機動戦士ΞガンダムSEEDDestiny166氏_第06話

Last-modified: 2008-08-15 (金) 22:19:25

カーペンタリア基地近辺 オーストラリア大陸上空

 

『よし、この訓練もいよいよ今日でおしまいだ。気合いを入れて行こうぜ!』

 

 訓練においては持ち回りで務めることになっている中隊長役を、今回は担当する3ギャルセゾン機長のヘンドリックの声に、

 

『了解!』

 

 と、口々に中隊を構成する各機のパイロット達も威勢良く返事を返す。
 その機上に各々2機ずつのMSを載せたギャルセゾンが合計4機。
6機のメッサーに、レイとルナマリアの2機のザクが加わった彼らα隊は、残り4機のメッサーを搭載したギャルセゾン2機と、セイバー、インパルスの両ガンダムから成るβ隊との模擬戦の状況を開始する。

 

『戦術想定パターン・タイプ9の訓練戦闘、状況を開始します!』

 

 訓練の状況モニターの為に上空にと対空する、空荷のギャルセゾンの偵察員席に並んで着くミヘッシャとメイリンの確認の宣言が各機に入電し、両チームは訓練戦闘へと突入して行く。
このパターンの場合には、強力すぎて逆にパワーバランスを崩すΞガンダムは訓練に加わらずに、空荷のギャルセゾン2機と共に、状況のモニターに回る事になっていた。

 

 多分に政治的な思惑含みではあるが、ザフトに編入ではなく、曲がりなりにも独立した一組織として「マフティー」の存在を承認した上で対等な同盟を結んだ事で、両者は具体的な協力の内容についての協議に進み、合意に至っていた。
端的な形としては、「マフティー」の主体であるMS隊は当面、ミネルバを母艦として艦載され、一戦術単位としての同艦――ザフトの「ミネルバ隊」と共同行動を取ると言う事に決定していた。
その辺りもやはり、様々な判断が働いてのものだった。
 最初の接触相手であり、その実力の程を現実に知っていると言う事。
またそれもあって当初からずっと、グラディス艦長ら艦の幹部が対「マフティー」の窓口役を務めて来ていた事。
また物理的にもミネルバが初めから艦載MSの定数を満たした事が無い――セイバーガンダムを加えても、初出航時の搭載機数に満たない――ので、本来ならばここカーペンタリアで機体と人員を補充して艦載MS隊を改めて編成し直すべきなのだが、その代わりにその空き容量を使って「マフティー」の機体を艦載する。
フェイスの率いる〝少数精鋭〟の部隊に「マフティー」の部隊を合すれば、単に強力無比な戦力としてのみならず、戦略的・政治的な象徴としての効果も更に期待出来ると言う事。
そして、「マフティー」との窓口も当面限定も出来る~と言った判断などから、その様に決定されていた。
 そして、共同戦線を張ると言う事で、アスラン以下のミネルバMS隊はこうして、性能懸絶の「マフティー」MS隊と(ある程度までは)共に戦えるだけのスピードや戦術に慣れる為の猛特訓にと励む事になっていたのだった。

 
 

『よし、始めよう!作戦通り、俺を中央に左右からギャルセゾンも突入、シンが上空から行く』

 

 やはり持ち回りのβ隊のリーダー役に、今回はなったアスランがそう各機に指示を出し、彼らは一斉にα隊への襲撃機動に入る。
 航空機型のMA形態に変形することで、高機動性に加えて形状面での有利さ――敵対抗面積を小さくする事――も獲得が出来るセイバーガンダムを中央に、連携して左右からギャルセゾンの各一個戦闘小隊が、そしてそれらを囮に高度を取ったシンのフォースインパルスガンダムが、それぞれ連携して突入し、機数において勝るα隊を混乱させると言う作戦だ。

 

『各機、全周警戒!』

 

 一方、やはり状況を開始したα隊でも、ヘンドリックから各機へと指示が飛ぶ。
 センサー系の性能でも卓絶されているザクに見つけられる可能性自体は低い筈だが、レイはもちろん、ルナマリアも真剣にそうしていた。
相変わらずガナーウィザード装備で出て来ていた彼女のザクウォーリアだったが、この合同訓練を通して、彼女のザクの長距離射撃の命中率は飛躍的に向上を見せつつあった。
こうしてメッサー1機と共にギャルセゾンの機上に陣取って戦う場合、「マフティー」側がその優れた探査能力でもって把握した敵機の位置データを回して貰える事で、ガナーウィザードの主兵装である高エネルギービーム砲オルトロスも、スペック上の最大射程がそのまま実用最大射程になる――自機のセンサー有効半径外であるので、見越し射撃の形にはなるが――と言う効果も現出していたからだ。

 

『!?来たぞ、正面だ!』

 

 と、やはりいち早く接近するβ隊の機影を捕捉した、ドメステのメッサーからα隊の各機に通信が入る。
 速い、そしてセンサーに移る機影は小さい。

 

『正面の敵機は、セイバーガンダムと思われる!』

 

 そうドメステが口に出して言うのは、他の敵部隊のMSの機影が見えないので警戒も怠るなと言う、注意喚起の為のものでもある。
 メッサーとギャルセゾン各機は直にその敵影を捕捉しているが、2機のザクにはまだセンサーの遙か有効半径圏外である為、両機にはギャルセゾンの方から、そのデータを処理しC.E.のコンピュータ用へと変換されたものが送られて、情報を共有出来る様にとされていた。

