機動戦士ガンダム00 C.E.71_第42話

Last-modified: 2011-12-14 (水) 01:02:57
 

「状況は」

 

ハルバートンがメネラオスのブリッジに姿を現すと場の空気が一段と引き締まる。
良い緊張感だと、部下の練度に満足そうに頷いて作戦参謀に問い掛けた。
「はい。ザフト軍はこちらの索敵圏外にて艦隊を編成していた様です。
 まだ交戦圏内には入っていませんが、交戦の意思があるのは確実です。
 艦隊としては大した数ではありませんが、アークエンジェル艦長、
 バジルール少尉に依れば内2隻はG計画を強襲した艦であり、
 Gシリーズを載せている可能性があると」
「では報告にあったラウ・ル・クルーゼの隊がいるという事か」

 

ラウ・ル・クルーゼ、世界樹攻防戦で華々しい戦果を上げた彼の名を知らない者は
連合内にはいないだろう。世界樹にいた者なら尚更である。
ハルバートンは艦長席に腰を下ろしながら口髭を撫でた。
「全艦に通達、アークエンジェルを中心に陣形D03。ゆっくりな」
「打って出ないので?」
当のザフト艦隊はまだMSを展開させていない。
艦船の性能で勝り、機動兵器においては圧倒的な不利を強いられる連合の艦隊では、
ザフト艦にMSを展開される前に攻撃を開始するのがセオリーだ。
それを破ってまでD03―――第対MS防御陣形を選んだハルバートンに、
作戦参謀は首を傾げた。
「敵にGが4機いるとなれば、攻めた所で艦隊の一点を抜かれる可能性がある。
 降下準備をしているアークエンジェルでは対処出来まい。
 我々の任務はあくまでアークエンジェルをアラスカに送り届ける事にある」
「はっ、了解しました」
参謀との意思疎通に問題があっては作戦行動に支障を来す。
この戦いはあくまで防衛戦であると彼に説明し、ハルバートンはザフト艦隊に目を向けた。
第八艦隊に仕掛けようとしている艦隊が、連合艦隊のセオリーを把握していない筈が無い。
未だにMSを展開させていないのは十中八九誘いの罠だろう。
ならば、気付かれぬ様に防備を固め、ゆるりと時間を稼がせて貰うのが得策だ。
「私の合図があるまでアークエンジェルへの物資の詰め込みは続行だ。
 出来うる限りの物を持たせてやれ。外縁に位置する艦は対空監視を厳にな」
今の段階で出来る事は全てした。
ハルバートンは腕を組むと、何か見落としは無いかと口髭を撫でた。

 
 

一方アークエンジェルのハンガーでは輸送艦からの補給でてんてこ舞いな状況であった。
今まですっからかんであったハンガーは、
絶える間も無く続く物資に見た事が無い程窮屈だった。
実際は今までのすっからかんな状況が異常で、現在の窮屈な空間が本来のハンガーの姿である。
窮屈と感じるのも今までの状態と比べての話で、他の艦船と比べれば格段に広い。
マリューを含め搬入作業に追われている為、パイロットの居場所は無いに等しかった。

 

「なっお前ら、何でいるんだ!?」
ハンガーにやってきたキラと刹那に、
やる事も無く搬入を眺めていたムウは飛び上がらんばかりに驚いた。
「そんな事はどうでも良いんです!第一種戦闘配備なんでしょう?」
「いや、それがな。俺もそう思ったんだが、そう簡単な話でも無いらしい」
「どういう事ですか?」
キラはムウの歯切れの悪い返事に首を傾げた。
「アークエンジェルは第一種戦闘配備のまま待機だ。
 俺達はこのままアラスカに降りろって事らしい。
 大体、この搬入作業が終わらなきゃ出撃なんて出来ねぇよ」
「そんな」
何故か敬語の刹那に目を丸くしつつ、
ハルバートンからの命令にムウも不服といった様子だ。

 

