機動戦士ガンダム00 C.E.71_第84話

Last-modified: 2012-10-25 (木) 19:35:30
 

オーブ艦隊の警戒域より少し外の海域で、ザラ隊の潜水空母は海面に浮上していた。
隣には潜水母艦より一回り小さい艦が横付けされており、
中のコンテナから資材が運び込まれていた。
「全く、どういうつもりなんだ奴は」
「ホントだよねぇ。補給まで受けちゃってさ」
その光景を見てボヤいているのはイザークとディアッカだ。
ザラ隊は脚付きの所在を確かめる為オーブに潜入した訳だが、
確たる証拠も無いままアスランの独断で引き揚げてきたのだ。
しかし当のアスランは脚付きがオーブにいる確証を得たらしい。
ただ隊員がいくら問うても理由は語らず、ただ「必ずいる」の一点張りだ。
遂にはカーペンタリアから補給部隊を呼び出す始末だ。
連合の勢力圏へ逃げるのなら北上する筈というアスランの予測の下、
ここで網を張る事早2日。
もし脚付きがオーブにいなければ、既にザフトの勢力圏を抜け、
それ以上の追跡は困難となるだろう。
「やはり納得出来ん。大体、理由を言わないのが気に食わん」
「じゃあノシちゃう?痛い目遭わせれば、アイツも理由を吐くんじゃないか?」
理由も告げられずに2日もイザークが我慢出来たのは、
初めて見たアスランの剣幕のせいに他ならない。しかしそれも限界だった。
「アイツは今この隊の隊長だぞ」
「クーデター上等じゃないの。お前がやるってんなら、手を貸すぜ?」
何時も便乗してくる立ち位置のディアッカが、自分から話を持ち出してくるのは珍しい。
それだけ彼も鬱憤を溜め込んでいるという事だろう。
「・・・・・・」
「なんだよ、ビビッたのか?」
「フン、残念ながら、それほど単純な頭でもないんでね」
イザークはそう言うと、さっさとハンガーに行ってしまった。
「流石に冗談が過ぎたか?」
彼の背中を見送りながら頭を掻くディアッカ。
実際にはそんな理由では無く、単に人に言われた事に乗っかるのは嫌いなイザークだった。

 
 

