機動戦士ガンダム00 C.E.71_第32話

Last-modified: 2011-10-03 (月) 01:14:20
 

何も感じなかった。
攻撃してくる者は、多かれ少なかれ覇気があった。
キラを倒そうとする圧があった。しかし、突然来襲した榴弾による攻撃は、
何の覇気も圧も無く、ただ破壊をもたらす物体としてキラに襲い掛かったのだ。
シールドを構え、手元で爆発を起こすビームライフルから間一髪で機体を守ったキラが、
攻撃を加えてきた敵機をモニターに収めた。ストライク直上に位置したその敵機は、
追撃をするでも回避機動を取るでも無く、未だ硝煙を纏ったバズーカの砲門をそのままに、
悠々とキラを睥睨していた。

 

「あの機体・・・!」
その敵機―――白いシグーを、キラが見間違える筈が無かった。
ヘリオポリス崩壊の原因にもなった、ストライクのアグニによる一撃。
それは目の前の敵機を狙った事で起こった悲劇なのだ。
一瞬の内に故郷を失った光景が脳裏に甦り、キラは沸き上がる感情のまま
シグーに向けてストライクを突進させた。
無線からムウの制止の声が聞こえるが知った事では無かった。
「殺してやる!」
明確な殺意。こんな感情が自分の中にあったのに驚く暇も無く、
キラは頭部イーゲルシュテルンを連射した。
放たれた無数の弾丸は、しかし先程イージスを追い詰めた時の精度は見る影も無く、
シグーはそれを1発も掠る事無く躱した。怒りによって照準が甘くなった訳では無い。
シグーからは、アスランや他の新型パイロットの様な感情が感じられず、先読みが一切役に立たないのだ。
「くそ、なら!」
ビームサーベルを抜き、バーニアの推力をそのまま、碌なフェイントも掛けずにシグーに襲い掛かる。
シグーも重斬刀を抜き、両者の剣が火花を散らす、と思いきや、
感情のまま振り下ろしたビームサーベルは斜めに構えた重斬刀にあっさりといなされ、
空ぶったストライクは無様に前に倒れ込む格好となった。
あまりにも大きな隙に、キラは必死で体勢を立て直す。
反撃があるかと身構えたが、顔を上げるとそこにシグーの姿は無かった。
機影を探し、至近距離に表示された熱源にストライクを振り向かせる。
何時の間に後ろを取っていたシグーが、武器を使うのも馬鹿らしいとばかりに
ストライクに回し蹴りをお見舞いした。
背後から襲ってきた衝撃に、キラは背骨が折れるかと思う程の激痛に襲われた。
あまりの激痛に嗚咽さえ出ない。それでも、コイツを許す訳にはいかない。
激痛に耐え、振り向き様にビームサーベルを一閃するものの、
それもAMBACを使った僅かな動きで躱され、お返しの右ストレートがコクピットを激しく揺らした。

 

詰まらないパイロットだ。
それがクルーゼの印象だった。
アスランに殺気の無い気の抜ける様な攻撃をしていたかと思えば、
こちらに向かっては激しすぎる憎悪と怒りを滾らせて獣の様に襲い掛かってきた。
しかしそれも、未熟な腕に加えて感情に任せた読み易い攻撃では遊びにもならない。
多少相手の感情を読み取る能力を身に着けたとしても、これではお話にもならなかった。
『隊長、どうするつもりですか!?』
シグーがストライクを殴打する様は、外から見れば遊んでいる様に見えたのだろう。
アスランが困惑した通信を寄越した。
「ふ、この新型も、確保するに越した事は無いだろう?」
『しかし・・・!』
「今ヴェサリウスが脚付きの相手をしている。その間に、ガモフがネルソン級を捉える。
 アスランはそこの煩いハエの相手をしろ」
『・・・了解』
不承不承といった感じの返事を返すアスランだが、それでもやる事はやるのがこの部下の良い所だ。
クルーゼは変わらずシグーにストライクを殴打させ続ける。
今頃ストライクのパイロットはシェイカーの如き状態に晒されているだろう。
しかし、ストライクから発せられる気は些かも衰えを見せず、
右手のビームサーベルを我武者羅に振るって反撃してくる。自分への怒りと憎悪が成せる技か。
それもあるだろうが、それだけな筈が無かった。いくら闘争心があろうと、興奮状態であろうと、
下顎にフックを食らえば人体は崩れ落ちるし、急に海中深くから浮上すれば減圧症によって死に至る。
精神力によるブーストは、所詮は肉体という現実的な物質に縛られているという事だ。
ならば、目の前で未だに動いているストライクをどう説明する?
先程から殴打で与えている衝撃は、コーディネーターといえど失神するには十分な物の筈である。
新型を検分した結果、ジンに比べてコクピットの対G性能が高い事が分かっている。
だが、それもこの現象を説明するには足りない。
ストライクの対G性能が、他の新型に比べて特別優れているという事も無いだろう。
「パイロットとしては詰まらないが・・・何者かな?君は」
ストライクのパイロットに質問するでも無く独りごちた。
コーディネーターを超えた肉体を持つ者、
クルーゼにとってそれは興味を引かれるのに十分な物だった。