「攻撃してくるザフトに例の追撃部隊が混じっているのは確実でしょう。
 なら、第八艦隊は新型も相手にしなければならない事になります。
 その場合、新型と交戦経験のある我々も参戦した方が分がある」
「ああ、お前の言う事はもっともだ。しかしよ・・・」
「なんですか?」
「お前なんでさっきから敬語なんだ」
怪訝そうな目で刹那を見るムウ。刹那は少し考える素振りをしてから口を開いた。
「目上の人間には敬語を・・・」
「気持ち悪いから止めてくれ」
在り来たりな一般論を遮ってムウは溜息を吐いた。
実年齢で言うなら刹那はムウの祖父でもおかしく無いのだが、
外見年齢でいえば二十代後半のムウより刹那は若く見える。
刹那の言う事はもっともだったが、
今までタメ口だった人間にいきなり敬語を使われる程気持ちの悪い事は無い。
「ダメですか」
「ダメだな」
再度駄目だしされ、目に見えて落ち込む刹那。所謂しょんぼり顔であるが、
そんな顔をされた所で容認する訳にはいかない。戦闘中にまで敬語を使われたら、
気になって気になって撃墜される自信がムウにはある。
「すいません、さっき僕が言った事なら気にしなくても良いんですよ?」
「いや・・・」
キラは自分がストライクの前で刹那に言った事を思い出した。
キラとしては冗談半分に言ったつもりだったのだが。
「・・・しかし戦況が戦況なら出撃命令が下りる可能性もある。
 機体の調整はしておいた方が良いだろう」
元の口調に戻った刹那はそう言うとジンメビウスの方に走って行ってしまった。

 

彼が人混みに紛れてしまうと、残された2人は揃って吹き出す。
「あれがスパイなんて有り得ないよな」
「確かに、そうですね」
あれだけ不器用な男がスパイな訳が無いとキラも思う。
大体、未だに紛争が収まらない中東は国際的な軍事協力をしている暇が無い。
つまり連合に所属する中東出身者は少ないのが現状だ。
そんな中に、混じりっ気の無い中東人そのままの人間がいたら目立つ事この上無い。
それがナチュラルの身でジンを操縦して見せるのだから、
これ以上目立つ要素も無いだろう。
そんな目立つ人間をスパイに使う理由が無い。
「まぁ、アイツが言ってる事も本当の事さ。
 俺も苦労したぜ?なんせ軍は厳しいからよ。その点、お前は心配無いだろうけどな」
「ああ、有難う御座います」
「よしっ、じゃあ念の為パイロットスーツに着替えてこい。戦闘配備だからな」
「了解」
ムウに言われ、キラも更衣室の方に駆けて行く。
後に言う低軌道会戦が、今始まろうとしていた。

 
 

草食動物を狙う肉食獣の如く息を潜めてるヴェサリウス。
そのブリッジもまた、静かな緊張感に包まれていた。
しかし作戦開始から10分、第八艦隊に動きは無い。
こちらの艦隊も4隻とそれなりの規模になる為、
これだけ長く同じ宙域に留まっている以上発見されていない筈は無いのだが。
「どういう事でしょう?こちらはワザワザMSも展開させていないのに」
「ふむ・・・」
アデスに問われ、クルーゼは軽く頬杖を着いた。
クルーゼの策は、ハルバートンの予測のそれと全く同じであった。
つまり完全に策を読まれたという事だ。
下手な策を弄せずとも第八艦隊を突破する自信はあったが、
正攻法よりも敵艦隊を誘き寄せてから精鋭部隊での一点突破の方が、
時間的にかえって効率が良いと考えたのだ。
停止している方が艦砲の命中率も上がる為、
待ち受けた方が部隊の生存率が上がると言うアデスの案を呑んだ結果でもあった。
「いや、こちらに気付かれぬ様にしているが陣形を変えている。
 脚付きを中心にした防御態勢、何としてもあれを地球に降ろすつもりだな。
 智将ハルバートン、流石にこの程度の策はお見通しという事か」
艦隊の指揮で負けても、クルーゼは欠片も悔しさを感じない。
自分はMS乗りだと自負しているからだ。
「では出ますか?」
「ああ、プランBだ。全艦発進、敵艦隊射程圏ギリギリの所で静止せよ。
 30秒後にMS発進、こちらから仕掛ける。距離を見誤るなよ」
「了解。全艦に通達、プランBだ!」

