機動戦士ガンダムSEED  閃光のハサウェイ 第44話

Last-modified: 2008-06-09 (月) 17:29:19

 ――ドゴゴォォォォン!!

 

 機体の右側面が拉げたメビウス<ゼロ>が凄い勢いで吹き飛ぶのを横目で見ながら、
私は肺に溜まった空気を大きく吐き出していた。

 

 ――ここまで追いつめられたのは本当に久しぶりだ。油断があったとはいえ何たる不覚だろうか……。

 

 両手は素早く、機体制御スラスターの操作をしながら、メインモニターから目を離さないようにする。
モビルスーツ、即ち”機動操歩”を操縦するにあたっての基本操作だ。

 

 今までは、無意識の内に自分の”超感覚”こそ全てであり、他のことなど所詮は余技に過ぎないと侮っていた。
基本こそが正に最強だということを忘れかけていたのだ。

 

 周囲に張り巡らせている”感覚”からは、敵からの”攻撃的プレッシャー”は感じない……。
だが、敢えて私は目視可能なセンサー系を駆使する。

 

 敵機を撃破したら、直ぐに次の敵機に対しての戦闘準備行動へと移行する――。
自然な行為で意識せずに次の行動に移る。当たり前の戦闘乗りの性である。

 

 ――ウィィン!ビュィン!!

 

 白いハイマニューバは主人の行為に応えるかのように、周辺へそのモノアイを素早く動かし、
次の敵影を捜し求めていた。

 

 ――敵影を確認できず。

 

 コンピューターは、周辺空間に敵影を確認しないことをメインモニターへ表示した。
……どうやら僅かに息を吐ける時間を得る事ができたようだ。

 

 「……認めたくないものだな。自分自身の若さ故の過ちというものを」

 

 どうやら、若さというのは可能性だが、同時に慢心をも肥大させるものらしい。
自らが”ニュータイプ”という特別な存在になり得たということに胡座をかいて、過剰な自意識を抱いていたようだ。

 

 私自身が”出来損ない”であり、あの許しがたい男の道具に過ぎないという絶望観から、
一転して自らは、未来の可能性への存在の証だということを、自覚した時に私の人生観もまた変わったのだ。

 

 このまま馬鹿らしく踊らされたままの道化として、偽りの生を歩むより、
私は”閃光”のような一瞬の輝きを放ち、後に続く者達の道を切り開く為の存在となるのだ。

 

 ”そう、私という存在を歴史という語り部が永遠の語りつぐように!!”

 

 いつのまにか、うっとりと陶酔していた自分にハッと気がつくと気合を入れ直そうとする。

 

 ……いかん、いかんまた先走り過ぎたようだ。これが若さなのだから仕方がない。
自分は、まだ20代の若造なのだから。

 

 もう周囲から敵意の”プレッシャー”を感じる事も無い。そうすると、次は生理的欲求が出てきた。

 

 私は、バッ!とヘルメットを脱ぎ捨て、両手で自分の頬を挟むようにして、大きく叩いた。

 

 ――パァァアン!!

 

 「……よし!」

 

 汗まみれの頭髪を片手の手櫛で整えながら、もう片方の手ではセンサー系の
索敵範囲を広げ、現状認識を急いだ。敵のメビウス<ゼロ>ははもう二機いた。

 

 忘れるはずが無い、そしてこの機に乗じて私に襲い掛かるかもしれない。

 

 「そう、慢心は禁物だ……常に臆病であれ。敵を知り己を知れば百戦して危うからずだ」

 

 改めて”ソンシの兵法書”に記された戒めを心に刻みこみ、同時に自分のニュータイプ能力を駆使する。
この瞬間にも、私は周囲へと感覚を広げていたのだ。
言葉で説明するのは難しいが、この感覚は時間と距離を無視して、相手の敵意や意思を感知できるのだ。

 

 「”攻撃的なプレッシャー”は……無い。ということは」

 

 目の前のコックピットに備え付けられたセンサーより確かなこの感覚からは、周囲の”プレッシャー”を感知しない。
無論備え付けのセンサー類にも敵影の反応はない。

 

 ……すると、残りの二機のメビウス<ゼロ>は遁走したのか、
それとも、私が蹴り飛ばし、大破させた機体を追って、この場から立ち去ったか……?