 

『迎撃だ!』

 

 ヘンドリックの号令一下、メッサーの計6挺のビームライフルとガナーザクウォーリアのオルトロスの、合計7門の砲口が一斉に火を噴き始める。
訓練用の破壊力の無い〝光線〟が放たれて行くが、命中と被害の判定は無論のことシビアに計測される。

 

 たちまちMA形態のセイバーガンダムの周囲は激しい光のシャワーの中に包みこまれるが、アスランは冷静に細かな機動を続けてそれらをかいくぐって行く。

 
 

「よし、発見された!」

 

 まずは第一段階は成功したと思いながら、アスランは実戦ならば文字通り命がかかる、ダンス・マカブルへと突入していた。

 

 訓練を始めた当初は「マフティー」側のセンサーと火器の射程の前に一方的にアウトレンジされ、彼ですら為す術なく〝撃墜〟されていたものだが、共に訓練を重ねながら「マフティー」側の実践指導を受け、また自分達でも戦術面での研究を繰り返した結果、向こうの「魔弾の射手」ぶりには、実は〝狙われる側〟の方も(向こうから見れば)単純な飛行をしているせいで、自ら「良い的」と化している側面もある。と言う、事実に気が付いた。
そこから様々なランダム回避パターンの機動を編み出し、訓練の中で実地試験を繰り返しながら精度を高めて行って来た。
その地道な努力はとりあえずの結果として報われている様だった。

 

 注意を引きつける為の囮としての役目を果たすべく、アスランはランダム回避を続けながら、MA形態では機首部となる連装プラズマ収束ビーム砲アムフォルタスから、やはり訓練用の〝光線〟をめくら打ちで時折撃ち返しながら、なおも接近を続ける。

 

(!)

 

 と、とっさに機体の回避軌道を大きく取って攻撃をかわすセイバーガンダム。
その真横を太い光条が駆け抜けて行く。
収束した光条である「マフティー」のMSのビームライフルからの砲火ではなく、この幅広の奔流の様な光条は、ルナマリアのガナーザクの長射程ビーム砲、オルトロスのものだ。

 

(ルナマリアも腕を上げているな……)

 

 接近を続けた事により、ザク本体及びオルトロスの高精度射撃用センサーの有効射程圏内にも入り込んだと言う事だろう。
元から貰い受けていた「マフティー」からの照準データに加え、自前でも標的を捕捉出来る様になれば、両方のデータを合してより精度の高い射撃を行える道理。
 楽をすると言うのでは無しに、MSでの長距離射撃のなんたるかと言うものをルナマリア自身が急速に身に付け直していると言う事でもあろう。
敵から見れば、今の彼女も充分に「魔弾の射手」となっている筈だろうと、そう思えた。

 

 だが、瞬時の内にそこまで思考を巡らせたアスランは急遽、それまでの突撃する勢いの接近を一転して止め、まるで足踏みでもするかの様な、その場での滞空の動きを見せる。

 

「えっ!?」

 

 一瞬、その機動に虚を突かれた様になるルナマリア。
と、そこに僚機のメッサーから警戒の通信が飛び込んで来る。

 

『新たな敵影、一! 2時方向!』
『更に敵影、もう一つ!10時方向だよ!』

 

 最初の報告電の末尾に重なる様にして、前後して新たな敵機の機影が雲塊の中から飛び出して来る。
 8の字を描く様な軌道で飛行する2機のギャルセゾンは、その交点を敵α隊の編隊位置に定める様に左右から突入して来、同時に一拍を置いていたセイバーガンダムも僚機の動きと連動して、再び突入を開始していた。

 

『くっ! 各機、散開しつつ個別に迎撃!』

 

 状況判断からそう指示を出すヘンドリック。
終了後の検討会で、本人も反省しつつ認めた〝若さ〟が出た判断だった。

 

 その為の訓練だからこそ、なのだが、内心では危ぶみも覚えつつも「マフティー」の各機のベテラン達とレイは何も言わずに、黙ってその指示の通りに編隊組み替えつつの迎撃戦闘へと移行し始める。
真上から見るとダイヤ型のフォーメーションを組んで飛行していたα隊の4機のギャルセゾンは、高度差を開きながらそれぞれの判断で一番直近に迫りつつある敵機に攻撃を始める。
一番射程距離には劣るレイのブレイズザクファントムも、自機の火器の有効射程距離内に入ったと言う事で迎撃に加わり出していた。
 β隊側も負けじと撃ち返し、距離の接近に伴って双方共に「至近弾」の判定が徐々に増え始め、やがて「被弾」の判定も幾つか出始める。
シールドや片腕の「破壊」判定から始まって――実際の威力は無い為、その判定が下された部位にはロックがかかると言うことになっている――
ついにβ隊の1機、新人パイロットのドラブ・リッドの駆るメッサーが「撃墜」された。

 

