機動戦史ガンダムSEED 03話

Last-modified: 2017-06-09 (金) 17:43:45

 俺は、懐かしい彼女の言葉に耳を疑った。
自分が代表府を去って5年、その間に実戦からも遠退いているのだ。

 

 とにかく何か彼女と話さなければならない。だが気の利いた言葉の一つも思いつかずに、

 

 「……お久しぶりですな……代表」

 

 と、無難な言葉しか出なかったのだ。
俺は自分の文才の無さに呆れてしまった。

 

 「何年ぶりなるのかしら?」

 

 そんな俺の心情を知ってか知らずか、彼女は、明るく朗らかな口調で答えた。
別れたあの時のままであった。何一つ変わりはしない。

 

 「5年ですよ……私が代表府を去ってから」

 

 去った年月を噛み締めながら俺は答える。

 

 あれから5年の歳月が流れ、オーブは安定した政権と共に、
順調な発展と国際社会の中で着々と地位を築きつつあった。

 

 俺などがいなくても、何とかなるのはこの五年の発展を見ている限り間違いは無い。
正直、草葉の陰で祈ってるのが、俺に残された人生の最後の瞬間までの義務だと考えていた。

 

 だが…… 

 
 

 「――話は聞いての通りよサイ。状況はシビアなの」

 

 「……でしょうな」

 

 俺は頷く。前回の大きな戦いから丸10年。
その間に俺を含めて、実戦経験が豊富な指揮官の殆どは戦死か退役をしている。
だが、『鋼のミナ様』を始め、まだそれなりの人材は揃っている筈なのだが。

 

 「――今、『オーブ軍』は貴方を必要としている」

 

 「ロートルですよ俺は……大体、迎撃の軍の指揮ならば俺以外にも適任者はいるでしょう?」

 

 アスハ代表はロンド・ミナをチラリと一瞥すると、 

 

 「――確かに、今の『オーブ』にも貴方以上の実戦指揮官はいるけれど……それ以上のモノを求められる人材がどれ程いるのか……」

 

 俺は器用に眉を顰める。
――実戦現場指揮の判断と共に政治的駆け引きができる人材が必要。

 

 彼女は俺にそれを求めているというのか?
 俺は大きく溜息を吐いた。

 

 ――こういう時に、俺は自分が人より多くのモノを見えすぎることがときたま疎ましくなる。
……見え過ぎるてのは、幸福な人生を送る上では不必要なのものになるのだろうな。

 

 「貴方に――『ラクス軍』迎撃の最高司令官として赴任して欲しいの」

 

 代表の真剣実の帯びた言葉が俺の耳を貫く。
俺を『ラクシズ』――失礼、『ラクス軍』迎撃部隊の最高指揮官にすると?

 

 ――ご冗談でしょう?

 
 

 因みに『ラクシズ』とは、世間一般に対して口にする『プラント軍』の蔑称であり、
完全に『ラクス・クライン』の私兵集団となった『ザフト軍』のことである。

 

 今、世間での『プラント』は『ラクス教』とも言うべき『ラクス・クライン』を教祖とする
新興宗教によって支配されている国家だと認識されているのだ。

 

 誰もが、『ラクス』の言葉をまともに疑う事も無く、命令通りに動くロボットや奴隷のような市民で構成された『宇宙都市国家』。
――それが今の『プラント』だ。

 

 そう、だが10数年前のオーブにも『中立理想』という痴人の妄想とでも言うべき『ウズミ教』がオーブ全体を蔓延しており、
馬鹿馬鹿しい雰囲気に包まれていたのだが……現在は一掃されている。

 

 だが、その弊害を無くす為に大きな犠牲も出たし、その為に俺はオーブ政府から叩き出されたとも言っておく。
あまり大きな声ではいえない事だ。

 

――過去は過去、未来は未来。

 

 今の『オーブ』がそのような過去の『妄想』とも言うべき弊害に囚われる必要はあるまいよ。

 

 俺はともかくとして、アスハ代表は『希望』という名の道をオーブの国民に常に未来を指し示して進んで欲しいのだ。

 

 ――ともかく、俺は『ラクス軍』侵攻とも言うべきこの件に関しては、
ノータッチでいたいというのが本音なのだ。
何とか回避しようと試みるつもり……だが、無駄ぽいな。

 

 代表に本気でちと悪いと思うのだがね。

 

 「――俺をからかう冗談としては、大層大掛かりな仕掛けですよ……代表」

 

 遂、愚痴に近い言葉が漏れてしまう。
俺もヤキが回ったかな?だが、代表も俺の真意を理解して頂けるはずだ。

 

