機動戦士ガンダムSEED True Destiny PHASE-53A

Last-modified: 2007-11-17 (土) 19:11:14

『そこにいる“ラクス・クライン”は、偽者だ!』

 アスランの声が響く。

 途端に顔面蒼白になり、不安げな表情になるミーア、そしてアークエンジェルのクルー。

「アスラン、アンタ……っ」

 ミリアリアは声を出しかけた。

「…………っ」

 ディアッカは表情を険しくし、ごくりと喉を鳴らす。

 シンは驚いたように目を円くして、ディスプレィに釘付けになる。

『本物は、コペルニクスで狙撃されて死んだ! そこにいるのは、デュランダルがラクスの名前

を利用するために作り上げた偽者だ!』

 ヤキン・ドゥーエ攻防戦の後の失踪、突然のカム・バック、以前とのキャラクターの変化……

状況証拠は揃い過ぎている。

 ZAFTの、タリアの下にいる部隊は、“ラクス・クライン”の名の下に集まってきたものが少なく

ない。特に宇宙で合流した者の中には、ラクスの過激なファン、という者もいるのだ。

 その要である“ラクス・クライン”が偽者であると知れたら、このまま瓦解してしまう可能性も

ある。

 オーブ軍の部隊はカガリの命もあるから、すぐに離反することはないだろうが、大幅に指揮

が落ちることは間違いない。

「あ、たし……あたし、は……っ」

 ショックで、どもってしまうミーア。精神的に極端に追い詰められるとアドリブが効かなくなる、

弱点が曝け出されてしまう。





機動戦士ガンダムSEED True Destiny

 PHASE-53 『激突』





 わずかな間、2つの勢力の間に、奇妙な沈黙が流れた。

 そして、誰かがポツリ、と言う。

『そんな事、いまさら言われてもなぁ……』

 妙に、緊張感に乏しい声。

「え?」

 ミーアはわずかに表情を引きつらせ、間の抜けた声を出してしまう。

『何?』

 アスランやイザーク、他の当事者らは、軽く驚いたような表情を見せる。

 そして、MSの隊内通信で一気にごちゃごちゃと、好き勝手に話し始めた。

『確かに顔はそっくりだけどさ、他はぜんぜん別人じゃん』

『同一人物だって思ってたヤツの方が少ないんじゃね?』

『“新”ファンクラブの人間なら、気付いていて当然だよなー』

『胸もデカ……いやっ、スタイルも前よりぜんぜん抜群だし』

『顔もそっくりっつっても、目をパッチリさせてるから可愛く見えるよな』

『前のラクスもよかったけど、今のラクス様を見ちゃったらぜんぜん物足りないよ』

『ところでおまいら、乳酸菌とってるぅ~?』

 …………はっきり言おう。男社会である軍隊において、セックス・アピールというものは強烈

に効くのである。モラルには反するが……

 ZAFTは軍事組織としてはジェンダーフリーが進んでいるとはいえ、やはり実戦部隊は男性

のほうが過半数である。しかも、構成員の大半は10代後半から30代前半までの、俗な言い

方をすれば“たぎっている”世代である。そこへ持ってきてミーアの色香は強烈だ。

「えっ……えっ? えっ……え?」

 予期せぬ反応に、戸惑って引きつった笑みを浮かべたまま、混乱しているミーア。

『な……なっ、なっ……』

 同じく、混乱してどもっているアスランとイザーク。

『笑止!』

 きっぱりと、断言するような口調の声が割り込んできた。

 ピンクのグフ・イグナイテッド、そのパイロットだった。

『我々が萌えて……もとい、支持しているのは、ヤキン・ドゥーエ攻防戦の後の苦しい時期を、

そして再びの大戦に臨んだ我々を、その鈴の音のごとき歌声と、それに聖母のごとき慈愛に

満ちた容姿で癒してくれた“ラクス・クライン”であり、それは間違いなく、今アークエンジェルに

座乗なさっている御方』

 …………聖母のごとき容姿、という表現には少し、下劣なニュアンスが感じられたが。