 だが、それを喜ぶ暇もなくα隊の側にも同様に「撃墜」の判定が下されていた。
しかも、ダメージの程度ならば彼らの方がより大きい形で。
 β隊の各機から放たれた〝光線〟――事後の解析で、「仕留めた」のはセイバーガンダムのスーパーフォルティスと、ガウマンのメッサーのビームライフルからのものがほぼ同時に「命中」し、一発「撃墜」の判定となったのだと判明した――
を食らって「撃墜」と認定されたのはなんと、中隊長機と言う事になるヘンドリックが機長を務める3ギャルセゾンの方だったのだ!
 これにより、同機上に陣取っていたモーリーとロッドのメッサー2機も同時に、母機と共に「失われ」る。
――自機が無事なら、下が地上であれば落ちる母機から離脱してバーニア噴射で軟着陸、そのままジャンプフライトである程度の戦闘機動自体の続行は可能ではあるが、
高機動での〝空中戦〟の状況想定であるこの場合は、実質的に脱落だと言って良い。

 

戦力の四分の一――それも隊長機を一気に失ったα隊の方が、当然損害の程度としては大きかった。

 

『迎撃を続行しつつ、フォーメーションを変更する!』

 

 状況を見て取って、すぐにそう叫ぶレイ。
リードが落とされた場合に備えた、次席指揮権者としての役割を振り当てられていた彼の指示で、α隊は体制を立て直そうと試み始める。

 

(!)

 

 と、レイは〝何か〟を感じ、とっさに『上だ!』と、僚機に注意を促す。
太陽の中に……新手が、いた!

 

「気付かれたか?けどっ!」

 

 シンは太陽を背にして、一気にインパルスガンダムを急降下させる。
気付いたレイのザクや、その後ろに乗るフェンサーのギャルセゾンが迎撃の火線を振り向けてくるが、僅かに遅い。
偶然ながら3ギャルセゾンの「撃墜」直後と言うタイミングの良さが、この奇襲効果を呼んでいた。

 

「うおおおおっ!」

 

 シンは叫びながらインパルスガンダムを一気に突っ込ませる。
 インパルスガンダムが逆落としに突入してきて、1機のメッサーの右腕をサーベルで「殺す」。
そのインパルスガンダムめがけて、レイのブレイズザクファントムがとっさに右肩アーマーから引き抜いたビームトマホークを投げつけ、そのシールドを「潰し」た。

 

「まだだっ!」

 

 シールドを失ったインパルスガンダムだが、シンはそのまま離脱せずにダメージを与えたメッサーに「とどめを刺」そうとしてビームサーベルを振り下ろす。

 

「なっ!」

 

 だが、その腕はメッサーの突き込んだシールドの先端に押さえられて動きを封じられ、
逆にシールドの下から延びたビームサーベル――シールド裏面に装備された、ビームガン兼用の長柄型のサブビームサーベル――で刺突され、「撃破」されたのはインパルスガンダムの方だった。

 

「くっ、くそおっ!!」

 

 悔しそうに叫び声を上げるシン。

 

「作戦は、悪くなかったぜ」

 

 と、そのメッサーを駆るもう一人の新人パイロットのビランテス・スエッケンは、シンの腕と無謀さの両方を認める様に呟いた。

 

――奇襲には成功したものの、βチームはそれを活かしきれなかったと言うことで、痛み分けに近い格好ではあったが、結局この訓練はα隊側の判定勝ちとなった。
そして、その後もΞガンダムも再び交えての、集団及び個機別の対抗訓練をみっちりと行って、彼らはこの特訓を打ち上げた。

 
 

 カーペンタリア出航前の最後となる合同訓練を終えて、その間にドックから出渠して岸壁へと移動していたミネルバへと帰艦。
セイバーガンダムをMSハンガーへと固定してコクピットハッチを開けたアスランを、エイブス整備主任が自ら出迎えてくれた。

 

「お疲れさまです、ザラ隊長。訓練の方、満足は行けましたか?」

 

 猛訓練を繰り返す毎日の中、その都度機体の相談を重ねている内に真っ先に馴染んだかも知れない、整備主任がすっかり打ち解けた口調で聞いてくる。

 

「ええ……と、言いたい処ですが、流石に甘くはない」

 

 苦笑を浮かべて言いながら、アスランはハンガーデッキの向こう側を見やった。
 そこではやはりミネルバへと〝帰艦〟した、「マフティー」の主力MSメッサーと、ベース・ジャバーのギャルセゾンの列機と、そしてΞガンダムが並んで整備を始められようとしていた――〝向こう〟の整備員達によって。
「マフティー」とザフトの同盟関係成立に伴い交わされた協議の結果、彼ら「マフティー」の面々は、戦闘関係要員と後方支援関係要員とに別れ、それぞれの担当に合わせてザフト側に協力すると言う事になっていた。

 

 ハサウェイ・ノア総帥自身も含めた、やはり「マフティー」の顔とも言えるMS隊は、ミネルバを彼らの〝母艦〟としても提供される事になったのである。
その様に今後の方針が決定された事で、「マフティー」の構成員の乗艦によってミネルバの総乗員数はにわかに増える事になり、同時に共同作戦行動の為の訓練の方も、MS隊だけではなく母艦側の方においてもまた、重ねられていた。
 無論、それらの判断が下されたのには様々な要素があるわけだが、一つには戦隊としてのミネルバは、艦長と艦載MS隊隊長の二人共が揃ってフェイスと言う、他に類を見ない隊構成になっている部隊だと言う事もあるだろう。
つまりは、議長の意も受けやすいミネルバ隊は、コーディネーターとナチュラルとが本当の意味で共に戦う事が出来るかどうか?
その命題を実証する為の試金石でもあると言う事だ。
 アスラン達がたった今戻って来たMS隊の合同訓練も無論その一端でもあるのだが、ミネルバの艦体修理が完了し、いよいよ明朝カーペンタリアを出航と決まった事で、ここでの訓練も今日限りとなっていたのだった。