 

『隊長、照準整いました』
「任せる」
無線からガモフ艦長であるゼルマンの声が響いた。
段々とNジャマーが薄れてきているというのもあったが、
無線が通じているという事はガモフがこちらに近付いているという事だ。
敵艦の接近に気付いたモントゴメリィが、急いで船体を旋回させ始めた。
「もう遅い」
ガモフに横っ腹を晒した形になったモントゴメリィの船体が動く。
しかし、多数の被弾によって死に体となった船体に最早旋回能力は無かった。
残された制御スラスターを健気に吹かすモントゴメリィに、ガモフの冷たい砲門が向けられる。
直ぐにでも撃沈させられるとクルーゼが唇の端を釣り上げたその時だった。
全周波数に向けて無線から、女の声が響いた。

 

『ザフト全軍に告ぐ。こちら、地球連合軍所属、アークエンジェル。
 当艦は現在、プラント最高評議会議長、シーゲル・クラインの令嬢、ラクス・クラインを保護している』

 

『なっ!?』
驚くべきその内容に、アスランも思わず声を上げた様だった。しかし、もう遅い。
アークエンジェルからの無線の前に、ガモフは命令を実行に移していた。
極太の光柱が、無数のミサイルが、女の声から一瞬遅れて
モントゴメリィの横っ腹に吸い込まれる様に命中した。
被弾した船体が、攻撃の集中した船体中央からくの字に折れる様な形になり、
次の瞬間巨大な火球へと姿を変えた。

 
 

学生組であるサイの許嫁だというフレイ・アルスターが、
ラクス・クラインを羽交い絞めにしてアークエンジェルの
ブリッジに押しかけてきたのは数分前の事だった。
ラクスの個室は、パスを入れれば誰でも外部から開ける事が出来る。
しかし、パスを知らない者にも開ける方法がある。
インターホンでラクスを呼び出して、内部からの許可があれば、パス無しでドアを開ける事が出来るのだ。
情報公開という名目で、民間人に対してある程度情報のアクセスが可能になっていたのが仇となった。
先遣艦隊が危機的状況に陥ったのを知ったフレイは、ラクスを人質に取る事で
ザフトに停戦を持ち掛けろと言った。
突然の事にブリッジ中が凍り付いたが、ナタルは直ぐにそれしかアークエンジェルや先遣艦隊が
生き残る事は不可能と判断、受話器を取り、全周波数を使ってザフトに呼び掛けた。
しかし、遅かった。ナタルは無線用の受話器を耳に当てたまま自分の無力さを噛み締める。
モニターが焼け付くのではないかと思う程の強い光を放っていたモントゴメリィの作り出した巨大な火球が、
急激に冷やされて破片とガス状の靄へと変わっていく。

 

「いやあああああああああああああっ!」

 

同時に、ブリッジに絹を引き裂く様な悲鳴が響き渡った。
モントゴメリィ撃沈に呆気に取られていたクルー達が、一斉に振り返る。
ラクスのすぐ後ろで引き攣った顔を押さたフレイは、肺の中の酸素を絞り出し、そのまま気絶してしまった。
「僕が医務室に運びます!」
「なっ、アーガイル二等兵!」
力無く無重力に浮いた彼女を、サッと席を立ったサイが抱える。
「ここで彼女をそのままにしていたら、戦闘にも支障が出るでしょう!」
ナタルの制止に建前で返してのけたサイが、そのままブリッジを出て行った。
静かになったブリッジで、ナタルは深い溜息を1つ、気を入れ替えて再び受話器を耳に当てた。

 