『その御方が平和を欲したが故に、我々新・ラクス・クライン・ファンクラブは戦うのだ!』

 どうやら、彼もその一員らしい。

『それをその名の真偽のみにて価値をつけようとするとは、アスラン・ザラ、底が知れたわ!』

『きっ……貴様等、どこまで腐っているか、コーディネィターの誇りは棄ててしまったのか!?』

 絶句しているアスランに代わり、怒り心頭のイザークが、真っ赤な顔で糾弾する。

『前近代的なくだらない選民主義がコーディネィターの誇りだというなら、そんなものは丸めて

トイレに流してしまったわ!』

 ピンクグフのパイロットも言い返す。

『貴様等ーっ、許されんぞーっ!!!!』

 イザークが叫び、そして視界に、レジェンドを先頭としたMS部隊が姿を現した。

『行くぞ! 平和の世の為に、正義は我にありーっ!!!!』

 ピンクグフの掛け声とともに、ZAFTのMSも彼らに向かって飛び出す。それに、オーブのムラ

サメやイングラムも続く。

『平和になったら、オーブでもコンサート、してくれるかなぁ』

『俺はサイン会をしてもらいたい! もちろん握手つきで!』

『お前ら、勝ってからそういう話はしろ!』

『そうだな! それじゃあいっちょ、戦争しますか!』

 どうやらオーブ軍にも伝染したらしい。

「そんなぁ……あたしっていったいなんなのよぉ~」

 司令官席で項垂れ、涙目に嘆くミーア、しかし、

「きゃっ」

 アークエンジェルが急機動を取る。高出力のビームがそれまでアークエンジェルのいた空間

を凪ぐ。3機のガナー・ザク・ウォーリア。所属表示が目立たない、従来のZAFTの塗装。これは

R.ZAFTの方だ。

 そのうちの1機の頭部で爆発。首が残骸になり、反応する気配がなくなる。幾条かのビーム

ライフルの閃光の後、右肩にでかでかとZAFTのマーク、左肩に大げさなランチャーを備えた

イングラム。70式改『ゼルィオ』ビームサーベルを構え、残りの2機に飛び掛っていく。ザクの1

機が、それを対ビームシールドで受ける

 バチバチバチバチッ

 シールドの表面で激しく火花が散る。

「はっ」

 シホがサイドモニターに視線を走らせると、もう1機のザクがビームホークを振りかぶって突

進してくる。

 正面のザクを蹴りで振り払い、構えなおす。だが、それとほぼ同時に、横から突進してくるザ

クは串刺しにされる。ヴァジュラ・ビームサーベル。インパルス。

 蹴り飛ばしたザクがオルトロスを乱射する。だが、シホもルナマリアもそれを簡単にかわす。

シホは瞬時に間合いを詰め、ゼルィオ・ビームサーベルをザクの胸につきたてる。

「助かったわ、ホークさん」

『ルナで結構です、シホさん』

「私も、シホで結構」

 和む暇なく、別のガナーザク3機。今度は1機がザク・ファントムだった。

 接近戦向けの機体は突入してこない。いや、来れないといったほうが正しい。ZAFT・オーブ

連合軍のMSと格闘戦、乱戦を繰り広げていた。





「うぉぉぉぉぉっ」

 掛け声一線、コズミックの強烈なタックルがブレイズ・ザク・ファントムを押しつぶす。返す刀

で、ビームサーベルでブレイズ・ザク・ウォーリアの胸を貫く。

 シュペールラケルタ・ビームサーベルの電力消費を、コズミックの搭載エンジンでは賄い切

れない(瞬間的な出力では問題ないが、燃費が一気に悪化する)ため、連結機構を廃し、代わ

りに大容量コンデンサーを仕込んで、出力を一時的に上げられるように改めた物。『ソード・オ

ブ・ヘクター』。ギリシャ神話のトロイの英雄ヘクター(ヘクトル)の名を戴いている。

「っ」

 別のザク・ファントムの斬撃を、ビームキャリーシールドで受け止める。ヘクターを突き出して

反撃を試みるが、かわされる。間合いを取られてしまう。

 そこへ、ザク・ウォーリアがヒートホークを振りかぶって飛び掛ってくる。シールドを出して鍔

