機動戦士ガンダムSeed Destiny -An Encounter with the Trailblazer-_11話

Last-modified: 2013-08-26 (月) 01:26:39
 

「けど、あれは安定軌道に乗ってたんじゃなかったのかよ」

 

レクルームでヴィーノが顔を青ざめさせながら喚いた。
度重なる戦闘で疲弊したミネルバの修復作業の片手間に与えられた休息時間。
整備士であるヨウランとヴィーノは軽食片手にここに訪れていた。
同期であり親友であるシンたちと話しでもして、休憩しようと彼らは思っていた。
だが、訪れてみるとそこで織り成されていたのはあまりに突拍子もない話であった。
全長8キロ近くに至る悲劇の地、ユニウスセブンが地球に落下するというバッドニュース。
タチの悪い冗談はよしてくれ。疲弊しきった頭と体を休ませに来たはずなのに……
ヴィーノはあまりにスケールの大きな話について行けず頭が真っ白になった。

 

「隕石でも当たったか、なにかの影響で軌道がずれちまったのかもな」

 

どっかりとソファーに腰掛け、ヨウランがぼやく様に仮説を言う。片手にしているバーガーにかぶりつく。
いつもは舌を強烈に刺激してくれる味が、今日は何故かちっともしない。
ヨウランは不味そうにそれを食べ進める。
ヴィーノもそれに習うように腰掛け、手にしているサンドイッチをもそもそと食べ始める。
不機嫌そうに鼻を鳴らすヨウランに苦笑しながら、シンは一声掛けた。

 

「こんなときに良く食べられるな」
「食べられるときに食べて、休めるときに休まないと体が持たないんだよ。お前らだってそうだろ」
「そりゃそうだけど」

 

アカデミー時代に同室であったヨウランの物言いに『なるほど』と頷きつつ
すぐ傍らに居る少女、メイリン・ホークに問いかける。

 

「地球への衝突コースだって--ホントなのか?」
「うん……バードさんがそうだって」

 

メイリンが小さく頷き答える。
この艦の索敵係であり、今も当直に当たっている彼がユニウスセブンの異常軌道に気が付いた。
時を同じくしてプラント本国でもこの事案に対して察知したのか、
評議会からミネルバに同乗しているデュランダルの元に報せが入った。

 

「アーモリーワンでの強奪騒ぎ!それもまだ片付いてないのに、今度はユニウスセブン!
 どうなってんのよ!ホントにもぉ」

 

度重なる戦闘と、絶えず変化し続ける状況についていけず、
赤髪の少女ルナマリア・ホークが疲れたように呟いた。
そして彼女は皆が思いつつも、口に出来ずに居たことを呟く。

 

「それで、ユニウスセブンをどうすればいいわけ?」

 

彼女が問いかけると、皆一様に口をつぐみ考え出す。
悲劇の地、ユニウスセブン。死者の眠りを思うと悲痛な思いに駆られるが、
今生きている人間を救うにはどうすべきか。
皆が神妙に考える中、レイがささやくように答えた。

 

「砕くしかない」

 

あまりの唐突な答えに、全員がレイのほうに振り返り目を白黒させている。

 

「砕くって…」「あれを?」

 

ヨウランとヴィーノが素っ頓狂な表情でぼやいた。
彼らのことなど気にせず、レイは淡々と自身の考えを話し続ける。

 

「あれだけの質量が地球の引力に引かれているというなら、もはや軌道修正は不可能だ。
 そして、完全に破壊のもまた不可能。
 なら、細かく砕き断熱圧縮によって燃え尽きさせ被害を抑える他ない」
「でも、どうやってあんな巨大なモン砕くんだよ!全長8キロはあるんだぜ」
「それに、あそこには死んだ人たちの遺体もまだたくさん……」
「だが、手をこまねいていればあれは地球に衝突するぞ。そうなれば何も残らない……そこに生きるものは」

 

沈痛な表情で告げるレイの言葉に、反論していたヴィーノと死者を思い悲しんでいたメイリンが押し黙る。
レイの明示した答えがレクルームに冷え冷えとした空気を流す。シンは思わず呟いた。

 

「なにも……?」

 