「偶発的に救命ポッドを発見し、人道的立場から保護したものであるが、
 以降、当艦へ攻撃が加えられた場合それは貴官のラクス・クライン嬢に対する責任放棄と判断し、
 当方は自由意志でこの件を処理するつもりであることを、お伝えする!」

 

代々軍人を輩出してきた家の出にとって、それはあまりにも屈辱的な宣言だった。
一息に言い切ったナタルが、ラクスにカメラを向ける様クルーに指示、
アークエンジェルにラクス・クラインがいる事がザフト全軍に伝わった。

気の張りつめた数分の後、ザフトのMS、艦船が攻撃を止めた事を確認する。
「・・・・・・」
ラクスは動かなかった。カメラを向けたら少しは抵抗するかと思ったが、
厳しい表情のまま、ただモニターの向こうを見詰めていた。

 
 

全軍の動きが止まった丁度その時、刹那がアークエンジェルに帰投した。
ボロボロの機体をやっとハンガーに着底させ、自身もジンから降りてヘルメットを取る。
「マジリフ曹長!」
ナタルの全周波放送は、刹那も聞いていた。困惑した雰囲気に包まれるハンガーの中、
マリューが憤怒の表情で刹那に迫ってきた。マリューが怒るのも無理は無い。
バスターを攻撃しに行って以来、刹那はどこにいるかも分からない状態だったのだ。
それを悟った刹那の頬に冷たい汗が流れる。
近寄ってきたマリューが中破状態のジンを一瞥してから、刹那に詰め寄った。
「曹長。出撃前、私が何と言ったか・・・覚えていますか?」
「・・・・・・すまない」
調整が済んでいないから無理はするな。そう言われていたのを今更になって思い出す。
頭を下げた刹那に、マリューの声が降りかかった。
「私に謝られても困ります!そんな事を繰り返していては、命がいくつあっても足りないわ!」
真剣に心配してくれているのが、脳量子波を使わずとも伝わってくる。
姿勢をそのまま、頭だけ上げて彼女の顔を見ると今にも泣き出しそうな程震えていた。
「・・・先遣艦隊が全滅して、その上貴方達にまで死なれたら・・・私の立つ瀬が無いわ」
「すまない」
もう1度頭を下げ直し、マリューの溜息を頭上に感じた刹那は、
更に高い場所から響いたナタルの声を聞いた。
『整備班へ。ザフト軍は一時休戦に同意した。艦載機収容の準備を』
どれだけ困惑していようと、出撃したパイロットを迎え入れられるのは彼ら整備班以外にいない。
それを分かっているマリュー以下各員がナタルの凛とした声を境に慌ただしく動き出した。
「この話はまた後で。マジリフ曹長、キラ君達が帰ってくるわ。 ジンを4番ハンガーに移動させて」
「了解した」
頷いた刹那は、ジンに乗り込みコクピットハッチも
閉めずに機体を指定されたハンガーに持っていく。

 

生き残る為に、民間人をも人質に取る。
少年兵をやっていた刹那にとっては、大して気にする事でも無かった。
ラクスに危害を加えて見せない辺り、寧ろ人道的であるとすら思える。
ムウは軍人であり大人だ。人として納得出来なくとも、軍人として納得するだろう。
問題はキラだ。折角アークエンジェルを守ろうと立ち上がったのに、その矢先にこれである。
「・・・もう、無理かもしれないな」
コクピットの中、刹那は誰に言うでもなく、そう呟いた。

 
 

『これが・・・これがお前の守りたい物か・・・キラ!』
「違う、これは・・・!」
『彼女は取り戻す。必ず・・・!』

 

MS越しだというのに、身を焼く様な怒りがアスランから感じられた。
母艦からの後退信号だろう信号弾が暗黒の宇宙を照らし出すと、
イージスは拳を握りしめる動作を取り、MAに変形して離脱していった。
それを力無く見送ったキラにも、アークエンジェルから信号弾が打ち出されるのが確認出来た。
帰投命令だ。信号の符丁もムウに叩き込まれていたキラの脳が意味を認識する。
しかし、体が全く動こうとしない。信号弾の意味を理解出来ても、
未だに混乱の渦中にある脳がそれを動作に出力出来ないのだ。
ザフトの艦に、無数の光が集まっていくのをボンヤリと眺めていた
キラに今度は通信が入り、見知った声が鼓膜を叩いた。
『おいコラ坊主、帰投命令だ。さっさとアークエンジェルに戻るぞ!』
「あ・・・」
『・・・お前の言いたい事は分かるし、俺にも言いたい事がある。
 けどそれは、こんな無線越しじゃなくて直接面を向け合わせてする事だ』
そう言ってメビウス0が機体を寄せてくる。
『掴まれよ。何にしても、帰らねぇと始まらない』
「・・・はい」
ムウの言葉に納得した訳では無い。だが、取りあえず1度帰投しなければ前にも後ろにも進めない事を理解し
キラはストライクをメビウス0のガンバレル部分に掴まらせた。

