『Ξガンダム』のコックピットに久々に乗り込んだ俺は機体のチェックを始めた。
操縦桿を握り、起動キーにあたる部分に手を当てる。
真っ暗だった周囲に光が入る。
そして、メイン・スクリーンに文字が表記される。
『搭乗者の確認を行います』
「メイン・システムを起動する……俺がわかるか『ガンダム』?」
俺は手早く慣れた手付きでキーボードを叩く。
PASSWORD:『νを継ぐもの』 入力完了:OK
声紋入力:OK
遺伝子パターン確認完了:OK
脳波パターン・チェック完了:OK
次々と確認の表示がモニターに表記される。
(本機搭乗者:マフティー・ナビーユ・エリン本人と確認)
『メイン・システム起動します』
操縦システムが完全に起動するこの間、僅か6秒。
システムは完璧だな……どうやら良好のようだ。
操縦桿を握るとガンダムの腕が俺の腕になり、
フットレバーを踏み締めるとガンダムの脚は俺の脚になり、
頭部サイコミュ・システムが連動して、コックピットの外の感覚を感じる。
そして俺自身が『Ξガンダム』となる。
久々の、ガンダムとの一体となるこの感覚に俺の気分は高揚する。
先頃、乗り込んだ『ジン』とは全く違う感覚である。
通常のMSに乗ったら、この感覚は味わえないのだ。
そして、こいつはテロ組織の『マフティー』の象徴たる機体だ。
この位の機密保持のシステムがないと、正直やっていけないだろう。
敵に勝手に乗り込まれ、強奪でもされたら、たまったものじゃない。
確かに非常時には誰でも乗れなければいけないだろうが……だが、こいつは『ニュータイプ』が乗らないと本領が発揮できない。
俺か『ここ』ではラウ位しか扱えないだろう。後であいつの登録もしておいてやるか……
俺が『Ξガンダム』の状態を改めてチェックしていると
理知的な女性の声の通信が入る。
『マフティー』
「『サラ』か……良くここまで完璧な状態にしておいてくれた。感謝する」
俺は彼女に感謝の言葉を述べる。
本当に良くここまでの整備をしてくれたものだ。
かつての旧『マフティー』チーフ・メカニックマンの『マクシミリアン・ニコライ』にも勝るとも劣らない。
全く未知のマシンをここまでできるとは……やはり『コーディネイター』は伊達ではないということだろう。
しかし、彼女の方は俺のその返答に対して、やや自信なさ気に、
「いえ……我々の手ではこれが背一杯でした……逆にお叱りを受けると覚悟していましたが……」
「いや、十分だ。これでいつでも出撃が可能だ」
俺は『サラ』にそう答えた。
その返答に彼女は嬉しそうに答える。
「はい! ありがとうございます!」
「これからも、よろしく頼む」
俺もそう彼女に対して、信頼を込めた言葉を返した。
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フォォォォォォォ――ォォン フォォォォォォォォ―ォン
ドックに駆動音が鳴り響いている。
俺達が満足げに復活した『Ξガンダム』を眺めてると
そのガンダムの足元から人影が現れる。
恐らく、20代の妙齢の女性だ。こちらはベルトーチカと違い、短い金髪で顔にはサングラスをかけていた。
多分、美人だ。それは絶対に間違いない。
飾り気の無いビジネススーツで、びっちりと身を固めている。
彼女は俺達に軽く会釈すると
「デュランダル様」
「ご苦労だったねサラ――」
とギルバートの方に声をかけた。
俺は彼女がとても気になり、矢次ぎ早やにギルバートの脇を肘で突いて、早く紹介させようとする。
そして、その行為を横目で見ていたラウの口元が「またか……」と動くのを見たのは丁寧に無視したと、ここで改めて表記しておく。
「彼女は?」
「彼女は、私がここの管理を任せている者だ。私が心から信用する数少ない理解者の一人だよ」
ギルバートは、痛む横腹を擦りながら答える。
薄いサングラスに隠れた、理知的な彼女の瞳は俺を値踏みしているようだ。
「はじめまして、サラ・ブライトマンと申します。ギルバート・デュランダル様にお仕えしている身です」
「よろしく、ハサウェイ・ノアだ」
右手を出し彼女と握手し、俺はできるだけ紳士然に振舞った。
「――お話はデュランダル様からお伺いしています。異世界より来訪された『ニュータイプ戦士』と……」
俺はそんな真面目ぶって、答えを返して来る彼女を見て
遂、茶目っ気を出してしまい、少しからかうような口調で
「君はそんな『夢物語』を信じてるのかい?」
「――信じる他ないでしょう。ここに明確な『証拠』がありますのに……!」
と彼女は『Ξガンダム』を眩しそうに眺める。
それは憧憬と興奮が入り混じった視線と口調だった。
明哲そうな彼女がそこまで興奮するものなのだろう。
「――現代の科学技術では、絶対に不可能なものばかりの、未知のテクノロジーの集合体です! そもそも……」
彼女は興奮しながら俺達に『Ξガンダム』がどれほど素晴らしいものなのかを熱く語りだした……
その様子を見て俺とラウとギルバートは顔を合わせて苦笑した。
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「……ということで、彼女がここの『管理』と『私達』の連絡係となる訳だ。諸君、わかったかな?」
「ああ」
「了解した」
俺とラウは答えた。むしろ俺の方は大歓迎だ。
女性で、しかも美人だ。
「そして、彼女には正式に『マフティー』の一員となってもらう。無論、戦闘には出せない。それは了解して欲しい」
「おい。いいのか勝手に決めて」
俺はギルバートの強引な決定に些か疑問を覚えた。サラの意思はどうなるんだ?
「私は別に構いません。逆にデュランダル様のご配慮をありがたいと思います」
「いいのかい?」
俺のその疑念に対して彼女は
「構いません。むしろ……」
ウットリとした眼差しで『Ξガンダム』を見上げる。
「……『ガンダム』の側にずっと居れるのですもの……じっくりと研究ができますわ」
とサラは何かしらのフェチの目でガンダムに熱い眼差しを注いでいた……
ラウはその彼女の様子に対し、俺を冷笑しながら……
「……どうやら、君はお呼びではないようだな?」
「……うっせーな」
俺は気弱げに答える。まるでへタレだ……
ギルバートも俺の耳元で囁く。
「浮気はいけないね……ヘレナはどうするんだい?それにベルトーチカも怒るだろうね」
「……全ては過去のこと……忘れたよ」
俺ってもしかしたら駄目な奴なのか?と思いながら、
苦しい言い訳を返した。