シンの脳裏に、かつて捨て去ったはずの故郷が浮かんだ。
きらめく美しい海が、潮風のにおいが、友と過ごした幼い日々が、家族と過ごした懐かしき日々が。
思い返されるたくさんの思い出に胸が苦しくなり、シンは拳を握り締め震わせる。
無くなってしまうのか、あれらすべてが。殺されてしまうのか、地球に住む数十億もの人々が。
シンは歯を食いしばる。戦争で家族を殺された彼は知っている、命の失う意味を。
大切なものを失う悲しみを。

 

「やってやるさ!」
「シン?」

 

決然とした態度で居るシンにルナマリアが目を見開く。
入院している幼い妹の命をつなぐため、日々アカデミーで戦い続けたシンのことを彼女はよく知っている。
年下の彼が家族の命を背負って賢明に戦っている。自分にはない強さをシンは持っている。
だからこそ、彼女はシンの力になりたいと思った。
また表情や態度が分かりづらいレイもまた、ルナマリアと同じくシンに協力的であった。
だが、争いに身をおくことは、自分の家族を奪った者たちと同じ行為をするということ。
シンは積極的にアカデミーの課題に取り組みつつ、どこか自分自身を否定している節があった。
そんなシンのことを知っているからこそ、彼女は驚いた。
戦うことを否定しているはずのシンが、闘争心を滾らせていることに。

 

「砕くしかないってんなら、やってやる!それで、地球に住む人が助けられるんなら、俺がやってやるさ!」

 

燃えるように赤い瞳。
憎しみでも、怒りでもない。純粋な闘志に満ち溢れたシンの姿を見ると、
何故だがルナマリアの胸のうちに安堵の想いが湧き上がる。
怒りや憎しみといった負の感情。幼い妹の命を繋ぎ止めないといけないという義務感。
そんなものばかり抱えていては、やがてシンが壊れえてしまうのではないか。
女性的な思考から表にこそ出さないが、心の奥底でそう思っていたルナマリアは、
どんな理由でもいい……そういったものからシンが解き放たれることを願っていた。
熱く語るシンに同調するように肩をすかしたヴィーノとヨウランが続く。

 

「ま、地球には配属された同期もたくさんいるしな」
「だな。けどシン、あんま肩肘張ってばっかいると疲れて失敗しちゃうぜ。
 もうちっと力抜けよ。失敗しても良いって思うくらいにさ」
「んだよ、ヨウラン」

 

シンの肩から力が抜けた。こういうやつだ、ヨウランは。絶妙のタイミングでシンの力を抜いてくれる。
気がそがれたシンは思わず唇を尖らせた。まるで子供のようだ。
その姿がおかしくて、ヴィーノが思わず噴出すように笑った。
それにつられてレクルームに居る全員が小さく笑う。
ヴィーノが、ヨウランが、ルナマリアが、メイリンが…………そしていつも表情に乏しいレイが。
シンは思わず目を細めてその光景を眺めた。
アカデミーに入ったばかり頃には考えられない光景だ。
いつも回りに突っかかってばかりで、妹の命のことばかり考え余裕のなかった自分に仲間が出来るだなんて。
胸が熱くなったシンの瞳に涙が浮かぶ。まだ泣けない。シンは瞳をそっと指でなぞり、浮かんだ涙を消す。
口元を思いっきり吊り上げて笑う……

 

その時だ、彼がこの世で最も聞きたくない声を聞いたのは。

 
 

カガリは新造戦艦、ミネルバの廊下を随員のアレックスを伴い歩いていた。
先ほどプラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルより告げられた衝撃の事実。
先の大戦時の悲劇の地、ユニウスセブンの地球への衝突コースに乗ったという報が、彼女の胸を苦しめた。
何か出来ることはないのか……地球ではすでにシェルターへの避難が勧められているらしい。
一方で地球連合軍はこの事態に対して明確な行動を示していない。
地球壊滅の危機の事態に陥ってもまだ、地球とプラントは手を携えることの出来ない事実が、
カガリの心を蝕む。

 

「アレックス、プラントは……ザフトはどう動くと思う?」
「あれだけの質量を再び安定軌道に戻すのはもはや不可能です。
 ならば、現状できる手段はただ一つ。ユニウスセブンを砕くほかありません」
「そんな……」

 

