機動戦士ザクレロSEED_第04話

Last-modified: 2008-01-22 (火) 13:51:18

「っ!」
 大地に膝をつき、うなだれていたサイ・アーガイルは、おもむろにその顔を上げた。
 そして、立ち上がるや、港とは逆の方に走っていく。
「おいっ、何処に行くんだサイ!?」
 トール・ケーニヒが、そう声をかけながら追おうとする。それを、ミリアリア・ハウが腕をつかんで止めた。
「そっとしといてあげましょうよ」
 サイは、婚約者のフレイ・アルスターと別れ別れになる。
 その悲しみを癒そうとしているのだと、ミリアリアは想像していた。
「・・・・そうだな」
 トールは、ミリアリアの言葉に従い、サイの背を見送るに終わる。
 サイは、市庁舎がある市街中心部に向かってがむしゃらに走っていき、やがてその姿を消した。
 見送りが終わったところで、カズイ・バスカークが言う。
「なぁ、僕等も家に帰らない? さっきの兵隊さんも、ZAFTが来るから隠れてろって言ったし」
「そう・・・・だなぁ。とりあえず、皆の無事は確認できたし」
「そうね、ここにいても、何もできないもの」
 トールと、ミリアリアは、カズイの言葉に賛同する。
 そして、トールはキラ・ヤマトに聞いた。
「キラはどうするんだ?」
「・・・・ZAFTが来るんだよね? 会いに行けないかな?」
 キラが返した言葉は、トールの質問に答えてのものではない。
 今までの話など聞いていなかったので、トールの問いに、反射的に自分の考えが口に出た。
 キラは、ZAFTがヘリオポリスに進駐してくるというのなら、アスラン・ザラに会えないかと考えたのだ。
 その答えに、トールは僅かに眉をひそめる。
「ヘリオポリスをこんなにした敵と会いに行ってどうするんだよ?」
「アスランは敵じゃない!」
 キラは、突然表情を怒りに変え、トールに向き直って叫ぶ。
 が、その怒りは、トールの前で萎れるように消えていった。
「敵じゃ、ないんだ・・・・」
 何か意味ありげに言うキラ。
 トールは訝しげにキラを見、同じく訝しげにミリアリアがキラに聞く。
「何かあったの? アスランって、誰?」
「昔の友達なんだ。でも、ZAFTの兵士になっていた」
「それは・・・・」
 キラの答えを受け、トールは言葉に詰まった。
 旧友と敵味方に別れての再会。どう答えたものか。
 気休めを言って慰めるには、トールの口は上手くなかった。
 と、トールが悩んでるところに、カズイが口を挟む。
「キラ、それあんまり言わない方が良いよ? みんな、ZAFTを敵だと思ってる」
「でも、アスランは敵じゃないんだ!」
「・・・・まあ良いけど」
 反射的に叫ぶキラに、カズイはもう忠告するのを止めようと思った。
「家に帰ろうよ。キラも帰った方が良い。僕は帰るよ」

 

 

 ローラシア級モビルスーツ搭載艦ガモフの中。
 MSデッキからパイロット用の二人部屋に戻ってきたミゲル・アイマンは、同室のオロール・クーデンブルグの声に迎えられた。
「見つからなかったな」
 一足先に帰ってきていたオロールは、ベッドに腰をかけながら暗い表情で苦笑いしている。
「キザな仮面が気に入らない奴だったけど、こうなると哀れでしょうがない」
「ああ・・・・苦しまないと良いな」
 ミゲルもオロールに同調して頷く。
 ヘリオポリスからのMS奪取の直後、ミゲルやオロール等ガモフのMS部隊、そして連合MSに乗った赤服達までが周辺宙域を捜索していた。
 しかし、ラウ・ル・クルーゼが乗ったシグーは見つからないまま・・・・ついに捜索は打ち切られた。
 誰もいない宇宙を何処までも漂いながら、徐々に汚れていく空気の中で、いつか遠くない死を迎える時を待つ。
 宇宙で戦う者にとって常に覚悟しなければならない・・・・そして、出来るならば避けたい、最悪の死だ。

