機動戦士ガンダム00 C.E.71_第64話

Last-modified: 2012-05-09 (水) 02:41:12
 

レセップスのバクゥ本隊に先行する形で、ピートリーからバクゥ3機が出撃する。
走行中の艦から慣れた動きで発艦する様は、練度の高さを伺わせた。
「やる事は何時も通りだ。ヘリの部隊と共同で、本隊が安全に接近する隙を作るぞ」
『了解』
『掻き回してやるぜ!』
部下2人の返事に隊長は満足げに頷いた。バクゥは機動性と火力の高さが長所だ。
しかし、その代わりに装甲が薄く射程もそう長くは無い。
この機体の特性を生かすには、敵に肉迫する必要があった。
彼らは、数が多く狙われやすい本隊が突入する前の陽動が任務だ。
敵戦力が少ない時はヘリ部隊のみで担う任務だが、
それだけで手に負えないと判断された場合は彼らの出番となる。
バクゥ3機が稜線を越えると、開いた視界に脚付きの白亜の船体が入って来た。
まだ距離があったが、その手前では戦闘ヘリとレジスタンスの車両が戦闘を開始している。
『はっ、低レベルな戦いだな』
「三番機、私語は慎め。俺達の仕事は敵MSが出てきた時の・・・」
『脚付きよりMSの発進を確認!』
若い兵を諌めた声は、オペレーターの緊迫した報告に遮られた。
ピートリーより索敵装備に優れるレセップスからだ。
「例のストライクか!」
『いえ、これは・・・!』
言い淀むオペレーターに焦れ、狙撃用照準器を引っ張り出して覗く。
脚付きから射出されたMSらしき機体は、着地する事無く、
半ば滑空する様な形でこちらに迫って―――
「三番機、躱せっ!」
照準器から顔を離し、三番機に警告を出すが既に遅く。
側面のモニターに蒼い影が一瞬映ったかと思うと、後方から激しい衝突音が響いた。
「二番機、後ろだ!」
脚付きに向かっていた機体を反転させると、そこには三番機を組み伏せ、
巨大な実体剣でトドメを刺すMSの姿があった。
まるで獣を仕留めた狩人の如きそれは、赤い単眼を冷たく光らせる。
『何なんだ一体!?』
見間違いでなければ、そのMSは大分装備が異なるもののジンオーカーであった。
砂漠でバクゥより速く、あまつさえ三番機が断末魔すら上げられなかった程の早さで
撃破してみせたジンオーカーに、隊長の思考が一瞬停止する。
しかしその僅かな間が致命的な隙となった。

 

突き刺したグランドスラムをバクゥから引き抜く。駆動系を的確に貫いた為、爆発は無い。
パイロットは衝突の際に気絶した様だ。奇襲は成功。
事態を把握し切れていないバクゥ2機に、刹那は容赦無く行動に移る。
腰のアーマーシュナイダーを射出。
ワイヤー付きのそれは、寸分違わず手前にいたバクゥの頭部に突き刺さった。
同時に右腕のスラスターが唸り声を上げ、身を低くしたジンオーガーが、
独楽の様に回転しながらグランドスラムを薙いだ。
恐ろしい切れ味で四足を切断されたバクゥが擱座する。
残る1機が漸く動き出し、頭部のビームサーベルを発振させて突進してきた。
しかしそれは刹那の想定内に過ぎない。
回転の勢いで頭部から抜かれたアーマーシュナイダーを逆手で捉える。
左腕のスラスターを吹かし腕の軌道を変更し、
迫るバクゥの頭部へ下から掬い上げる様にアーマーシュナイダーを突き刺した。
遠心力で勢いの増したアッパーは頭部を破壊するに留まらず、
バクゥを勢いよくカチ上げる。
仰向けに転倒したバクゥは最早起き上がる事も叶わず、
グランドスラムによってトドメを刺された。
「これで3―――次は」
バクゥ3機の撃破を確認した所で、稜線となっている砂丘から新たな機影が躍り出た。
素早い動きで飛び掛かってきた虎の一撃に、刹那はグランドスラムを盾に応えた。
『瞬く間に3機とは・・・君を過小評価していた様だ。蒼い奴』
「アンドリュー・バルトフェルドか!」
『ほう、その声は先日の青年か』
ジンオーガーに飛び掛かってきたのは、バクゥでは無かった。
それよりも一回り大きい、オレンジ色をした機体が、
頭部のビームサーベルで対ビームコーティングが施されたグランドスラムに食らい付く。
その接触した部分から落ち着いた男の声が響いた。
『君がパイロットだったとはね。どうかね、裏切り者の気分は?』
「俺は―――コーディネーターでは無い!」
『ふん、それはどうかな!』
バクゥのレールガンの代わりに、背に装備されていたビーム砲台が火を噴いた。
刹那はビームサーベルを弾いてスラスターを点火、紙一重でそれを躱す。
至近距離で相対する両者。
距離を離されては不利と踏んだ刹那が、スラスターを噴射しようとする。
だがそれは、砂丘の先影から現れた複数の機影によって中断された。
次々に飛び出してきたバクゥの群れは、全6機。それらが瞬く間にジンオーガーを囲んだ。

