第01話~こんなはずじゃ・・・・・・
1
周りから見ると幸せでも、本人はそうでないケースってものがある。
例えば僕とラクスの関係がまさにそれだった。
みんなは、あんな素敵な女性から愛されて羨ましいと言うけどさ、物事には限度があるんだ。
簡単に言うと絞りすぎなんだよね。
僕がシン・アスカになって一ヶ月が過ぎようとしていた。
今の僕はラクスといた頃の正反対の状況にある。
つまり極限の禁欲生活。
「ん? お兄ちゃん、どうしたの?」
その状況を作った元凶が目を瞑ったままこちらを振り返る。
きめの細かい白い肌はほんのりと赤く染まり肩から背中、腰からお尻へ綺麗なラインを描いている。
「何でもないよ。それじゃあ流すからね」
「うん♪」
僕はシャンプーを終えたマユちゃんの髪に付いた泡をシャワーで流す。
シンがシスコンだという事は知っていた。
正直、彼の妹は鬱陶しかったんじゃないかと思ってたけど、その予想は外れた。
彼女も負けず劣らずブラコンだった。
両親は不在が多く、彼女は幼いながらも家事を一手に引き受けようと奮闘し、その健気な姿には感動を
覚える。
実際に彼女はこの幼さで家事が上手く、将来は良いお嫁さんになると思えた。
それでいながら甘えん坊で、寝る時もお風呂も一緒でないと嫌だと駄々をこね、片時も離れる事は無い。
最近になって気付いたけど、シンの娘に対する異常な行動もアスカ家にとっては普通の事だったようだ。
つまり何が言いたいかと言うと、僕は溜まっていた。
何しろ自分で処理しようにも1人になる事が出来ないのだ。
「お兄ちゃん、まだ~?」
「も、もう少し~まだ、泡が付いてるから」
「え~、長いよ~」
この後、湯船で彼女が座る特定席、正式名称は僕の足の上を整えるべく戦闘体制に入ってる僕のジュニアを収めなくては……そう、僕は溜まってるだけなんだ。
別にマユちゃんに興奮しているわけじゃ無い!
僕はノーマルなんだから幼女の裸に興奮するわけ無いんだってば!
「お兄ちゃ~ん!」
「も、もう少し待って!」
第1話~~こんなはずじゃ……
2
キラ・ヤマト、コーディネーターの最高傑作。その能力はあらゆる常識を超越したものだった。
例えば戦闘中にOSを書き換えるという知識と判断力とキーボートの操作スピード。
例えば対G訓練もなしにMSで実戦に入れる体力。
例えば毎晩女帝の相手をやり遂げる無限の精力。
「……そのはずじゃ無かったか?」
俺はパソコンの前で力なく項垂れていた。
目の前にあるのは俺が通うカレッジのカトー教授から渡された手伝いという名の雑用。
それにしても量が多すぎる。明らかに人間に出来る量じゃ無かった。
なんでキラさんはこんなものを引き受けていたんだろう?…………あ、分かった。
あの人、気が弱いから断れなかったんだな。
それで下手に能力があってやり遂げるものだから、調子に乗った教授が次の仕事を……
「損な性格してるよな……でも、今の問題は」
俺は溜息を吐いて、再び項垂れてしまった。
俺がキラ・ヤマトになって一ヶ月が過ぎた。
だが俺が俺である以上、決してキラ・ヤマトでは無かった。
つまりは記憶の混濁。
16歳までのキラさんの記憶は確かにあるが、それはか細いものだった。
例えばキラさんの両親を見て、すぐには分からなかったように友人関係などキラさんなら当然の事と受け止めるはずの事柄が、俺にとっては遠い記憶から無理に引き出すことで理解するしかないのが現状だった。
それは当然といえば当然の事で人間というものは、過去からの積み重ねで構築されるものだ。
そして俺がシン・アスカとしての自意識がある以上、俺の記憶のメインはシン・アスカのものであり、そう構築されている。
逆にキラ・ヤマトの記憶は読んだことがある本の内容のようなものだった。
また、そうでなければ俺は自分の事がシン・アスカかキラ・ヤマトか判断出来なかっただろう。
俺の性格の変化に、両親をはじめ周囲の人間は戸惑ったが、まさか別の人間が憑依(?)しているとも
言えず、また向うもそうは考えないため遅すぎる反抗期と捉えているようだ。
無論、状況に気付いてからは、俺だって出来るだけキラさんらしく振舞っている。
そうしないと今の状況が一時的なものか、それとも死ぬまで続くか分からない以上、下手な事は出来なかった。
それこそ、今夜眠ったら翌朝は俺は消え元のキラさんに戻っている可能性だってあるんだから、残されたキラさんに迷惑を掛けるわけにはいかないのだ。
しかし、いくらキラさんらしく振舞おうにも……
「出来るかってんだ! こんなもんがぁぁぁ!!!」
人間には出来る事と出来ない事がある。
キラさんなら可能な仕事量も俺には無理難題だった。
3
「キラ。こんなとこに居たのかよ、カトー教授がお前のこと探してたぜ」
「見かけたらすぐ引っ張ってこいって」
「ゲッ……」
挨拶もなしに俺に死の宣告を与えるバカップル…トールとミリアリアは俺というか正確にはキラさんの
友人だった。
このミリアリアの方は俺の記憶にもあるんだけど、トールって知らないな?