補給が終了して撤収作業に入る補給艦を、
海上に露出しているデッキに座って眺めている男が一人。
ただ、目は補給艦を眺めていても心ここに有らずといった彼の風情は、
ちょっとした事で海に落ちてしまいそうな危なっかしさを覚える。
「・・・キラ」
アスランは、ここ最近口癖の様になってしまった親友の名を呼ぶ。
しかしその声色は、何時ものそれに増して重々しい響きを湛えていた。
オーブに潜入した際、モルゲンレーテ社の工場で出会ったのはキラだった。
互いに幼少だった頃、月からアスランが去る際にキラに送った、
ペットロボ「トリィ」を持っていたのだから間違い無い。
「だが・・・なんだったんだ、あの目は・・・」
フェンス越しにキラが寄越した視線は、まさしく殺気と呼ばれる物だった。
士官学校で見せられたビデオの、ブルーコスモスの狂信者の視線と
キラのそれが重なって、アスランは乱暴に首を振った。
あの優しかった彼が、あんな風に自分を見る訳が無い。
キラの故郷を滅ぼしたのは自分で、
間接的であれ彼の友人達の命を狙い続けているのも自分だ。
キラに恨まれる要因は五万とある。そんな事は分かっていた。
それでも、アスランは否定したかった。自分に向けられた殺意の視線を。
背中に回していた、恐らく銃を握っていたであろうキラの右手を。
そして何より、その親友を信用し切れずに胸に隠していた銃に手を伸ばした自分を。
「全部・・・俺のせいなのは解ってる筈なのにな」
そんな情けない自分を自嘲的に吐き捨てる。
母が死に、軍人としてでは無く接せられる唯一の希望だった親友。
そこまで思考して、無人島で会った少女の事を思い出す。
彼女は、自分が敵の軍人という事も、コーディネーターという事も関係無いと言った。
「全く、何を考えているんだ俺は」
彼女は確かに自分が今まで接した人種とは全く別のカテゴリーに属する人間で、
アスランに対する何者なのかを分類する際にどこに位置付けて良いか分からない人物だ。
無人島を脱出してこっち、たまに彼女を思い出して妙な気分になるのはなんなのか。
気になる事ではあるが、補給も終わってそろそろ今後の事も調整しなければならない。
アスランは自分の顔を叩き、隊長の顔に戻った。
「アスラーン!」
「ニコル、あまり慌てて走ると海に落ちるぞ」
後ろから走ってきたニコルを優しく諌める。
「そういうアスランこそ、そんな抜けた顔をしていたら海に落ちるぞ」
慌てて立ち止まるニコルの後ろから、ミゲルが顔を出した。
どうやら隊長の顔に戻り切れていなかったらしい。
「そんな事より、向こうのデッキから、飛び魚の群れが見えますよ。行きませんか?」
「・・・ああ、行こう」
ニコルは隊最年少の名に恥じない無邪気さで、アスランを手招きする。
プラント育ちの彼らにとって、海は新しい事の宝庫だった。
「これは、凄いな」
「でしょう?」
反対側のデッキに着くと、そこには視界一面を
覆わんばかりの飛び魚の群れが水面を叩いていた。
プラントでは絶対に見れない光景に、アスランは素直に関心する。
ニコルは興奮した様子で飛び魚を眺めてはしゃいでいて、
ミゲルはそんな彼が海に落ちない様に注意している。
その姿は、どこにでもいる15歳の少年と変わりない。
アスランには、その身に纏っている赤の軍服が、嫌に不釣り合いに見えて。
「・・・ニコルは、どうして軍に入ったんだ?」
飛び魚の群れも通り過ぎて、ニコルの興奮も収まった所で、アスランが問う。
ニコルは突然の質問に驚いた様で、目を丸くした。
「いや、済まない。忘れてくれ」
思い付きで聞いてはいけない事だった。
アスランは気にしない様言うが、ニコルは笑顔に戻ると律儀に答えた。
「いえ。戦わなきゃいけないな僕も、って思ったんです。
ユニウスセブンのニュースを見て」
「偉いなぁお前!」
「こっ子供扱いは止めて下さい!」
特徴的な癖毛をワシワシと撫で回すミゲルに、必死で抵抗しようとするニコル。
微笑ましい光景に、アスランの顔に笑みが浮かぶ。
「人に聞いたんだ、お前はどうなんだアスラン」
「・・・俺も同じですよ」
「いい子ちゃんだなぁ、お前も」
「そんなんじゃないですよ」
母の顔が脳裏を過り、アスランは首を振った。
アスランの母、パトリック・ザラの妻であるレノア・ザラが、
血のバレンタインで死んだ事は意外と知られていない。
数多の死者をプロパガンダに利用したパトリックが、唯一公にする事を拒んだからだった。
「ミゲルは?」
「弟がコーディネーターの癖に難病でな。軍病院の方が良い環境で治療出来るんだよ」
「なんだ、ミゲルも十分いい子ちゃんじゃないですか」
「ナマ言ってんじゃねぇよこのガキんちょ!」
「だっだから撫でるの止めて下さい!」
プラントは、コーディネーターの疾病率の低さから
医療、特に薬剤関係の研究がナチュラル国家より遅れている。
その為、コーディネーターでもかかってしまう様な
新種や重度の病気が治り辛いケースがあるのだ。
皆がそれぞれの動機で、それぞれの意志で戦っている。
カガリは、キラが洗脳などは受けていないと語った。
ならば、今彼を動かす意志はなんなのか。
アスランの気持ちは晴れないまま、潜水母艦は再び海中に戻る事となった。

 
 