 今の俺はもう過去の人間。
今更、ドロップアウトした人間を政府や軍の重職に付けるのは筋違いであり、更なる悪しき前例を残す事になりかねない。

 

 アスハ代表の最大の汚点として残る『身内優先人事』という過去のように。

 
 

 そして、汚点は権力を握った時点でもみ消す事が可能である。全ての責任を他に押し付け永久に消し去る。
上に立つ人間は常にクリーンでなければならない。

 

 世間の非難を一身に浴びるのはその側近の役目となる。
自分の生命、名誉、財産、全てを失い、世間からの怨嗟に塗れ、罵倒されても遂行し、やらねばならない事があるのだ。

 現在、その『身内優先人事』の弊害の全ての責任は彼女の『実弟』が勝手にやった事として処理されている。
無論、アスハ代表は何も知らないうちにだ。

 

――全ての処理は、俺がやったのだ。汚いだろう?

 

 だが、泥を被るのはそういうものだ。地位というのはそれに伴う責任が付いて回る。
『奴』は、その事にまるで気が付かずに権利ばかりを主張したのだから俺としては当然の結果だと思う。

 

 ――泥を被るのは俺達のような人間だけでいい。代表は表の王道を歩けばいい。

 

 脳裏に浮かぶ様々な事柄を考えていると、
そこにアスハ代表の辛辣な言葉が俺を襲う。

 

 「――冗談ではないわ。現実の状況はもっとシビアよ」

 

 代表は真剣な眼差しで俺に訴える。
 ――そりゃそうだろう。妄想の中で蠢く痴人の信者の群れが自国を突然攻めてきたのだから。

 

 正直、俺だってあんな阿呆連中と真剣に向き合いたくない。
あんな気が狂ったような昔、西暦で流行った『十字軍』のような連中とはな。

 

 しかし、話が進むにつれ段々と抜き差しなら無い事態が展開しているのが明るみになってきた。 
この事態をに対応できるのは俺だけだと思いそうになる。 

 

 いやいや!待てサイ・アーガイルよ!代表の口車に乗るなよ!!貧乏くじを引く事になるぞ!!

 

 だから、最後の悪あがきをしておこう。と半分諦めに似た気持ちを持ちながらそう思う。

 
 

 「たぁく!駄目ですよ!……こっちとら、もう5年近く実戦から遠退いている……実戦の勘を取り戻せない」

 

 俺は少し演技が入った大げさな身震いでそれを示そうとする。
だが、彼女はニッコリと微笑むと、俺の心境を知ってか知らずか、確実に退路を断ってゆく。

 

 「それは皆が同じこと。ここ5年、誰もが大きな実戦から遠退いているわ」

 

 それに対して俺は頭を掻きながら、必死になって考えるが、出てきた言葉は……
見事に、自分から袋小路に入ってしまったのだ。

 

 「――ここは空気が美味い……」

 

 「話を逸らそうとしても無駄よ。いい加減に観念なさいな、『サイ・アーガイル』」

 

 代表は更に笑顔で俺に圧力を掛けて来た……
もう……駄目かもしれん。

 

「っ!……こんな時の為に軍事防衛拠点である宇宙要塞『ヘリオポリスⅡ』があるでしょうが?」

 

 俺やロンド・ミナ達を含めた代表府のスタッフ達は、『メサイア戦没』の後で宇宙に於けるオーブの軍備拡計画の重要プロジェクトの一環として
開発建造された民間軍事両方を運営できる新造のコロニー型宇宙要塞『ヘリオポリスⅡ』の開発に着手した。

 

 軍事拠点と民間事業コロニーを兼ねた鉄壁の防御システムを持ち、
護衛艦隊をも駐留が可能である港中ドックを搭載した大規模な宇宙要塞だ。

 

 「ええ……そうね」

 

 珍しく、代表は何か歯切りが悪かった。

 

 「所属している『第二機動艦隊』は?それで『ラクス軍』に対応するればいいでしょう?」

 

 第二艦隊は若手の多い今のオーブでは、珍しく軍では古株でもある百戦練磨のソガが率いる機動艦隊だ。
もちろん、『旧ウズミ派』であるソガの奴と俺とは最悪に仲は悪かった。
……が、それなりに互いの実力は認め合った仲でもあったのだ。

 

 戦巧者のあいつならば『ラクス軍』の侵攻にも一応は対応できよう。
だが、代表の次の一声でその楽観論は吹き飛んでしまう。

 

 「……『ヘリオポリスⅡ』は……陥落(おち)たわ」

 

 「――なにぃ!?」

 

 俺は自分の驚愕の声と共に否応無しに実戦に復帰する事になる。

 
 
 

続く

 
 

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