「な~に? また何か手伝わされてるの?」
「……え~と、昨日と言うか、その前からのが随分溜まってるんだけど」
「全く教授も頑固だよなぁ。キラが嫌がってるの気付いてるだろうにさ」
トールが呆れながら呟く。
まあ、嫌がってるというより本当に無理なんだけどさ。彼は反抗期を迎えた俺が仕事を押し付ける教授に反発してるが、教授は諦めずに仕事を押し付けているのが今の現状と認識してるようだった。
それでいて、俺に同情的だなんて、ホント良い奴だな。
キラさん、何でこの人と友人関係続けなかったんだろ?……って、あれ?
たしかミリィさんって……
「まあ、俺も付いてくから取り敢えず顔だけでも……お、なんか新しいニュースか?」
考え事をしていた俺にトールが声をかけるが、途中で別のものに反応する。
彼が反応を示したのは、戦闘を告げるニュース番組だった。
「ああ、カオシュンらしいな」
「うぃあ~、先週でこれじゃあ今頃はもう落ちちゃってんじゃねぇの、カオシュン」
「だろうな」
「カオシュンなんてけっこう近いじゃない。大丈夫かなほんと?」
「まー、そら心配ないでしょう。近いったってウチは中立だぜ。オーブが戦場になるなんてことは
まずないって」
「そう、ならいいけど…って、キラ?」
「お前……」
「え?……あ、ああゴメン」
どこか怯えた表情で声をかけてきた様子から、俺は険しい顔をしていたらしい。
「え? 俺の顔に何か付いてる?」
「いや、何でも……それより教授のとこに行こうか」
迂闊だった。
突然キラさんになって混乱していたとは言え、今の状況、ザフトと連合が戦争の真っ最中だということを、ここヘリオポリスが最初のモビルスーツ戦の舞台になる事をすっかり忘れていた。
彼等の甘い考えは昔の俺と同じで、すぐに打ち砕かれることになる。
「なあ? ホントにどうかしたのか?」
トールが不安そうに尋ねてくる。俺は首を横に振って否定するが、思い出してしまっていた。
ミリアリア・ハウの恋人は今回の戦争で死んだということに。
俺はカトー教授の下へ向かっていた。はっきり言って彼の仕事に付き合っている暇は無い。
明日には元の俺に戻っているかもしれないが、ここに残る可能性がある以上は出来る範囲のことは、やっておきたかった。
キラさんの迷惑を考えて余計なことはしないようにしてきたが、教授に関してはキラさんだって迷惑
していただろう……多分。
だから多少高圧的になっても、これ以上俺に仕事を押し付けてこないように釘を刺しておこう。
「あれ?ミリアリア」
「はーい」
そんな考えをしながら歩いていると、ミリアリアに声をかけてくる女の声……フレイか。
ミリアリアを含めた友人たちと話している少女。
フレイ・アルスター、キラさんが愛し、守れなかった事を悔いた少女……
「ん?」
しかし、俺は背中の気配に反応して振り返る。
一組の男女がいる。そして不機嫌そうな表情……
俺達がエレカの前で立ち止まっている事に気付き、すぐに道をあけた。
「あ、ごめんなさい。お先にどうぞ」
「え? いや……では悪いけど先に失礼させてもらう」
「いえ……」
俺は頭を下げると、彼女の不信そうな表情に気付いていた。
「参ったね。後ろ待ってる人がいたなんて。良く気付いたよな」
「うん。たまたま後ろ見たんだ」
俺はそう言ったが、譲られた彼女はそうとは思っていないだろう。
