機動戦士ガンダム00 C.E.71_第58話

Last-modified: 2012-03-27 (火) 11:18:51
 

キラ達の席の前に立ったガタイの良い男は、
カガリの持つソースの色に呆れた様に首を振った。
何をするのかと見ていると、おもむろにテーブルに置いてある白いソースを取り、
高らかに宣言する。
「ケバブにはヨーグルトソース、これは常識だ!」
「はぁ?」
突然何を言い出すのかとカガリは呆れた声と顔で男を仰ぎ見る。
そんな反応にもサングラスで目元を隠した男は堂々と続けた。
「いや、常識というよりも・・・もっとこう、んー・・・そう!
 ヨーグルトソースを掛けないなんて、この料理に対する冒涜だよ!」
「フン」
「ああ・・・!」
男の説得?も空しく、カガリは知った事かと言わんばかりの豪快さで、
ドネルケバブに赤いソース―――チリソースをぶちまけた。
男は切ない声と共に顔を手で覆い、赤く染まったドネルケバブを憐れむ様に首を振る。
「見ず知らずのアホに私の好みをとやかく言われる筋合いは・・・無い!」
「なんという・・・」
男に見せ付ける様にドネルケバブを頬張るカガリと、世界の終りと言わんばかりに嘆く男。
食に別段拘りの無いキラにとっては全く付いて行けない話だ。
とりあえずカガリが使ったテーブルに置かれているチリソースに手を伸ばす。
しかしそれは叶わなかった。男の手がキラの手首を捕まえたのだ。
「君まで邪道に堕ちる必要は無い!
 僕が正しいケバブの食べ方というのをレクチャーしよう」
「待てよお節介男、キラは自分でチリソースを選んだんだぞ!」
顔をズイッとキラに近付ける男。その手にはしっかりとヨーグルトソースが握られている。
それにムッとしたのか、カガリもチリソースを掴んで応戦した。
キラは空いている方を取ろうとしただけで、別に他意は無いのだが。
「何をいうか!最初だからこそ、正しい味を知らねばならんのだ!」
「味に正しいもクソもあるか!」
「なっ、神聖な食の場でクソとは・・・!」
「その神聖な食の場に争いを持ち込んだのはお前だ!」
両者一歩も譲らず、鼻が当たりそうな近さで睨み合う。
そろそろ空腹が限界なキラはやれやれと溜息を吐いたが、そんな彼に意外な所から助け舟が出た。

 

『何も付けずに食べろ』
「・・・カマルさん?」

 

耳に付けた小型端末から刹那の声がキラに届いた。
何処からかキラ達を見ているであろう彼の提案に、キラはとりあえず従う事にした。
刹那に黙って従うのは若干シャクであったが、
ソースは共々、怒れるカガリと男の手にある今となっては、他に手は無い。
「あ・・・!」
「なん・・・だと・・・」
いがみ合う2人が咀嚼音の方にハッと顔を向けると、
綺麗に畳まれたドネルケバブを食べるキラが満足気に頷いた。
「美味しいですねこれ」
無論食べかけのドネルケバブからはチリソースの赤も、
ヨーグルトソースの白も確認出来ない。
なんのソースもかかっていないドネルケバブだが、味が無いという事は無い。
既に相応の味付けがされており、キラにとってはこれで十分といった感じであった。
ソースを手に茫然とするカガリと男を前に食べるのも、何だか気分が良い。

 

しかし、一口目を呑み込み、二口目をかじった時だった。
『伏せろ!』
耳の中のイヤホンと少し離れたテーブル席から、 ヘリオポリスで聞いた声が二重に警告を発した。
直後向かい側の屋上にRPGを構えた男が現れ、拳より大きな弾頭をこちらに向ける。
「青き清浄なる世界の為に!」
聞き慣れたスローガンを叫んだ男はしかし、銃声が響いたと同時に胸に風穴を作っていた。
刹那が発砲したとキラが認識する前に、既に引き金を引かれていたRPGから凶暴な弾頭が発射される。
驚いた勢いで二口目を丸呑みしてしまったキラだが、
喉を詰まらす余裕も無く反応の遅れたカガリを伏せさせた。
アロハの男も信じ難い反応の速さで、テーブルを倒して盾代わりにする。
発射された弾頭はオープンカフェから大きく照準を逸らし、
後ろの建物の2階部分に直撃した。突然の爆発に悲鳴が響き渡り辺りは騒然となる。
「何なんだ、一体」
「無事か」
「カマルさん」
キラ達のいたテーブルの影に刹那が移動してきた。
手には使い古された大型のハンドガンを持っている。
「いやぁ済まないね」
「何故お前が謝―――!」
刹那がアロハの男に銃口を向けた。
それもその筈、男は懐からマシンピストルを取り出したのだ。
その銃の意匠は民間人の自衛用としては少々度が過ぎる。
「この銃口は君達には向かないから心配するな。
 それに、今はそんな事をしている時でもあるまい?」
男は向けられた銃口に動じる事無く、顎で向かい側の建物を指した。
刹那に撃たれた男と同じスローガンを叫びながら、数人の武装した男達が走り出してくる。
「ブルーコスモスか!」
カガリが言うが早いか、盾にしているテーブルが銃撃に晒される。
幸いな事に、ブルーコスモスの銃はどれも民間用の弱装弾を用いた物だった為、
テーブルが貫通する事態は免れた。

 

