、少数量産したエネルギーボックスを用いて継ぎ接ぎにしたのが、この『サンダルフォン』だった。
 フランス語で『継ぎ接ぎ』を意味する『ラピエサージュ』とでも呼ぶべきだったかもしれない。
 かつてドミニオンの艦長席に座り、アルダ同様ダイノガイストに拾われた『艦長』は、数奇な運命に翻弄されながらも、かつてと変わらない凛とした視線を正面モニターの向こうに向けていた。

 

 彼女をよく知る者達がこの場にいれば、驚きと共にこう呼ぶだろう。

 

 ――ナタル――と。