俺は彼女が不機嫌になった途端に反応をしてみせたんだから。
あの雰囲気は軍人か? どうも、ここに来てからの俺は迂闊すぎるな。
余計な動きだった。
気付かないフリをするべきだったと俺がそう考えたとき、以外にも素人のトールすら騙せていない事を知らされる。
「おかしいだろ?」
「え?」
俺の背中に冷たい汗が流れる。
「だって、フレイは向うだぞ。ムッツリスケベのお前が視姦しないなんて」
「いや、ちょっと待て!」
そんな理由かよ……て、ゆーかキラさん。
アンタ、好きな女の子をジロジロ見るタイプだったんだね。
思わず俺もフレイの方を見る。
たしかに綺麗な少女だ。俺の好みとは少し離れてるけど、彼女を相手に童貞を捨てたキラさんは幸せだったんだろう……あれ? ちょっと待て……
「どうした?」
「いや……えっと」
……ってことは、俺あの子とやれるの?
フレイ・アルスター。15歳の美少女……キラさんがどうやって最後まで漕ぎ着けたのかを考えながら
歩いてると何時の間にやら目的地に辿り着いていた。
「うーっす」
「あ、キラやっと来たか」
トールの挨拶に友人の1人のサイが俺の事に気付いた。
俺も声をかけようとしたが、サイの後方に居た人物の姿に俺は固まってしまった。
「な、なんで?……」
「どうした?」
「あ、ああ……アイツ…じゃなく彼女は?」
「あ、教授のお客さん。ここで待ってろって言われたんだと」
「え? あれ女!?」
トールが驚くのも無理は無かった。
どっから見ても男にしか見えないが、紛れも無くアイツは女だ。
それにしても、何でカガリ・ユラ・アスハがこんなところに?
「それにしても彼女がどうかしたのか? えらく驚いてるが?」
「え? いや……その、何か顔が俺に似てるなって……」
アイツがオーブのカガリ・ユラ・アスハだと言う訳にもいかず、咄嗟の言い訳にキラさんとアスハが双子だと知ってる俺は、そう言って彼等の注意を逸らす事にした。
「ん? そう言えば……」
「本当だ……」
「ん? 何か用か?」
あまりにも自分が見られているのでアスハまで反応してしまった。
俺達は慌てて誤魔化すが、アイツは不信そうな目でずっと俺達を見てくる。
俺は思わず苦笑していた。
昔はアイツの事が嫌いでどうしようもなく憎かったが、あの戦争の後のアイツの人生に同情する。
恋人だったアスランと別れた。
うん。それはまだ良い。良くある話さ。
だが、何でそのアスランを
オーブ軍で雇ったんだろう?
しかも相変わらず無神経なアスランは平気でメイリンをオーブに連れてくるし……
一度は結婚式まで上げながら結婚式をボイコット…後に相手は死亡。
指輪を送ってくれた婚約者は自分が治める国で別の女と……そしてアイツは三十路を超えても未だに独身。
「……キツイだろ?」
カガリ・ユラ・アスハ。
憎み続けるにはあまりにも可哀想になる女だった。
4
サイが教授からの依頼を渡してきたが、俺はそれを受け取るだけ受け取ってテーブルに放り投げた。
俺の意思を察したか、サイは苦笑を浮かべただけで何も言ってこなかった。
コイツも良い奴だな……キラさん友達に恵まれてる?
その後、アスハが教授の部屋に向かったりと、俺の用件は後回しにされていたが、その間に俺は今後の
事を考える事が出来た。
このコロニーが何時攻撃されるか覚えていなかったが、そう遠くないはずだ。
その間に何が出来るか?