 

 

 ミゲルは、重い気分で自分のベッドに這い上がり、横になる。
 時間がどれだけあるか判らないが、少しだけでも寝ておこうと。
 そんなミゲルに、オロールは聞いた。
「これで、ミゲルがMS隊の隊長か?」
「そうなる。でも、赤服新兵達は俺の管轄外になるだろうな。肩の荷が下りたよ」
 ミゲルのどうでも良さげな返答に、オロールは舌打つように返す。
「赤服共は連合から奪取した機体でプラントに凱旋か」
「仕方ないだろ。そもそもが、議員の御子息達に箔を付ける為の作戦だったんだ。
 英雄が生まれれば戦意も上がる。目的は果たしたのに、このまま戦場を引っ張り回す方がどうかしてる。
 それに、俺達にだってボーナスぐらいは出るだろう」
「ボーナスか・・・・へへっ、そりゃ良い」
 オロールの嬉しげな声に、ミゲルは興味を覚えた。
「どうしたんだ?」
 聞いたミゲルの顔の前に、開かれた雑誌が突き出される。
 そこには、真っ赤なスポーツカーの写真が載っていた。確か、大人気の最新モデルだった筈だ。
「もう少しで金が貯まるんだ。ボーナスが出たら、一発さ」
 オロールは、それが楽しみでならないらしく、満面の笑みで続ける。
「俺、こいつを買ってストリートを乗り回すんだ。
 ミゲル、お前も乗せてやるよ。他の誰よりも先に乗せてやる。
 そして、後ろには女の子を乗せようぜ。なに、この車でナンパすれば飛び乗ってくるさ」
「ああ、そりゃ良いな。約束だぞ」
 ミゲルも自然、微笑みながら返す。そう言うのも良い。
 ミゲルは、ベッドに寝直して、睡眠を取る事に決めた。
 オロールはそれに気付き、邪魔をしないように自分のベッドへと戻る。
 ミゲルは眠りに落ちるその時、真っ赤なスポーツカーとそれを運転するオロール、助手席に座る自分、そして後部座席ではしゃぐ弟の姿を思い描いていた。

 

 

「誰か!?」
 宇宙港の軍の管轄区入り口の通路に立っていた歩哨の連合兵は、走り寄ってくる人影に銃を向けて誰何した。
 人影・・・・サイはそこで足を止め、荒ぐ息を整えながら、大事に持ってきていた紙を二枚差し出す。
「帰化申請書! そして、兵役への志願書です! 連合軍に志願します!」
 大西洋連邦への帰化を希望する事。そして、その為に兵役につく事。
 書類が表すのは、この二つ。
 連合兵は驚き、思わず銃を下げる。
「落ち着けよ。何を言ってるんだ?」
 落ち着けとサイに言いながら、明らかに狼狽えている連合兵に、サイは落ち着いた様子で言い返した。
「連合軍に志願します」
「・・・・志願って、今の状況が判ってるのか? オーブ人なら、脱出しなくても・・・・」
「判ってます。でも・・・・」
 サイは、僅かな逡巡の後に、決意を込めてはっきりと言い放つ。
「守りたい人が、連合国籍なんです。連合の船に乗っているんです」
 フレイを守る為に、一緒にいる為に、サイは連合軍に入る事を決めた。
 この事は、友人達には内緒にしている。
 彼らを巻き込みたくない。特に、トールあたりは、一緒に志願するとすら言い出しかねない。
 だから、一人で決め、一人で実行した。
 崩れかけて閉業中の市庁舎から申請書を取ってきて、必要事項を書き込んだ後、ここまで走ってきたのだ。
 サイにそうまでさせたその決意は、連合兵も察した。
 幾つか、止めさせようと説得の言葉を探し・・・・そして言葉を見つけられず、連合兵は諦めて通信機を手に取る。
「・・・・わかった。確認してみる。待ってろ」

 