 

「〝合同訓練〟の様子の映像は自分も見せて貰ってはいますが、いやはや、凄いものですね」
「ああ、彼ら相手に一度でもやってみたのなら、もう誰も「ナチュラル如き」なんて発言は出来なくなるだろうな……」

 

 そう応じたアスランは、違いますよと苦笑したエイブス主任に首を振られる。

 

「凄いって言うのはザラ隊長の事ですよ」

 

(俺が?)

 

 訝しむアスランにエイブスは苦笑したまま続ける。

 

「私もオーブ沖で〝彼ら〟の手並みは見ていますからね。その彼らのメッサー相手に、五分に渡り合っているザラ隊長は流石でいらっしゃる……って言う話ですよ」

 

 そう言われて、今度はアスランの方が苦笑する。

 

「いや、今はあくまで訓練と言う事で、ライフルもサーベルも〝互角〟と見なして、「当てれば勝ち」としてやっているからに過ぎませんよ。これが実戦なら、こうは行かない……」

 

 謙遜ではなしに言うアスラン。
 実際、フェイズシフト系装甲にも匹敵する防御力と、自分達の対ビームコーティングをものともしない威力のビーム兵器を持つ「マフティー」のMS相手では、セカンドステージシリーズの最新鋭MSでも、実際にはまともに戦ったとしてもまず勝負にならないだろう。
だがそこは流石にアスランも並ではなく、訓練を重ねる中で乗機セイバーガンダムの特性を活かす術も徐々に掴んで行き、少なくとも訓練機動の中の1対1の状況においてならば、メッサー相手にそれなりに渡り合えるまでになっていた。

 

 「マフティー」相手の猛訓練は確実に、いささか鈍ってもいたアスラン自身の本来の技量を甦らせて来ていたが、それは彼のみならずミネルバ所属のパイロット達全員に言える事だった。
不測の事態に備え、またレイとルナマリアにも空中戦の感覚を慣れさせる意味でも、二人をインパルス、セイバーの両ガンダムに乗せてみる機種交換訓練なども試みたりしていたが、「マフティー」側から見せ付けられ、また指摘される〝問題点〟の数々は、自分達では気付き得ない非常に有益なものだった。
どうしても、彼らの駆るMSの持つ超高性能だけに目が行ってしまいがちではあるが、実際に訓練を共に重ねてみると、性能云々を言う以前にMSと言う兵器の「運用」そのものが、自分達は全然出来ていなかったのだと言う事に気付かされるのに、そう時間はかからなかった。
単機でさえ総合性能がセカンドステージシリーズを軽く凌ぐMS(しかも、それが量産機なのだから恐れ入る)であるメッサーが、僚機――時には母機のギャルセゾンとも連携して、多彩な戦術を駆使しながら相手をして来るのだ。
それで勝てる要素など、有るわけがなかった。

 

 なまじ個々人の能力に優れる分、コーディネーターのパイロットには戦術的連携の意識が乏しくなると言う悪しき傾向があるのだが、それで徹底的に負け続ければ、流石に当事者達ならば気が付く――付かざるを得ない。
実戦の中でそれに気付いた時には、大概遅すぎるのだけど。
訓練を通してそれに気付けたと言うだけでも、充分に有意義だったと言えるであろう。
 また、彼らミネルバのMS隊の場合は、レイ・ザ・バレルと言うパイロットもいたと言う理由も大きかったかも知れない。
レイの方も率先して隊長のアスランや、シン達同僚に対して自分なりに〝気付いた〟それらの様々な事を具申し、元より同感のアスランと協力して様々に試考し、戦術や連携など彼らも自分達なりの工夫も凝らし始める様になる。
「マフティー」の側もそれは承知していて、互いの部隊の機体をシャッフルしあった混成チーム同士での対抗戦と言う形式の訓練も始め、
U.C.式の進んだMS運用方や戦術を、実践しながら伝授してもいた。
 無論のこと、機体の性能差があり過ぎるので完全に互するのは元より不可能な事ではあったが、それでも流石に赤服部隊でもあるミネルバMS隊は、みるみるとその技量を向上させつつあったのだった……。
 また、それらの一連の流れの副産物として、アスラン自身がミネルバ隊の一員として溶け込むのを後押しすると言う結果を生み出してもいた。
部下のパイロット達――シンですら、自分をあっさり〝落とす〟「マフティー」のMSを相手に、それなりに対抗も出来るアスランの技量と言うものを実際に目にして、それなりには従う様になってはいた――はもちろんの事、整備を頼むスタッフ達との関係もだ。
現に今も、わざわざエイブス主任が出迎えてくれたのは、彼にもアスランに伝えたい事があったからであるらしい。
 普段のいかめしい表情を、今は嬉しそうに綻ばせてエイブス主任は言う。

 

「ザラ隊長、例のセイバーガンダムの改修の件なんですがね、どうにかなりそうですよ」
「本当ですか?」

 