迫り合いをするまでもなく返り討ちにする余裕はあったが、その前にザク・ウォーリアはシンの

視界から消えた。

 ピンクのグフ・イグナイテッド、スレイヤーウィップでそのザクを放り投げると、ビームライフル

で撃ち抜いた。

「ちっ」

 喜んでいいやら悲しんでいいやら、シンは苦笑しながら舌打ちする。前方からザク・ファント

ム。再びシールドで受け止める。横から斬撃を入れる、だが、またかわされる。

「やっぱだめか!」

 できれば残しておきたかったが、と無念そうに、シンはタッチ・ディスプレイの1点を押す。

 コズミックの背中に搭載されているファトゥム-00A、そのさらに背面に吊るされているドロッ

プ・タンクが切り離される。零れた液体が宇宙空間に昇華する。

「さあ、行くぞ!」

 ブレイズウィザードのザクシリーズが取り囲む中、乱射されるビームライフルを縫うようにか

わし、先ほどから絡み合っているザク・ファントムを、ファトゥム全開のタックルで押しつぶす。

「ディアッカ、貴様ぁ~、無断で人のものを持ち出しおって!」

『命あっての物種ですからっ』

 レジェンドのドラグーンの乱射から、白いグフ・イグナイテッドが逃げ回っている。言うまでも

なく、かつてのイザークの乗機である。ディアッカはR.ZAFTに支配されたプラントを抜け出す

とき、『ちょっと借りるぜ 身代わりは置いていく』と自分のザクに張り紙し、白グフを乗り逃げし

たのだ。

 ドラグーンを使っているが、なかなかグフに命中しない。ソフトウェア的に改善しているとは

言え、この手の兵器を使いこなすことは難しい。条件にもよるが、ほぼ同数同士のMS戦であ

れば、手練のパイロットほどむしろ嫌うだろう。純粋なMS戦においてこの種の装備を完璧に

近く使いこなせるのは、スーパーコーディネィターであるキラ・ヤマトだけである。

 だが、ディアッカも高速機動しながら、ロックオンアラートと共に捻ってかわすというのが精一

杯で、とても反撃には出れない。このあたりは、完全にレジェンドとグフ・イグナイテッドのハー

ドの優劣が存在していた。

 しかし、突如、レジェンドのコクピットに複数のロックオンアラートが鳴り響く。

「ちい!」

 ムキになってディアッカを追い掛け回している間に、艦隊の近くに接近しすぎていた。

 ミネルバとアークエンジェルの近接防御火器が、レジェンドめがけて綿密な火線を放ってくる。

しかし、イザークはディアッカ追撃を諦めると、決して軽くはないレジェンドを捻らせ、網の目の

ような両艦の射撃を文字通り縫うようにかわしつつ、ドラグーンを回収する。

 火線の密集から抜け出したかと思うと、レジェンドの天頂方向から、ビームサーベルを持っ

た“新型アストレイ”が、“降って”来た。

 ソリドゥスフルゴール・ビームシールドを展開する。ゼルィオの刀身ビームが接触し、バチバ

チと激しく火花を散らす。イングラムはそのまま刀身の消滅したゼルィオを柄だけ降りぬき、

構えなおす。

「ぬっ……」

 即座にデファイアント改・ビームジャベリンを抜いて対応する。だが、軽いイングラムはスキ

の多いレジェンドの斬撃を易々とかわし、ゼルィオで斬りかかってくる。簡単にやられるイザー

クではないが、ビームシールドで受け止めるほどのくんずほぐれつだ。

 肩にはオーブ軍のマーク。



 ──反乱軍ならともかく、オーブ軍でこれほどの使い手だと?



 イザークの中では、タリア配下のZAFT部隊の方が『反乱軍』と規定されていた──ともかく、

ナチュラルのパイロットが俺に敵うはずがない、イザークのプライドが揺さぶられる。



 ──いや、オーブだから、コーディネィターのパイロットがいてもおかしくはない……



 現に、今“非核形ジャスティス”を動かしているシン・アスカは、オーブ出身だ。



 ──だが、それでも俺に勝るなどありえない!



