暇人A_第03話

Last-modified: 2007-11-19 (月) 14:05:37

陸士108部隊に転属してきて、ゲンヤと名乗る男に部隊の説明をされたあと、シンは面倒なことを聞かされた。
「転属してきてばっかで悪いが、おまえにランクアップの試験を受けさせるよう言われてるんだが…」
ランクアップ試験は大抵、二人一組で行う。
「おまえさんの今のランクがB+だから、次はAだな。
まぁ適当にランクの近いやつを連れてきてくれないか?」
因みにプラスは特殊技能の存在や、ある一点の能力がずば抜けてたりする事を示すものだ。
「面倒だな…」
ランクアップは喜ぶべきものだろうが、試験を受けるのは面倒以外の何物でもない。

そして、当日。
とは言っても、話を聞いた翌日なのだから、シンの冷遇さがにじみ出ている。
そんなシンを、昨日は結局会えなかったギンガが見ていた。
「やっぱりあの時の男の子…だけど…」いつか会えるとは思っていた。
あの事件の被害者はたった一人だったのだから…
「誰が、あそこから…」
そんな疑問を持てるのはシンと、ギンガを助けた魔導師。
他の誰もが、シンは誰かが助けたものだろうと思っていたが、
「あの時、彼は…」
「お~い、ギンガ!?」
そんなふうに過去を思い出そうとした瞬間、父に声をかけられた。
「受験者のそばにいなくていいんですか?」
そう言うギンガに、ゲンヤは困った顔をして、
「1日じゃ一緒に受けるちょうどいい奴なんか見つからなくてなぁ。
お前、一緒に受けてやってくれないか?」
「別にいいですけど…」
こういう受験は必ず何名かの予備受験者、つまりはプラスやマイナス判定を受けている人間がいるはずなのだが…

(断られたってこと?
じゃああの噂は…
でも…)
断られるということは、それ相応の理由があるはずだ。
嫌な奴、なんてのがシンの本当の下馬評だとしたら、あの時あった少年は…
そこまで考え、ギンガは思考が停滞しだした事に気づいた。
今から共に試験を受けるのだ。
自分で、判断すればいい…

「別に、俺は一人でも…」
「そうはいかねぇんだよ、Aランク以上は特に、な」
しばらくして戻ってきたゲンヤに、シンは先ほどから言われていた事をまた言われた。
「そうは言っても…」
相手がいないのだ。
探す気など毛頭なかったが…
「そこで、だ。
ちょうどAランク試験が迫ってた俺の娘と受けてもらう」
「はい?」
「ギンガ」
シンの困惑を無視し、ゲンヤはさらなる困惑の種を呼んだ。
(あの子はたしか…)
呼ばれ、来たのはかつて一度だけ話をした少女、その成長した姿だった。

それでもやはりシンは話しかけたり、接する心を持ちはしなかった。
そして、Aランク昇格試験が始まる。

「ギンガ…さん、空は?」
「飛べません。
攻撃も接近がちなので」
「わかりました。
空中はできるだけ俺が抑えます」
試験の内容はBランク昇格試験とあまりかわらないが、たとえ陸戦ランク試験だとしても、二人のうち一人には空戦の初歩的な能力も要求される。
これは陸戦だからと言って空が疎かにならない為なのは当然、遠距離魔法か飛行系魔法の能力が問われるのである。
建造物へ入ったギンガと、その出口を確認した後、シンは空を仰いだ。
「破壊の閃光…!」
杖型のデバイスの先端から光が発せられる。
この魔法自体は初歩的なものだが、遠距離魔法をあまり習得していない以上、可も不可もない。
本当なら別に受かる必要もなかったが…
(あいつに…ギンガに迷惑かけれないよな…)
あの日以来会ってはいなかったが、『共に』助けだされる前に少し話しただけだが、ギンガに害をなしたいとは思わない。

そんな事を思っていると、魔力弾幕を突き抜けてシンに5機ほど迫って来た。
Aランクだけあって的はただ存在するだけではなくなり、そのスピードはなかなかのものだ。
「だけど、俺だって!」
一番早くシンに接触した物を杖の下方、尖った部分で指す。
このあたりは質量兵器とかの制約はかからないのだ。
残る四機も同じようにして破壊する。
爆風が汗ばむ顔に心地いい。
実のところ、シンは体力には並々ならぬ自信もあった。
「空はこんなもんか…」
飽くまでも陸戦ランク試験であるため、あまりキツい事はなかった。
「はっ」
気合いを入れて一発、的に叩き込む。
妹のスバルのようなローラーを靴に付けていない為、次の行動を素早くするには威力は最低限にしなくてはならないが、そう言った加減には自信があった。
やはり爆風や硝煙の臭いはまだ慣れない。
彼も、その辺りは変わらないだろう。
やはり嫌なものなはずだ。
そんなことを考えながら、最後のターゲットを拳が貫いた。

「ターゲットオールクリアー、か…
俺より数多いはずなのに、早かったな…」
関心しながら、ゴール地点は明らかにギンガに近い事を思い出し、シンは軽く焦った。

そして到達。
取りあえずシンのちょっとしたプライドは首の皮一枚でつながった。
「よぉ、お疲れ」
臨時で試験官となったのはゲンヤなので、ゴールには彼が待っていた。
「これで終わりですか?」
心底面倒くさそうにシンが聞くと、
「いや、あと少しだ」
思ったのとは違う、だが納得の行く答えが返ってきた。
これが試験なら、合否は兎も角、楽すぎたのだ。
尤もギンガが如何な試練を受けたかは知らないが、彼女もまだまだ行けそうだ。
しかし、
「何をするんだ?」
「それはだなぁ…」
これまで、とは言っても2日だが、見たこともないような楽しそうな表情でゲンヤが言う。
「受験者同士のガチバトルだ。
高ランク者が増えすぎないように、Aランク以上は必須なんだとよ」
どこの言葉だ、とか言いたくなったが、それは口から出なかった。
特殊で接近形のデバイスを持つギンガに、とてもかなうとは思えなかったからだ。

