機動戦士ガンダム00 C.E.71_第80話

Last-modified: 2012-09-16 (日) 23:45:36
 

オーブ側の誘導に従い、灰色のMSがモルゲンレーテ社工場内を歩いていく。
その先には、地下へ降りる資材搬入用のエレベーターが黒々とした口を開けていた。
その不気味さにキラは一瞬の躊躇を見せるが、
直ぐにストライクをエレベーターの上に移動させる為レバーを倒す。
ストライクがエレベーターの上に移動して少ししてから、
重い起動音と共にエレベーターが下へ降り始めた。
オーブに住んでいたキラだが、
オーブがここまでの軍需産業を持っていた事に驚いていた。
ヘリオポリスに住み、オーブ本国には殆ど来た事が無いから仕方の無い事かも知れないが、
ここオノゴロ島は軍事の中心地であり都市部も限定されている事から、
本国に住む国民も殆ど知らないのではないだろうか。
キラは自分が今からその最深部、オーブの暗部とも言える場所に足を踏み入れる事に、
若干の恐怖と好奇心を抱いていた。
黄色いランプだけが点滅する暗闇の中、
どれだけ地下に潜ったかも分からなくなった頃、漸く視界が開けた。
「ここは・・・」
ライトに照らされた地下工場は、思った以上に大きかった。
天井はMSが立ったまま稼働するのに十分な高さがあり、
広さも大型車両が交差して余裕がある程だ。
その広い空間、ストライクの足元、正確には大型エレベーターの前に、
一人の女性が立っていた。彼女はこちらを見上げて、キラに降りてくる様に手で合図する。
ここにいる以上はモルゲンレーテの関係者なのだろう。
キラが指示通りにストライクから降りると、女性は柔らかい笑顔で声を掛けてくる。
「こんにちはキラ・ヤマト少尉。
私はエリカ・シモンズ、モルゲンレーテのMS開発主任をしているわ」
「よっ宜しくお願いします」
自己紹介と共に握手を交わす。
「それで、ここは・・・技術協力ならストライクはいらないですよね?」
「ああ、ここはMS関係が集められてる施設よ。貴方が協力に応じてくれたから、
ストライクをここでオーバーホールしようという訳。いわばお母さんの実家って所ね」
エリカは意外にも、キラの質問に丁寧に答えた。
彼女の手招きに応じて、ストライクを残して次の部屋に向かう。
ここで彼女を疑ってもどうにもならない。通された部屋は真っ暗だった。
分かる事は、背後で隔壁が閉まり、
その重い音の広がり具合でこの部屋もまた巨大な空間だという事だけ。
「貴方に見て欲しいのは・・・これよ」
「これは・・・!?」
エリカの操作で部屋の照明が点灯する。
部屋は、アークエンジェルの物より巨大なMSハンガーだった。
そこに収まっている物を見て、キラは目を丸くした。
ハンガーに整然と並んでいたのは、完成されたMSの姿だった。
「ふふ、貴方がオーブ国内でMSを見たのは、これで2度目ね」
「これが中立国オーブの、真の姿という訳だ」
「カガリ!?」
何時の間にハンガーにいたのか、腕を組み不機嫌そうなカガリが2人の前に姿を現した。
「これはM1アストレイ、モルゲンレーテ社製のオーブ軍MSよ」
カガリを無視する様に説明を続けるエリカ。
アストレイと呼ばれたMSは、ストライクに似た細身の体形をしており、
頭部センサー類も連合のGと同じデュアルアイとV字アンテナを採用した物だった。
「・・・オーブはこれを、どう使うつもりですか?」
「どうって」
「別に侵略戦争の為の準備とか、他国に売り込んだりする訳じゃないから安心しろ」
