機動戦士ガンダム00 C.E.71_第52話

Last-modified: 2012-02-14 (火) 04:32:37
 

アークエンジェルのブリッジに砂漠特有のギラついた朝日が差し込み、
ナタルは眩しそうに顔に手を添えた。目視では敵はもう見当たらない。
後は出撃したムウの報告待ちであった。そんな緊張の時間に、トノムラから報告が入る。
「なに、レジスタンス?」
「はい。会談の場を設けたいと」
どうやら戦闘を観察していたらしい。
戦闘の際は気付かなかったが、どうやら砂丘の影に隠れていた様だ。
今はこちらから視認出来る様に、砂丘の頂上に陣取っている。
「分かった、会談には応じると伝えろ。ヤマト少尉は?」
「それが・・・さっきから応答が無くて・・・」
ミリアリアは困惑した様子で何度も呼びかけを続けていたのはナタルも聞いていた。
アークエンジェルに送られてくる情報から、ストライクにこれといった損傷は無い。
ならば病み上がりでの出撃が祟ったのか。
地上初戦でバクゥ3機を撃破する戦果を上げたといっても、
出撃時の状態も考えるとあまり頼りにするべきでは無い。あくまでも彼はまだ子供なのだ。

 

「あっ、キラ・・・ヤマト少尉から電信です。でもこれ・・・」
「どうした?・・・あ」
ミリアリアの元にキラから応答があった様だが、彼女の反応は芳しくない。
隣の席にいたサイが覗き込むと、彼もまた訝しんだ表情を作った。
「どうした、報告しろ」
業を煮やしたナタルが厳しい口調で言うと、サイが頬を掻きながら返事を返した。
「いえ、煩いから静かにしてくれ。少し休むって内容なんですが・・・」
「なんだ、報告は明確に」
キラから送られてきた電信は酷く簡素な物だった。
呼びかけを続けるミリアリアの声が疲労した体に響くのだろう。
しかし、彼らが気にしているのはそこでは無い様だった。
「スペルが所々間違ってて・・・普段そんな間違いする様な奴では無いんですけど」
「そうか、分かった」
無線が通じる範囲でワザワザ電信を使ったり、スペルを間違っていたりする所を見ると
キラはナタルの想像以上に疲弊している様だ。
本来なら長時間ストライクを外に置いておくのは好ましく無いが、これでは仕方ない。
「ストライクに電信を送れ、動かせる様になったら帰投しろと。
 それと、救難物資の使用を許可する旨も伝えろ」
「了解しました」
MSに積載されている救難物資には一通りの食糧や水もある。
本来なら緊急の時以外の使用を禁じているが、恐らく今のキラは人に会うのも億劫なのだろうから、
水分の補給も自分でやった方が良いだろう。

 

「全く、世話の掛かる」
「艦長、フラガ大尉が帰投しました」
「よし、報告を聞こう」
ナタルが腕を組みトノムラに指示するとモニターにムウの顔が映る。
「帰投して早々申し訳有りません。報告をお願いします」
『ああ、まぁこれといって目新しい情報は無いんだが・・・』
ムウの報告によれば、敵勢力は完全に撤退したらしい。
ヘリを追撃して何かしら手掛かりを掴もうとも思ったらしいが、
罠かもしれないと考えた結果断念した様だ。
「慣れない機体なら、フラガ大尉の判断は妥当だと判断します」
『そう言って貰えると助かるよ。で、もう休んで良い訳?』
早くシャワーを浴びたいと顔に書いてある男の顔に、しかしナタルは首を振った。
「いえ、フラガ大尉には後のレジスタンスとの会談に出席して頂きたいので、
暫く休憩は無しです。シャワーはしっかり浴びる様お願いしますが」
『・・・あ――・・・了解、通信終わり』
ウンザリした様子のムウがモニターから消えた。休みたいのも分かるが、
彼もアークエンジェルにいる数少ない士官なのだから仕事は山の様にある。
しかし敵勢力が完全に撤退したという情報は有り難い。
敵勢力下にいる以上、緊急事態を考えればクルーは休められる時に休めておきたい。
「各員、第二警戒配備を解除。通常配備に」
「了解しました」
ミリアリアが艦全体に警戒配備解除を告げ、アークエンジェルはとりあえず通常運行に戻った。
「艦長も少し寝て下さい。第八艦隊との合流からこっち、碌に休まれていないでしょう」
操舵席に着いていたノイマンがナタルに言うが、彼女は短く首を横に振って答えた。
「残念だが、私はこれからレジスタンスとの会談に向かう人員を見繕わなければならない。
 貴官の心遣いだけ貰っておこう」
「しかし・・・」
ノイマンが言うのだから自分は今酷い顔をしているのだろう。
レジスタンスと会う前に医務室で栄養剤でも処方して貰おう。
ナタルは食い下がろうとする部下を片手で制し、作業の為艦長室に向かった。