 アスランは流石ですねと言う表情でエイブス主任を見る。

 

「いや、「マフティー」さんのスタッフ達にも相談させて貰って、アドバイスを受けながらやってみたんですがね、本当に自分も学ぶ事が多くてありがたいですよ」

 

 後ろ頭をかくような仕草で言うエイブス。

 

 実際、「機密」保持の絡みもあって、その範囲自体に制限は課されてはいるものの、エイブス自身が一技術者として「マフティー」の持つ斬新で卓越した技術の一端を学ぶべく、オフの時間は彼らの整備員に教えを乞うてもいたのだった。
そういうやり取りを重ねながら、相互の信頼関係も構築されて行き、そんな中に持ち上がったこの一件が更にそれを後押しする様な形にもなっていたのだが、合同訓練を重ねる中で「マフティー」側から指摘された点の一つが、セイバーガンダムの機体コンセプトと、その駆り手たるアスランのパイロット特性とのマッチングの〝微妙さ〟だった。

 

 アスランはMS乗りとしては近接格闘戦の方にとりわけ秀でている――と言う点を、訓練の相手を務めていた「マフティー」側から指摘されていたのだが、現状のセイバーガンダムの(機体コンセプトに基づく)武装では充分にはそれを活かしきれないと言う運用結果を踏まえて、エイブス主任が手空きの時間を利用しながら、アスラン本人やアドバイザーたる「マフティー」側のスタッフ達とも相談を重ねつつ、ミネルバ艦内でも行える現地改修のプランを練り始めていたのだった。
機体のコンセプト自体に干渉をする事は無しに、運用の柔軟性を増すと言う命題だったのだが、その目途がどうにか付きそうだと言うのは明るい材料と言えた。

 

「ま、楽しみにしていて下さい」

 

 胸を叩いて笑顔でそう言うエイブス主任に、宜しく頼みますと答えて目礼し、アスランはハンガーデッキを引き上げた。

 
 

「ありがとう、これで一通りの総括は出来たね。君もご苦労さま、メイリン」

 

 合同訓練終了の報告書と、及びそこから掴み得た要素をまとめ上げた上申書をひとまず作り終え、アスランは傍らのメイリンに声をかける。

 

「あ…い、いえっ!隊長こそお疲れさまでしたっ」

 

 ぴょこんと弾かれる様な反応を示して言うメイリン。
情報科要員と言う事で、母艦入渠中で手すきな間はアスラン付きの副官的な任務を与えられていた彼女は、ミネルバ隊側のオペレーターとして自身もギャルセゾンに乗り込んで、MS隊の合同訓練にも参加していたし、優秀な情報科員としての能力を発揮して、こうして副官役を立派に務め上げていた。
 アスランは休憩しようとメイリンを艦内ラウンジへと誘う。
思いがけずも気になるアスラン・ザラの間近にいられる機会を得られる事になっていたメイリンは、彼の気遣いにも頬を微かに染めながらアスランに付いて行く。

 

「なんだか……雰囲気変わりましたよね、ミネルバの中……」

 

 並んで歩きながらメイリンはアスランにそう呟いた。

 

「ああ、確かに……そうだね」

 

 アスランも頷く。

 

 こうして艦内を歩いていると判る、誰の目にも明らかな変化と言うのは、ザフトとは異なる軍服姿がちらほらと見受けられると言う点だ。
同盟関係の成立に伴い、共闘する前線としての立場を振られたミネルバの中では、パイロット、整備員、オペレーターや参謀と言った情報・管制の各関係において「マフティー」側のスタッフ達が新たに加わる事に伴って、これまでは制限・コントロールされて来ていた、一般乗員達との接触も解放されていたのだった。
無論、一般乗員達の中には半ば無意識的な対ナチュラル優越感情がある事も、当初懸念されてはいたのだが、少なくともミネルバ艦内においてはそれは杞憂に終わりそうな様相を見せていた。
 この場合、「マフティー」の圧倒的な実力の程を、名刺代わりに一番最初に見せ付けられていたと言う事、そしていざ間近に接してみれば、〝ナチュラルでありながら〟本当に何らの屈託も無く自分達コーディネーターに普通に接して来る「マフティー」の面々の態度――しかも、共同する事になった各分野でそれぞれに、驚かされる様な概念や発想を見せて来る彼らに対しての、現場の人間ならではの優れたものは優れていると認めると言う意識も喚起され、余所から見れば驚かれるであろう程に、両者の融和は進んでいた。
それを示す様に、艦内の各所で見かける〝ザフト以外の軍服〟姿は、自分達だけでまとまっていたりする様な事はまず無く、ほとんど常にその姿はザフトの軍服姿達の中に混ざって見えていた。
そんな光景を目にしながら着いたラウンジの一角でも、ルナマリアが急速に打ち解けつつある「マフティー」の女性パイロット、エメラルダやモーリーと談笑していたし、レイも2ギャルセゾンの機長のシベットや、まだ新人だと言うメッサーのパイロットのリッドやスエッケン達とMS戦の実際について、熱心に話し込んでいる様だった。

 

(「異世界人だから……」と、言ってしまえばそれまでなのかも知れないが……)

 

