第二話 軍人の言葉

Last-modified: 2018-12-03 (月) 22:16:04

-霊安室にて-

 

一人の男が横たわっている、穏やかな、そして精悍な顔で。
周囲には数々の花束、記念の品、葬る言葉を記したカード、まもなく彼は宇宙へと葬される。
軍律違反で銃殺刑にかけられた男は、その失態に似合わぬ悼まれ方でその時を待っていた。
弔問客はすでに退席を命じられ、部屋に残っている者は2人、
サメジマの小隊の隊員であったエディ・スコットとジャック・フィリップス。
未だに嗚咽を止めないジャックに対して、エディはずっと黙祷を続けている。
同僚のジャックより5歳年上なことが、彼に大人の態度を取らせてはいる。しかし泣きたいのは彼も同じだった。

 

「ねぇ兄貴、俺は一体・・・」
一息おいてから、言葉をつなげるジャック
「誰を、褒めればいいんですか!」
彼は邂逅する、この尊敬すべき兄貴に教わった、宝物のような言葉を・・・

 

今年の新年、17歳のジャックは休暇を地球の祖父の家で過ごしていた。
サイド2の工場でメカニックとして働いていた彼は、クリスマス休暇から新年までは
この青い星に降りるのが恒例になっていた。
自分へのご褒美、そして優しい祖父や祖母、使用人や旧友との年に一度の再会。

 

年が明けて1月3日、全宇宙にに電撃的なニュースが走る
-ジオン公国、地球連邦に宣戦布告-
地球に長居は出来なくなった。ジオンと連邦が戦争になれば、その間にあるコロニーは
軒並み巻き込まれることになる、会社の同僚や近所の友人達も気になる、片思いの彼女も・・・

 

1月5日、シャトルで宇宙へ、貨客船に乗り換えた時点で船内の全員に告げられる、
サイド2がジオンの進行を受け、占領下に陥ったこと、当船は連邦政府の指示により
ジオンと反対側の連邦軍基地、ルナツー近海の宇宙で待機を指示されたこと。
-遅かった-
みんなは無事だろうか、あの娘は大丈夫かな、ジオンの軍人にたぶらかされたりしてないかな。

 

そんな心配は杞憂であることを、程なく彼は知ることになる、より悪い、最悪の方向で

 

1月10日、その馬鹿馬鹿しいB級映画のようなシーンが全宇宙に配信される、ほぼ生中継に近いタイミングで。
-サイド2のコロニー「アイランド・イフィッシュ」地球へ落着-
そのたちの悪い冗談のような悪夢は、ジャックにとってさらなる悲劇をもたらす。
-連邦軍の抵抗により、コロニーは破壊され3つに分断、最大の破片はオーストラリア、シドニーに落下-
彼が2日前までいた地の名前、祖父母が、旧友がいた地、そこが人類史上最悪の人災によって消滅した。

 

自分の居場所、帰る故郷、ジャックはこのふたつをこの日、同時に失った。
政治と軍人の都合によって、彼はこの宇宙にたったひとりぼっちで投げ出されてしまったのだ
家族も、友人も、仲間も、口うるさい上司も、恋心を抱いていた少女も・・・自分が生きてきたすべての「縁」を
この世から消し去られてしまった、まるで消しゴムで文字を消すように。

 
 

宇宙での待機は長かった、ルナツーには軍事関係の戦艦や空母が優先して入港し、しかも付近の宙域にも
続々と押し寄せている。来るべきジオンとの決戦に備え、戦力を結集していたのだ。
その膨大な戦力は、ジオンの凶人を鎧袖一触で叩きのめすと誰にも思わせた。

 

悪夢は続く。
-ルウム戦役において、連邦軍は惨敗を喫す-

 

ジャック・フィリップスにとって、この世はもう絶望でしか無かった。
まるで運命という神に虐められているような理不尽の連続、俺ばかりを不幸にし、
張本人のジオンを贔屓する、なぜ!どうして!
やり場の無い悲しみが憎悪へ向かうのは自然な流れだった。
ジオンを殺す!ジオンを潰す!ジオンを消す!俺から全てを奪った奴等に同じ思いをさせてやる!!
混乱の続くルナツーで、彼は処遇に軍属への参入を申請した。
もともと寄せ集めに近いこのルナツーでは、人材不足は深刻な問題だった。開戦の混乱から
この基地に避難してきた住民の中からでも使える人材は必要だった、それが彼の申請を通した。

 