オーブがMSを開発する理由が分からないキラは、率直に問うた。
しかしキラの言葉が抽象的過ぎて、エリカは首を傾げる。そこにカガリが割って入った。
「これはオーブの防衛戦力だ。お前もオーブ国民なら知ってるだろ?
オーブは他国を侵略しない。他国の侵略を許さない。そして、他国の争いに介入しない」
「不干渉三原則・・・」
不干渉三原則とは、地球連合とザフトの戦争に際して、
オーブが中立を宣言する際にウズミが宣言した理念である。
「まぁ、最後の1つはこの前父上が破ってしまったけどな」
「まだそんな事を言ってるんですか?ウズミ様は計画に関わっていなかったし、
責任を取って代表を退いだではありませんか」
まるで子供を相手にする様なエリカの口ぶりに、カガリは盛大な溜息を吐く。
「こんな大事、他の家に任せて知らなかったとは呆れるな。
大体、代表を退いても影響力に何の代わりも無い」
「ウズミ様がそれだけこの国に必要だという事です。
カガリ様も分かっているでしょう?何がそんなに気に食わないのです?」
「別に、国防の為にMSを開発する事に異議は無いさ。
だが、自分で言った理念を破って、その上簡単に計画がザフトにバレてるのが、
情けないと思うだけだ」
とどのつまり、理屈は理解出来ても感情では理解出来ない、という所か。
「ふん」とそっぽを向いたカガリの子供っぽい仕草にエリカは肩を竦めた。
「この話はまた後にしましょう。キラ君、君にはもっと見て欲しい物があるわ。来て」
話題が切り替わった事で、置いてきぼりになっていたキラの表情が漸く動いた。
エリカが進んでいくのはハンガーの更に奥。先程より小さな隔壁を通ると、
そこにあったのは多数のオペレーターが席に着くモニター室だった。
ガラス張りになった壁の向こう側には、巨大なドーム状の空間が広がっている。
そこには、先程ハンガーに並んでいた機体と同じ、3機のM1アストレイが待機していた。
「どうかしら?」
「電圧正常、システム異常無し」
「いいわ、始めて。アサギ、ジュリ、マユラ!」
『了解!』
エリカのGOサインに応え、3機のM1アストレイのデュアルアイが輝き、
機体がゆっくりと動作し始める。武道の型の様な動きだ。
しかしよく見ると、3機とも動きがぎこちない。
「相変わらずだな・・・いや、少し早くなったか?」
「はい。前に貴女が見た時の倍は出ている筈です」
驚きのやり取りに、キラは目を丸くする。
このスローモーションの様な動きで一杯一杯だというのだ。
「だがこれじゃ、戦場に出てもすぐやられるぞ。
この3機より、私のスカイグラスパーの方が戦力になる」
事実だろう。エリカもそれを理解しているのか、黙って彼女の話を聞いている。
「今のままじゃ、技術者の独りよがりにしか見えないな」
「うーん・・・そう言われると辛いですね。・・・キラ君、動きを見た感想は?」
「・・・感想ですか?」
急に話を振られ、戸惑うキラ。
「そうよ。ここで貴方にしてもらう仕事は、この子をもっと強くする事。
貴方の乗る、ストライクの様に」
キラは自分がここに来た理由を思い出す。
満足した成果を上げなければ、アークエンジェルの補給や修理に支障が出るかもしれない。
決して、手を抜いていい仕事では無かった。
「機体構造に問題は無さそうですけど・・・・パイロットはナチュラルですよね?」
「そうよ」
「つまり、問題はナチュラル用OSの開発、ですか」
「良く分かったわね。パイロットにしておくには勿体無いわ」
エリカの満足気な表情に対して、キラは複雑そうな表情で頷いた。