後半は各オペレーターに向けられた物だ。
一斉にオペレーター達が無線に声を吹き込み始め、ブリッジが俄かに慌ただしくなる。
その光景を見届けると、クルーゼもシグーで出撃する為にブリッジを出た。

 
 

「ザフト艦隊移動を開始、我が艦隊に接近!」
「来たか」
オペレーターの報告に、副官席に着くホフマンは表情を引き締めた。
それとは反対に、艦長席に座るハルバートンは鋭い笑みを浮かべてクルーに声を掛けた。
「諸君、敵はこちらの対応に痺れを切らし、焦りに駆けだした肉食獣だ。
 自分達が何に手を出したか後悔させ、早々に退散して頂こう」
ハルバートンの言にクルーが敬礼で応え、ブリッジが忙しくなる。
アークエンジェルは地球連合の希望だ。ここで沈めさせる訳にはいかない。
「ラウ・ル・クルーゼ、我々も何もしていなかった訳では無い。
 世界樹での借り、今こそ返してくれるぞ」

 

「敵艦隊、こちらの射的圏内寸前で停止、MSを展開!」
昔から彼らの戦術は変わらない。例え数で劣っていようとも、
MSの圧倒的戦闘力で正面から数を粉砕しようとする。
それは優良人種と自負するが故の矜持なのだろう。
ならばこちらも正面から迎え撃つだけの事。
「外縁のドレイク級各艦は、MSが射程に入り次第ミサイルで弾幕を展開。
 ネルソン級各艦は回避行動中のMSを主砲で狙撃」
対MS防御陣形は、前面にドレイク級を展開、その内側にネルソン級を、
最後尾にアガメムノン級を配置する陣形である。MSはその変幻自在な機動性が脅威なのだ。
ならばそれを殺すしか無い。ドレイク級のミサイルによる弾幕で回避行動を強い、
MSを一撃で葬る主砲を持つネルソン級とアガメムノン級でMSを狙撃、確実に撃破する。
その後、弾幕を抜けてきたMSをメビウスで各個撃破する。
確実性は高いが、効率としてはあまり良くない戦術だ。
はっきり言って、MSに対する特効薬と呼べる戦術では無い。
というより、艦船がMSに対して取れる戦術で、そんな絶対的な物は存在しないのだ。
だが闇雲に迎撃するのに比べたらずっとマシであるのも事実で、
ハルバートンが考案したこの陣形で連合艦隊の
生存率は以前と比べて随分と高くなっている。

 

「確認されたMSの中に、Gはいるか?」
「・・・確認出来ず。隊長機と思われるシグー1機、後は全機がジンと推定」
どういう事だ?ハルバートンはオペレーターの報告に訝しむ。
実はクルーゼ隊は敵艦隊にはいない、などという能天気な思考をするつもりは無い。
出し惜しみだとでも言うのか?この時間制限のある状況で。
確かにG各機はバッテリーに不安を抱えているものの、
そんな愚策を用いる程敵も馬鹿ではあるまい。
「メビウス隊を艦隊の上下左右に展開。索敵の当たらせろ」
「了解」
「どうかしましたかな?」
弾幕にへばったMSを叩く役割であるメビウスの出番は、本来まだ先である。
「伏兵が潜んでいる。前面に展開するMSの数を見るに大した数では無いだろうが、
 この陣形は横っ腹を突かれると弱いからな」
「了解しました。各艦、多方面からの攻撃に注意せよ、敵は正面だけでは無いぞ!」
ホフマンはよくハルバートンと意見が対立するが、彼の戦術的勘には全幅の信頼を置いていた。
各艦からメビウスが出撃していき、艦隊の上下左右をカバーする様に展開する。
それと同時に、敵MSが艦隊のKill Zoneに侵入を果たす。
「ミサイル第一波、撃ち方始め!」
ホフマンの号令と各オペレーターの復唱が響き、
大量のミサイルが前面宙域に展開しているMS隊に襲い掛かった。
「ネルソン級各艦、撃ち方用意」
ハルバートンが右手を挙げると同時に、
近接信管にセットされたミサイル群が次々と爆発を起こす。
漆黒の中に真っ赤な爆炎がいくつも広がり、回避機動を取るジンが照らし出される。
「撃ち方、始めっ!」
ハルバートンが右手を振り下ろす。一拍置いて、
ブリッジから見える各ネルソン級の主砲が火を噴いた。
ミサイルの波状攻撃に足を取られたジンが、
1機2機と強力なビーム砲の餌食になって爆発の花を咲かせる。
「・・・・・・」
しかし、自分の考案した戦術が取りあえずの成功を見ているというのに、
ハルバートンの表情は暗い。口髭を撫で、爆炎が咲き乱れる前面宙域を睨んだ。