「志願兵? ・・・・わかった。書類がそろっているなら受け入れよう。まず物資搬入作業の方へ」
 ブリッジで指揮を執っていたナタル・バジルールに届いた確認。
 忙しい時間の中、ナタルは深く考えずに許可を出した。
 ともかく、人手が欲しかったのだ。
 アークエンジェルでは、凄い勢いで脱出準備が行われていた。

 

 

 連合国籍の市民の避難誘導とアークエンジェルへの物資搬入が急ピッチで行われている。
 脱出までのタイムリミットに設定した時間は五時間。とはいえ、これは目安にすぎず、敵に動きが有れば即座に対応する事になるだろう。
 一刻とて、無駄には出来ない。ナタルは、全ての作業を監督していた。
「どうした? 重要情報の回収は終わったか。残りがある?」
 新たに来た通信にナタルは答える。
 基地にあった重要情報の回収や破壊をしていた班から、手を付けられる場所は全て終わったとの連絡だった。
 コンピューターの中にあった情報や、機密書類などの重要な物に関しては処理したという。
 しかし一部、基地が破壊されてた事により、瓦礫などに埋まったお陰で近寄る事も出来ない物もあった。
 技術者の私物のコンピューターや、MS用の予備部品などだという。
 ナタルは、工兵かMAを使って破壊する事を考え・・・・
「残った情報は、MSに関係する物だけか? 連合の軍事に関わる物は? ・・・・無いか。
 MS開発の情報なら、放棄もやむを得ない。作業を終了させて、アークエンジェルに戻ってくれ」
 MSは、どうせ現物が敵に奪われている。情報の漏洩はもう避けられない。
 ならば、多少の追加情報は諦めて、人員を戻して脱出準備をさせるべき。ナタルはそう考えた。
 通信機の向こうからは、了解の声が返る。ナタルは通信機を置いた。
「残るは、避難民の収容と物資積み込み。そして・・・・」
 呟くように言って、ブリッジの天井を見上げる。
「港を出てから、ZAFTと一戦か」
 それは、他の何よりも困難な仕事だと、ナタルは頭を悩ませていた。

 

 

 一方、MAパイロットの二人は、アークエンジェルの格納庫でシミュレーターをやっていた。
 シミュレーターに乗るのはマリュー・ラミアス。そして、教官はムゥ・ラ・フラガ。
 シミュレーターに表示されるTS-MA-04Xザクレロのスペックを見て、ムゥは呆れたように声を上げた。
「良く生きてたな。これ、正規のMA乗りでもなければ死ねるぞ」
 ベテランのムゥから見ても、ザクレロは人間の限界に挑戦でもしたのかと聞きたくなる代物だった。
 いや、格闘戦用MAなどというカテゴリーからして冗談にしか見えないのだが。
 高速で敵に突っ込み、近距離で拡散ビーム砲を浴びせ、ヒートナタで叩き斬るなんていう戦い方は自殺行為にも思える。
「加速でかかるGで、ペシャンコになるって話? 安心して、もう体験したわ」
 マリューは軽く言い返す。加速の洗礼には晒されていた。でも死にはしなかったと。
 しかし、ムゥはマリューの甘さを嗤って言葉を返す。
「気絶しなかったんだろ? じゃあ、まだまだこいつのスペックを引き出せてない。いや、引き出せなかったから助かったとも言えるか」
 本来の加速力を出していれば、マリューはすぐに気絶していた事だろう。
 パイロットが気絶してしまえば、MAはただの棺桶だ。撃墜か、もっと運が悪ければMIAが待っている。
 MIA・・・・戦場での行方不明の意味だが、広大な宇宙で行方不明になると言う事は、多くの場合、絶望に満ちた最後を迎える事を意味していた。
「何がどうあっても、五時間で、あのパンプキンヘッドを乗りこなせるようになってもらうからな」
「あんた、また私のザクレロを馬鹿にして!」
 ムゥの軽口に、シミュレーターの中からマリューが怒声を返す。
 しかしムゥは、冷静な風でマリューに言い返した。
「お前を馬鹿にしてるんだよ、お漏らしちゃん。悔しかったら、一人前になって見せろ」
「後で吠え面かかせてやるから、おぼえてなさい!」
「とりあえず、速度調整ができるように練習だな。自分の思った速度が出せないんじゃ、戦いようがない」
 ムゥはマリューを無視して、第一の練習メニューを決めた。
 もの凄く初歩的な事なのが、それだけにこれが出来ないと困る。
「ほれ、フットペダルの強弱だけで一定速度を維持してみろ。直進になれたら、旋回やロールもやるから、早く慣れろよ」
 シミュレーターは、一定の加速度や速度を外れると警報が鳴るようにしている。安定した動きを教える為に。
 しかし、直後に鳴り響き、いつまで経っても鳴りやまない警報に、ムゥは思わず天を仰いだ。
「不可能を可能にする男でも、こいつは無理かぁ?」