 
 

予定通りオノゴロ島の人気の無い海岸からオーブに潜入したザラ隊一行は、
偽造IDなどの必要品を受け取って工作員と別れ、
工業地帯に隣接するフリースペースにきていた。
用意された偽造IDでは機密区画には入れないので、
それぞれ手分けして情報収集する事となっていた。
「で、何か有用な情報はあったのか?」
「無いな」
「全~然」
「そういうお前は何か情報あったのかよイザーク」
偉そうに情報収集の成果を聞くイザークに、ミゲルがニヤニヤしながら突っ込む。
イザークは「うっ」と言葉を詰まらせた。
「ある訳無いよなぁ。警備員と取っ組み合いになりそうになったのを、
俺とニコルで止めたんだからよ」
「おっ俺はこういう諜報活動は苦手なんだ!」
「分かってる分かってる」
異国の地で下っ端の作業服を着ているというのに、
イザークの偉そうな言動は収まりを見せない。
情報収集が下手で無闇やたらに歩き回るものだから
警備に見咎められた訳だが、彼に反省の色は無かった。
「アスラン、お前は?」
「無いな」
「お前もかよ・・・まさかホントにいないなんて事無いよな?」
不安を言葉にしたディアッカに、アスランは首を振った。
「それは無いだろう。脚付きは必ずいる」
「何故そう言い切れる?」
「あれだけの騒ぎがあった後だ。海側の警備が厳しいのは分かる。
が、イザークが目を付けられた様に、
内に向けられる監視の目も明らかに厳重になっている。何かを隠している証拠だ」
軍港その他重要施設の警備は予想通り厳重な物だった。
想定外だったのは、市街地を見張る警備の厳重さである。
イザークとて赤服なので、苦手とはいってもそう簡単に怪しまれる様なヘマはしない。
イザークの失態は、警備のレベルを見誤ったからであった。
「じゃあもう撤収するか?イザークがまたヘマをする前に」
「なっなんだその言い草は!」
「事実だろうが」
騒いでいる3人を尻目に、ニコルが再度聞く。するとアスランはゆっくり首を振った。
「どうなんですか?アスラン」
「撤収はしない。所詮は俺個人の勘に過ぎないからな。何か明確な確証が欲しい」
MSパイロットである自分達が、専門外の潜入、
しかも中立国への侵入を行う事自体、あまり利口なやり方では無い。
それで得られたのが個人の勘だけの判断では、あまりにお粗末だ。
「ならどうするんだ?」
「軍港は警備が厳重過ぎて無理だ。根気良く、内から探っていくしかないだろうな」
「では今度はツーマンセルで情報収集しましょう」
ニコルの提案に全員が頷き、再び情報収集を開始した。

 
 

アークエンジェルの艦長室には久々に刹那の姿があった。
直立不動でいる彼の前で、席に座ったナタルが重い溜息を吐く。
「以上がオーブからの通達だ。何か異論は?」
「ありません」
全く表情を変えずに首を振った刹那に、ナタルは再び溜息を吐いた。
「まさかこう来るとはな」
オーブからの通達はこうだ。カマル・マジリフはオーブへの入国、
国籍取得に不鮮明な箇所が多く、取り調べを行いたいと。
書類等の偽装は完璧だったが、実際の物、人の動きなどから探られたのだろう。
ただ、オーブでこの手の不法入国は戦争開始から激増しており、
オーブ内で不法行為を行わなければ当局も放っておくのが現状だった。
ワザワザ刹那にこの通達が来たのは、その続きにある文言に理由があった。
「ついては、以下の場所にて取り調べを行いたく・・・全く、分かり易い事だ」
ナタルは呆れた様子で、手に持っていた書類をデスクに投げ出す。
その場所は、地図付きで場所が記されているのだが、
それは誰が見てもキラが出向したモルゲンレーテ社の工場だった。
つまり、不法入国に目を瞑ってやる代わりにモルゲンレーテ社に協力しろ、という事だ。
「まぁ、曹長の操縦の腕が買われたのだろうな。どうする?」
「今の俺は、作戦中の連合軍人です。オーブとて、そう簡単に身柄を拘束出来ない」
「ならこの書類は突き返すか?」
キラの時と比べ、あまりにナンセンスなオーブのやり方に
流石のナタルも物言いが乱暴になる。
対する刹那は相変わらずの仏頂面でゆっくりと首を振った。
「いえ、行きます。ただし条件がある」
「逆に条件を突き付けるのか?あまり手荒い事は・・・」
「いえ、簡単な事です」
続く彼の言葉に、ナタルは柔らかい笑みを浮かべた。

 
 

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