 ドラグーンのコンディションに一瞬だけ視線をやる。チャージが終わっていない。イングラム

の斬撃。ビームシールドで受け止める。閃光。パワーソースモニターに視線。

「ちい!」

 デュートリオン伝送が途切れている。レジェンドは核エンジンとデュートリオン伝送でエネル

ギーを賄うハイパーデュートリオンだ。

 取っ組み合いの最中では、ビームジャベリンとシールド、それにVPS装甲と駆動系に電力

が優先されてしまい、核エンジンだけではドラグーンにチャージする分まで間に合わない。

「くそったれ!!」

 イングラムの斬撃をもう一度凌ぎ、相手が構えなおすスキにビームライフルを射撃。かわさ

れるが、イザークは構わずにスラスターを吹かしてその場を離脱、デュートリオンの通じるとこ

ろまでレジェンドを下げる。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 イングラムは深追いしない。パイロットはコクピットで荒い息を整えていた。





 ────ハーフコーディネィターだった。



 ナチュラルとコーディネィターが共存するオーブにおいても、ハーフは異質だった。

 外見にコーディネィターの特徴が出てしまった為、簡単に解ってしまった。

 露骨ないじめにあったこともある。就職も難儀し、結局軍に入らざるを得なかった。

 しかも花形の実戦部隊でも、後方の安全なバックアップ役でもなく、軍の内部でも精神的

には一番嫌われる部署、望まずとも民衆を見下すことになる汚れ役、治安部隊のMSパイロットだ。

 それでも、駆け落ち当然に結ばれた父母を恨んだことはなかった。

 そんなだから、突然アークエンジェル新型機のパイロット抜擢されたことも、運命と思って受

け入れていた。

 だが、手を抜くつもりはない。ましてや、死んでやる必要性など微塵も感じない。

「ふんっ」

 ミレッタ・ラバッツは、腹に気を込めるようにして声を出すと、接近してくるガナー・ザクの群

れに飛び込んでいった。





 アスランは、R.ZAFT艦隊の天頂方向に、デスティニーを位置させていた。

 宇宙空間では本来、音は伝わらない。足元の乱戦を他所に、アスランは奇妙な静寂に包ま

れていた。



 ────けたたましいロックオンアラートが、それを破る。



 急機動。無数の光芒が、前の瞬間までデスティニーのいた空間を貫く。

 EQFU-3F『オーシャンドラグーン』。ソフトウェア的にレジェンド相当のアップデートを施してい

るものの、その代わり絶対的な性能はストライクフリーダムのスーパードラグーンに比して漸

減している。電力消費の観点から取られた措置だ。

 そして、その母機であるMS。ホライゾン。

 ビームサーベルの斬撃。コズミックのそれとほぼ同型だが、ピンクの刀身ビーム。『バルム

ンク』ビームサーベル。

「やはり来たか、キラ!」

『アスラン、どうして、こんなことを!』

 キラの悲壮な声。

「それはこっちの台詞だ、どうしてお前がデュランダルの言いなりになっている!?」

『違う、僕が味方しているのはミーアだ!』

「それなら余計だ!」

 パルマフィオキーナで牽制しつつ、アロンダイトを構えるデスティニー。ホライゾンの、軸ひと

つ外した斬撃。アロンダイトで受け止める。刀身ビームとビームコーティングが交錯し、激しい

火花が散る。

 ホライゾンの腹部から射撃。電気食いのレールガンから変更された240mmリボルバー・カノ

ン。デスティニーのVPS装甲で弾ける。アスランが反射的に、デスティニーをわずかに仰け反

らせる。ホライゾンは腰から、フォールディングレイザー・アキナス(戦闘ナイフ)を抜く。1本省

略されたビームサーベルの代替武器だ。異種二刀流の構えを取る。

 再び鍔迫り合い。アロンダイトとバルムンクが激しく火花を散らし、アンチビーム・シールドと

アキナスがぶつかり合う。そして、2人は叫びあう。

『ミーアは、彼女は導こうとしているんだ!』

「だが、それでは人類に未来はない! キラ、彼女がラクスになるにはどうしても足りないもの

があるんだ! わかるだろう!? 彼女はSEEDを持つ者じゃないんだ!」

 オーシャンドラグーンのロックオン、アスランはホライゾンを蹴飛ばし離脱、キラも体勢を立て

直しつつ、お互いに間合いを取る。ホライゾンはアキナスを格納。

 ビームライフルで撃ち合いながら、お互いに急接近する。ホライゾンはバルムンクを、デステ

ィニーはアロンダイトを構える。

「うわあぁぁぁぁぁぁぁっ」

『うおおぉぉぉぉぉぉぉっ』

 2人の戦士の雄叫びが、ソラに吸い込まれていった。







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