機動戦士ガンダム00 C.E.71_第66話

Last-modified: 2012-05-27 (日) 03:22:23
 

油断した。
ナタルは爆発の光が瞬くブリッジで厳しい表情を浮かべていた。
実戦経験の少ない自分より、歴戦の勇士であるムウや場数を踏んでいそうな刹那に任せた方が、
流れの早い戦場では有利に働くだろうと考えていたのだ。
だからこそ、機動部隊には好きな様に動いて貰っていたのだが、ここに来て裏目に出てしまった。
敵は稜線の向こうにいるモノとばかり考えていて、
後方の警戒が御座なりになっていたのは艦長としての自分のミスだった。
「工業跡地を迂回してきた様です。だから索敵が遅れて・・・」
「分かっている!だが今はレセップスから目を離す訳にはいかん。
 ノイマン、射線確保より回避運動を優先。
 ハウはスカイグラスパー以外に戻れる機体がいないか通信をとれ」
ムウは既に前方にいた駆逐艦を撃沈し、今はレセップスに攻撃を仕掛けている。
彼が纏わり付いているお蔭で、飛んでくる砲撃の命中率は低い。
彼を今戻す訳にはいかなかった。

 

「マジリフ曹長が応えました!ヤマト少尉とは依然繋がりません」
報告するミリアリアの声は、刹那が救援に向かってくれる事よりも
キラと連絡が付かない不安の方が先立っていた。
ここから稜線の向こう側を窺い知る事は出来ず、ストライクの動向を知る手段は無い。
最近のキラなら撃墜されるという事は無いだろうが、
やはり目の届かない場所に部下がいるというのは心臓に悪い。
しかし悪い事は続く物だ。
ナタルがレセップスを注視している間にハッチが開き、スカイグラスパーの予備機が出撃する。
上昇してきたそれが視界に入り、ナタルの目が点になる。

 

「なっ、出撃許可は出していないぞ!」
「パイロットはカガリさんの様です」
今朝特別に乗艦を許可したあの少女が乗っているというスカイグラスパーは、
そのままアークエンジェル後方へ飛んでいく。
どうやら奇襲を仕掛けてきた駆逐艦を攻撃する様だ。
「呼び戻せ!あれはフラガ大尉の予備機だ。素人に扱える代物では・・・」
「待ってくれ」
背後から掛けられた声にギョッとして振り向くと、浅黒い肌をした筋骨隆々の男が立っていた。
カガリと共に乗艦してきたキサカと名乗る人物であった。
「何をしに来た。今は交戦中だぞ」
理性的なその瞳に、ナタルも冷静に言った。
キサカは重々承知していると頷いてから口を開いた。
「カガリは大丈夫だ。彼女は並みの戦闘機乗りより腕は良い。
 今向かってくる蒼い機体と連携して、駆逐艦を撃破するのが得策だと思うが」
許可無き闖入者を暫し睨んだ。キサカも目を逸らす事無く見返す。
「・・・ハウ二等兵、マジリフ曹長に今出撃したスカイグラスパーを援護する様伝えろ」
「りょ、了解」
「感謝する」
先に折れたのはナタルだった。
今朝と同様、丁寧に頭を下げる彼に、ナタルは溜息で応える。
「今は同盟を組む者同士で争っている場合では無いからな。彼女の腕に期待するとしよう」
どちらにせよ、射撃武器の無いジンオーガーでは艦を沈めるのには時間が掛かる。
もう1つくらい戦力が欲しかった所だった。
万一スカイグラスパーを失った時は、目の前の巨漢を甲板から突き落とす程度で勘弁してやろう。

 
 

一方、居ても立ってもいられず、半ば強奪の形でスカイグラスパーに搭乗したカガリは、
駆逐艦からの弾幕を回避しながら悲鳴を上げていた。
「なんなんだこの調整は!?感度高過ぎるだろう!」
彼女が文句を言っているのは、主に操縦桿の感度であった。
少し傾けただけで過剰に反応する機体は、下手をすれば失速して墜落しかねない。
シミュレーターでの訓練ではこんなに高い感度は用意されていなかった。
それでもカガリが撃墜されずに弾幕を回避出来ているのは、ひとえに彼女の順応性の高さ故だった。
一杯一杯ながらも駆逐艦に接近するカガリに通信が入る。
『予備機のパイロット、聞こえているか』
「!?この声」
耳元から聞こえてきたのは、バナディーヤ潜入の際にキラと共にいた青年の声だ。
『今君の下にいる。駆逐艦に取付くまでの援護を頼む』
手短にそう言うと、通信は一方的に切られた。
てっきりアークエンジェルからの通信だと思っていたカガリが慌てて下を向くと、
蒼いロケットが一直線に駆逐艦へ向かって行くのが見えた。
「MS乗りだったのかアイツ・・・」
驚きに目を点にした彼女だったが、弾幕が機体を掠めて我に還った。
今自分に課せられた役目は、駆逐艦の目を出来るだけ自分に向ける事だ。
艦を沈める役目を1機で任せられたからには、彼が優秀なパイロットである事が分かる。
だがMS1機で当たるには、キツい役目である事に変わりない。
「よっ、よし。役目は重要だぞ、私!」
その意気込みをそのままに、操縦桿を前に倒して機体を加速させる。
陽動が役目なら本命よりも先に標的に取付かなければならないからだ。
覚悟していたよりも大分重いGに、カガリは短い唸り声を上げた。

