機動戦士ザクレロSEED_第34話

Last-modified: 2013-11-07 (木) 19:54:21

 ―― C.E.71年2月13日。ヘリオポリス沖会戦。
 連合MS奪還を目指すデュエイン・ハルバートン率いる第8艦隊は、ZAFTのナスカ級高速戦闘艦“ヘルダーリン”“ホイジンガー”とローラシア級モビルスーツ搭載艦4隻で編成された迎撃艦隊と交戦。
 これを退け突破するも、第8艦隊は半数以上の艦艇を失った。
 現戦力、アガメムノン級宇宙母艦“メネラオス”、ネルソン級宇宙戦艦“モントゴメリィ”、ドレイク級宇宙護衛艦“バーナード”“ロー”、艦載MA七十余機。
 一方、連合MSは、ナスカ級“ハーシェル”、ローラシア級“ガモフ”“ツィーグラー”に守られた輸送艦に積まれ、ヘリオポリスを立ってプラントへ向かっている。
 ヘリオポリス沖会戦の序章が終わり、第8艦隊がこの輸送艦隊に追いつき、続く戦いの幕が開くまでにはまだかなりの時間があった。

 

 

「なん……だ、こりゃ?」
 ローラシア級“ガモフ”。そのMS格納庫。
 戦闘待機命令を受け、そこへ赴いたミゲル・アイマンとオロール・クーデンブルグが見たのは、そこにある筈のMSシグーの姿ではなかった。
 格納庫に鎮座するのは、黄色い塗装のメビウス・ゼロ。機首にシャークマウスが描かれているが、その目は前方を睨む涙滴状の複眼を意匠している。
 そのデザインには、心の底から嫌な思い出しかない。
「ザク……レロ? 連合の新型!?」
「おいおい、洒落にならない塗装だな」
 ミゲルが驚きに声を漏らすと、オロールが横で唖然とした様子で返した。
 そのメビウス・ゼロは、明らかにあのMA……ヘリオポリスで交戦した、ザクレロの姿を模倣しようとしている。
「そうよ! これが、私のザクレロ!」
 と、勝ち気な少女の声が響く。
 振り向けばそこには、赤いパイロットスーツを着た少女が立っていた。
 無重力ではヘアバンドの押さえも効かないか、肩辺りで切り揃えられた髪が浮き上がり乱れている。その髪を鬱陶しげに手で払い、少女はミゲルを気の強そうな瞳で見据えた。
「ラスティ・マッケンジーよ。よろしくね、隊長さん?」
「ラ……!? 赤服パイロット!? お前が!?」
 今まで何度もミゲルに不幸を運んできた少女……MA大好きな変人。その正体が、赤服パイロットのラスティ・マッケンジー。
 思っても見なかった事実に、思わず声がうわずるミゲル。それをすっかり無視して、ラスティはちょっとだけ不満そうな目でメビウス・ゼロを見やる。
「メビウスも格好良いけど、本物のザクレロにはちょっと及ばないわよねー。でも、この鋭いフォルムこそ兵器って感じで、メビウスも嫌いじゃないのよ?」
 聞いてもいないのにMAを語り出すラスティ。そんな彼女に、オロールが問う。
「待て、お前の搭乗機はシグーだろ? シグーはどうしたよ?」
 他の議員子息の赤服同様、ラスティにもシグーが配備されたはずだ。書類上でも、ラスティの搭乗機はシグーになっている。
 が、ラスティはあっさりと答えた。
「置いてきたわ」
 ヘリオポリス。一機残されたシグーは、ラスティの搭乗機だった物である。
「置いてきた!? 何故!? それにMAに乗る気なのか……」
 せっかくの最新MSを置いてきて、代わりにするのがナチュラルの旧式兵器であるMA。
 理解が出来ないとばかりに声を上げるミゲル。
 いや、これがザクレロの様な新型の大型MAならば、ミゲルもその戦力を知っているだけに理解はしたのだろうが……メビウス・ゼロは旧式MAの範疇にある機体だ。
 が、ラスティはミゲルの言葉に小さく鼻で笑い、それから薄めの胸をはって得意げに口を開く。