 

 

「来たか! 物資搬入作業の手伝いをしてもらうぞ!」
 アークエンジェルの元まで来たサイは、そこで作業の監督をしていたらしい、如何にも無骨な姿の連合兵にいきなりそう言われた。
 アークエンジェルの置かれている港には重力はない。
 それでもサイは慣れた様子で、連合兵の側まで飛んだ。
「え? でも、書類は・・・・」
「大事に取っておけ! 後だ後!」
 書類も出してないし、兵士らしい格好もしていないサイを使うらしい。よほど、人手不足なのだろう。
 連合兵は、サイを見て無遠慮に言った。
「ひ弱そうだな? お前、何が出来る?」
「あ・・・・はい。工業カレッジの学生で・・・・」
「船外作業艇に乗れるか?」
 自分の技能とかを真面目に教えようとしたサイだったが、連合兵は全く耳を貸さずサイに聞く。
「はい、選択授業で資格を取りました。免許もあります」
 サイがとまどいながら答えるやいなや、連合兵は大きく頷き、アークエンジェルの格納庫内に入るように促す。
「動かせる奴がいなくてな。ミストラルが余っている。それで、荷物の搬入作業をしろ」
「ミストラル・・・・って、軍用機じゃないですか!?」
 サイは思わず声を上げた。軍に来て早速、そんな物に乗せられるとは思っても見なかったからだ。
 MAW-01ミストラル。旧式ではあるが、現在も使用されている立派な軍用機だ。
 連合兵について格納庫に入ったサイは、捨てられたように格納庫片隅に置かれた機体を見る。
 その側までサイを案内してから、連合兵は言った。
「ZAFTの機械人形が出てからは、ただの棺桶だ。戦闘に使う奴はいない。
 だが、船外作業には十分に使える。ひ弱な坊やが荷物を運ぶよりは役に立つだろう。
 火器管制のスイッチは入れるなよ。一応、武装はあるが荷物運びには必要ない」
「はい、わかりました」
 拒否するという選択は意味がないので、サイは素直にミストラルに乗った。
 中は、基本的には船外作業艇と変わらない。というか、民生用のミストラルになら、サイも乗った事がある。
 ミストラルを起動させ、OSが立ち上がるのを見守った。
 OSの中身も、民生用と大差ない。
 ただ違うのは、起動メニューの中に火器管制という項目がある事だった。
 機関砲二門という貧弱な武装ではあるが、これが兵器なのだと思い起こさせる。
「本当に軍に来たんだな・・・・」
 胸の奥に後悔がわく。今になって、怖いという気持ちがふくれあがってきた。だが・・・・
『おい! グズグズするな! 準備が終わったらさっさと格納庫から出ろ!』
 ミストラルの通信機から飛び出てきた、先ほどの連合兵の怒声が、サイの意識を現実に引きずり戻す。
「はい、今出ます!」
 サイは通信機に答えてから、ミストラルをゆっくりと動き出させた

 

 

