機動戦士ガンダムSEED 閃光のハサウェイ 外伝5話

Last-modified: 2007-11-29 (木) 21:52:50

アプリリウス市のある大通りからデュランダル邸へと向かう近所に、大きな公園がある。

最近、殆ど彼のお仕事の手伝いをしている為に、ギルバートのお屋敷でお世話になっている私は、
仕事の合間に、よくこの公園へと散歩に来るのだ。

この公園は設備や広さといい、子供たちが駆け回り、ボール遊びをするのには確かに最適である。

……だが、最近の子供たちに奇妙な遊びが広がっている事を、ご両親は承知しているだろうか?

「私は『ラウ・ル・クルーゼ』だ!!あっははは!」

「ちがうよ!僕がクルーゼだよ!お前は、間抜けな『エンディミオンの鷹』だろ?」

「なにぃー!お前こそ、『エンディミオンの鷹』の『子分その1』じゃんか!」

その様子を見て、私は深く溜息を吐いた。

その内容ときたら……子供たちは、奇妙な『仮面』を付けて遊んでいるのだ。
……私は頭が痛くなってきた。

”ラウ・ル・クルーゼごっこ”……本当にプラントの将来は大丈夫なのだろうか?

公園では子供達の明るい笑い声が木霊しているのに、私の心の中は土砂降りの大雨である。
現在、全プラントのおもちゃ工房は、日夜『クルーゼマスク』を生産し続けている。

子供たちが”ラウ・ル・クルーゼごっこ”をする時に敵になるのは、ムウ・ラ・フラガこと『エンディミオンの鷹』である。

地球連合と云うよりも大西洋連邦は、完敗と言っていいこの大敗北を誤魔化す為に、
生き残りの彼を『エンディミオンの鷹』として英雄化しようとして、敗戦から目を逸らさせようとしていたのだが……

一部の媒体へと密かに流された『エンディミオン殲滅戦』の様子がアングラのネットによって、
世界各国へと流れたことにより、無駄に終わった。

ムウ・ラ・フラガが所属する大西洋連邦内だけは、辛うじて敗戦の混乱からの回復の兆しを見せていたが、
これによって、地球圏内の世界各国に於ける地球連合の影響力が、著しく低下した事は事実であった。

この謀略を考えた『三悪人』の内の一人は、今、自室でノホホンとコーヒーを飲んでいる事であろう。

逆にその現場の実行犯達である二人の方は、忙しく日夜駆け回っている。

裏方に徹すると宣言した一人は、今回『新星』と呼ばれるL4の東アジア共和国管理下の資源衛星の攻防戦の作戦に参加する予定らしい。
――無論、密かにだが。

どうやら、少し前に確認した『人材』とやらをこちら側にスカウトする為に必要な行動であるようなのだ。

そして、渦中の一人にして『三悪人』の最後の一人は……

――『エンディミオン殲滅戦』と呼ばれる地球連合とプラントの月での覇権を競った会戦は、
プラントの軍である『ザフト軍』の圧倒的な勝利で終った。

そして、その戦いの勝利の立役者であり、画期的な『モビルスーツ運用法』によって一躍踊り出た男。

――ラウ・ル・クルーゼ。

彼は、プラントの最大の『英雄』として全てのプラント市民から、熱狂的な歓呼の嵐で迎えられる事となったのだ。

世論に押される形で、『ザフト軍』を掌握しているザラ国防委員長も、彼を即座に昇進をさせる事を決定。
部隊隊長を押しのけて、一気に司令官職へと抜擢される事となった。

それは、別に私が文句を言う筋合いは、無いので善しとしよう……だけど……

――ちょうど、程よく私が視線を向けた方角には、公園から大通りの向って面した建物に大きなテレビジョンが飾ってある。
その大型テレビから最新型の車のCMが放送され、そのナレーションが流れていた。

『――走りを知る真の男が乗る車。抜群の乗り心地とスピード……』

一面に広大な世界が広がり、大きな道のど真ん中を車が走っている……
それが段々と画面がフェード・インをして、映すカメラの視線画面は運転席へと映ってゆき、
車はゆっくりと停止して扉が開かれる。

