小話 ◆9NrLsQ6LEU 氏_復讐の聖母

Last-modified: 2009-05-11 (月) 18:22:24

アスラン・ザラは久しぶりにアマルフィ邸を訪れていた。

メサイヤ攻防戦の後プラントとオーブの建て直しに忙しかったし、
また結婚もして男の子も生まれていたこともあり、
夫と息子を失ったロミナ夫人に会いに来にくかったのだが、偶にはお茶でもと招待されたのだ。

 

「お久しぶりね、アスランさん」
ロミナ夫人がにこやかに微笑を浮かべて挨拶をしてきた。
「本当にお久しぶり、お忙しいのかしら。もっと来てくださっても構いませんのに」
「いえ、色々と忙しくて、プラントもオーブも復興してきましたし、各地の治安も好くなってきました」
「そう、それは喜ばしいことね、本当にニコルも喜んでいると思うわ」
「ええ、みんながんばってくれています。特にキラは・・・」
と自分やキラ達がどんな仕事をしているかと話だした。
一息吐いたところで紅茶に口をつける、プラントでは珍しい本物のアールグレイだ。

 

「ぐうっ」

 

目が回る、平衡感覚がおかしい、体が動かない、これはなんだ。

 

気を失う前に見たのは変わらぬ微笑を浮かべたロミナの顔であった。

 
 

冷たい床の感触と耳についたくぐもった声のせいで意識が回復したアスランだが
そこで信じられない光景が目に飛び込んできた。

 

「あ、な、なんだこれは」

 

そこに居たのは小さなお包みを腕に抱いて穏やかに微笑みを浮かべるロミナと
その視線の先で大型の獣に圧し掛かられている、顔は見えないが恐らくは女性であろう
宙に力無く突き出した二本の白い足であった。

 

「あら、気付かれまして。良かったわ、お薬なんて使うの始めてで、
 もしこのまま死んでしまったりしたら如何しようかと思ったのよ」
「ロミナさん、何をしているんですか!」

 

「なにを、ですって・・・」
にこやかなその顔がいきねり歪む、まるで夜叉のそれだ。

 

お包みを脇の台に優しく乗せると立ち上がり、
するすると近寄ってきてアスランの髪を掴み上げて静かに語りかけてきた。

「なにを、それは私の台詞だわ。あなたは一体何をしているのかしら、
 ニコルの仇もとらず、あまつさえその相手に尻尾を振って」

 

「キ、キラは友達で、だから」

 

「あら、ニコルは友達じゃなかったのかしら、
 あの時私たち夫婦があなたを赦したのはあなたがあの子の仇を討ったと言ったからなのよ。
 それなのにユーリが作った機体を奪って、ザフトを裏切り、姿を消したと思えば
 今はオーブの准将ですってね。
 ご結婚もされて子供にも恵まれたとか、とても幸せそうで羨ましいわ。
 私は夫も子供も失ったのに」

 

アスランはたしかに結婚していた、しかし出来ないと思っていた子供が出来たから結婚したのであった。
本人としてはしたというよりもさせられたと思っていた。

 

「だから復讐するの、私から総てを奪った人達に、この世界に」

 

アスランは青ざめた、こと此処にいたってようやくロミナが壊れていると解ったのだ。
「なにを言っているんだ、そんな事ニコルだって望まない、あいつは優しい奴だった」
「あなたにニコルのなにが解るの、あの子を裏切ったあなたが」

 

    <ドスッ>

 

鈍い音がしたと思うと腹に熱い痛みが襲ってきた、

 

見ればアイスピックのような物が刺さっていた。

 

致命傷ではないがロミナに刺されたのだと解った。

 

「うがわぁぁ」

 

痛みに声を上げると台の上に乗っていたお包みから火のついたような泣き声が上がった。
ロミナは慌てて近寄ると大事そうに愛おしそうに抱き上げると赤ん坊をあやし始めた。
「よしよし、ニコル御免なさいね、ほら泣き止んで」
痛みを堪えながら目を開くと赤ん坊の鮮やかな紺色の髪の毛が目に入った。

 

ちょっとまってくれ、あの赤ん坊は自分の子供ではないのか?

 

なぜオーブに居る筈の子供が此処にいる?

 

では、さっきからそこで獣の嬲り者になっているのは誰だ?

 

その疑問に答えるかのごとくロミナは女のほうを一瞥すると
お気に入りの皿でも割ったような調子で語りかけてきた。

 

「あら?御免なさいねアスラン、あなたの奥様もう壊れちゃったみたい、
 本当に残念だわ、もっと色々と考えていたのよ。
 でもあなたは大丈夫よね、ちゃんとニコルが大きくなるまで生かしておくわ、
 でないとこの子が可哀想だもの、自分の仇が取れないなんて。
 ね…ニコル」

 

いま、彼女はなにを言った、
まさか俺の子供に俺を殺させるのか。
それだけではない、きっとキラやほかのみんなもニコルとして育てたあの子に・・・

 

そこで急に意識が遠くなって来た。
気を失う寸前に見た赤ん坊をニコルと呼ぶロミナの顔は正しく聖女のそれだった。