『連合軍の脱出と同時に、ヘリオポリスは無防備都市宣言を出し、降伏します。
 これ以上の攻撃は、ヘリオポリスの崩壊があり得ますので、避けて頂きたいのです』
「なるほど、そちらの状況は判りました」
 ヘリオポリスの行政官からの通信に、ローラシア級モビルスーツ搭載艦ガモフの艦長ゼルマンが、ブリッジの艦長席に座して応じていた。
 ゼルマンは今、部隊指揮を執る役目を負っている。
 ラウ・ル・クルーゼはMIA。つまりは行方不明。
 ナスカ級高速戦闘艦ヴェサリウス艦長のフレデリック・アデスは、艦橋を破壊されて戦死。
 もうゼルマンしかいないのである。
「わかりました。ヘリオポリスへの直接攻撃は避けましょう」
 ヘリオポリスを破壊すれば、自国のコロニーを破壊されたオーブが、プラントに対して敵対するかもしれない。
 オーブは永世中立を謳ってはいるが、どう転ぶのかなど軍人のゼルマンには判断がつかなかった。
 ただ、無闇に攻撃して自国を不利にするような真似はすべきではないという自制はある。
「しかし、連合軍が抵抗する以上、どうしても戦闘に巻き込んでしまう可能性が・・・・」
『ヘリオポリスの、損傷部位のデータを今、送らせて頂きました。
 特に損傷の大きい部分への攻撃を避けるだけでもお願いします。
 それと・・・・ヘリオポリスを傷つけないように戦う為に、お役に立てばよろしいのですが』
 行政官の微妙なニュアンスを込めた言葉に、ゼルマンは興味を引かれた。
 直後、ゼルマンに通信士が声をかける。
「艦長、ヘリオポリスから送られてきたデータに、連合の新型艦のデータがあります」
「なるほど・・・・これは助かりますな」
 ゼルマンの答えは、通信の向こうの行政官へのものだった。
『いえ、これから降伏する身です。寛大な処置をお願いしたい』
 ヘリオポリスは尻尾を振る相手を変えてきたのだろう。いや、それとも行政官の個人的なサービスかもしれない
 何にせよ、ヘリオポリスは今、全力で保身をはかっている。
 所詮はナチュラルだからと内心で嘲笑い、ゼルマンは答えた。
「了解した。本国にも掛け合おう。ヘリオポリスの扱いも、貴方の身の保証も」
『ありがとうございます・・・・』
「では、これで失礼」
 行政官の媚びた台詞は、ゼルマンは最後まで聞く事もなかった。それよりも、早く考えなければならない事がある。
 ゼルマンは通信を切ると、現在残された戦力の確認を始めた。

 

 

 ヴェサリウスは艦橋を失い、推進器も破損している。幸い、自沈する事はないが、とても戦闘には使えない。
 まともに使える戦力は、ガモフ一隻とガモフに搭載してあった三機のジン。
「いっそ、合流してから叩くか?」
 後続のローラシア級モビルスーツ搭載艦ツィーグラーが、合流する予定になっている。
 それには、ミゲル・アイマン専用ジンを始め、何機かのMSが積まれているはずだ。これは大きな戦力になる。
 しかし、合流予定日時はまだ先。合流してからとすれば、連合に逃げる時間を与えてしまう。
「やはり、今ある戦力だけで、一戦は避けられないか」
 連合MSが、戦力として使い物になるかどうかが判断のしどころだった。
 何せ、奪取に成功はしても、その後の実戦投入で失ってしまっては何の意味もない。
 ラウなら惜しみなく実戦投入を決断したかもしれないが、ゼルマンはラウと違い責任感の強い男だった。
 そこで、ゼルマンは連合MSを二軍と見る事にした。
 ヴェサリウスに搭載して戦場から遠ざけ、ガモフの背後に置く。ガモフの後背の索敵と、ヴェサリウスの護衛を任務とするのだ。
 では、残る戦力でどう攻めるか・・・・ゼルマンは考え、決断を下す。
「ジンをD装備で出撃準備させておけ」
 通信機を取り、言葉短くMSデッキに伝える。
 D装備・・・・「M66 キャニス短距離誘導弾発射筒」「M68 パルデュス3連装短距離誘導弾発射筒」「M69 バルルス改特火重粒子砲 」
 拠点攻撃用重爆撃装備と呼ばれる、そのままの意味の任務に使われる装備だ。
 MAの様な高機動兵器に使うのは馬鹿げている。しかし、重突撃銃を易々と弾く装甲を持つMSに対抗できる武器は他にない。
 それに、ヘリオポリスから連合の戦艦が出てくるところを一気に叩けるのは、おそらくD装備だけだ。
「しかし、戦艦・・・・そして、新型MAか」
 ヘリオポリスから渡されたデータを、手元のコンソールに呼び出して読む。
 写真と、外観から予測したデータが主で、軍の内部資料的な物ではない。おそらく、オーブ側が勝手に集めた資料なのだろう。
 ただ、予測値であっても、その性能は明らかにローラシア級モビルスーツ搭載艦を超えていた。
 それは良い。MSが三機あれば、戦艦一隻など幾らでも落とせる。
 だがそれは、MSが戦艦に取り付く事が出来ればの話だ。
「やはり、新型MAの性能次第だな。張りぼてだと良いのだが」
 ゼルマンは呟く。
 しかし、クルーゼを落としたという一点だけを理由として、新型MAの性能を侮る事は出来なかった。