 

「さて、この状況をどうする」
蒼いジンを囲んだバクゥが攻撃を始める。
ミサイルの弾幕を浴びせ、それを躱された所に
別のバクゥがビームサーベルを発振して飛び掛かる。
よく躱しているが、この孤立した状況では時間の問題だ。
「アンディ気を抜かないで、私の射撃をあんな至近距離で躱したのは彼が初めてよ」
「分かっている」
背後から声を上げたのは、射手席に座るアイシャだ。
彼女は軍人ではないのだが、射撃の才能とバルトフェルドとの相性の良さから
彼のパートナーを務めていた。
「・・・・・・」
バルトフェルドには確信があった。
彼がバナディーヤにいた青年なら、この状況でも何かしら仕掛けて来る筈。
そんな期待が、彼の乗機、ラゴゥに静観の構えを取らせていた。
その期待は、すぐに現実の物となる。
6機のバクゥの猛攻を躱し続けるジンオーガーの姿が、段々と煙幕に包まれていく。
「そう来たか。総員、煙幕の範囲外へ出ろ!」
スモークディスチャージャー、ジンオーカーが元より装備している煙幕展開用の武装で、
視界を限りなく0にする代物。砂漠などの障害物が少ない戦闘では重宝する装備だ。
しかしこの状況で煙幕を張った所で、バクゥによる包囲網は完成している。
逃げる事など叶わない。
「どこでもいい、煙幕の中に撃ち込め!」
煙幕は広がるのに時間がかかる。
まだ十分に煙幕が広がり切らない今なら、
6機のバクゥによる面射撃で十分制圧出来る広さだ。
バルトフェルドの号令と共に一斉に撃たれた攻撃が、
ジンオーガーが紛れた煙幕の中に次々と着弾する。
「撃ち方止めっ!」
十二分に撃ち込んだ頃を見計らって、射撃を中止させる。
これだけ撃ち込めば、並みの戦艦でも沈むだろう。
攻撃によって広がった煙幕がラゴゥを包むが、
これだけ異変が無い以上、ジンオーガーは無力化したと考えて良い。
「・・・後方からやってくるストライクを迎撃する。総員、煙幕から出るぞ」
期待を裏切られた失望と感傷を振り払い、群れに次の目標を伝える。
それに応えて、バクゥ各機が脚付きのいた方向から煙幕を突破した。
飛び出した瞬間に攻撃を受ける事も予測しての動きで、
互いに援護し合える位置取りでの脱出。
完璧な連携で日の光の下へ顔を出した虎の一団は、しかし目を疑う様な光景にぶつかった。
煙幕に紛れる前まで接近を確認していたストライクと連合の戦闘機が、どこにもいない。いるのは、戦闘ヘリと戦闘を続ける明けの砂漠の戦闘車両と、
奥に控える脚付きだけである。
「どういう事だ・・・」
本来あると考えていた筈の存在が無いというのは、想像以上に心の虚を突く。
バルトフェルドが呆けていたのは一瞬の事だ。
しかしその間に次の事態が虎の一団を襲った。
後方で甲高い金属音に続いて、何かが崩れ落ちる様な鈍い重低音。
素早く反応して後方へ振り返ると、そこには撃破した筈―――
いや、撃破したと思い込んでいたジンオーガーが、散り始めた煙幕を背に立っていた。
足元には最後方にいたバクゥが綺麗な切断面を晒して擱座している。
『あれはなんだ!?』
『あれだけ撃ち込んだのに!』
『幽霊か何かか?』
「・・・世の中には、諸君の想像を絶する腕の持ち主がいるって事さ」
その幽鬼の如き姿に隊員達の間で恐怖が伝播するが、
バルトフェルドの一言でそれも直ぐ様収まる。幽霊?そんな物はあり得ない。
確かにあれだけの攻撃を凌いだのは驚異的だが、
左肩のシールドは攻撃を受けて歪に凹んでいるし、
爆風を受けてか所々蒼い塗装が落ちている。幽霊などいない。
目の前のMSは、歴とした戦闘兵器として、敵としてそこに存在するのだ。
しかしそれは同時に、目の前の鬼の強さを認める事でもあった。
本人も気付かない汗が頬を伝う。
「アンディ、あれを!」
戦闘を再開しようとしたバルトフェルドの耳に、アイシャの声が届いた。
彼女が指差す方を見ると、ジンオーガーの背後、
煙幕が散った個所から連合の戦闘機が一瞬見えた。
「・・・あの時か」
予想外の事態の連続にも、バルトフェルドは慌てない。
目の前の現実を冷静に対処するだけだ。それが群れのリーダーとしての仕事である。
考えられるのは1つ、虎の一団が煙幕に紛れた短い時間の間に、
あの戦闘機が上空をバルトフェルドの目を盗んで通過したのだ。
煙幕に紛れたというなら、姿を消したストライクも
稜線の向こうに逃がしてしまったと考えた方が良い。
まさか煙幕が身を隠す為で無く、自らを囮とする為の物だったとは。
「総員、レセップスに向かった敵機を追え。コイツは僕がやる」
『隊長?』
「行け」
レセップスとピートリーがそう簡単に沈むとは思わないが、
ヘンリーカターが位置に着く前に攻撃を受け、動きが鈍るのは面白くない。それに―――
「このMSとパイロットには、数がいくらいても無駄だろう!」
ただで通す気は無いと言わんばかりにジンオーガーは、
母艦の援護へ向かおうとするバクゥを迎撃しようと構える。だが、そんな事はさせない。
「アイシャ!」
「ええ」
背の砲台からビームを撃ちつつ、ラゴゥがビームサーベルを発振させジンオーガーへ突進した。スラスターでの動きも予測した射撃はジンオーガーの挙動を鈍らせる。しかしそれでも、最初に稜線を越えようとした2機のバクゥが、巨大な実体剣の餌食になった。
「これ以上はさせん!」
接近に成功した虎が、蒼い鬼に牙を二度剥いた。