 そんな様子を目にしたアスランは、内心でそんな事を一人ごちる。
偏見や先入観を持たないが故に、ただただ〝同じ人間〟としてごく普通に接して来る――強いて言えば、平均年齢は向こうの方が上なので、年長者が年少者に対して向き合う態度を取ると言う形になっていると言う事も一因ではあるかも知れないが――
彼ら「マフティー」の面々の様子に、アスランは改めて偏見がいかに人の目を曇らせるものであるかを見せ付けられる様な思いになるのだった。

 

 コーディネーター、ナチュラルどちらの側にも、偏見に捕らわれたまま只々相手を否定する事しかしない者達がいると言うのは、悲しむべき事ではあるが、紛れもない事実だ。
そういう手合いが指導者となって、己の〝正義〟を実現しようと盲目的に邁進する事が、争いを引き起こし続けていると言う事でもある。
だが、現にこうして今ここではごく〝普通〟に、両者が融和を見せている。
両者は決して相容れない存在ではない――双方に狂信的な排除思想の者達がいるからと言って、相手の全てがそうなのだ!などと考える者達の錯誤を示す証左である様に思えた。
そしてそれ故にアスランは、自身が背負って行くべき〝業〟であるとの思いを抱く、亡き父の犯した過ちの事をより深く考え出していたし、また、同時にそれはそれまでカガリの傍らに在って疑いもしなかった、「オーブの理念」なるものに関しての疑念もやがて抱く様にもなって行く、その萌芽でもあった。

 

 そういうアスラン自身の心境の変化もまた、「マフティー」との接触がもたらしたものだった……。

 
 

「ご紹介しましょう。彼が、あるいは〝この世界のシャア・アズナブル〟に成りうるかも知れない青年です」

 

 デュランダル議長のそんな第一声でもって引き合わされた、「マフティー」総帥のハサウェイ・ノア。
 事前に閲覧させられた資料から、シャアと言う人物の事も頭に入れてはいたのだが、まさかそれに自分がなぞらえられるとは思わなかった――が、ハサウェイ達の方はそれだけで議長が彼に何を〝期待〟しているのかを察した様だった。
そんなハサウェイは、しばしの歓談の後に彼に向かってある問いを投げて来た。

 

「〝志〟を持って再び戦士として立つと決めた君に問いたい、アスラン・ザラ。君はこの戦いの先に、何を求める?」

 

 しごく単純な様でいてその実、深い意味まで込められた問いだったのだが、そのときのアスランはそれには気付けなかった。

 

「それは……もちろん〝平和〟です。こんな無益な戦争を一日も早く終わらせて、平和な世界を取り戻す為に、自分にも出来る事がある筈だと。そしてそれをしたいと願って、私はザフトの一員へと復帰しました」

 

真剣な表情でアスランはそう答えた。

 

「成程……」

 

 と、頷くハサウェイはしかし、続けて意味ありげに議長の方を見やった。
苦笑を交えた微笑を浮かべながら、軽く左右に首を振る議長。

 

「確かに、君の言う通り。理不尽に対しては、戦う事無しには何かを守る事も、それに対しての何かを為し得る事も出来はしない。
しかし、それではあえて君に問いたい。君が望んでいるものである〝それ〟〈平和〉とは、そうして一人の戦士として戦うと言う事でもって成し得るものだろうか?」
「それは……」

 

 ハサウェイがごく普通の調子で訊ねて来た問いに、アスランは答える事が出来なかった。
理不尽な現状を見て、座視はしていられないと言う想いが、自分には少なくともそれに抗う〝腕〟と言う術があり、それを再びの苦難に見回れた同胞達を助ける為の一助に……と言う意志に突き動かされて選んだ今の自分と言う道。

 

 それは確かに〝純粋〟ではあるかも知れないが、逆に言えば多分に衝動的な行動でもあったのだと言う事でもあるだろう。
フェイスと言う立場を得た上でオーブにと戻れば、言うなれば「プラントとオーブとを繋ぐ特使」とでも言える様な立場で、カガリの傍で彼女の支えにもなりながら、その両者の連帯を保つ為に働ける……そんな計算も、きっとどこかにあったのだろう。
だが、そんな〝皮算用〟はあっさりと無意味なものになり、ある意味で今の自分は目的の半分を失った宙ぶらりんな状態にあるままだと言う事に、否応なしに目を向けさせる。
ハサウェイ達からの問いと言うのは、その意味で確かに容赦ないものであった。

 

「君の決意に水を差す様ですまないが、その想いが本物ならば、ただの一戦士の立場に留まったまま、〝その先〟のビジョンが無いと言うのはおかしな話だと思う」
「〝その先〟の……?」

 

ハサウェイの言葉をおうむ返しにするしかないアスラン。

 

 オーブとの~と言う〝目論見〟が成立しなくなった今、それに変わるものは何も考えてもいなかったのだと言う事実に気付かされたからだ。

 

「君が望む〝平和〟を取り戻す為だと言う想い、それが本物であるのならば、ただ単に一介の戦士として戦う事以上に、もっと大きな意味で君に出来る事はある筈だと思うのだが……。」

 

 そちらへと進んで行く覚悟は果たしてどうなのか?
ハサウェイの問いは、彼の心に深く突き刺さる。
アスランは、ふぅ……と一つ息をついて、そして訊ね返した。

 