 
 

先程まで隣を飛んでいたジンがビーム砲の光に機体を真っ二つにされて爆砕する。
クルーゼはシールドを向ける事でその破片から機体を守ると、
更にスロットルを踏み込んだ。
「成程、良く出来た戦術だ。艦の特性を良く理解している」
部隊の先頭を進むシグーに乗ったクルーゼは、
この大規模な戦闘の中でもパイロットスーツを着込んでいない。
先頭を飛んでいるだけあってミサイルもビームも他のジンに向けられる量の倍の数が飛んでくるが、
クルーゼはそれらを涼しい顔で躱していく。しかし、飛び込んでくる無線を聞くだけでも、
友軍MSに少なからず被害が出ているのは事実だ。
艦隊に食付く前に、これ以上被害が出るのは面白く無い。
「仕方ないな。目立つのはあまり好きでは無いのだがね」
不気味な仮面がニヤリと笑い、無線を通して各MSに命令する。
「各MS隊は私の後ろに付け!弾幕を突破する!」

そう言うや否や、それまでヒラリヒラリとミサイルとビームを躱していたシグーが一転、
シールドと一体化したバルカンの銃身を回転させ、銃口を飛来するミサイルに向ける。
今回の出撃に際して、クルーゼはシグーの武装を増強させていた。
右手には対艦用のキャニス、腰にはマシンガンを提げ、
シールドと複合したバルカンシステムには追加弾倉を装備している。
そのバルカンが火を噴き、前方から飛来するミサイルを次々と迎撃する。
意思を持たぬミサイル群は、近接信管を作動させる間も無く火球に姿を変えて行った。

 

前面宙域にばら撒かれていたミサイルが、段々と集中していく。
ハルバートンはその様を難しい顔で見守っていた。
ミサイルが集中していくのは、この戦術において珍しい事では無い。
波状攻撃に耐えかねた敵が、一転突破を狙い集まっている証拠である。
しかし、それは同時にミサイルとビームの密度が集中する事でもある為、
寧ろ全滅への近道とも言えた。だがハルバートンの表情は晴れない。様子がおかしい。
ミサイルが集中してくると、敵MSの被弾も増える為
ミサイルの爆発とは別種の爆発が見えてくる筈だ。
だが見えるのはミサイルの爆炎とビームの閃光ばかりで、MSの爆発は確認出来ない。
すると、各ドレイク級とのやり取りを担当しているオペレーターが焦り気味な声を上げた。
「艦長、ミサイル第四波からMSの撃破が確認出来ないとの事です。
ミサイルが近接信管でセットした座標よりも手前で爆発しているとの報告も・・・」
「どういう事だ?ヒューマンエラーの可能性は?」
奇妙な報告に、ホフマンは自軍のミスを疑った。彼の疑いは正しい。
ドレイク級3隻によるミサイル攻撃が完全に迎撃されるなどあり得ない。
しかし、それが決してヒューマンエラーなどという生易しい物では無いとハルバートンは感じていた。

 

「ラウ・ル・クルーゼか・・・」
こんな事をやるのは奴ぐらいだろう。
ハルバートンはクルーの間に不安が広がるのを避ける為、すぐに次の策を講ずる様指示を飛ばした。

 
 

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