モビルポッド・ボールの整備員、および緊急時のパイロット資格、それが彼に与えられた仕事だった。
「・・・なんだ、こりゃ!」
その機械を見たとき、ジャックはただただ呆れ果てていた。無理も無い、作業用ポッドに砲塔を乗せた、ただそれだけの機械。
メカニックのジャックにとって、それは馴染み深い作業機械であり、そして酷いとしか言いようのない兵器?だった。
これではまるでユンボ(パワーショベル)で戦車と戦えと言ってるようなものだ。
メカニックとしてモビルスーツの存在は知っていた、コロニー落としやルウムの映像から見てその優秀さも知っている
それに対して使うのがそのお粗末すぎる機械となれば、搭乗者には死んでこいといってるようなものだ。
「こんなので・・・ジオンと戦えっていうのか?」

 

「いいねぇいいねぇ、任務は難しい方が燃えるってもんだ、なぁ整備士クンよ!」
ポンと肩を叩かれる、ジャックより頭一つは背の高い、肩幅の広い軍人、ニヤリと歯を見せ、笑う。
「し、失礼しました!」
慌ててなれない敬礼をするジャック、何故「失礼しました」と言ってしまったのかは分からない
ただ、その男の態度が不思議とそう言わせていた、それは咎めるのでは無く「まぁ見ていろ」と
言われた気がしたから、そんな気にさせる。
「ヒデキ・サメジマ少尉、この部隊の小隊長だ、よろしくな。」
「ジャック・フィリップス軍曹です、この部隊の整備担当です。」
敬礼の後握手をし、後ろにいるもう一人の軍人を指さす。
「俺の部下のエディ・スコットだ。ついでによろしくな。」
「隊長、アタマ殴っていいですか?」
笑い合う二人、ジャックはそれを見て暗い感情に襲われる、こんな奴等にジオンをぶち殺せるのか・・・?
戦争を分かってない、それがもたらす悲劇を理解していない、そうとしか思えなかった、軍人のくせに!

 

しかし、このルナツーにいる軍人は多かれ少なかれ、彼の求める資質を欠いてるようにしか見えなかった。
宇宙がほぼジオンの制圧下にある中、息を潜めて事なかれ主義で日々を過ごしているようにさえ思えた。
佐官であるワッケインが指令であることを考えても、この基地はまっとうな人事体制ができていない、
もっとも、そんな場所だから避難民であるジャックが軍属になれたのだが・・・

 
 

「砲塔のバランス悪いんだ、もうちょい重心を後ろにならないか?」
赴任して3日後、サメジマにそう問われる、無茶を言う人だ、と思った。
どんな急造兵器でも、生産ラインに乗ってしまえば大がかりな改造はこんなドックじゃ不可能だ。
一応その旨伝えると、思ったよりあっさりと納得してくれた、その件に関しては。

 

「砲塔のマガジンをマニピュレーターで自己付け替えできないかな?」
「スラスターの出力がピーキーすぎる、やんわりと方向転換したいんだが。」
「電池切れが早くてな、大容量のバックパック開発できんか?」

 

連日連日、彼はジャックに無理難題を持ち込んだ。もちろん対応できるのもあったが
大抵は少し考えれば不可能なのが分かりそうなものだが・・・極めつけはコレだった。
「戦艦の主砲とっぱらってボールを艦載できねぇかな?」
・・・一体、整備士を何だと思ってるんだこの人は。
連日連日ツッコミを上司に入れる日々が続いた。そしてその後、サメジマは決まってボールでテスト飛行に出て行く
ああ、また何か思いついて無理難題を言われるのか。

 

あれ?
思えばこの基地でボールのパイロットは相当数いる。しかし皆、2~3日に1回、短い訓練をすればいいほうで
彼のように戦時下にふさわしく、いやそれ以上に熱心にテスト飛行を繰り返している人は誰もいない、
不思議に思ったジャックは数人のパイロットに聴き、事情を知った。

 

ルウム以降、モビルスーツの必要性は連邦軍全体の課題となっている。
本国では一刻も早いモビルスーツの実戦投入目指して開発が進んでいる、しかし機械だけで戦争は出来ない
それを操る人間がいてはじめてその兵器は効果を発揮するのは当然だ。
そんなパイロットの候補生たち、いわばモビルスーツパイロットのプールがこのルナツーのボールパイロットなのだと。
となれば、適性試験に合格すればやがてザクをも上回るモビルスーツに乗ることが出来る、
それなのに何を好んで、この大砲を担いだ作業用機械で訓練などしなければならないのか、幸いここはジオンの
攻勢もそうはない、大人しくしてればもっとマシな状況が訪れる、つまりはそういうことだ。