 

上空のスカイグラスパーのお蔭で大分弾幕が薄い。
刹那は早くも慣れてきた加速Gの中、標的の駆逐艦がグングンと大きくなる。
そろそろ大型スラスターを止めようとした丁度その時、
駆逐艦の手前にあった岩塊の影から、バクゥが顔を出した。この時の為に伏せていたのか。
高速で迫るジンオーガーに向かって、3機のバクゥが射撃を行ってくる。
それを速度を落とす事無く躱し、不用意に正面にいたバクゥを擦れ違い様にグランドスラムで両断した。
バルトフェルドでも無い限り、バクゥはあまり跳ぶ事はせず無限軌道に頼った機動を取る。
つまる所二次元機動なのだ。
いくら速くとも、下手な機動なら三次元機動よりも二次元機動の方が読むのは容易い。
既にバクゥの動きに慣れた刹那に、3機のバクゥなど意味を為さなかった。
早々に3機のバクゥを切り捨てた刹那が、駆逐艦に取付く。
対空火砲の死角に潜り込むと、装甲にアーマーシュナイダーを撃ち込み
ワイヤーの巻き取りを利用してスラスターでジャンプ、甲板に乗り込む。
「止める!」
未だにアークエンジェルへの砲撃を続けている主砲を両断し、対空砲火を破壊して回る。
それでも駆逐艦は止まらず、逆にアークエンジェルに接近していく。
「くっ・・・カガリ!」
『おっおう!』
上空で陽動に徹していたカガリが刹那の呼び声に応え、ビーム砲塔を起動する。
射線を取る軌道に乗るのが恐いのか、中途半端な機動で放たれたビームは、
3射目でやっとブリッジを捉えた。
頭脳を失ったヘンリーカターは段々と速度を落とし、やがて停止した。

 
 
 

稜線を戻ると、そこには地獄絵図が広がっていた。
ジンオーガーがやったよりも更にバラバラにされたバクゥの残骸が3機分、辺りに散らばっている。
その尽くがコクピットを貫かれており、見る者に凄惨さを感じさせた。
この惨状を作った主は、今まさにデュエルのコクピットへトドメを刺そうとしている所であった。
「アイシャ!」
「ええ」
既に照準を付けていたアイシャがトリガーを引く。敵がラゴゥに気付いた気配は無い。
確実に命中すると思われたビームは、着弾の寸前で目標を見失った。
狙撃用スコープ内からも目標が消失する。
「どこに・・・?」
「上だ!」
バルトフェルドの声に従って照準を向けると、そこには太陽を背負ったストライクがいた。
エールの出力を最大限に生かした跳躍で、視界から消えたのだ。
だが空中では動きが制限される。優れた射手であるアイシャからすれば恰好の獲物である。
「貰ったわ!」
初弾を現在位置へ、後の射撃は初弾の回避を見越した予測射撃。
殆ど連射する勢いで放たれたそれは、空を駆ける猛禽を捕らえる必殺の網だ。
しかしそれに対しストライクが取った行動は、たったの1つだった。

 

現在位置へ放たれた初弾を、ビームサーベルで叩き斬ったのだ。
「なっ!?」
予想外の行動に、バルトフェルドは目を見開いた。

 

理論上、迫るビームをビームサーベルで防ぐのは可能だ。
しかし人間の反射神経の限界がそれを不可能としていた。
シールドの様に、予めビームに向ける面の防御なら誰がやるにも問題は無い。
だがビームサーベルで斬り払うとすると別である。
それはつまり点と点をぶつける行為であり、それこそ機械の様な正確無比な操縦が求められる。
加えてコーディネーターの反射神経を持ってしても不可能なそれは、事実上有り得ない業であった。
「次こそ・・・」
まだストライクが着地には時間がある。
再び狙撃用スコープを覗き込んだアイシャだったが、不意に揺らいだ視界に射撃を中断する。
ストライクが投擲したビームサーベルを、ラゴゥが躱したのだ。
「すまんアイシャ」
「いえ」
バルトフェルドがアイシャの射撃を妨げてしまうのは珍しい。
普段ならこんな時でも一言を忘れない彼には惚れ直す所だが、
当の本人の目は着地したストライクに向けられていた。
地面に突き刺さっていたビームサーベルを引き抜いたストライクが、ゆっくりと構える。
前傾姿勢でこちらを睨む様は、正に二本の牙を携えた獣その物だった。
「ちっ!」
直後に全速力で突進して来たストライクと、ラゴゥが回避行動に出たのはほぼ同時。
直線的な突進を不規則な機動で躱そうとしたバルトフェルドだったが、
ストライクはスラスターを使った滑空中に地面を蹴る事で、強引に軌道を修正。
白い獣が虎に食付いた。

 