 
 

帰投後のキラと話そうと思っていた刹那だったが、その彼が暫く帰投しそうにも無いという。
手持無沙汰になった刹那は自室でELSとの脳量子波通信を試す事にした。
GN粒子が自然界にある分しか漂っていないこの世界で、
恐らく宇宙にいるであろうELSと通信が繋がるかは分からない。

 

「・・・・・・」

 

しかしELSは何億年と前から脳量子波を自在に扱ってきた存在だ。
こちらが発信すれば、必ず気付いて受信してくれると刹那は確信していた。
かくして、一面に花が咲き乱れる量子空間にELSは時間を置かずに現れた。
刹那にとっては懐かしい、メガネを掛けた少年の姿で。この姿の時は至って平常な時だ。
ELSにとって刹那と同じくらい長い間接してきた存在だし、
イノベイトという人ならざる者は姿を借りるのに丁度良いらしい。

 

「ふっ、君も忙しい奴だな。また問題か?まぁ何時もの事だが」
「お前も問題事が好きだと思っていたが?」
「退屈しなければ何でも好きさ」
「そうだったな」
ティエリアの姿を借りたELSは何時もの調子で、現れた結晶に腰掛けた。
「それで、あのキラという少年の話か」
「そうだ。彼は何か深く思い詰めているようだったが、
 それが何なのか分からない。・・・お前には何か分からないか?」
刹那の切迫した問いにELSは一瞬キョトンとした顔になるが、
直ぐに口元を押さえて笑い始めた。
「何が可笑しい」
「いや済まない。他の世界だとはいえ、人間の感情について人外の僕に聞くのか?」
ELSの応えに刹那はハッとした。硬直する刹那に、ELSは更に畳み掛けた。
「今僕が姿を借りている者ならこう言うだろうな。
 ・・・ゴホンッ、僕が人の心を理解するのにどれだけ掛かったと思う?
 そんなカンニングの様な行為は万死に値する!」
ELSは立ち上がって胸を張りながら言うと、どうだ似ていただろう?
などと自慢げに微笑んだ。

 

「済まなかった、今言った事は忘れてくれ。だが・・・」
「だが?」
「低軌道での戦闘はお前も観ていたんだろう?
 あの時の、シャトルが爆発した状況を詳しく知りたいんだ」
刹那の問いにふむと考え込む素振りを見せるELS。
彼の探知能力は、刹那よりも範囲精度共に遥かに高い。
刹那が探知出来なかった細かな事もつぶさに観察しているだろう。
「記録では、シャトル大破の原因はザフト側の発砲によるものだ。
 目の前にいて守れなかったとはいえ、それだけではあそこまで
 自分を思い詰める理由として不足している・・・と思う」
シャトルが撃墜された時、刹那は強烈な悲鳴を聞いた。
脳に直接響くそれは、少年の心に大きな傷を残すのに十分だろう。
だがあの滾る様な敵への殺意を説明するには不足がある様に刹那からは思えた。
「その少年が何を原因で自分を追い詰めるか、それは彼自身にしか分からない事だ。
 だがそうだな・・・シャトルを自身の盾に使ったとしたら、
 自己嫌悪というものに襲われてもおかしくは無いかもしれない」
「・・・・・・!?」
顎に手をやり涼しい顔で言ってのけたELSを刹那は無言で凝視した。
キラがそんな事をする筈が無い。しかし、そう言いきれない要因がキラにはあった。
「あのトランス状態・・・」
「言っておくが、僕もあんな事例は初めてだ。
 俗に君達人類の間で言う火事場の馬鹿力とは違うと思うが」
「その状態で仕出かした事に対してキラは自己嫌悪を持っていて、
 それが殺意となって敵に向かうという事か・・・」
刹那の中で点と点が繋がるが、結果として分かったのは考えていたより酷い状況だけだ。
ELSは立ち上がると考え込む刹那に言った。
「今の彼は、記憶を無くした少女への罪とシャトルを盾にした自身への嫌悪、
 それに人種の負い目も加わって雁字搦めだぞ?
 そんな少年に君がどう活路を見出すか、ゆっくり観させて貰おう」
刹那を見下すELSの顔は、これから刹那がどう動くか興味津々という感じだ。