「それは……私が〝ザラ〟の名を背負っているのだと言う事を、受け入れる覚悟はあるのかどうか?と、それを問われているのですね?」
「他人事だと思って気軽に言っている、などと思わないでくれ? かく言う彼も、〝高名で知られる父親〟を持つ息子だったのだからな」

 

 と、ハサウェイの傍らに座るイラム参謀が、ハサウェイの発言をフォローするかの様に言った。
 イラム…と、彼をたしなめる様に言ってから、ハサウェイはアスランに向かって穏やかな表情で言葉を継いだ。

 

「確かに、そういうものを背負えだなんて、勝手に期待をされても困ると言う話でもあるだろうとは思う。ただ、もし君がそれを本気で受け入れ、背負う事が出来たなら――
それはより広く、より大きな意味で、君が望むものを自らの意志でもって手繰り寄せる事が出来る、その先へと繋がる道の筈だ」

 

 議長にも、そういう期待はあった筈ではないのですか?
ハサウェイのその問いに、デュランダルは微苦笑を浮かべながら頷いて見せた。

 

「自分もこの世界の平和の為に何かがしたいと、そう言って来てくれた彼の気持ちに感謝しているからこそ、すぐにはそこまでは求めるつもりは元より無かったのですが……」

 

 しかし、将来的にはいずれ…と言う〝期待〟が無かったと言えば嘘になるでしょうな。
と、そう政治家としての考えがあったと言う事を首肯するデュランダル議長。

 

 アスランが前大戦の後、半ばは亡命の様な意味合いでオーブにと移住し、アレックス・ディノの名を得ていたのは、彼の名自体が(様々な意味合いで)〝有名人〟過ぎるからであったのはもちろんだったが、同時にそれはまた、「〝ザラ〟と言う名」の重みから逃れる為のものでもあったのだ。
ある意味で、その〝壁〟に今あらためて直面すると言う状況になっていると言う事であり、そしてそれを乗り越えられるかどうか?こそが、彼の決意が本物であるかどうかを示す尺度になる。そういう事なのだ。

 

「もちろん、今すぐにこの場で決めろなどと言っているわけではないよ?
重い選択である筈の事が、逆に大して葛藤も無しにあっさりと答えが出てきたら、そちらの方が本気を疑われるだろう」

 

 いささか冗談めかす様な調子で言うハサウェイ。
アスランの気持ちをほぐしながら、その想いの内に染み入るように語りかけて行く。

 

「だが覚えておいて欲しい。君が――いや、誰しもだが――選んだ道を行くと言う事は、必ずそれとは相容れない何かとぶつかるものだ。
その〝覚悟〟までも背負って事に臨むと言うのが、本当の意味で「選ぶ」と言う事なのだと。
その「覚悟」が無い人間の〝中途半端な善意〟と言うものは、むしろ下手な悪意よりも多くの害をもたらしかねないものなのだと、ね」

 

 ハサウェイのその一言は、アスランに大きな衝撃を与えるものだった。
私憤を公憤にと暴走させ、どうしようもない憎悪と悲しみの連鎖を自らも世界に撒き散らした亡父の姿を目の当たりにして、強い信念と言うものを、あたかも悪しきものであるかの様に感じて無意識に忌避していた自分の想い――だが、その実それもまた、違う意味ではき違えた方向に進んでいはしなかったか?と、そんな自問に反論出来ない自分がいた。

 

「君の〝立場〟と言うものを知れば、君がその様に思うようになるのも無理からぬ事だとは思う、アスラン。
だが、君がそう思うそれは単に、その向ける方向を間違えたと言う事例であって、
そう言ったものを持つ事そのものが間違いであると言う解釈は、その方が間違っているのではないかな?」
「…………」

 

 ハサウェイの言葉にアスランは沈黙した。
彼の言葉の〝正しさ〟が、心の奥底にまで響いていたからだ。
だが、本当に彼の心を陥落させたのは、その後にハサウェイが口にした「本当に思いがけない一言」だった。

 

「……そうか。君は本当は、亡きお父上の事を今でも好きなんだな…」
(ッ!?)

 

 余りにも思いがけない一言に、何を言うのだと驚愕の表情でハサウェイを見返すアスラン。
だが、ハサウェイは彼の内なる想いの中の「自身では気付き得ない」、欠けたピースをはめるかの様に言った。

 

「もし本当に、「ただ愚かな存在だった」と否定しかせず、忌避したままでいるのなら、「息子として、〝ザラの名〟を持つ者として(自分が代わりに)償いたい」などと言う想いを抱くはずはないと思うが、違うかな?」
「それは……」

 

 そう尻すぼみに呟いたまま、沈黙するアスラン。

 

「確かに〝公人〟としての亡きお父上は、決して許されざる過ちを犯してしまった人物であるのは残念ながら事実。否定は出来ないだろう。
だが、それだからと言って、君の思い出の中にある〝私人〟としてのお父上がどうであったか?までもが否定され、忌避される事はないのではないかと思う」
「…………」
「父は愚かだったと、否定しなければならない様な人間だと、そう思いこめればある意味では楽になれるのかも知れない。
だが、そうはならなかったと言うのは多分、君の心の奥底のどこかで、今でも変わらずに息子としてお父上の事を好きだった頃の想いが生きているからではないのかな?」
「今でも……?」

 

 そう呟くアスランに、ハサウェイは頷く。

 

「今は亡きお父上の事を、完全に嫌いたくないから。嫌いきれないから。だからこそ息子である自分がその過ちの償うその為に何かをしたいと、そうする事で自分自身の秘めたその思いの実践としたかったのではないかな?」
「ハサウェイ総帥……」

 

 ザフトへの復帰を誘われるきっかけとなった、プラントを訪問してのデュランダル議長との面会の際に抱いた感情を今一度、より深く思い出させられるアスラン。
普段は感情の奥底に眠らせている想いは今、掻き立てられ、再び表層へと浮き上がって来ていた。

 

(自分が求めていたものとは、それだったのか?)

