C.E.70/XX/XX
今日は驚いた一日だった。
デザイナーの筈の自分が、新型MAの開発スタッフとして招かれたのだ。
与えられた仕事は、兵器の総合的なデザイン。
敵を畏怖させるような恐ろしいデザインをと、開発責任者が主張したらしい。
そこで、私に声がかかったという事だ。
兵器のデザインは初めてだが、これは戦局を一気に逆転させうる兵器を作る重大なプロジェクトだと聞く。
そこで自分の腕を振るえるなんて、こんなチャンスは他にない。必ず成功を掴んでみせる。
私は、その依頼を引き受けた。
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提出したデザインを開発者は気に入らないらしい。全てダメだった。
もっとしっかりと仕事にかかろう。
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……ダメだ。提案した全ての案を拒否された。
各地の伝承や神話、心理学や宗教学まで参考に取り入れ、現代芸術なんて物まで調べたのに、
全て開発者のお気に召さなかったらしい。
恐怖感が足りないとそれだけを言われた……
だが、そんな事はないはずだ。見れば誰だって足を止めるほどの恐ろしさはある筈だ。
あのデザインをハリウッドに売り払えば、三本は映画を作ってくれるだろう。
逆に言えば、その程度という事か。
恐怖のデザイン……
何が……何が足りない?
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今日も全て没だ。
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今日もデザインは思いつかない。
催促のメールを確認する気力もない。
このまま、仕事の期間が切れて、私はお払い箱か。
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ダメだ。
……ダメだ。
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昨日、先月死んだ叔父の家の整理を手伝いに彼の住んだ田舎町へと向かった。
久しぶりの田舎の空気で、仕事に煮詰まった脳をリフレッシュさせたかったのだ。
それに、あの仕事の事はもう半ば投げ出してしまっていた。
しかし、私はそこで田舎の空気などよりも素晴らしい物と出会ったのだ。
叔父は変わり者で知られており、それと同じくらい稀覯本の収集家としても知られていた。
私が行った家の整理とは、彼の家の中に乱雑に詰むに任されていた書物を、
棚なり何なりに収めておくというもの。
叔父が死んで以来、誰も触れていない本を拾い集め、それなりに整理して片づけていく。
朝から作業を始め、夜になってもそれは終わらなかった。
くたびれた体を、やっとスペースを空けたソファの上に投げ出し、そして……それと出会った。
ソファ脇のテーブルに詰まれた朽ちかけた古本の中の一冊。
それを手に取ったのが何故かはわからない。他の本でも良かったはずだ。
だが、私は迷わずにその一冊を引き抜いた。
ああ、そこに答があったのだ。
その本の中身は、私のインスピレーションを激しく刺激した。
まさしく……恐怖で。
生物が抱く恐怖そのものがそこにあった。
私は一夜かけて本を読み、朝になるやその本一冊を抱えてオフィスへと帰ってきた。
叔父の本の整理など糞食らえだ。書き表したい物が、私の体を食い破って出てきそうであった。
そして、たった今、一枚のデザインを仕上げた。
本に記されていた恐怖を、自分なりに再現出来たと考えている。
これで、開発者達も満足する事だろう。彼等に見せる時が楽しみだ。
……寝ようと思ったが、外で獣の吼える声がして眠れない。
気が高ぶって、些細な音も気になるのか? 酒でも飲んで寝よう。
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やった。
開発者達は、私のデザインを気に入った様だ。テストタイプの外装を、このデザインで制作するという。
無論、正式採用機のデザインも、引き続き依頼された。
この兵器が活躍してくれれば、私の名は大いに高まる事だろう。
次はもっと濃密な恐怖を機体に込めたいと思う。叔父の家へ行こう。本はまだあるかもしれない。
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叔父の家に行ったが、空振りで終わった。
あまりに蔵書が多すぎて、これを弄っていては戦争が終わってしまう。
それに最近、夜に獣がうるさくて眠れない。窓の外から唸り声が聞こえ、常に何かの視線を感じる。
気のせいとはわかっているのだが、精神的に厳しい。
早く仕事を終えて楽になりたい。
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デザインはまだ出来ていない。
叔父の本を読んでいて、一つ思いついた。ここに書かれている儀式を試してみよう。
必要な道具を集めるのは面倒だが、叔父の家で幾つかを見かけた事がある。
所詮は戯れだが、何か新しい発想に繋がってくれる事を祈って。
窓の外に影を見た。獣の声とあいまってどうしても気にしてしまう。
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儀式の道具はそろった。本にあったやり方も覚えた。
ちょっと時期がずれてるようだが、構わないだろう。
さあ、ショーの始まりだ。
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私は見た。
私は見た。
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白い宇宙。金の魔獣。
ああ、獣が! 獣が! 窓の外に!
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私は恐ろしい。どうして、あんな事をしてしまったのか。
私はあの日、違う宇宙へと旅立った。そして、そこで見たのだ。
あれは……違う。違うのだ。この世界にあってはならない。仕事は断ろう。
あれの影であっても、外に出してはならない。
ああ、しかし、私はあれを形にしたくてたまらないのだ。
お許し下さい。お救い下さい。
私は恐ろしい。私は恐ろしい。
ドアの向こうに獣がいる。
奴は待っている。全ての冒涜の限りを詰め込んだ場所へと繋がる顎を広げて。
ドアを開ければ、私は楽になれるのか……
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魔獣が呼んでいる。
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今日は満月だ。術は完全な力を発揮する。
私はもう一度、術を行おう。そして、もう一度、見るのだ。
あの、光り輝く宇宙と、金色の魔獣を……
――ザクレロの機体デザインの最終案は、郵送にて開発局へと送られてきた。
その後、デザイナーの姿を見た者は居ない。
彼の部屋は、まるでそこで何かの獣が暴れたかのように荒らされていた。
しかし、隣室の住人はその音を聞いてはいないという。
部屋で発見された彼の日記帳は、最後の書き込みの次のページが破り取られていた。
まるで、そこから先に書かれた事を隠すかのように。
そして、彼のインスピレーションの元となった書物も、彼の部屋から姿を消している。
なお、ザクレロのデザインが投函されたと推測される日は、
彼が日記帳に最後のメッセージを書き込んだ次の日であった――