「応戦する。キラ、彼女を守っていろ」
「僕も・・・!」
遠回しに、テーブルの影に隠れていろと言う刹那に噛み付こうとするキラだったが、
刹那に付き出された予備のハンドガンに続く言葉を断たれた。
「持っていろ」
「・・・・・・」
黙って受け取ったそれは、刹那や男が持っている物より小型のハンドガンだった。
しかしキラの手にはズシリと重く、本物の銃という実感を嫌でもキラに教えた。
「そんな立派な銃を持っているんだ。戦力に数えて良いな?」
「勿論」
横に回り込まれない様に数発発砲し、男に問い掛けた。
この状況でも飄々としている所を見るに、
相当場慣れしているだろう男は、予想通り軽いノリで首を縦に振った。
「俺が動いて攪乱する。アンタは確実に奴らを仕留めてくれ」
そう言うや否や、刹那はテーブルの影から飛び出すと不用意に接近していた2人を素早く撃ち倒してみせた。
そのまま別のテーブルの影に入ると、素早く弾倉を交換、再び同じ動きで更に3人を仕留めた。
「おいおい、止めは僕に任せるんじゃなかったの」
男も、文句を言いながらも刹那に気を取られたテロリストに銃撃を加える。
2人の連携に、ブルーコスモスのテロリスト達は瞬く間に数を減らしていく。

 

そんな光景を茫然と眺めていたキラだったが、後ろからした物音にハッと振り向く。
見ると、回り道をして来たのか建物の角からテロリストの1人が飛び出してきていた。
男も刹那もカガリもまだ気付いていない。ここは自分が何とかしなければ。
キラは慣れない手付きでハンドガンを構えた。
オープンサイトをテロリストに合わせるが、引き金に掛けた指が動かない。
まるで無くなってしまった様に感覚の無い人差し指に、キラは愕然とする。
MSに乗って散々トリガーを引いてきたではないか、何故今更、人一人撃てない?
銃口の先にいるテロリストが銃を構える。もう猶予は無い、撃たねば、自分が撃たれる。
しかしそれでも、手は出鱈目に震え、脳からの指令を拒否した。
「くそぉぉぉぉぉぉっ!」
絶叫と共に銃声が一つ。
刹那と男がキラの発砲に気付き、キラの絶叫に動きが止まったテロリストを撃ち抜いた。
「お、おい大丈夫かお前」
「ハァハァ・・・うっ」
青空に銃口を向けたまま固まっているキラを、カガリが心配そうに揺らす。
我に帰ったキラは込み上げてくる吐き気を抑え切れず、その場で吐いてしまった。
「キラ」
「ハァハァ・・・・平気、です・・・」
テロリストを片付けた刹那がキラの顔を覗き込む。
口の周りの吐瀉物を拭ったキラは、やっとそれだけ答えた。

 
 

「隊長、お怪我はありませんか!」
「遅いじゃないかダコスタ君」
「隊長が勝手に歩き回るからでしょう。この街も結構広いんですから」
集まってきた野次馬の中から、ザフトの野戦服を着た男達が飛び出し、
その戦闘にいた赤毛の男がアロハを着た男に駆け寄った。
「隊長・・・?」
男が掛けていたサングラスを外すと、
刹那もアフメドの隠し撮り写真で見覚えのある顔が姿を現した。
「やぁ助かったよ」
「アンドリュー・・・バルトフェルド」
「あ、知ってる?名前が売れるってのはあんまり好きじゃないがねぇ」
どうやらバルトフェルドはキラとカガリを旅行客と思っているらしい。
肌の色などを見ても、地元の人間には見えなかったのだろう。
刹那は差し詰め、彼らのガイド兼護衛といった所か。
「隊長そろそろ・・・」
「んっ?」
テロがあった現場には、既に多くの野次馬が集まってきていた。
このままここに留まるのは得策では無い。
ダコスタが部下に指示して車両を持って来させた。
「君達を私の根城に招待したい」
そのまま帰るのかと思いきや、バルトフェルドは思いも寄らぬ提案をしてきた。
彼の真意を測り兼ねている一同に、バルトフェルドは言葉を重ねた。
「この輩も私を狙ってきた連中だ。君達のお蔭で助かったよ。
 そのせいでお昼を台無しにしてしまったし、彼女もその状態でいるのは辛いだろう?」
一連の騒動で気付かなかったが、どういう掛かり方をしたらそうなるのか、
カガリは酷い状態だった。髪はチリソース、顔はヨーグルトソースで汚れている。
傍には無残に潰れたソースの容器が転がっていた。
「・・・大丈夫です。宿でシャワーを借りれば・・・」
「そうかい?ここらはシャワーを完備している宿は少ないし、あっても高いと思うがね」
「でも・・・」
やっと吐き気の収まったキラが、バルトフェルドの申し出を断ろうとする。
しかし続く言葉は刹那によって遮られた。
「キラ、ここは彼の好意に甘えよう。カガリがこのままでは動き辛いだろう?」
「なっ、カマルさん!?」
「このまま俺達が帰れば、彼も立つ瀬が無い」
「でも・・・!」
バルトフェルドはザフトの司令官であり、アークエンジェルの敵である。
そんな相手の懐に入る様な真似は出来ない。
しかしキラの反論は、今度はバルトフェルドに遮られた。
「我々は何も君達を取って食おうという訳じゃない。
 それに、君も平気で歩き回れる様には見えないぞ?」
「・・・・・・」
まるで諭す様に言うバルトフェルドの正論に、キラは黙りこくってしまった。
刹那を見れば、何時もの仏頂面で心配するなとこちらに頷いてみせた。
結局、キラも不承不承にバルトフェルドの申し出を受け入れ、数分後には車上の人となっていた。

 
 

【前】 【戻る】 【次】