 

「ストライク、メビウス0、帰投しました。ハッチ閉鎖します」
「そうか。ご苦労だった」
艦載機が全て帰投し、第2戦闘配備になった事を確認してナタルは深い溜息を吐いた。
ラクスは保安隊の者に個室まで案内させた為、ブリッジにはもういない。
代わりに、フレイを医務室に送り届けたサイがブリッジの自分の持ち場に戻っていた。
クルー全体、特に学生組は複雑そうな顔で業務に当たっている。仕方が無い。
あんな終わり方では、誰も割り切れる物では出来ないだろう。
それは逆に、ブルーコスモスの様な偏った思想の者がクルーの中にいない事も意味していた。
「艦長、進路どうしますか?」
ノイマンがハンドルを握ったままこちらに振り返り、進路を変更するかどうか確認を取ってきた。
こんな時でも真っ直ぐな視線をくれる副長を兼ねた彼の存在は、ナタルにとって有り難い物だった。
「追尾はしてくるだろうが・・・敵艦は当分仕掛けてはこないだろう。
 打って出てこられる前に、出来るだけ距離を稼ぐ。先遣艦隊が託してくれた進路を最大船速」
ナタルの指示に了解と返したノイマンが顔をモニターに戻した。
程無くしてアークエンジェルが加速を始め、体に掛かるGが体を重くするのが感じられた。

 

アークエンジェルが加速を始めた頃、ハンガーでは戦闘の後始末の真っ最中だった。
マリューの下、整備士達が各機体の修理に追われている。
その隣にあるパイロット用の更衣室では、3人のパイロットがシャワーを浴びていた。
「・・・お前の言いたい事は分かるぜ。でも、あのままじゃ俺達も先遣艦隊に続く羽目になってたんだぜ?」
「それは分かります。分かりますけど・・・」
何時も通り板一枚に区切られた横並びのシャワー室で、キラは刹那とムウに挟まれて髪を洗っていた。
しかし、いくら洗った所で卑怯者という自身に向けた感情を拭い去る事は出来なかった。
ムウに今回ナタルのした事へ対する質問をしたものの、
その答えもキラにとって免罪符となり得る物では無い。
「元はと言えば、俺達が弱いのがいけない。ここは戦場だからな。
 何にも無しに弱い奴が強い奴に見逃して貰うなんて事は中々出来ないのさ」
「そんな言い方・・・!」
あっさりと言うムウに、キラは声を荒げる。
だからと言って、ラクスを、民間人を人質に取る事が肯定されて良い筈が無い。
「それが嫌だと言うのなら、強くなれ、キラ」
「カマルさん・・・」
「お前は自分で戦う事を選んだ時から戦士だ。戦場で、最も自由を許された者だ」
黙々と体を洗っていた刹那がキラの目を見ながら続けた。
「実際、お前は強くなっている。今回の戦闘、結果は結果だが、何か手応えがあったんじゃないか?」
「そうだお前、何か今までと違ったな。何か掴んだか?」
落ち込むキラを気遣ってか、ムウも彼の活躍を褒めた。
2人とも、精一杯の言葉だった。しかし
「・・・・・・すいません。先に出ます」
キラは俯いたまま、シャワー室を出て行ってしまった。
そのまま手早く体を拭き、制服に着替えて出て行ってしまうキラ。残される大人2人。
2人の間にガランと空いたシャワー室が横たわり、沈黙が降りる。

 

「・・・まぁ、戦いを肯定出来ない奴に、戦い方褒めてもなぁ」
「フォロー、という奴のつもりだった」
「はっはっはっ!乗っかった俺が言うのも何だけどそれは無理だな」
「そうみたいだな」
「難しいよなぁあのぐらいのガキは・・・思春期って奴か」
「俺には分からない」
「そういやお前は子供いんのかよ」
「いや」
「そうだよな~、俺もいねぇよ」
「・・・・・・」
「・・・はぁ」

 

子供の扱いに困った、独身男の背中が寂しく並んでいた。

 
 

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