「メビウス・ゼロは、MSなんかよりよっぽど強い機体よ? グリマルディ戦線で、こっちが何機やられたと思ってるの?」
「いや、それは……確かに、そうだけどなぁ……」
 月を戦場にしたグリマルディ戦線。連合のメビウス・ゼロ部隊は、ZAFTに対して相当の出血を強いている。
 エンデュミオンの鷹と呼ばれる連合のエースが生まれたのもその戦場だし、彼の機体はメビウス・ゼロだった。
「あれは、連合のエース部隊が乗っていたからであって……」
 事実は事実。それ故に言葉から力の失せるミゲルに、ラスティは勝ち誇る様に言った。
「ナチュラルのエースが乗ってZAFTのMSより強いんだから、コーディネイターの私が乗ったらもっと強いでしょ? 強い機体に乗るのはパイロットとして当然の事じゃない」
 理屈ではあるが……ZAFTが行ってる宣伝に真っ向から逆らう話だ。
 コーディネーターのMSは、ナチュラルのMAを過去の遺物とした、最新万能兵器。
 正直な所、そのプロパガンダは連合の大型MAには通じないとミゲルは考えているが、かと言って今までずっと押し通してきたものはそう易々と覆せはしない。
 だが、ラスティはそんな事は一切気にしていない様だ。
「ZAFTの機械人形なんて、MAに比べれば玩具みたいなものなのよ!」
 ラスティははっきりと言い切る。
 変わったメカニックだと思っていた頃より、よほどインパクトが強い。これはもう絶対に“ZAFTの赤服のMSパイロット”が言う台詞じゃない。
「こやつ正気か」
 オロールが冗談めかして呟いた。
 珍しく、ミゲルもオロールに同意する。が、調子に乗ってきそうなので賛同は示さない。
 一瞬の沈黙があって、オロールはミゲルに聞いた。
「で、どうするよ?」
「どうするって言われてもなぁ。こんなの常識外だから、MSに乗り換えて……」
「シグーは置いて来ちまったんだぜ? 予備のMSなんて無いしよ。それに、アレがMSに乗ると思うか?」
 言ってオロールは、誰も聞いていないにも関わらずMS下げMA上げを喋り続けているラスティを指差す。
 それを見て、ミゲルは諦めるしかない事を悟った。
「あー……それじゃ、予備戦力って事で待機に……」
 MAでの出撃は有り得ないと、出さずにすむ方向で考えるミゲル。
 だが、その決定が下される前に、その場に罵声が響いた。
「おいおい、ナチュラルのガラクタが見えるぜ?」
「いつからここは連合の艦になったんだろうな!?」
「俺達が捨てて来てやるよ。親切だろう? なあ。MA女とその腰巾着さん達よぉ」
 振り返らずともわかる。新人のMSパイロット達だ。
 やって来た初日にラスティと揉め事を起こし、それに巻き込まれたミゲルとオロールが彼らと喧嘩を繰り広げる事になった。
 ラスティと彼らMSパイロット達の関係は破綻してるが、それでも全員一緒に戦う事になるのだから、それを放置する事も出来ないミゲルの悩みの種でもある。
 ミゲルの視界の端で、オロールが嘲る様に口元を曲げ、そしてMA女ことラスティは怒りの色を露わに口を開く。
「三匹でつるまないと女の子に口もきけない雑魚が粋がってるんじゃないわよ!」
「どうしてお前はそんなに喧嘩大安売りなんだよ!」
 ラスティの台詞に、ミゲルは頭を抱え込む。
 その背後では、新人パイロット達のチンピラめいた怒声が上がっていたが、聞く価値もないので、まるっと無視した。
 が、ヒートアップしてくると流石に無視も出来ない。
「痛い目にあわないとわからねぇようだな!」
「……よしてくれよ。痛い目にあってもわかってないのはお前達じゃないか。営倉入りは、バカンスか何かだったのか?」
 一人の発した台詞に、オロールが呆れて口を挟む。
 殴り合いを演じて、営倉入りになったのは彼等も同じだ。それをまた繰り返そうというのか?
