宿命_番外編01話

Last-modified: 2007-11-19 (月) 14:01:50

度重なる遠征、激戦によって、疲れが出ない、と言えば嘘になる。
が、それは流石に予期せぬ事態だった。

ヴィータが風邪をこじらせるなんて…

「んで、何が食べたい?」
「りんご」
即答でフルーツかよ…

ここは二階、はやての部屋。
そのベッドに寝かせつけられているのは、勇ましく激戦を繰り返している、ヴィータであった。
「ま、りんごくらい用意してやるさ」
そう言って、シンは部屋を出て行った。
確かりんごは残っていたはずだ。

これで、今、はやての部屋にいるのは4人となった。
はやてには夜中にやっている事を黙っているため、魔法に関する事だと、退出してもらっている。
また、ザフィーラはその付き合いと称し、はやてと共にいてもらっている。
「不覚だったぜ…」
シンが出て行ってから、何気なくヴィータがつぶやいた。
「仕方ねぇよ。
風邪なんか、防ぎようがないもんさ」とはムウ。
「でも!!」
「風邪は焦らないことだな」
食ってかかろうとする元気はあるのだから。
「ここんとこ、お前の頑張りは意味異常だったぜ?
せっかくだから、休んでおけよ」
「そうですよ?
長引かせてはやてちゃんに迷惑かけたらだめです」
「我らが前この世界に立った時から時間がたっている以上、抵抗のない病原菌がいるのは仕方のない事だ」
そう言われても、ヴィータは少し、焦っていた。

「あ、シン。話は終わったの?」
一階に降りて、シンははやてに問われた。
「いや、あいつも風邪なんか初めてらしくって…」
これは本人の記憶が正しいならば、事実である。
「シャマルが色々頑張ってるからさ、あと少しで原因もわかるさ」
と言うのも、やはり防衛プログラムの風邪とはただ事ではないはずなのだ。
「そっか…
「それで、何かあったん?」
話が片付いてないのに降りてきたシンの用事を聞いているのだろう。
「あぁ、俺はりんごを剥きに…」
「ヴィータが?」
「あぁ。食べたいってさ」
「ふ~ん…
それやったら、ちょうどえぇのがあるよ」
そう言って、はやては冷蔵庫まで車椅子を回した。
「これなんかどうやろ?」
笑顔で形のいいのを差し向けるはやてだが、
「それは梨だろ?」
シャマルみたいな間違いをしている。
と、思いきや、
「ヴィータは梨とりんごの区別ができてへんのや」
ちっちっちっ、なんて指を振りながらはやてが言った。
「先にりんご食べさせてから、あの子は梨もりんごもみんなアップルや」
なんでラストに英語を言ったかは定かじゃないが、はやての言う事は理解できた。

なしを剥き、はやての部屋へ戻ると、
「だから、余計なお世話って言ってんだろ!!」
なにやら面倒臭そうな声が聞こえてきた。
開けるかどうか迷っていると、内からドアが開けられた。
「ヴィータ…」
中から出てきたのは、安静第一の少女だった。
シンと見つめ合って、覇気を失い、黙り込んだ。

「風邪なんかに負けてられっか!!」
なしを食べながら、ヴィータが語気を荒げる。
ちなみになしには文句がとんでこない。
本当にヴィータの中でりんご=なしは当然なのだろう。
「で、なんで出て行こうとしたんだ?」シンが適当にアホな事に思いを巡らしていると、ムウが切り出した。
「だから、病気なんかに構ってらんねぇんだよ!」
これははやてのためだろうが、
「そういう考えは危ないと思う…」
シンはつぶやいた。かつて『何か大切なもののために』後先考えなかった事のあるシンの、これは経験則だった。
「でも…」
「ヴィータちゃん、何度も言うようだけど、無理は駄目よ?」
「わかってる!!
無理なんかしてねぇ!!」
ここまで来ると、もはや意地になっているようだ。
これだけ食い下がったところで、シンはヴィータの無理や無茶を認めるわけにはいかない。
「もういいだろ?
焦る事はないさ」
「はやてが死んじまうかもしれねぇんだぞ!?」
「そんなことには、俺がさせない。
信頼しろよ。少なくとも、ヴォルケンの連中くらいはさ」

シンがそう言うと、ヴィータは部屋中を見回した。
「みんな同じよ?
はやてちゃんが大好きだものね」
目が合ったシャマルが言った。
「私達も、最大限やっているんだ」
ただ不器用なヴィータと違って、外面的には冷静を装っているだけ…
「それに俺だって、最悪の結末を避ける努力くらいしてるさ」
「……わかった」
シンやシャマルの思いが通じたのか、ヴィータはついに折れた。
聞き分けは悪いけど、ヴィータは決して頭が悪いわけではないのだ。

さて、二階の病人はシグナムに任せて、シンとムウ、そしてシャマルは一階に降りてきていた。
「にしても風邪か…
俺は引いたことないんだよな…」
「お前さんもコーディネーターだもんな」
何気なくムウが言った言葉に、はやてが反応した。
「シンは風邪ひかない国の人なん?」
おそらくコーディネーターをジャパニーズ辺りと同じ意味だと思っているのだろう。
「あれ、話して無かったのか?」
「そういえば、話す機会がなかったから…」
別に話したからといって、何かが変わるとも思えなかったのだ。
普通なら軽蔑や侮蔑が怖いのだろうが、はやて相手にそんな懸念は特に抱かなかった。
「せっかくだから話しておこうかな…
俺の住んでた世界について少しだけ、な」
聞く気があるか、はやてに目を向けると、はやては嬉しそうに微笑み、肯いた。
「じゃあ、少し難しい話になるんだけど…」
そう切り出し、シンははやてに今まで黙っていた自分たちのことを話した。
まぁムウの身の上話はしなかったが…
いつの間にやらシャマルとザフィーラも寄って来ていた。

「と、こんなところかな…」
しばらくして客観的な事実をシンは話し終えた。
「人によっては俺達のことを『人間もどき』とか『宇宙人』とか呼ぶけど、俺達だってはやて達と何も変わらないはずだ」
「はず、じゃなくて変わらねぇよ、全くな」
「そやね。
シンが泣いてたんみたから、よぉわかる。
なんも変わらへんよ」
シンの言葉を、二人が否定した。
「泣いてたって、ホームシックか?」
ムウは要らないところに耳が働いたようだが…
「昔の夢を見たんです」
と、適当に答えておいた。
「でも、やっぱりあなたはあなたですよ」
シャマルも、特に対応を変えるつもりはないらしく、ザフィーラも同じ旨を男らしく背中で語っている。
「それに、シンは優しいし。
全然問題あらへんよぉ?」
「ありがとう、はやて」
シャマルやザフィーラに変わらないと言われるのも嬉しかったが、やはり普通の少女であるはやてに認められるのは特に嬉しかった。