 

 「……どちらにしても、侮れぬ」 

 

 連合のモビルアーマー乗りは大抵は阿呆ばかりで、味方が一機でも落とされたら逆上し、
実力の差もわからず、身の程知らずにも挑んでくる者ばかりだ。

 

 無論、私はその手の連中には地獄の片道切符をくれてやった。

 

 そして、以前は大抵単独行動を取っていた私のパーソナルカラーである白いジンを見て、
撃ち取ろうとする輩も少なからず存在する。
 そいつらは大抵2機以上で私に襲い掛かるのが常だった。勿論、全て撃墜しているのだが。

 

 ……どうやら私が今相手をした連中は、どうやら毛色が違う連中のようだ。
”エンディミオン”から味方の全滅から見事遁走し、私の攻撃からも掻い潜るとは……な。

 

 ――さもあらん。

 

 私は、直後の戦闘を鮮明に思い出す。

 

 ――あの№.2のマーキングが施されたメビウス<ゼロ>の動き……只者ではない。
機体を急角度に曲げ、慣性法則を無視するような、無茶無謀な行動を何なくこなした操縦技術……。

 

 しかも、ガンバレルやレールガンではあの距離からでは撃てぬと判断し、体当たりを慣行した咄嗟のあの決断力。
モビルスーツとモビルアーマーの重量では圧倒的なウエイト差がある。あのままぶつかったならば、
こちらのジンは粉々になっていたであろう。

 

 「敵ながら……天晴れ」

 

 しかし、同時に恐ろしい奴だ……。ここで仕留めたのは幸いだっ……た?
と、私は慌てて思い直した。

 

 ――待て。奴は確かに死んだのか?

 

 渾身の蹴りを加えたのは確かなのだが、コックピットを完全に潰したかどうかは、保障できない。
そう、完全に息の根を止めた事にはならないのだ。

 

 「くっ、ならば、今直ぐに止めを……」

 

 思わずそう呟いていた。焦りからだろうか?この焦燥感は何だ……?何故、それ程に私は奴を気にするのだろうか?
あの一撃ならば、中のパイロットは衝撃で即死していると思う……だが。万が一という事もある。

 

 ならば、今この場で、殺す――。

 

 甘い感傷など無用だ。そう思い直しスロットルを吹かし、操縦桿を握り締めると、どこか感覚に違和感を味わう事になる。
改めてコックピット周囲を見ると……

 

 ――ピッー!ピッー!ピッー!!

 

 「ぬうぅぅ――!」

 

 コックピットのあちこちで警告の赤い光と、警告音が響いていた。

 

 ――これは……そういうことか!

 

 ガン!思わずコックピットの障壁を思い切り拳を叩きつける。

 

 「くっ、機体が……限界か?」

 

 咄嗟にコンソールを操作し、機体コンディションを表示してみる。
するとハイマニューバの機体あちこちに破損箇所が表示される。

 

 これは被弾よりも、機体限界を超えてしまった為に生じた破損のようだ。
 ――どうやら、戦闘継続時間が長すぎたようだ。こんな簡単な事にも気がつかないとは何たる不覚!!

 

 「……すまぬ、ハイマニューバよ。お前の限界を無視してしまった」

 

 自らの愛機にそう詫びの言葉掛ける。機体のコンディションも把握できずに、
いい気になって戦闘の快楽へと没頭するとは……!これでは百戦錬磨のエースどころか、
モビルスーツに乗る資格すらない。   

 

 無理に出撃を重ね、激しい戦闘を繰り広げてきた我が愛機は、特に酷使した関節部を
中心に装甲や、特別にあつらえた専用のメインスラスターである『MMI-M730試作型エンジン』は、
焼け付く一歩手前などの大ダメージが生じていた。

 

もどかしいが、ここは、一旦引くしかあるまい。
確かに自分自身の能力をフルに出すことが出来ないとはいえ、大切な愛機なのだ。
それに、これは私自身のミスであり、断じてハイマニューバの所為ではないのだ。
”彼女”をここで破棄し捨てるなど忍びず、堪え難い苦痛だ。

 

 「ガルバーニまで持てばよいが……な」

 

 サブスラスターを吹かしながら、ゆっくりと機体を旋回させる。
ホッと息を吐く。どうやら、メインスラスターの方も何とかなりそうだ。

 

 そして……。

 

 ――この虚空の戦場には既に敵影は存在しない。あるのは鉄屑か、命の無い残骸ばかりだ。

 

 「後日、この事が禍根とならなければよいが……」

 

 私の胸に、多少の不安感が生じた。自分がどうなろうが、それは自業自得だが、
それが友軍に及ぶのは論外である。奴等を仕留めなかった事を後悔する日が来なければ良いが……。

 

 珍しく感傷を引きずりながら、私は連合・ザフト問わず、敵味方、万国共有のオープン回線を開いた。

 

 「……聞こえるか?お前とはいずれ再び合間見える日も来よう。その日を楽しみにしておけ」

 

 無論、奴等に届く事はないだろうが、言わずには居られなかったのだ。 

 

 「――私の名はラウ・ル・クルーゼ。この名を胸に深く刻み込んでおくがいい!」

 

  魂が四散し漂う戦場の虚空へと、向って私は高らかに宣言するのだった。

 

  ――次こそ必ずその命を貰い受けると!

 
 

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