機動戦士ガンダム00 C.E.71_第99話

Last-modified: 2013-09-08 (日) 23:11:02
 
 

マルキオ導師と出会ってから5日。刹那はプラントにいた。
どこをどうやったのか、あっという間にプラント行きのシャトルを手配し、プラントでキラを治療する医者も見つけたというのだから、 成程世界の有力者に警戒される事はある影響力である。
当のマルキオは、プラントに協力者がいると言って島に残った。
「しかし、導師の言っていた協力者が君だとはな。驚いた」
「ふふっ、そうですか?マルキオ様とパイプがあるのは正確には父ですが」
刹那の前に立つのは、一度見たら忘れようが無い可憐な少女、ラクス・クラインその人だった。
家の中だろう、以前着ていた衣装とは違ってゆったりとしたワンピース姿だ。
刹那も目立たぬ様に、宛がわれた白いシャツに黒いスラックスを穿いている。
ここクライン邸は、プラントの首都アプリリウスワンの中でも特に金持ちや有力者が家を構える区画の、その外縁部に当たる部分にあった。
市街地の様に人目は少なく、人を匿うには打ってつけの場所だ。
キラは現在、クラインお抱えの医者による手術を行っている真っ最中だった。
「長閑だな」
「私のお気に入りです」
人工太陽の光を余す事無く通す全面ガラス張りのテラスに、手入れが行き届いた庭、高台からコロニー内全域を見渡せる絶景には小鳥が囀る。
マリナと過ごした花畑とは違うものの、 間違い無く楽園と呼べる空間がここには広がっていた。
「良い場所だ」
「お気に召した様で何よりです」
遠くを見る様な目をする刹那に、ラクスは微笑んでみせた。
心地良い沈黙が流れる中、ラクスが再び口を開いた。
「こうしていると、今が戦争中だなんて、忘れてしまいそうですわね」
「そうだな」
静かに揺れる木々を見ていれば、戦争などという出来事は遠い物語の様に思えてしまうだろう。
しかしその明るい空間に似合わず、ラクスの声は暗かった。
「本当は―――、貴方方に助けられた時には、歌を止めようと思ってました」
「君が?」
突然の告白に、刹那は目を丸くした。
長い付き合いでは無いが、彼女の歌う事への執着はかなりのものだ。
そんな彼女が、そんな事を言うとは。
「私はあの時、ユニウスセブンの追悼慰霊団代表としてあの場にいました。
そこに連合がやってきて私は逃げ出した」
「ああ」
「それで、私はほとほと嫌になってしまったのです。
プラントの船だというだけで非武装の船を襲う連合も、それに対して大した対話も試みようとしない周りの人間も」
コーディネーターを敵と見なしている連合は元より、追悼慰霊団に参加している反戦派のコーディネーターでさえ、
ナチュラルと話が通じると思っている者は稀だった。
「くだらない」
ラクスは言葉を切り、そう吐き捨てた。
「そんなに殺し合いが好きなら、勝手に殺し合っていればいい。
きっと世界で最後の2人になったとしても、彼らは殺し合うでしょう。
そんな世界で歌う事自体、空しく感じ始めていたのです」
「・・・・・・ 」
諦念と言うにはあまりに激しい彼女の言葉を、刹那は口を挟まず聞いていた。
また暫くの沈黙を挟み、ラクスは刹那に振り返った。
「でも―――、でも貴方と、キラさんを見ていて考えが変わったんです」
こちらに振り返った彼女の目には、先程までの諦念は無かった。
「異世界からの来訪者である貴方がこんなに奮闘しているのに、
当事者である私が諦めてどうするのか、そう思いました。そして―――」
「そして?」
「コーディネーターの身で連合の艦にいるというのに、ナチュラルの友人達の為に頑張る彼を見ていたら・・・ この世界も捨てた物では無いと思える様になったのです」
彼女は、希望を見付けたのかも知れない。キラ・ヤマトという小さな光を。
(俺と同じか)
ヘリオポリスを拠点に、この世界から争いを無くそうと奔走していた日々を思い出す。
ナチュラルの事を、コーディネーターの事を、調べれば調べる程、C.Eのどうしようも無い状況に刹那の希望は陰り、燻っていった。
そんな中で現れたのがキラだった。
僅かな、ほんの小さな篝火でしかなかったがそこには確かに希望があったのだ。
「だから私は歌い続けます、この世界で。例え次の瞬間業火に呑まれようと、最期の一瞬まで」
強い女性だと、刹那は思った。アークエンジェルで話した時も感じた事だが、ラクス・クラインにはその年齢に不相応な程の強靭さがあった。
その分危うさも見え隠れしていたが、敢えてそれは口にしない。
それを支えてやるのは、自分の仕事ではない。
刹那が思考に身を沈めていると、今までの真剣な顔を一転させて、
ラクスが両手を胸の前で合わせた。
「ふふ、では真剣な話はここまで、お友達を紹介しますわ」
そう言って足元で転がっていたピンクちゃんを促す。
ピンク色のハロが意味不明な言葉を連呼しながら庭の向こうに消え、一分も経たぬ間に戻ってきた。
「・・・なんだアレは」
刹那は呆気に取られた様子でそれを見る。
ピンクちゃんの後ろには優に二十体は降らない色とりどりのハロ達が付いて来ていた。
一斉に跳ねながら近付いてくるその光景は中々に迫力がある。
それらはあっという間にラクスと刹那を囲むと、ワイワイと無秩序に騒ぎ出した。
「全部アスランがくれた物です。皆同じに見えますけど、性格も仕様も全部違いますのよ」
「それは・・・凄いな」
ハロに囲まれるのはトレミーの整備で慣れているものの、西暦のハロはここまで騒がしく無い。刹那は少々辟易としながらも、曖昧な笑顔を作った。
「あら、一人足りないですわね。どこにいったのかしら・・・ シルバーちゃーん!」
「・・・シルバーちゃん?」
ピンクちゃんに比べると幾分可愛げの無い響きの名前に、刹那は何故か嫌な予感がした。
ラクスが呼んで少し、草むらの中から、件のシルバーちゃんが現れた ――――――ゴロンゴロンと転がりながら。
『ハロ、ハロ、ゲンキ』
しかも声が他より若干低い。名の由来となっているだろう銀色の体も、
どう考えても他とは材質が異なる光沢を見せている。
極め付けにいえば他のハロより一回り大きく、目が紫の釣り目だった。
「最近お友達に加わった子ですの。アスランに貰った記憶は無いのですけど」
「・・・・・・」
足元まで転がってきたそれを、刹那は無言で持ち上げた。重い。
『ハロ、ハロ、ヨロシク、ヨロシク』
「・・・ELS、ここで何をしている」
『ハロ、ハロ、ココデナニヲシテイル、ココデナニヲシテイル』
「・・・何のつもりだ?」
『ハロ、ハロ、ナンノツモリダ、ナンノツモリダ』
「・・・・・・」
『・・・・・・』
ラクスに聞こえぬ様に小声で話し掛けると、シルバーちゃんはオウム返しを繰り返し、
遂には黙り込んでしまった。この微妙に似ていない擬態具合は、間違い無くELSなのだが。
「あ、あの・・・刹那さん?」
突然オモチャを掴みあげて何やらしている刹那を不審に思ったのか、ラクスが覗き込んでくる。
ラクスの脳量子波のレベルでは、これがELSだと疑い様も無いだろう。
それにしてもこんな所で出会うとは。
「少しこのハロを借りるぞ」
「どっどうぞ」
真剣な顔で言ってみれば、相対するラクスは戸惑っている
―――というより若干ヒき気味な表情を返してくる。
「有難う」
そんな事は御構い無しに、刹那はシルバーちゃんを小脇に抱えてその場を後にした。