「・・・まさに、獣だな」
モニターに大写しになったストライクの目が、精気の通った獣のそれに見えて、
バルトフェルドは肌を粟立たせる。
襲ってきた2本のビームサーベルを何とか受け止めたラゴゥだったが、
ジンオーガーと鍔ぜり合っていた時の様にはいかない。
何とか後退せずに踏ん張ってはいたものの、今度は桁外れの馬力がラゴゥを襲う。
2本のビームサーベルを受け止めた首が、過負荷に耐えきれず悲鳴を上げ始めたのである。
「機体が、もたないか・・・!」
バクゥ系の首関節は戦闘の要である為、ジンの腕関節よりは大分頑丈に出来ている。
しかし、ここで意地を張って頭部が使い物にならなくなっては意味が無い。
バルトフェルドはラゴゥを後退させるよう操作しようとするが、それより早くストライクが動いた。
右肩のガトリング砲が火を噴き、ラゴゥの左羽を吹き飛ばしたのだ。
「ああっ!」
横殴りの衝撃にアイシャは悲鳴を上げ、ラゴゥも体勢を崩す。

 

『オオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

直後、背筋の凍る様な雄叫びと共にストライクがスラスターを全開。
砂漠を割る様な勢いでラゴゥを押し込む。
「こっの・・・!」
数十メートル押し込められた所で、ストライクがガトリング砲の射線を取ろうと右腕を動かす。
その一瞬緩んだ馬力をバルトフェルドは見逃さず、強引に機体を旋回させる事でその状態から脱出した。
「ちっ・・・予想以上にやられたな」
強引に押し込まれた事で後ろ脚の履版が破損、無限軌道は使い物にならない。
首も、間接の破損こそ免れたものの、ビームサーベルへのエネルギー供給パイプが破損、
左のビームサーベルが使用不能になっている。
他にも機体各所に過負荷が及んでおり、これ以上の戦闘は厳しい。
しかしそれはストライクも同じの様だった。
機体色が灰色に変化し、両手に持ったビームサーベルから光が消える。
バルトフェルドが知る由も無いが、砂漠での機動性を確保する為にストライクは四肢への出力を上げており
そのせいで稼働時間が更に落ちていた。
しかし、ビームサーベルを捨ててアーマーシュナイダーを構えたストライクからは、
幾分も殺気の衰えは感じられない。
「・・・・・・」
稜線を見上げると、2機に増えたスカイグラスパーに纏わり付かれ、
被弾の黒煙を上げながらもアークエンジェルとの砲撃戦を演じるレセップスの姿があった。
「そろそろ・・・潮時かな」
バルトフェルドは溜息を吐き、レセップスに通信を繋いだ。

 
 

刹那がヘンリーカーターを撃破した後、キラの身を案じて再び前線に戻ると、
そこには距離をとって睨み合う2機のMSがいた。
「キラ、応答しろ!決着は付いた。もう戦う必要は無い!」
ラゴゥ以外の敵機体は戦闘不能であり、既にレセップスも後退を始めている。
大局的には既にアークエンジェル側の勝利であった。
もうキラが苦しむ事も無い筈である。しかし―――。
『無駄だぞ青年』
全く反応を示さないストライクとキラの代わりに、
オープンチャンネルを使ったバルトフェルドが応えた。
『今の彼は、完璧に僕達しか見えていない』
彼の言葉を証明するかの様に、
キラから感じられる脳量子波は異常な指向性を持ってバルトフェルドに注がれている。
他の情報がまるで入ってきていない。
『なぁ青年。君はこんな少年を目の当たりにしても、
 まだコーディネーターとナチュラルは解り合えると思うかね?』
「・・・・・・。退け、俺達の目的は紅海への脱出だ。
 アンタ達が退けば、それ以上追撃はしない」
卑怯なやり方だと分かっていながら、バルトフェルドの問いを無視して冷たく言い放つ。
『それは出来ない』
「何故だっ!?アンタも本当は・・・!」
『確かにね、コーディネーターを優良種と謳って恥じないプラント上層部は気に入らない』
ストライクが獲物を襲う、豹の如きしなやかな動きで走り出す。
身動きの取れないラゴゥは、ビームキャノンで迎撃を試みる。
「くそっ!」
ここからでは間に合わない。そう分かっていながらも、刹那はジンオーガーを促した。
その間にも、ストライクはビームを回避しながらラゴゥに迫る。

 

『君には分からんかもしれんがね。それでも、僕はプラントという国が好きなのさ』

 

懐に飛び込んできたストライクを迎撃せんと、片方だけとなったビームサーベルが奔る。
しかし、決死のカウンターも空しく、ストライクの掬い上げる一刀が発振部を切り裂き、
最後の牙が折られた。
最後の切り札であった至近距離からのビームキャノンも、狙いを付けるより早く振り上げられていた
アーマーシュナイダーが奔り、ラゴゥの背を穿った。
「キラ、離れろ!」
動力部を貫かれたラゴゥは、紫電を纏った次の瞬間大きな爆発を起こし、
二刀目のアーマーシュナイダーを突き刺そうとしていたストライクを大きく吹き飛ばした。

 
 

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