神隠し_初夢

Last-modified: 2008-01-02 (水) 22:45:29

「初夢?」
聞きなれぬ単語に、キラ、シンを含むフォワードメンバー一同は眉をひそめた。

「年明けの初めに夢を見ることだね」
フェイトが言った。
「だからパジャマに着替えて皆を集めた……と?」

パジャマ姿のなのはとフェイト、はやての三人が仲良く笑顔で頷いた。
「だからって、エリオは兎も角、僕らまで呼ばなくてもよかったんじゃない?」
「いやな、キラくんにシンくん、これはちょっとした遊びや。初夢ってどれだけの人が見れるんかなっていう」
「はぁ」
キラもシンも溜め息ともつかないような曖昧な返事をする。
「あのな、はやてさん」
「何や?」
はやては半目で後頭部を掻くシンへと視線を移した。
「俺も、キラさんも男なんだぞ?」
「それは……見れば分かるよ?」
あっけらかんとはやて。
「シンが言いたいのはつまり、僕らが万一、間違いを犯したらってそういうことでしょ?
はやてになのは、フェイト、それからシグナムさんやシャマルさん、ヴィータにスバル、ティアナ、キャロだって女の子だし……。
せっかく誘ってくれて悪いけど、僕たちは遠慮させてもらうよ」
キラがシンに目配せすると、シンが頷き二人は玄関へ向かおうとした刹那――

「残念ながらあなたたちはここから出られないわ」
「そうそう、もうとっくに、お前らはシャマルの張った結界に閉じ込められてるんだよ。
確か、フリーダム、デスティニーはメンテナンス中で、明日まで手元には戻ってこないんだよな?」
たった一つの出入口はヴィータとシャマルによって封鎖されていた。

「と言うわけで、皆、ええ初夢みるんやで?」
何がと言うわけなのさ? と胸中で一人ごちながらキラは壁の隅で溜め息を着いた。
これには少々わけがある。
はやて曰く、『寝床争奪戦』(ただのくじ引き)により人数分に敷かれた布団の何処に寝るのかが決められた。
結果、キラは壁とキャロに挟まれることになった。体を横にして頭側にはヴィータの頭がある。
対してシンだが、彼はど真ん中に寝床を陣取っていた。
右を向けばフェイトが、左を向けばティアナが、頭上にはシャマルの頭、足元にはシグナムである。
プチハーレムなシンを見てちょっとだけ羨ましく思った。
「キラはシンのところがよかった?」
ニヤリとスバル。キラの斜め、ヴィータの隣だ。
「私の隣は嫌……ですか?」
しゅんっとしょげてしまうキャロを目に、慌てて否定する。
「うぅん、そういうわけじゃないよ。ただちょっと緊張しているというか、なんというか? ……あはは……」
「緊張って、何を期待してんだ? キラ」
「キラって意外とエッチ何だね」
「ヴィータ、スバル!」
からかう二人にたまらず、キラは声を上げた。

「言っとくけど、指一本から髪の毛一本でも私の布団に入ってきたら殺すわよ?」
「……あぁ、わかってる」ティアナに脅され、肝を冷やすシン。そんなシンを見て苦笑いするフェイト、シャマル、シグナムの三人だった。

「それじゃあ、電気消すよ~?」
なのはがそういって消灯。
12人が寝床にする部屋は闇に包まれた。

無論、眠れるまでは皆、話をしている。
それから時間が立てば応答がなかったり、寝息が聞こえたり、皆眠りに落ちて行った。
そんな中、眠れない者が一人いた。シン・アスカである。
闇の中で爛々と輝くその真紅の瞳はずっと天井を見つづけていた。

スバルの初夢

「機動六課主催のこの大会、最後の種目はコレ!!」
何故か季節は夏、フェンスをバックに沿えつけられた簡易テーブルに座っている赤ビキニを纏ったはやて。
その隣には海パン姿のシンがいた。
対面して座るスバルと、隣にはキラ。そして背後には流れるプール。
「アイスクリーム大食い対決!
ルゥールは簡単、次々スタッフによって運ばれてくるミッドチルダ特産超特濃ミルクを使用して作ったバニラアイスをより多く平らげた方の勝ちだぁ!」
「さぁ、スターズ、ライトニングの代表、スバルにキラ、準備はええか?」
「へへ、負けないよ!キラ!」
「本気で勝負したら君が勝てるわけないだろ?」
はやての最終確認に、二人は互いに挑発しあってスプーンに手をかざす。
「では、スタート!」
シンが大声を張り上げた。
アイスクリームをおもいっきり掻き込んで行く二人。
「うっ!?」
「ぐっ!?」
鋭い痛みが後頭部を駆け抜ける。スプーンを握る指が青紫色になるまで力を入れ、無理矢理に口へ運ぼうとするが、口の中が冷たくなりすぎて、今度は歯が痛くなってきた。
だが、それでも二人はペースを落とさない。次々増えていく皿はもう十を越えた。
キラが一皿遅れた。
勝てる、スバルはそう状況を読み取り、スパートをかけた。
もう雑音は耳に入らない。はやて、シンの実況もである。
推測が確信に変わった瞬間、スバルの頭に隕石が落ちてきた。

「むぇっ!?」
痛みで目を醒ましたスバルは頭を擦り、状況を確認のため、直ぐ様上半身を起こした。
「ヴィータ副体長……寝相悪すぎ……」
隕石の正体はヴィータの拳だった。