 

「ELS、最後に聞きたいんだが」
「んっ?」
立ち去ろうとするELSの背中を刹那が呼び止める。
ELSは掛けたメガネを指で直しながら振り向いた。
「お前は今何処にいる?」
「ああ、今君にはMSが無かったんだったな」
「そういう問題じゃない」
やっと自分の出番かと思ったELSだったが、
刹那の表情にそんな気は無い事を悟ると詰まらなそうに顎に手を当てた。
「・・・そうだな、ヒントを与えるから君なりに考えてみると良い」
ELSはそう言うと、以前と同じ様に指を鳴らし量子空間からいなくなる。
それと同時に送られてきたヒントに、刹那は目を見開いた。
「これは、どういう・・・」
ヒントに視覚的イメージは無く、感覚のみの物だった。
恐らくELSの、クアンタの感覚だろう。その感覚からすると、機体自体は稼働していない。
しかし確かに移動している。
「何かに運ばれている?」
これだけでは見当も付かないというのが本音だったが、
もしかするとこの世界の者と何らかの形で接触しているのかも知れない。
ELSは好奇心の塊ながら案外義理堅い所もあるので、
刹那との約束―――他世界の者と不用意に接触しない、影響を与えない―――
を守るとは思うが。そこで刹那の思考は中断した。
現実世界から刹那に話し掛けてくる者がいたからだ。

 

「曹長、艦長がお呼びだぜ」
「了解した」
脳量子波を切ってドアの方を向くと、
怪訝そうな顔をしたムウが出入口に寄りかかっていた。
「お前何してたんだ?部屋真っ暗にして」
「少し休んでいた」
「ふ~ん、まぁいいさ」
刹那の応えに納得しているのかしてないのか分からない表情と声のムウだが、
それ以上下手に追及してこないのが彼の良い所だ。
刹那は上着を着るとムウの後に付いてナタルの下へ向かった。
「何かあったのか?」
「レジスタンスが会談を申し込んできたのは聞いてるだろ?」
「ああ。だがあれは士官が対応すると聞いていたが」
「そうなんだがよ。ウチに警護に使える人員がいないのは知ってるだろ?
 誰かいないかと聞かれたから、お前を推したのさ」
アークエンジェルにいる人員はヘリオポリスでその殆どが死傷し、
残っているのはブリッジクルーや整備士などの技術系の人間だ。
白兵戦が出来る人員は殆どいない。
そこで刹那がナタル達士官の警護に抜擢された訳である。
「俺はパイロットだぞ」
「お前ね、ただのパイロットがあんな実戦向きな体してる訳無いだろ」
「・・・まぁ、心得はあるが」
白兵戦など離れて久しいが、トレーニングは欠かしていない。
少年兵の頃に習った体術を主とするトレーニングはパイロットの鍛え方とは確かに異なるが、
体を見ただけでそれが分かるのはムウが長年パイロットをしているからだろう。
話している間に艦長室に着き、ムウがインターホンで刹那を連れてきた事を伝えて入室する。

 