 どう止めたものかと、ミゲルが頭を悩ませたその時……
「良いわ。痛い目にあわせてみなさいよ」
 MSパイロットからの挑発をラスティは受けてたった。
 そして、ミゲルとオロールを挑発的な目で見て続ける。
「貴方達もよ。
 何か、私の出撃を有り得ないみたいに言ってたじゃない? メビウス・ゼロの性能を信じられない? それとも私の腕?
 OK、強さを証明すれば良いんでしょ? シミュする時間はたっぷりあるわ。丁度良いから見せてあげる」
 それからラスティは、その挑発的な目をそのままMSパイロット達に向けた。
「聞いたでしょ? 一戦、相手してあげるってのよ」
 いきなり叩きつけられた挑戦状に、MSパイロット達はたじろぐ。が、すぐにその中の一人が名乗りを上げようとした。
「わ、わかった。じゃあ、俺が……」
「何言ってるの、一機で勝ち目なんて有ると思ってんの? 全員で来なさい」
 名乗りを遮り、MSパイロット達を掌を上にして指だけ動かして招く。挑発たっぷりに。
 そのラスティの侮辱的な挑発は、MSパイロット達の怒りに火を付けた。
「野郎! ふざけやがって!」
「吠え面かくな!」
「妄想で歪んだ頭を叩き直してやる!」
 口々に吠えたてるMSパイロット達に、聞こえない様にオロールは呟く。
「もっと、個性的な煽りは言えないのかよ。コーディネーターらしくさ」
「どんなだよ」
 確かに、MSパイロット達からはコーディネーターらしい高等さは感じないが、そもそもこんな所で発揮する物でもないだろう。
 そんな思いを溜息に込めて言ったミゲルに、オロールは真顔で言って見せた。
「人糞でも召し上がり遊ばせ。下等生物の君」
「完敗だ。コーディネーターの鑑だ。ああ、もう、クソ喰らえだよ畜生!」
 苛立ち紛れに叫んでミゲルは空を殴る。
 真面目に相手をするのが馬鹿らしい。
 それよりも、この済し崩しに始まった対決をどうとるかだ。
「シミュレーションで実力を見るってのは、正直、有難いがなぁ……」
 今まで一緒に訓練した事もない面子と一緒に戦うのは不安だ。戦力の確認はしておきたい。しかし……
「こいつら、こんな所で意趣返しのつもりだぜ?」
 どうする? と、オロールは目で問いかける。
 私怨の為にそんな事をやらせて良いのかという点だ。拙い様な気はする。気はするが……
「……ま、やらせてみよう。ラスティが負ければ少しは大人しくなるかもだし、少なくとも待機命令を出す理由にはなる」
「負ければなー」
「無理だろ? さすがに3対1で、しかもラスティはMAだ。勝てるはずがない」
 当たり前の事だと、ミゲルは思う。ラスティに勝ち目はないはずだ。
 一度負ければ、ラスティの鼻っ柱も折れるだろうし、それでジンのパイロット達の溜飲が下がって少しはまともに部隊運用出来るならそれも良い。
「うん、負ければな」
 だが、オロールは繰り返しそこを強調する。ミゲルもそれに気付いた。
「勝つとでも思っているのか?」
「いや、普通に考えれば負けると思うぜ? こういう場じゃなきゃ、次の給料を全額賭けても良い所さ。でもなー」
 何やらもったいぶった態度で言ってから、オロールはミゲルに苦笑を見せて告げる。
「お前、こういう局面で勝ちを拾った事ないだろ? 何だかんだで、お前が苦労するよーに苦労するよーに流れてんじゃね?」