ヴィータの初夢

「お前とは一度、本気で勝負してみたかったんだ……」
ヴィータは羽子板を握る手に力を込めた。
「本気も何も前に一度、負けてるじゃない?(神隠し短編参照)同じ時期に」
余裕綽々で羽子板をもてあそぶキラが笑みを浮かべた。
「あれから約10年だ。キラ、お前に勝つためだけに特訓してきた」
ヴィータが吠え、羽をおもいっきり羽子板でぶっ叩いた。

カンッ!!コンッ!!
小気味良くも激しい音を立て弾丸の様なラリーを行うヴィータとキラ。
アクロバティックな動きを繰り返し、鞭のようにしなるキラの腕から弾丸の如く打ち出された羽を拾う。
絶対的なリーチの差、けれどもヴィータは早さと瞬発力でカバーする。
前回やった時は顔中墨だらけにされた。
だが、
「今っ!!」
ヴィータは急角度で低空に羽を打ち出した。
キラの目が驚愕に見開かれた。
強烈なストロークを放ったキラは羽子板を振り切っていたので、一瞬対応が遅れる。
こうなってはもう、掬い上げるように羽を浮かすしかない。
ヴィータは胸中でガッツポーズをとった。
あとは浮いた羽を――ヴィータが駆け出し、身体中のバネを駆使、大きく跳躍するための体勢を整えた――キラの顔面に叩き付けるだけ!
キラの持つ羽子板が、羽を掬い上げるように入り、ヴィータは思惑にはまったキラに舌を出して跳躍した刹那、キラは笑った。
「何ッ!?」
羽が羽子板と接触した瞬間、不抜けた音を立て、ヴィータの予測した距離よりも遥かに手前に勢いなく帰ってきた。
「と、届かねぇ!」
精一杯伸ばしたヴィータの羽子板にかすりもせず、無情にも羽は積雪の名残を残した地面に落ちた。
「くっそぉぉお!!また負けた!!!」
くやしがるヴィータ。そこに冷静な声が割り込む。
「ヴィータ、着地忘れてない?」
ヤバイ!!
ヴィータがそう思った時には地面が間近に迫っていた。
しかし、落下しそうになったヴィータをキラが抱きとめた。
目を強く閉じていたヴィータは自分を優しく見つめるキラにわずかに頬を上気させた。
「……描けよ」
ヴィータは恥じらいながら、口を尖らせて言う。
「さっさと描けよ、同情なんか、いらねぇんだからな」
キラは頭を振って拒否した。
「そんな事したら、ヴィータの真っ白な肌がよごれちゃうじゃない?」
ヴィータの顔からボンッと煙が上がった。
「だから――」
ま、まさかキラのヤツ、罰ゲームって言って
「代わりに――」
私にチューすんのか?
ヴィータは目を閉じて口を少し、ほんのちょこっとだけ開けた。

「鼻フック」
キラの右手の人指し指と中指がヴィータの鼻に突き刺さった

「ぶはぁ!!」
息苦しさで目覚めたヴィータは、鼻に詰まったティッシュを取り出した。
「私は……なんつー夢を見てるんだ。
つーか、何で鼻にティッシュなんかつめてんだろ」
しばらく考えていたが、ヴィータは隣で布団にくるまって笑い声を必死に殺すスバルに気付かぬまま再び眠りについた。

キャロの初夢
何故かキャロはフェイトに連れていってもらった遊園地にいた。隣にはキラ。
恐らくは近くに寝ているキラを意識するあまり夢をみてしまったのだろう。
キャロはキラと遊んだ。一日を遊びに費やした。
夢の中、日がくれるまで、最後はやはり観覧車で締め括った。
窓からさしこむ夕日に照らされ、車内ではキャロが今日を振り返りながら楽しげに話をキラとしていた。
けれど、観覧車から降りるとキラがキャロの手を引きながら
「日も暮れて来たから、もう帰ろうか……」
そう、言うのだ。
「どうしてですか?」
こんなにも楽しい所なのに、まだまだ楽しいことをしたいのにとキャロはキラを引き留める。
キラは首を振って
「帰ろう」
ともう一度繰り返した。
すると、キャロの頬を涙が伝った。
キラは少し驚いたようだが、キャロと同じ目線まで自分の目線を下げる。
「どうしたの?」
「嫌なんです……ひっく……」
「何が嫌なの?」
泣いて乱れた呼吸を調えるため、間が空き、振るえ声でキャロは話した。
今日と同じ明日はこない。
今日の様に楽しい日はもう二度と来ないのではないか?
だとしたら、まだ今日と言う日を終えたくない。
「そっか、でもね、キャロ」
一通りキャロの話を聞いたキラはキャロの頬についた涙の筋をハンカチで拭ってやる。
「楽しいっていうのは長くは続かないんだよ」

「毎日が楽しかったら、楽しいことに慣れちゃったら、本当に楽しいこと、幸せなことを見失っちゃうよ?」
しぶしぶ頷くキャロ。
「いい子だ」
くしゃくしゃっと頭を撫でられ、キャロは気持よさそうに目を細めた。
「今日の楽しいことは終わってしまうけど、きっと明日は明日で楽しいことがきっとあるから……」
そう言ってキラがキャロに手を差し出した。
地平線に沈もうとしている太陽をバックに伸びるキラの手にキャロの手が伸びた。

「う~~ん……ん?」
キラは寝返りをうとうとすると、シャツが引っ掛かって首が絞まった。
「……キャロか……」
いつの間にかキラの布団に入り込んでいたキャロがキラのシャツを握り締めていた。
どうしようか悩むキラ。シャツを掴んでいるキャロの手をはがそうとしてみたが、どうにも駄目なようだ。
「まぁ……いいか……」

キラは布団をかけなおし、小さなキャロの肩を軽く抱きかかえるとそのままだき枕の様にして眠りについた。