順調に進むアークエンジェルの修理とは裏腹に、そのハンガーでは一悶着起きていた。
普段ハンガーには中々縁が無い学生組の一団の中で、ミリアリアがトールを問い詰める。
「どうしてトールがスカイグラスパーの調整なんかしてるのよ!」
「嬢ちゃん落ち着けよ」
凄まじい剣幕でトールに迫るミリアリアをマードックが宥めようとするが、
彼女の一睨みで口を噤んでしまった。
事の発端は、トールが密かにカガリの乗っていたスカイグラスパー
を調整をしていたのを、ミリアリアが見つけてしまった事から始まる。
整備士でもないトールが、スカイグラスパーを弄る理由などそう多くは無かった。
「トール君、ミリアリアに話して無かったのねぇ」
「まぁ彼女を心配させてくないってのは分かるが、どうせバレる事だしなぁ」
それを遠巻きに見つめるマリューとムウは、
自分達のしている事に若干の罪悪感を滲ませる。
「俺はこの艦を、お前を守りたいんだよ!」
「そんなので誤魔化されないわよ!
今だってしっかり仕事してるじゃない、それじゃ駄目なの?」
ブリッジでのトールの仕事は副操舵手だ。
学生組の中では1番エレカの運転に優れ、重機の免許も持っている為の人事だったが、
CICなどの仕事とは違い、高性能な大型艦であるアークエンジェルを操るのは
流石に一朝一夕で出来る仕事では無い。
加えて正操舵手のノイマンが、そのアークエンジェル好きも手伝って
殆ど操舵席から離れない為トールは無力感を感じていた。
「・・・この前、アークエンジェルが沈みそうになっただろ?
空を自由に飛べる戦闘機がもっと必要なんだよ」
「それは、それは分かるけど・・・」
「それに・・・血反吐吐きながらシミュレーターに噛り付いてるキラを、
近くでフォローしてやりたいんだ」
トールの言い分に、ミリアリアは黙ってしまった。
キラが死にもの狂いでアークエンジェルや自分達を守ろうとしている事は、
学生組なら誰もが知っていた。
特に地上に降りてからの彼は、戦闘や整備、
食事の時間以外は殆どシミュレーターに入っている様な生活を送っているのだ。
「だっ大丈夫だよ、ミリアリア。
トール、僕達の中ではシミュレーター1番上手かったじゃない!」
「キラもムウさんもカマルさんもいるんだ。何とかなるさ」
「カズィ、サイ・・・」
事前に話をしていた友人2人にフォローされ、
トールもそれに便乗する形で胸を張ってみせた。
「そっ、そうそう。シミュレーターだってムウさんに付き合って貰って
最近はやり込んでるし、俺の仕事はあくまで他の3人の援護だから」
トールの言に、ミリアリアはムウの方を見やる。
「ああ、トールにはストライカーパックの輸送や各機の援護をして貰う。
最前列に晒す様な事はしないさ。それにコイツは中々スジが良い」
トールはキラにこそ劣るものの、咄嗟の判断や反射神経に優れており、
戦闘機乗りとしての資質は十分に備えていた。
「・・・・・・皆がそんなに言うなら・・・でも少しだけよ!
アラスカに着いたら、二度とそんな事言わないでよね!」
「わっ、分かってるって。絶対大丈夫だから、ミリアリアはブリッジから宜しく頼むよ」
渋々といった様子でトールの行いを認めるミリアリア。
トールは彼女を抱き寄せて、その茶色い髪を撫でた。

 
 