 
 

ムウがアークエンジェルから発艦した時に見たのは、
まるでロケットの様にすっ飛んで行くジンオーガーの後ろ姿だった。
『ムウさん、カマルさんが!』
「分かってる!」
着地したストライクからもキラが焦った様子で声を上げる。
遠目で分かり辛いが、ジンオーガーは既に敵機と接触していた。
「ちっ、あの馬鹿・・・キラ、追うぞ!」
『はい!』
操縦桿を倒すと、スカイグラスパーがそれに応えて急加速した。
「スピアヘッドとは大違いだぜ・・・!」
対艦攻撃も視野に入れたランチャーパックは、
スカイグラスパーに装備した場合その重量と形状から速度が落ちる。
しかしそれでも、
ムウが昔乗っていた連合の主力戦闘機であるスピアヘッドより加速性能が高い。
スピアヘッドの性能に不満があったムウにとっては有り難い機体だった。
『ムウさん!』
「こっちで捉えた。気にせず突っ走れ!」
機体性能に酔う暇も無く、戦闘ヘリの一部が出撃したストライクに攻撃を仕掛けに来る。
通常、攻撃するなら速度を落とす所だが、今はそんな事をしている余裕は無い。
ムウは全身に掛かるGに耐えながら、一瞬の内に5機の戦闘ヘリを補足。
ビーム砲塔が火を噴き、擦れ違い様に全機を撃ち落とした。
「曹長は!」
今自分の成した神業を喜ぶでも無く、ムウは先行した部下へ目を向ける。
そこにはさっき見た時より多くの敵に囲まれたジンオーガーがいた。
「おいおいおい、不味いんじゃないかあれ」
敵機の中には新型機らしい機体もいる。
どう見ても絶体絶命な状況だったが、そんな中で当の本人から通信が入った。
『大尉、キラ、敵は俺に引き付けられている。
煙幕を張るから、その隙に敵艦を攻撃してくれ』
「何言ってやがんだ!?」
今窮地に立たされている者の声とは思えない程、
酷く落ち着いた口調とその内容に、ムウは思わず声を荒げた。
「出撃前に言ったろ、艦の落とし合いになったら・・・」
『問題無い』
いくらこちらに新型が2機いるからといって、数による火力の差は歴然だ。
しかし、ムウの正論は静かな、しかし断言する様な声によって遮られた。
『アークエンジェルの側に、バクゥは1機たりとも通さない』
「お前、無茶もいい加減に・・・」
『カマルさんなら大丈夫です』
何時も不思議な説得力を持った刹那の口調にも、今回ばかりはムウも引かなかった。
しかし今までこういった作戦には口を出さなかったキラが、刹那の案を擁護したのだ。
「お前・・・」
『もしこれが成功すれば、アークエンジェルの損傷は少なく済みます』
確かに、敵艦と撃ち合わなければその分アークエンジェルの損傷は減る。
この先の長い航路で、それは少なくない恩恵をもたらすだろう。
危険だが、やってみる価値のある作戦だった。
「・・・分かった。ストライクとスカイグラスパーはこれより敵艦への攻撃に移る」
『なっ、フラガ大尉・・・!』
一応ナタルに伝えるが、彼女の抗議には答えず、ムウは通信を切った。
「今は説明してる時間が無いからな」
前方では既に、ジンオーガーがスモークディスチャージャーで
煙幕を張り出したのが見える。
「よしキラ、バクゥとぶつかる様なポカはやらかすなよ!」
『はい!』
迷い無い返事を最後に、虎の一団を呑み込んだ煙幕へストライクが突入した。

 
 

【前】 【戻る】 【次】