 

 自らに問いかけ、もう一度その答えを探ってみようとする。
 デュランダル議長から手渡された、父が議長のデスクの奥にひっそりとしまっていたという、息子である自分と、亡き妻である母のエレノアとを写した一枚の写真。
ヤキン・ドゥーエの司令室の中、たった一人で朱に染まって漂っていた父の最期の姿が脳裏にとよみがえる。

 

 たった一人で……。

 

 仮にもプラントの最高実力者――最高評議会議長に登り詰めた筈の父の最期は、誰からも見捨てられた、本当に惨めなものだった。
それを自業自得だと言ってしまうのは簡単だった――それ自体、事実であるのは間違いない事でもあったし。
だが、それでもやはりその最期を看取った息子の、人間としての情として、哀れを感じたのもまた自然な事ではあった。
 デュランダル議長から手渡された、今は彼が自分の数少ない私物として大切に持っている、父が密かに己の手元に置いていた写真。
尽きせぬ怒りと憎悪に人として壊れて行きながら、軍最高司令官も兼ねた議長職の激務を務め続けるその中で、ふと一人になった僅かな一時、父はその写真を手に何を思っていたのだろう?

 

 ……たった一人で。

 

 あの時の自分の決断が間違っていたとは、今でも決して思わない。
だがそれでも、パトリック・ザラの息子としての自分にとっては、様々な意味で悔恨があった。
あるいは息子である自分の離反もまた、父の孤独と絶望感――それが転化した、この世界全てに対する程の、怒りと憎悪を更に強めたのであろうから。
ある意味では父をそんな「赦されざる者」と化させしめたのは、自分でもあったのかも知れないと、そう思う事さえもある。

 

(………………ああ、そうか、そういう事なのか…)

 

 ふいにアスランは気が付いた。
今の自分が置かれている状況と言うのは、ある意味では最初に自分が一兵士として戦火の中に身を投じた前大戦の時に辿ったものと、再び同じ状況になっているのだと言う事に。
あの時も、理不尽に母を奪われた事への悲しみと怒りに、自分以上に衝撃を受けていた父の為にもと言う思いに、そしてプラントに暮らす同胞達の為にと言う思いに駆られて自分はザフトへと進み、戦争の中へと出て行った。
そしてその先で、友を喪い、また別の友とも憎しみ合い、殺し合ったのだった。
 そんな経験から何かを学んだ筈なのに、それなのに自分はまた同じ轍を自ら踏もうとする方向に舵を切ってしまっていた。
その先に、また同じ過ちを繰り返しかねない様な方向に……。

 

 ハサウェイが見抜き、問いかけて来ていたのはそれだったのかと、ようやく納得が行ったアスランだった。
そして、それに気が付いてみた時、自分は何も判っていないのだと言う事をアスランは痛感させられた。

 

「……恥ずかしい限りではありますが、自分は気持ちのみが先走るばかりで、その実なにも判ってはいなかったのだと、今更ながら痛感させられています。
そんな私が、ハサウェイ総帥がおっしゃる様な大きな何かを、本当に成し得るものでしょうか?」

 

 そう真顔で問いかけるアスランに、ハサウェイは彼の変化の明確なきっかけを〝感じ〟、微笑を浮かべる。

 

「少なくとも、自分でそれに気付く事が出来た君ならば、おそらく大丈夫なのではないかな?」
「…………」

 

 まだ半信半疑の表情でいるアスランに、ハサウェイは笑いかけたまま同席しているデュランダル議長の方をちらりと見やり、続けた。

 

「議長が言われた様に、確かに今はまだ時期尚早な部分もあるだろう。君は一度はプラントを離れた格好の人間でもあるからね。
その為にも〝実績〟は必要ではあるのだし、今はまだ良き軍人、指揮官たる事に努力する、それで充分だろう。
〝その先〟の事はそれから、の話で間違いはないさ」

 

 ただ、同じ事をやるにしても、目先の部分だけを見てそれに没入するだけなのと、その先の事にどう繋がるかも同時に見据えて臨むとでは、おのずと得られる果実も違ってくるだろう。

 

「まずは、そこから始めて行けば良いのではないかな?」

 

 生真面目すぎて、またまたやりもしない内から小難しく考えすぎているぞ?と、苦笑混じりに注意され、アスラン自身もまた苦笑した。
そして、気持ちが楽になるのを自覚していた。

 
 

これより後、ハサウェイ達「マフティー」から政治のなんたるかを学び始める様になるアスランは、政治家の息子として、そして自身もまた政治と言うものにも関わって行くと言う道を進み始め出す、その一歩を実にこの時に記したのであった。