「…………」
 言い返せなくて、ミゲルは黙り込んだ。
 そして、少し後。
 MSパイロット3人とラスティはそれぞれのシミュレーターの中へと入り、残されたミゲルとオロールは傍らの外部モニターに仮想空間の戦場を映し出していた。
 戦場に障害物無し。両者、近距離射撃戦の位置からスタート。“決闘”としては普通の戦場であり、余計な物が無い分、数と機体性能の差が出やすい。
 機体は、MSパイロット達が重機銃装備のジン、ラスティがメビウス・ゼロ。
 これでラスティに軍配を上げるZAFTの軍人は居ない。それが普通だ。
 そして、戦闘開始。
 直後に、メビウス・ゼロが全速力でジン三機めがけて突っ込んだ。
「お、いきなり死ぬか?」
「いや。ジン共が逃げる」
 そのままジンの放つ弾幕に絡められて早々終わりかとオロールが声に出したが、実際はそれよりも早く、メビウス・ゼロが対装甲リニアガンを撃ち放っていた。
 メビウス・ゼロが放つやたらに派手な火線が三機のジンの中央を走る。ジンは、それを余裕でかわして、3機がバラバラに散った。
「なんだ? あの距離からの射撃なんて当たらないだろ?」
 銃弾は全て同じ弾道を描いて飛ぶわけではなく、散布界といってある程度の広さにばらまかれてしまう。
 敵との距離が遠くなれば、それだけ散布界は広がる事になり、正確に狙っても命中は望めず、運不運の問題となってしまうのだ。
 だから、気にせず留まってメビウス・ゼロを迎撃すべきだったとオロールは言う。だが、ミゲルは首を横に振った。
「言うのは簡単だが、実際、撃たれてみろよ。曳光弾の光のシャワーを真っ正面から浴びるんだ。肝が冷えるどころじゃない」
「あー……そうか。やけにビカビカ光ると思ったら、最初から脅しに使うつもりで曳光弾を山盛りに入れたのか?」
 オロールは、気付いたぞとばかりに頷く。
 曳光弾は、弾丸の内に数発に一発の割合で混ぜられており、撃たれると発光しながら飛んで、弾道を射手に教えてくれる。
 メビウス・ゼロの放つ火線が派手だったのは、その曳光弾を多く入れてあるからだ。
 曳光弾は実弾よりも威力が落ちるので、本当に脅し程度の意味しかない。しかし、弾道が見えていれば、やはりそれに対処はしてしまうものだ。
「学校じゃ、回避できるなら、回避する様に教わるしな。どんな威力のない弾でも、当たれば万一って事があるんだし。奴等は、忠実にそれをやったわけだ」
 言いながらミゲルは、戦況がいきなり崩されつつある事に気付いて眉を寄せる。
「でも、バラバラになったのは悪手だったな」
 ジンは各個バラバラに動き、メビウス・ゼロに銃撃を浴びせている。
 全機が固まって、それぞれの隙をカバーしあったり、銃先を揃えて3機分の濃密な弾幕を張ったりといった事をやれていない。
 乱戦ならそれでも良いが、敵が一機であるならば、それは非効率だ。
 一方、メビウス・ゼロは、MSの内一機に狙いを定めて進んでいた。
 速度を出していないのは、射撃を警戒してか? 確かに良く射線から逃れている。
「それでMA女は、MSを散らして各個撃破の狙いか? 完全に連合兵の戦い方だぜ?」
「連合のMAを使いたがるくらいだし、訓練したんだろ? でも、こいつは、洒落にならないんじゃないか?