「破壊の閃光…!」
牽制よろしく、シンはお得意の基礎魔法を放った。が、ギンガは避けもせず、ただ左手の特殊型のデバイスを目前にだすだけで防いだ。
「はあぁ」
気合いをこめ、ギンガはその左手をシンに叩き込もうとした。
「ぐぁっ!」
シンもデバイスで防いだが、衝撃が半端なものではすまなかった。
そのまま五〇センチ程ずりさがらせられ、そこで仕事が終わった。
「なんてパワーだよ、こいつは…!」
一旦ジャンプし、距離を取りながら愚痴った。
さすがに一筋縄ではいかない。
と言うか負けかねない。
防戦になれば押し負ける。
「なら…!」
シンはデバイスを左手に持ち替え、魔法を用意しながらギンガへ向かった。
波状だとか同時だとか言われるテクニカルアタックだ。
光は彼女の頬を掠め、振り下ろされた杖型デバイスは左拳を殴った。
結果から言えば、上手く捌かれたと言う感じか…
「やるますね、あなた」
「よく言うな。
あれだけやってやっと掠っただけじゃないか…」
些か悔しく、軽く勝利に絶望していたが、
「こんな所で、俺は…」
負けるわけにはいかない。
と、言うほど切羽詰まった状況ではないが、やはり負けたくはない。

「行くぞ」
言い、シンは体を少々浮かせた。
幼き頃に見た空への夢は、こんな所に引っ張られていた。
そして杖型デバイスの先端を頭より高い位置に挙げ、体全体に炎を纏った。
「鳳凰天駒!」
杖を真っ直ぐ持ち直し、勢いをつけて降下ぎみに突進する。
それにギンガは左手の拳、そのデバイスで対応した。
「ストレイトッ!ナックル!!」
正拳突きのように、ギンガは真っ直ぐにシンのデバイスを打った。
そのデバイスで拡張された力に、シンは押し負ける気もした。が、
「うおぉぉぉ」
それに負けない程の気合いを入れてシンも押し返した。
しかし、その力を押し止める事は兎も角、シンは自分の位置を保つ事さえできなかった。
押し負け、数刹那の後には天を見ていた。
「大丈夫ですか?」
ギンガが疲れも見せずにシンに駆け寄ってきた。
言葉に、シンは視線を天から自分の体に戻した。
怪我はないようだったが、
「デバイスがオーバーヒートしたみたいだ…」
大技を大技で返され、さらには今まで出した事のないような出力だったのだ。
仕方がない結果だったし、悔しくもなかった。
「ご、ごめんなさい」
「なに誤ってんだよ。
それに、丁寧な話し方なんかするなって言ったろ?」
「あ、あの時のこと…」
「あぁ、そうだ」
すぐに部隊からまた厄介払いされるだろうと思っていたため、昔話をする気はなかったが、シンも気が変わった。
その心変わりには少なからず今のランク試験が関係していただろうが、やはりシンの望む所が強かっただろう。
そう、望んでいたのだ。
ギンガと、あの時の女の子と話し、共にいることを…

「デバイスの修理なんだが、何か技術班に要求はあるか?」
壊れたデバイスをゲンヤに渡すと、そう聞かれた。
「デバイス依存魔法とかで、必要なものがあったら言っておくさ」
デバイス依存魔法とは、読んで字の如くデバイスによっては使えない魔法の事だ。
で、シンは今日の試合の事を思い出し、
「接近戦が出来るタイプにしてください」
と、頼んだ。
「あぁ、それはもちろんだ。
このタイプは陸士部隊じゃきついからな」
つまり、上空に制限のある場所での戦闘が多いと言う事だ。
飛んでも逃げ場のない場所で射撃中心は普通につらい。
さらにはシン自体が空戦を行えるレベルに至ってはいない。
「他にはあるか?」
「そう、ですね…
出来たらバリアジャケットも欲しいです」
因みに今までの部隊では経費削減の為に断られていたが、
「あぁ、それもそうだな…」
あっさり承諾された。

「ふふ、そんなこと言われてたの?」
「笑わないでくれ、全く…」
先ほどの事をギンガに話すと、見事笑われた。
「ごめんなさい。
でも、バリアジャケット効果を付ける要求を断るなんて…」
普通は有り得ない事だ。
実際そうコストはかからないうえ、もしジャケットを付けずに要求を断ったと上に知られたら降格ものだ。
「まぁ、少なくとも楽にはなる筈だしな」
「それもそうね…」
随分と前向きなシンを見ると、ギンガもそんなことはどうでもよく思えてくる。
「そう言えば口調、戻ってきたな」
出会った頃もこんな感じだったのだ。
「そうかな?」
「あぁ
周りの目が無いところなら、これでいいんだけどな…」
因みに階級はギンガの方が少し上だったりする。
「なにはともあれ、これから一緒に頑張りましょうね?」
「あぁ。
あらためてよろしく、ギンガ」
あまり長い間同じ部隊には居られないかもしれないが、シンはそうこたえた。
もし3時間で追い出されたとしても、これから私的に会うことは出来るのだから…