 

 

 ナタルは、アークエンジェルのブリッジで艦長席に座り、コンソールに表示した時計を睨んでいた。
 そんな彼女には、各方面から最終報告が上がってきている。
 連合国籍の市民の収容は完了。一部、残る事を決めた者や、行方不明の者を除き、全員が収容された。
 物資の積み込みは概ね完了。基地の備蓄物資を相当量運び込んだはずだが、具体的に何があるかはまだまとまっていない。
 何か、足りない物があるかもしれないが、今はどうしようもない。
 タイムリミットに伴い、作業をしていた全連合兵はアークエンジェルに搭乗を完了。残っている者は居ない。
 アークエンジェルは今、その全機能を立ち上げ、出航の準備を終えていた。
 ナタルの見る時計が、時間が来た事を示す。
「・・・・アークエンジェル、出航!
 全クルー、戦闘準備! 港を出てすぐ、会敵するぞ!」
 ナタルの号令を受け、艦内各部署が動き出す。始まる戦闘に向けて。

 

「さあ、行きましょうかザクレロちゃん」
 マリューは、ザクレロのコックピットの中、ナタルの声を聞いていた。
 ザクレロは、アークエンジェルの外におり、アークエンジェルに先行して外に出る。
 待ち伏せの敵があった場合に、それを蹴散らす為に。
 ザクレロは浮上、練習の成果あってか、戦闘モードであるのにゆっくりとした動きで・・・・
 と、思った時、ザクレロは急加速した。壁に突っ込む・・・・直前に急制動。跳ねるような動きで、方向を変え、港出口めがけて疾走する。
「あああああっ! ストップ! ストップぅっ!」
 マリューの悲鳴が響き渡る。

 

「何やってるんだ・・・・」
 回線を開いていたムゥは、メビウス・ゼロのコックピットで舌打ちを打つ。
 メビウス・ゼロは今、アークエンジェルの中。
 アークエンジェルがヘリオポリスを出てから射出される事になっている。
 戦闘では、アークエンジェルの直掩と、ザクレロの後方支援を受け持つ。
 だが、マリューの操縦では、メビウス・ゼロが支援に出るまで生きているかどうか。
 やはり、五時間程度の練習では、付け焼き刃にもならなかった。
「・・・・死ぬなよ。そこまで、でかいおっぱいは貴重なんだ」
 誰も聞かない冗談・・・・あるいは本音を言って、ムゥは出撃の時を待つ。

 

 通信機からあふれ出すマリューの悲鳴に、通信士がナタルを困ったような目で見た。
 ナタルは一抹の不安を覚えながらも、冷静を装って命令を出す。
「作戦通りだ。ザクレロの後に続いて外に出ろ」
 アークエンジェルは、特に何の問題もなく動きだし、ザクレロの後を追う。
 今、アークエンジェルは、ヘリオポリスから出航した。

 
 
 

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