 

『やれやれ、歳を重ねても突飛な行動は変わらないな君は』
「・・・今俺が抱えている物が無ければ同意する所だな」
ラクスから遠く離れた茂みの中、シルバーちゃんが漸く口を開いた。
ライルの声で発せられるホトホト呆れたと言わんばかりの口調に、
刹那は抱えた金属物を投げ捨てたい衝動に駆られたが寸での所で自重する。
「で、何故お前がここにいる、ELS」
手頃な場所にシルバーちゃん、もといELSを置くと、自分も地べたに座り込んで問い質す。
どこにいるかはたまに気になっていたが、ここにいるのは些か都合が良すぎる。
『何を疑っているのかは知らないが、俺は特に何の意図も持ち合わせていないぜ』
「説明を」
脳量子波で伝えれば済む話なのに、ELSはハロとしての声を発する機能を使って話す。
それにも特に意図は無い。単に声を出す、という行為が気に入っただけの事だった。
『お前が俺をヘリオポリスに置き去りにしただろう?
その後ジャンク屋と名乗るこの世界の住人に他のMSと共に回収された』
「何故そんな危険な事をした」
『悪意を感じなかったからな。代わりに好奇心が旺盛でね。気に入ったのさ』
ELS自身好奇心の塊の様な存在だ。その人間に惹かれたのだろう。
「だが、ジャンク屋ならばMSを弄る筈だ。変な物を見られてはいないだろうな」
『その心配は無いね。リーダー格らしき男が「コイツは主人を待ってる、俺には分かる」とか言って一切触ってこなかったからな』
「なんだそれは」
『さぁな。それで、連中の船がプラントに寄った際強い脳量子波を感知した。
それでジャンク屋の船から密かに抜け出して辿り着いてみたら、ここだったという訳だ』

 

成程、刹那は合点がいった。ELSの言う強い脳量子波というのは恐らくラクスの事だろう。
何の事は無い、西暦の地球に彼らが来た理由と何ら変わる所は無い。
『・・・今お前失礼な事を考えただろう。融合はしなかったぞ』
ELSも結局変わっていない、と考えたのを読まれたのだろう。
不機嫌、というよりは拗ねた様な反応を見るに、彼らも反省しているという所か。
「で、肝心のクアンタはどうした? 大体、人間大の大きさでなければELSは活動出来ない筈だが」
『クアンタは心配するな。このコロニーの外壁と融合させている。バレる事は無い筈だ。
この個体については、勿論これ単体では活動していない。
お前さん達の技術を応用させて貰った。軌道エレベータからMSへエネルギーを送るのと同じ様な物だ。
要は子機だな』
軌道エレベータからのエネルギー供給は、フラッグに使用されていた技術だ。
何時になっても彼らELSの技術力には感心させられる。
と、何かを感知したのかELSは顔?を上げた。
『あの嬢ちゃんが来る。お前はペットロボットが好きすぎて真顔で話し掛けていた痴呆気味な老人を装うんだ!』
「・・・長いし俺はボケていないしこの世界では24の設定だ」
「刹那さん、ここにいましたか」
刹那のツッコミが炸裂した直後、ラクスが息を切らしながら走って来た。
「キラさんの手術が予定より早く終わって―――」
「結果は?」
「―――成功です!」
「そうか・・・良かった」
ラクスの花が咲いた様な笑顔に釣られてか、刹那の顔にも安堵の色が見える。
足元では、すっかりシルバーちゃんとなったELSが二人の周りをゴロゴロと転がっていた。

 
 
 

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