 ――っと、やっちまったぞあいつ!」
 ミゲルが思わず声を上げる。
 メビウス・ゼロと戦っていたジンがいきなり、背面のブースターと手にした重機銃、そして頭部のモノアイを爆発させた。
 いつの間にか周囲に展開されていたガンバレルが、三方からそれを狙い撃ったのだ。
 視界、武器、機動力を失ったジンは、撃墜判定こそ出ないものの、戦力をほぼ失って宙でもがく。
 それでも、サブカメラで視界を取り戻し、動けないまでも抵抗しようと重斬刀を抜いた。
 だが、その動作には何の意味も無い。
 身動きできない、反撃も出来ない、的に等しいジンを、メビウス・ゼロの対装甲リニアガンがあっさりと撃ち貫いた。
 ――同時に。
 近傍に居た次のジンの重機銃を、残り一つのガンバレルが破壊する。
「おい、ミゲル! 今のいつの間にガンバレルを展開してた!?」
 オロールが焦りを見せて問う。
 決め手になったガンバレル。それがいつ放たれたのか?
「……見落とした。多分、最初の連射だ。曳光弾多めの弾幕で目を引いて、その隙に切り離したんだろ」
 メビウス・ゼロの速度の遅さはこのせいか?
 通常、移動の時には機体にガンバレルを戻し、そのスラスターを利用して大きな推力を得る。しかし、メビウス・ゼロはそれをしていない。
 結果として加速度が落ち、その分だけ速度も落ちた。
 そえでもMSからの攻撃を綺麗にかわし、的確に配置したガンバレルで急所を突く。
「じゃあ何か? MSを散らすのも、ガンバレルの展開を隠すのも、ど派手な威嚇一つで済ませちまったって事か? 何だそれ、気持ち悪!」
 驚きを顕わに言うオロール。言葉は酷いが、そこに嫌悪は見られない。あるのはむしろ驚嘆の色。その気持ちはミゲルにもわかる。
「敵にあわせて装備を調整して出るとか、推力が落ちているメビウス・ゼロで攻撃をきっちりよけて見せるとか、細かい所で実力を見せてるが……
 過剰に派手だよなぁ? 絶対、あいつの趣味だぞコレ」
 二人とも、ラスティのその実力は認めざるを得ない。しかし、そのやり方ゆえに、実力を認めたくない。
 そんな葛藤を抱いている間に、メビウス・ゼロはガンバレルを戻し、その推力を十全に使って宙を駆けていた。
 重機銃を失ったジンは、重斬刀でメビウス・ゼロを追うしか無い。
 その背を追わせながらメビウス・ゼロは、残る一機の健全なジンめがけて進む。
 挟み撃ちの好機とばかりに、ジンの重機銃が向けられた。
「狙い読めるけどなー」
「多分、一機やられて、二人とも頭に来てる。引っかかるだろな」
 オロールが、そしてミゲルが呆れた声を出す。
 引き金が引かれ、ジンの重機銃が火を噴く。その直前、メビウス・ゼロはワイヤーを伸ばす事無くガンバレルを射出していた。
 ガンバレルに引きずられて、異常な動きでメビウス・ゼロがコースを変える。
 直後に、重機銃から撃ち出された銃弾は、メビウス・ゼロが辿る筈だったコースを走り、その延長線上にいたジンに襲いかかる。
 予期せぬ方向から銃弾を浴びたジンは、全身を味方の攻撃に穿たれて爆散した。
「必要有るのか? この同士討ち狙い?」
「序盤の曳光弾のばらまきで浪費した分の節約と、後は……」
 オロールの問いにミゲルが答えている間に勝負は決まる。
 同士討ちを演じた事に動揺し、戦場で動きを止めたジン。その周りからガンバレルの砲弾が降り注ぎ、機体各所を破壊する。
 そうして動けなくなったジンを、対装甲リニアガンの一撃が貫いた。
 シミュレーション終了。
「これも目眩ましだ。同士討ちをすれば、どうしたって味方機に目が行く。そこでガンバレルを展開。好位置を取って、一気に叩き潰す。と言うか、潰した」