 

「あの人だけは別だがな。」
エディ・スコットがそう語る。サメジマが注文をつけていたのは何もジャックだけでは無かった
戦闘におけるフォーメーションや戦術、敵モビルスーツ・ザクの研究データの流用、新たな兵器の開発から
地球本国との連携、ジオンが攻勢をかけてきた時のシュミレーション、上は指令から下は下士官まで
連日精力的に取り組み、周囲を巻き込んで奔走していた。そのモチベーションの高さはどこから来るのか・・・
「ま、何事も真剣にやらなきゃ気が済まないタチでな。」
ワイルドな笑顔を見せ、楽しそうに仕事に取り組むサメジマ、そんな彼の行動力に、ルナツー全体が
熱を当てられ始めていた。

 
 

8月に入ると、そうした熱気が実績になって現れてきていた。
サメジマによって確立されたボールの戦法、運用は、ルナツー近海での小競り合いにおいて
画期的な効果を発揮しはじめていた。
対モビルスーツ戦はもとより、艦隊運用におけるボールの使用法、敵索や先制攻撃から撤退の殿の戦い方
細かに改良された機体のセンサーや動力向上、着艦から再発進までの時間の短縮
そしてとうとう、一部のサラミスにボールの艦載機械が乗っかるに至る頃には、彼は「兄貴」と呼ばれるのが
自然なほどの信頼を得ていた。

 

それは同時に、ジャックにも新たな居場所、そして「縁」を与えてくれていた。
サメジマを中心としたルナツーの「輪」そこにジャックの居場所は確かにあった。
彼は少しだけ、ジオンに対する憎悪を忘れていた。

 

そして9月末、新たな転機が訪れる。連邦制モビルスーツ、ジムのルナツーへの実戦配備。
これにより多くのボールパイロットが引き抜かれ、連日ジムのテストプレイに明けることとなる、
必然的にサメジマのような熟練のパイロットは、現場を維持するためにジムへの移籍は後まわしとなり
抜けた部隊の分も働くことが要求された、10月末にはメカニック兼補充パイロットのジャックもついにお呼びがかかる・・・

 

ジャックは戦場に出ることで思い出していた。いや、思い出そうとしていた。ジオンにされた仕打ちを、憎悪を。
彼はあえて上司にそれを告げる。ジオンへの恨みを、故郷を失った悲しみを、奴等を地獄の業火で焼き尽くしてやりたいと。

 

サメジマの返礼、それは鉄拳だった。強烈な右フックが彼をマネキンのように吹き飛ばす。
痛みより驚きに固まるジャックの胸ぐらを掴んで怒鳴るサメジマ。
「一般人みたいなコト言ってんじゃねぇよ、ジャック・フィリップス!てめぇ軍人だろうが!!」
兄貴の初めて見た激情、それは怒り。軍人としての教育ではなく、教師が生徒に諭すでもなく
1個人ヒデキ・サメジマがジャック・フィリップスに向けた、彼に教えるべき大切なこと。

 

「お前はこれから戦争に行くんだ!敵を殺すんだ!その敵に家族がいないと思ってるのか!?」
ジャックはその言葉に血の気が引く思いを味わった。そんなジャックを見てサメジマも手を離す。
「・・・いいかジャック、仮に俺やエディが殺されても敵を憎むんじゃねぇ、それは軍人のすることじゃねぇよ」
「そんな!」
サメジマの兄貴が死ぬ、エディさんが死ぬ、また自分の居場所が無くなる・・・そんな、嫌だ、そんなこと!
「そん時は敵を褒めるんだよ、あのサメジマを倒すとはたいした敵だ、ってな。
そしてお前がその敵を倒して『奴は強かったぜ』って武勇伝にするんだ。それが殺された仲間や敵に対する敬意ってもんだ。」

 

「敵を・・・褒める・・・」
そんな発想は微塵も無かった。ただジャックの胸中深く、その言葉が染み込んでいった。
「俺たちは所詮、駒だ。コロニーを落とした連中も、上から命令されてやったにすぎん。
そんな奴等をいちいち憎んでいたらキリがねぇだろ、むしろ辛い任務をよくやったと褒めてやれ
戦場でもし、そいつらに出会ったら、お前の手で過去の罪を精算してやればいい。」

 

ジャックの中で何かが変わった、敵は憎まなくてもいい、憎くも無い敵を殺さなけりゃならない、それが軍人。

 

そしてその軍人ジャック・フィリップスが迎える初の出撃、それが新たな悲劇の第一歩だった・・・。

 
 

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