そして、運転してしていた男の姿が現れた。
同時に、ナレーションが流れる。

『――あのラウ・ル・クルーゼが選ぶ、この快適な走りと空間……』

運転席から出てきたのは仮面の男である。
……しかも何か豪奢な『仮面』である。

彼は、いつものあのスタンダートでシンプルな仮面ではなく、
白地だが、巧みな紋章や意匠が丹精に掘り込まれていた仮面を装着していた。
恐らくは、宣伝用なのであろう。

高級で趣味の良い夏用の白いジャケットをまとった彼が、
車の扉を開けて、車外へと颯爽と登場した。

長い美しい金髪をバサッと、両手でかきあげた彼は、
ボンネットへと座ると、こちらへ顔と視線を向けて――

『私が、感じたこの快適な走りを君へ――』

とハスキーな声で、しかも指で銃の形を作り、撃つ真似をした……
そうすると、その大型テレビジョンの周りの人だかりから黄色の声が響き渡る……

「「きゃーーー!!」

というような感じでだ。

ざっと見たところ、その人だかりの7割は女性であるようだ。

私には、理解できない趣味である。そして、スポンサー会社のロゴが最後に出てそのCMは終わった。
これでも、まだ地味な方なのである。

現在、時の『英雄』である彼には、常時に無数の出演依頼と取材に囲まれている。
以前のラウならば、そんなものは完全無視し、黙殺するはずであった。

だが…実際は……

――某プラントTV局・Mステーション――

『――今週のオリコン、初登場第一位は……ラウ・ル・クルーゼ!曲は、”○○ーズ”だぁぁぁ!』

『残念ながら御本人は軍務の為に生出演は出来ませんので……』

プロモーション・ビデオが流れ、歌が流れ始める。

『――♪じ○んをー♪せか○さえもーかえ○し○え○ーうなー♪』

そうして画面には、ドアップの彼の顔の左顔半面が映し出され……左目の辺りに何かマークが浮かぶ。

『♪――○ち○くすー♪じ○んを―♪○♪つ♪め♪』

尖塔の上で佇み、豪奢なマントを纏ったラウの全身像が映し出される。
画面がフェイド・インし、彼の顔辺りまで一気に画面が寄ると、彼は不敵な笑みを浮かべながら、

――バサッ!!

とマントを広げ……

『ま○い♪○が○♪○や○♪な○ら♪○やみ♪ながら――』

広がったマントを幕にして幾人もの人物が浮かび上がってゆく……

丁度、その頃の――デュランダル邸――

仕事が一段落した私は、夜の一時を優雅に過ごそうとしていた。
ささやかな贅沢として、良く洗練された豆で引いたの高級なコーヒーを楽しむのだ。
芳醇な香りを楽しみながら、何気なくテレビジョンのスイッチを入れると……

『……オリコン、初登場第一位は……ラウ・ル・クルーゼ!曲は、”○○ーズ”だぁぁぁ!』

「ふむ……」

――『プラントの市民の心をわし掴み』作戦。

……作戦計画は、順調のようだ。
古来、ソ○シの兵法で『城を攻めるは下策、心を攻めるは上策』と言うらしいが、
心から彼に感服する。凡庸で才乏しい私には、まるで思いつきしない作戦内容だからだ。

暫くして曲が流れる……
私はプロモーション映像を見ながら、コーヒーを啜っていると、

『……○が○♪○や○♪な○ら♪○やみ♪ながら――』

「ブッゥゥ!!」

喉がつまり、一気に鼻へと逆流した!

「げぼゥ、げッほ、げほっ……!!」

思わず飲みかけのコーヒーを吐き出してしまった……

そのシーンに出てきた見知った顔の中で、自分の顔もあったからだ……
咳き込みながらも、脳裏にラウの顔が浮かんだ。

『――何でもできると言う事は、ある意味で罪な事だな』

ラウの高笑いの声が脳裏に響く……

ちなみに、プラントの『歌姫』はぐーんと1位と票を離しての2位だったという。

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