「説明どうも」
 ともかく説明を全てし終えるミゲル。その前で、シミュレーション結果がモニターに表示される。
 言うまでもなく、ラスティの完勝だった。
「何で、勝っちゃうかなぁ?」
「強いからだろ?」
 ミゲルは思わず愚痴る。そこにオロールは、当たり前の事じゃ無いかとばかりに返した。
 それから、ふとした疑問とばかりに問いを投げる。
「今の、お前なら勝てたか?」
「当たり前だろ? って、言えたら格好良いんだがなぁ。あいつ、本気でエース級だぞ」
 ミゲルはそれを認めた。確かにラスティは強い。
 正々堂々ではなく、奇策に頼って……る様に見えて、その実、機体操作には実力がはっきり現れている。特に、ガンバレルの配置の正確さが半端ではない。
 もっとも、その奇策に頼っているように見えるのが問題だ。
「でもこれでMSパイロット達の恨みを買って面倒な事になるぞ。負けを潔く認める奴らなら良いけどな」
 MSパイロット達は、とてもそんな清々しい奴らには見えない。コーディネーターにありがちな、プライドが肥大したタイプだ。
 実力差ではなく、ハメで撃墜されたと思い込めば、憎悪が燃え上がるばかりだろう。
「負けを潔く? 奴らに限ってねーよ。でもそんなの、あのMA女が気にするか? しないだろ?」
 オロールは肩をすくめる。
 ラスティが、MSパイロット達との関係悪化を気にする筈が無い。
 確かにその通りだと、ミゲルは深々と溜息を吐いた。
「少しは気にしろよ。何処をどうコーディネートしたら、あんな迷惑の塊みたいな奴になるんだ」
「人格まではコーディネートできないだろ。育てた奴に苦情言え」
「育てた……って、親はプラントの偉いさんじゃねーか」
 苦情を言う事も出来ない。
 進化した人類の筈なのに、旧弊な社会身分の差に縛られるのはコーディネーターとしてどうなのだろう?
 社会は間違っているのかも知れない……が、それよりも目先の問題だ。
 そしてその問題児は、清々しい笑顔を浮かべてシミュレーターから出てきた。
「見た? 私の実力」
 スリムコンパクトな胸を張って偉そうに聞くラスティ。そんな彼女に、ミゲルは思いの丈をぶつける。
「MAでこんだけ強いのに、どうしてMSに乗らないんだよ!?」
「MSは性に合わないのよ。同期仲良し六人中で成績最下位だったわ」
 MSならもっと強いだろうというミゲルの想像を、ラスティは簡単に否定した。
 まあ、それでも赤服のラインに収まるほどの成績は取っていたという事でもあるのだが。
 それはともかく、ラスティは得意げに話を続ける。
「シミュレーター訓練の時、一回だけメビウス・ゼロ使って一人ずつ全員叩きのめしたけど、成績には反映されなかったのよね。
 ZAFTってくだらないわ。本当に強くても、MAだからって、それを認めないんだもの。ZAFTだってMAを使ってるのに。
 あーあ、でも、あの時のイザークの顔ったら。うふふ、吠え面ってああいうのなのねって、天啓のように理解したわー」
 不機嫌さ、そして思い出し笑い一つ。表情をくるくる変えて楽しげに話す。
 そんなラスティの背後、怒声が上がった。
「てめぇ! 卑怯な手を使いやがって!」
 ラスティが振り返り、つられてミゲルもオロールもそこを見る。
 たいして見たくも無かったものだが、そこに居たMSパイロット達の赤黒く染まり歪みきった憤怒の顔が目に飛び込んできた。
「卑怯? 何が?」
 全然わからないとばかりに、ラスティはとぼけ口調で問い返す。
 それに怒りを煽られて、先の声を上げたであろうパイロットが再び怒声で返した。
「影からこそこそ撃つのは卑怯じゃ無いってのかよ!」
