神隠し_プロローグ

Last-modified: 2007-11-19 (月) 14:12:43

少女が母親に鞭で打たれていた。
一度打つ度に肌にミミズばれが出来ていき、酷いときは皮膚が裂け血が滲出る。
バリアジャケットは所々破れて、それが余計に痛みを伴っているように見せていた。

少女と母親のいる部屋を挟んで向こう側。
扉を一枚挟んだ、その扉に腰をかけるようにして膝を抱えて耳を塞ぎ座る少年がいた。

(いつからだろう。
プレシアさんが豹変したのは…。)
分かりきったことを自問自答する少年。
キラ・ヤマト。
(そんなの決まってる。アリシアが死んでからだ…。)
耳障りな音が何度も何度も響く。
塞いでいるはずの耳の中まで届くこの音。

早く終われ、早く終われ、早く終われ、早く終われ、早く終われ、早く終われ、早く終われ、早く終われ、早く終われ、早く終われ。

キラは願う、その間も、耳障りな音は続き、それから約数分後にその音は止んだ。
扉の隙間から部屋の中を覗くと、そこにプレシアの姿は既になく、ボロボロのフェイトだけが、床に伏していた。
キラはフェイトに駆け寄っていく。
「フェイト!」
反応は…ない。
床に伏しているフェイトを自分の膝の上に抱きかかえ、抱き締めた。
「どうして…こんな……。」
嘆く、ジュエルシードだってこの短期間では多く、集めたはずだった。
フェイトはプレシアのためにお土産まで用意した。
なのに…この仕打はなんだ…!!
「…泣いてるの…?」
か細い声がキラの耳元で聞こえた。
フェイトに視線を移すとこちらを見上げ、力なく手を動かしてキラの頬を伝う涙を拭う。
いつのまに目を覚ましたのだろう?
「駄目だよ、泣いちゃ…。キラは私の兄さんで…、男の子でしょ…?」
「うん…、ごめん…もう泣かないから…。」
「私のほうこそ…ごめんね…。私が…母さんの期待に答えられないから…、罰を受けて…、キラを悲しませるんだね…。キラは優しいから…。
今度は…失敗しないから…。ごめんね…。」
力なく言うフェイトに
「…うん、今度は僕ももっとがんばるから…。」
キラは頷き答える。
フェイトを抱き締める腕に力を込めた。
細い、軽い、頼りない、傷付いた体。
「…っん…。」
「ごめん…、痛かった?」
「ううん、ただ…もう少しだけ…このま…。」
体力の限界だったのか、フェイトは眠りに落ちた。

本来ならプレシアに対して沸き上がる怒りなのだが、キラにはなんなのか分からなかった。
それに、プレシアには世話になっていたし、プレシアがアリシアにそこまで執着する理由もキラには分かっていた。
だから、出来ればプレシアの願いも、フェイトの母さんを喜ばせたいという願いも、両方叶えたい、叶えてあげたい。
(いや…叶えるんだ。)
キラの頭の奥底で何かが弾けた。
光を失う目。体の隅々までを覆う憎悪の感情。
フェイトを抱きかかえたまま立ち上がるキラ。

残りのジュエルシードを確実に集めるためには、白い服を着たあの少女と朱い服をきたあの自分と同い年くらいの少年を退けなければならない。
そして、何より邪魔なのが管理局。
(………。)
朱い服を纏った少年はアスラン・ザラ、キラの小さい頃の親友だ。
(だった…っていうべきかな…。だって君は、もう…僕の敵だから…。)
キラはフェイトに治癒魔法をかけ、傷を癒してやる。
「…もう…苦しまなくていいからね…フェイト…。
僕が…守ってあげるから…。
僕が…全部終わらせてあげるから…。」
キラは蒼い翼を模したキーホルダー状の何かに声をかけた。
「…フリーダム…、僕とフェイト、プレシアさんの願いを叶えるために…力を貸してくれるかな?」
『Of cause』
「ありがとう…。」
『Don't mind, my master.』
プレシアの指示により、リニスがベルカ式に対応したインテリジェントデバイスをキラに作ってくれたことがあった。
デバイスの名はフリーダム。
だが、キラはデバイスを起動させたのは初回起動の一回だけで、今の今までデバイスを起動させなかった。
理由は三つ、一つはあまりにも強力過ぎて、制御が困難なこと。
二つ、リニスに使うなと頼まれていたこと。
三つ、今までデバイスを使う必要がなかったこと。

しかし、、あの白い服を纏った悪魔を、友達の皮を被った悪魔を、管理局の正義の名の元に幸せを壊そうとする悪魔を葬るためには必要な力だ。
キラは光を失った虚ろな眼で、空を仰いだまま呟いた。
「…ごめんね…。」
誰への謝罪かは不明だが、これが最初で最後のキラの謝罪になる。
キラはベッドまでフェイトを運び、頭をやさしく撫でた。
少しだけ目を覚ますフェイト。
キラと目が合い、力なく微笑む。キラが微笑み返すと、安心したのか、再びフェイトは眠りについた。
そんなフェイトを眺めながら、キラは未来図を描く。もちろん、自分の家族であるプレシアや、フェイトに都合の良い未来図だ。
自分で想像しておきながら、こんな未来は有り得ないと自分で口を押さえて腹を抱えて笑うキラだった。
終焉の時は、すぐそこまで来ているとも知らずに…。