アスハ家の邸宅にあるカガリの部屋。
部屋の中は、国随一の名家の息女が主である割には物が殆ど無かった。
ベットに机に本棚。趣味の物や化粧品の類は最低限しか無い。
それもその筈、幼少の頃から大人しく部屋にいる事が少なかったカガリにとって、
部屋は自分の生活圏の中で大して地位を占めていなかったからだ。
そんな彼女だが、今日に限って私服のまま一日中ここにいた。
というのも、アークエンジェルが今日中にも
オーブを発つのではないかという情報を耳にしたからだ。
カガリは、自分に一時の感情で物事を強行してしまう
悪癖がある事を十分(?)理解している。
だからこそ、今外に出たら、自分がアークエンジェルと共に
オーブを発とうとしてしまいかねないと思っていた。
そんな訳で、カガリは悶々とした気持ちのまま、枕を抱えて溜息を吐いているのだ。
そんな、殆ど物音のしない彼女の部屋に、コンコンとノックの音が響いた。
続いて聞き慣れた、最近は鬱陶しくも感じる落ち着いた声がドアの向こうから響く。
「カガリ、いるか?」
「・・・はい」
居留守を決め込もうとも思ったが、どうせ部屋に
自分がいる事は侍女が喋ってしまっているだろう。
カガリは観念した様に返事をすると、抱えていた枕をベットの上に戻した。
その直後にウズミの長身が姿を現すと、彼女の恰好に少し意外そうな顔をする。
「あの船と共に行くのかと思ったが」
「そこまで馬鹿ではありません」
「ふむ」
カガリのしかめっ面を見て取って、ウズミは顎髭を擦りながら部屋を見渡した。
彼女が戦場に赴く際に着て行った防弾ベストが隅に転がっている。
口では強気な事を言っていても、防弾ベストを仕舞うも捨てるも
出来ない辺りに娘の複雑な心の内を垣間見る事が出来た。
「外へ出て、お前なりに学んだという訳か」
「・・・・・・私は、無力でした」
俯いたカガリが、良く聞いていなければ聞き逃すくらいの声を漏らす。
膝の上で握り締められた拳が、彼女の悔しさを表していた。
カガリが出奔した理由は、ウズミの一言が原因だった。
ヘリオポリス崩壊を目の当たりにした彼女はウズミに激しく詰め寄り、
怒りに任せあれこれと理想論をぶちまけた。
数だけは多いその言葉にウズミはただ一言、「お前は世界を知らない」とだけ返した。
その数日後、本当に彼女は世界を見てくると言ってオーブを出て行ってしまったのだ。
カガリが用意している旅券や装備から目的地を予測し、
護衛にキサカをつかせたのは勿論ウズミである。
「何も出来なかった。友を守る事も、自分の命さえキサカがいなければ守れなかった。
戦争を終わらせたいのに・・・」
「戦いに向いていない事を気に病む必要は無い。
お前はそういう立場の人間でも無いのだからな」
「・・・!でも、私は・・・!」
「戦争を学べ、カガリ」
ウズミの一言に顔を上げたカガリは、酷く傷付いた表情で悲鳴に近い声を上げた。
しかしそれはウズミの静かな声に遮られる。
彼は片膝を着くと、傷心の娘の膝にそっと手を置いて続けた。
「お前のその気持ちは何より代え難い物だ。だが使い方を誤るな。
往々にして、戦争は政治によって始まる。さすれば、戦争を終わらせるのもまた政治だ」
「・・・・・・」
ウズミの目を見返す瞳は、まだその言葉を理解し切れない。
世間にお披露目もまだな娘に、未熟だった己の若かりし姿を重ねたウズミは、
部屋の外に控えさせていた侍女を呼んだ。
「お父様・・・それは?」
部屋に入ってきた侍女が持っていた物は、カガリの為の礼服だ。
五大氏族のみ袖を通す事の出来るそれはカガリも知っていたが、
何の為にここに用意されたのかは分からない。
真意を確かめる様にウズミを見ると、彼は柔らかな笑顔で応えた。
「そうイジイジしているのはお前らしくない。
アークエンジェルがいるドックへ行け、この服を着てな」
つまり、戦士としてではなく、オーブの為政者、
五大氏族としてアークエンジェルを送り出せという事か。
戦場への、戦友への未練を断てという父の言葉無き言葉に、カガリは力強く頷いた。

 
 

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