カガリの表情に翳りの色がにじむ。彼女は知っているのだ、
あの地に今もまだアレックスの……アスランの母、レノアの遺体が眠っていることを。
胸が痛くなる。父母が亡くなり、あまつさえ安らかな眠りすら妨げられるのか。
辛そうにしているカガリの顔を見て、アレックスは小さく呟くように彼女に答えた。

 

「大丈夫です、代表。私は大丈夫です」
「……ッ!!?」

 

それからは会話らしい会話も出来ず、ひたすら廊下を歩いていた。
そんなときだ、彼女の耳に微かに声が聞こえてきた。
光のこぼれるレクルームから聞こえてくる。どういった会話がされているのかは分からない。
今の状況、ユニウスセブン落下の報をザフトがどう受け止めているのか知りたかったカガリは足早に進む。
だが、耳に届いた言葉の切れ端に、カガリは自分の中にあった何かが切れた。

 

『----失敗しても良いって思うくらいにさ』

 

最悪の一言。地球など、ナチュラルの命など、コーディネーターにとっては無価値でしかないのか。
カガリはそう思った。そう、思い込んでしまった。
瞳の端を吊り上げ、怒りを露わにし彼女はレクルームに飛び込む。

 
 

「よくそんなことが言えるな!お前たちはっ!」

 

レクルームの和やかな雰囲気は一変し、戸惑いに支配された。
ヨウランは腰掛けていたソファーから飛び上がり、シンたちも焦って声のしたほうを見る。
そこには顔を紅潮させた前大戦の英雄、カガリ・ユラ・アスハがいた。
唐突な物言いに全員が押し黙った。

 

何故、自分たちがこのような非難を受けなければならない。
地球のために精一杯のことをしよう。シンを中心にまとまりかけていたはずだ、先ほどまで。

 

反発心に支配されそうな中、無表情にレイだけがサッと敬礼をして向かえる。
他の面々もレイに倣いしぶしぶ敬礼をしてオーブの代表を迎え入れる。

 

「失敗してもいいだと!!?これがどれだけの事態か分かって言ってるのか!
 地球がどうなるか、そこに住む人間がどれだけ死ぬことになるのか、
 本当に分かっていっているのか、お前たちは!!?」

 

敬礼している全員にうんざりとした空気が漂った。
誤解され、あまつさえこれだけの非難を受けかければならないのか、余所者に……。
ムスッとしたヨウランが視線を逸らし、ヴィーノもまた面白くなさそうな表情をしている。
表面的には至って平静に受け止められているのはホーク姉妹だけであり、
シンもレイも表情が氷のように冷め切っていた。

 

「申し訳ありません、アスハ代表」

 

能面のように凍った表情で謝罪した。その姿にカガリは頭にきた。やはり、ザフトはそう思っているのか!
凝り固まった先入観にとらわれ、真実を見失い、ただただ怒りに飲まれて言葉を発するカガリ。

 

「やはりそうなのか、お前たちザフトは!あれだけの戦争をして、あれだけの想いをして!
 やっとデュランダル議長の姿勢の下、変わったんじゃなかったのか!」

 

あまりの一方的な物言いのカガリに、シンの心は掻き毟られた。
(お前が言うのか!とうさんとかあさんを殺したお前たちアスハが!)

 

だが、怒りの感情に飲まれていたのはシンだけではなかった。レイもまた必死に怒りを自制していた。
(何も知らぬ貴様が、ギルのことを語るな!)

 

表情こそ冷ややかであったが、レイの謝罪は真実そう思ったから発せられた言葉であった。
今この艦に乗っているのは自分たちだけではないのだ。
いつオーブ代表やデュランダル議長に自分達の会話を聞かれるかもしれないリスクを忘れていた。
だからこそ、謝った。

 

カガリの口調が激昂すればするほど、シンたちの表情は冷めていく。
それに気付いたアレックスはそっと彼女の腕を引きこの場を立ち去ろうとするが、
その彼の手を振り解きカガリはその場に残ろうとした。
良くも悪くも真っ直ぐな彼女は許せなかったのだ、彼らの態度が。

 

この勘違いから、彼女は知ることとなる…………怒りを抱いた少年のことを。

 

「勘違いで無茶苦茶言わないでくれますか」

 

カガリの態度に耐え切れず、シンは呟いた。

 
 

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