「非番時に急に呼び出してすまないな」
「いえ。で、装備は?」
疲れているであろうナタルの為に、刹那は単刀直入に切り出した。
ナタルは少し考える素振りを見せる。
「そうだな・・・下手に警戒されるのは避けたい。出来るだけ目立たない装備が好ましいな」
「なら、私物を使っても良いですか?」
刹那がヘリオポリスから持ち出した物は少ない。
その中に長い間使い古したナイフと拳銃があった。
「ああ、許可する」
ナタルがあっさりと許可を出し、集合時間を告げられてムウと刹那は退出した。
「支給品は使わないのか?」
「どうにもグリップがしっくりこない。削れば使えるかもしれないが」
「やっぱそういう拘りあるんだな。後で射撃訓練見せてくれよ」
「機会があればな」
ムウがやっぱりといった顔で言う。アークエンジェルにも射撃訓練場がある。
今となっては使う者も殆どいないが。
「そういえば聞いたかキラの事?」
「バクゥを始末した後、帰投していない事か?」
ムウは頷き、両手を後頭部で重ねた。
「嬢ちゃんが言うには、ストライクを動かせない程疲れてるらしい。
 でもそんなになってもストライクから出てこないってどういうこった?」
「・・・俺のせいかも知れない」
「へっ?何でまた」
ムウなら良いアドバイスをくれるかも知れない。刹那はその時の事を素直に話す事にした。

 

「キラは病み上がりだった。
 だから俺が代わりにストライクに乗ると言ったら、泣きそうな顔で拒否された」
それを聞いたムウは溜息を吐いて首を振った。これは刹那が何か拙い事をした時の反応だ。
「そりゃ駄目だろ、アイツだってもうパイロットなんだ。
 自分の機体横取りされるなんて、パイロットにとっちゃ最大の屈辱だぜ?」
「それは分かる。だが・・・今のキラは心身共に疲弊している。休ませないと持たないぞ」
刹那とて、自分の機体を人一倍大切にする男である、
ムウの言う気持ちが分からない筈が無かった。
真剣に言う刹那に、しかしムウは二度目の溜息を吐いた。
「そうやって半人前扱いするから、余計意地になってるんじゃないか坊主も」
「そういうものか?」
「そういうもんさ」
刹那の自室に到着すると、ムウは部屋の前で待って貰って支度をする。
「キラが赤毛の嬢ちゃんやシャトルの事で苦しんでるのは知ってるさ。
 それが心身に負担をかけてるのも分かる」
開け放たれたドアを境にしてムウが言う。
CB時代から愛用しているハンドガンとコンバットナイフを上着の下に装備した刹那は、
自室から出てきて反論した。
「なら尚更休ませるべきだ。壊れてしまってからでは遅い」
鬼気迫る彼の言に、ムウは若干尻込むも負けじと首を横に振った。
「分かってやれよ曹長。世の中は俺やお前みたいに、平然と戦える奴ばかりじゃないんだ」
「・・・・・・!」
「叫んでなきゃ引き金の1つも引けない奴は大勢いる。キラもそうだ。
 アイツは優しい、でも守る為には戦わなきゃならない。
 いや、今のアイツは、戦わなきゃ自分を保てない」
「だから狂気も肯定すると?それは自分を保つ事とは違うぞ大尉。それは自分を殺す事だ」
怒鳴る事は無くとも、はっきりと怒気を孕んだ刹那の声に、ムウも刹那に顔を近付け声を荒げた。
「何でそうなる!今は過渡期だ、少し経ったら落ち着く筈だ!」
「どうしたんですか?そんな怒鳴り合って」
横から聞こえた声に、2人はハッとなって振り返った。
そこには珍しく連合士官の平服を着たマリューがいた。
普段彼女が纏っている機械の臭いなど微塵もしない。
代わりにシャンプーの物であろう柑橘系の良い香りがした。
刹那に食って掛かりそうな体勢をしていたムウが素早く手を引っ込めマリューに問う。
「・・・何でここに?」
「時間になっても貴方達がこないから探していたのよ」
「あ、ああ済まない。準備は済んでいる」
先程まで明らかに口論していたというのに、何でも無い様に振る舞う男2人が可笑しくて、
マリューは内心大笑いであったが決して表情には出さない。
ここで彼らを笑ってしまっては、所謂男の沽券という奴を傷付けてしまうだろうからだ。
「では行きましょう。艦長も待っているわ」
「相手はレジスタンスだ。気を引き締めて行こう」
「おう、今は少しでも戦力が必要だからな」
取り繕おうと必死な男2人を背後に笑いを抑えるマリューであった。

 
 

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