 どうやら、ガンバレルで撃たれたジンのパイロットらしい。最初に墜とされた機か、最後の機かは知らないが。
 彼は真正面から撃ってこなかった事に酷くお冠だ。だが、それにはミゲルも同意は出来なかった。戦場では何処から撃たれようと文句は言えない。
 真正面からぶつかって力押しで圧倒できる連合の旧式MAとばかり戦ってると……いや、彼らに実戦経験は無い。
 そういう誰でも勝てるような設定のシミュレーションで戦ってばかり居ると、敵はプログラムで決められた動きしかしないと思い込む。
 現実では、想定外の動きを見せる敵も居るのだという事に気づけない。
 敵10と戦って、9までがルーチンワークな戦い方しかせず容易く倒せても、残り1の突飛な行動に撃墜される事だってあるのだ。
「馬っ鹿じゃない? ガンバレルはそういう武器なのよ? それに、付いてる武器をどう使おうと自由じゃない。
 何? 私をただの的だとでも思ってたの? お生憎様ね。私は狩人で、貴方達は獲物よ。随分と小さな獲物だったけど!」
 とはいえ、こんなラスティの様に喧嘩大安売りで返して良いとも思わない。
「間違って無くても、言い方ってもんがあるだろ!」
 思わずラスティの発発言を遮ろうとしたミゲル。
 そこを、ミゲルの肩を掴んでオロールが止めた。
「そーそー、こんな“シューティングゲーム”しかやった事の無い奴にはわからないんだから。ママみたいに優しく言ってやらないと」
 対MA戦シミュレーションのレベルが低いシナリオを、シューティングゲームと揶揄してオロールは笑う。
 実際そういうのは、何も考えずクレー射撃みたいに撃ち落とすだけなので、簡単で爽快感はあるが、そればかりやってる奴は総じて成績が悪い。
 が、ここで言う事では無いだろう。
「オロール!」
 咎めようとしたミゲル。しかしその時、オロールはMSパイロット達の方を一瞥して、ミゲルに素早く囁いた。
「黙ってる連中の目を見ろ」
「あ?」
 オロールの暴言に怒り、何やら言葉にならぬ声で怒鳴っているパイロット。ミゲルはその背後に目をやる。
 そこには憎悪を滾らせる男達が居た。そのどんよりと暗い目はラスティに向けられ、微動だにしない。
 それをミゲルが確認したとみるや、オロールは再び囁いた。
「……怒れる奴はまだ健全だ。黙ってる奴に気をつけろ。ああいうのは、復讐の機会を狙ってるクチだぜ?」
「復讐って……」
 たかが口喧嘩に、シミュレーションで負けただけだ。
 何を大げさなと否定したかったが、黙り込んでいるパイロット達の視線は確かに不気味で、不安を募らせるものだった。
 ミゲルが視線を向けている事に気付いたのか、パイロット達の一人がミゲルと視線を交わし、小さく舌打ちする。
 そして、一人で声を荒げていたパイロットの肩を掴んで言った。
「おい、行くぞ」
「あ? 待て、言わせっぱなしで良いのかよ!」
「いいから、行くぞ!!」
 怒鳴り返され、それに更なる声量で怒鳴り返す。
「お? おう……」
 たじろいだ一人を残る二人が引きずるようにして、ラスティやミゲル達から離れていく。
 最後にこちらにチラと見せたその目に、そこに宿る殺意めいたものに、ミゲルは背筋に刺さる冷たいものを感じていた。
「煽ってみてわかる事も有るだろ?」
 言いながらオロールは、ミゲルの背に軽くトントンと拳を当てる。
「いやー、街で喧嘩してると、恨みに思って復讐してくる奴が珍しくなかったんだよ。
 『パパは僕のコーディネートに幾ら掛けた』みたいなプライドを大事にして、それで“安物”に負けた事に耐えられず、もうどんな手でも使って殺してでも……てな。
 負けても売られた喧嘩を買う奴ってのは、本当の意味じゃまだ負けてないから、正面からぶつかってくる。また負けるのが怖くて喧嘩も買えない奴ってのがやばいわけだ」
「あー……それを探る為にわざと喧嘩売ったとかいう、お為ごかしには付き合う気は無いが、まあ拙い状況なのはわかった」
 ミゲルも平静を取り戻して頷く。自分にも思い当たる事は有った。
「シミュレーション訓練で負けた恨みを、宿舎裏のリンチで果たそうとする奴は軍にも居たしなぁ。貧乏人に負けるのがそんなに悔しいかね?」
「当たり前よ? 家の資金力が子供のコーディネート費用に関わってくるんで、『金を掛ければ掛ける程、能力も高い』って考えになっちゃうのよね。
 で、作った段階である程度の能力を与えちゃうから、成長してからの能力が予想よりも低いと『作り損なった』って思っちゃう。
 つまりは、欠陥品を無駄に育てたみたいな見方になって、結論としてはお金の無駄遣い、こんな子供なんて育てるんじゃなかったーと。
 そういう評価の目に晒されて育ってきた僕ちゃん達は、ナチュラルとか、自分よりも安いコーディネートで生まれた人に負けると、アイデンティティが全部否定されちゃうのよ。
 以上、『好きな人の子供を産みたい』なんて万一くらいの夢見るコーディネーター少女達が、同時に裏で抱えてる夢の無い子作り論からでした」
「…………」「…………」
 いきなりラスティに、やたらと現実味のある嫌な話を吹き込まれて、ミゲルとオロールは閉口する。
 子供は愛の結晶だ……なんて、何処か別の世界の話と言わんばかりだ。
「凄いわよー。憧れの人の話と一緒に、何に幾ら使ってどうコーディネートするかみたいな話も同時進行してるの聞いたら、男の子は泣いちゃうかもしれない。怖くて」
「おい、事の元凶。何を、しれっと会話に参加してるんだ。そして、そんだけわかってるなら、もっと穏便に事を運べよ」
 まだまだ続きそうなラスティの話を、ミゲルがうんざり顔で止める。
 そして、それだけプライドを叩き潰された奴がどうなるのかを知っているなら、それに配慮しろと文句を添えた。
 が、ラスティは勝ち気に笑んで言い返す。
「嫌よ。私はMAを馬鹿にする奴が嫌いなの。屑でも無能でも許すけど、MAを認めない奴は絶対に認めてあげないの。絶対」
「コーディネーターとして生き難い奴だなぁ」
 オロールが笑いを含んで言うと、ラスティは笑みを少し崩して楽しげに返した。
「まったくよね。で、シミュレーションだけど、次は貴方達もやる?」
「んー。実力は分かったし認めるから、俺はどっちでも良い」
 オロールは答えてからミゲルに視線を送った。ミゲルの判断に任せると言う事だろう。
 ミゲルは少し考えて頷く。
「よし、やろう」
「じゃあ、今度は2対1? 黄昏の魔弾の実力を……」
「いや、そうじゃない」
 答えを挑戦と受け取り、不敵な笑みを見せるラスティに、ミゲルはそれを否定した。
「やるのは対戦じゃなくて共同戦だ。どうせ、俺達が3人でチームなんだしな」
「ふーん……一緒に戦おうって言ってるわけ?」
 ラスティはミゲルの顔を覗き込み、そしてにんまりと笑みを崩す。
「MAの戦力を認めたわね? じゃ、さっきまでメビウス・ゼロを出さないつもりだった事を許してあげるわ。
 何なら、あなたもミストラルで出撃しても良いのよ? みかん色に塗ってあげるわ」
「おいミゲル。『勘違いしないでよね! あ、貴方の事を認めたわけじゃ無いんだから!』って言っておかないと、デレたって思われちまうぞ」
「俺の機体は、みかん色じゃ無いし、そもそもMAになんか乗らねぇ!
 あと、オロール! どうして俺がツンデレなんだよ!」
 ミゲルの怒声が響き、続いてラスティとオロールの笑い声が辺りに響いた……