俺とキラさんを比較すると戦闘経験は俺のほうが遥かに上だ。
これは今でも引き継いでるので問題無い。
だが、元の俺に比べ体力面では遥かに劣っている。
これは今からでも鍛えていくしか無い。
まあ素材は最高なので申し分なかった。
しかし最大の問題は、そんなことでは無い。
この時のキラさんに比べ俺が遥かに劣っているのがOSの書き換え。
俺だって多少は出来るが簡単な動きを入力する程度だ。
戦闘に耐えるものは専門家の手助け無しでは、それもましてや戦闘中に変えるなど俺には到底出来ない芸当だ。
だが、この身体はキラ・ヤマトのもの。
鍛える事で俺も、正確に言えばこの体が出来るようになるかもしれない。
まあ、確信は無いし、今夜から早速トレーニングを兼ね、OSの作成を始めよう。
それを持っておけばいざという時にインストールして使える。
ストライクのOSの現状が分からないから何とも言えないが、備えておくに越した事は無い。
やることは決まった。
教授に今後は仕事を押し付けないように釘をさしたら、早速トレーニング開始だ。
今日から帰りは走って帰るか。そして帰宅後は筋トレをして、後にOS作成。
俺は大きく頷くと、このプランを新デスティニープランと頭の中で命名する。
その時……
「うわー!」
「隕石か?」
激しい振動が俺達を襲った。
「……あれ?」
……もしかして手遅れ? 今まで考えたのは全部ムダ?……やっぱり命名に失敗したかな。
5
「やっぱり……地球軍の新型機動兵器……お父様の裏切り者ー!」
何かアスハが泣きながら絶叫している。まあ、落ち着けよ。そう思える俺って随分丸くなったよな。
あの後、1人で走っていったアスハを見捨てるのが可哀想で、ここまで追っかけてきたんだけど……
なるほどなぁ……まあ中立謳ってる祖国がこんなことしてたら怒るわな。
俺も今のアスハくらいの歳なら間違いなくキレてたろうなぁ。
裏で連合と組まなければMSは出来なかったって事なんだろうけどさ、それって最初から中立貫く力が無かったってことで……
でも今はそれどころじゃ無い。
何しろザフト軍がそこまで攻めてきてるんだから。
こんな場所にいたら軍属と思われて撃たれても仕方がない。
「ほら、ここで泣いてても意味無いだろ。どうするかは落ち着いてから考えろ。行くぞ!」
俺はアスハを引っ張って近くのシェルターにアイツを放り込んだ。
ちょうどシェルターは後1人が定員だったので都合が良かった。
どの道、俺はこの後ストライクに向かおうと思っていたし、言い訳しなくて済む。
アスハは最後まで何か叫んでいたが無視した。
相変わらず煩い奴だった……ホントに変わらない女だな。
そして俺はストライクの元へ向かった。
「なに考えてんだか俺って」
思わず愚痴を漏らしてしまった。相手はザフト軍。なんだって俺が戦わなくちゃならないんだ?
でも、知ってしまったから。
サイやトール。キラさんの友達が良い奴だってことを……守りたいって思ってしまった。
こうなったらシン・アスカが取る道は決まっている。
そしてストライクがあった場所へ戻ってきた時、先程もいた女……どっかで見たことあるんだけど
憶えていない。
つーか、なんか思い出したく無い女……の後ろから銃を向けるザフト兵がいた。
「危ない後ろ!」
「さっきの子? まだ」
そう言いながら銃を放ち、ザフト兵を撃つ……まて! アンタ本当にナチュラルか?
何か周りにザフト兵の死体がいっぱいあるぞ!……アイツが殺ったの?
ええ~と……そうかアレだ! エクステンデッドはまだ完成したないから、その前期型のヤツ。
何だっけかな?……まあ、アレだ強化人間……あれ? なんだよそれ。
そんなのが居るなら、そいつらが普通にMSに乗っちゃえば良いだろ?
無理してナチュラル用のOS使わなくてもジンのOSをそのままでも使えるんじゃ?…………何だよ。キラさん、つーか俺の出番無いよ。
「来い!」
そんな考え事してると、強化人間の女が大声で命令してくる。怖いよ!
「え? ひ、左ブロックのシェルターに行きます! お構いなく!」
咄嗟に嘘を付き、ここから離れる事を考える。
この巨乳の強化人間が居る以上は俺に出番は無い。
「あそこはもうドアしかない!」
……は? ちょっと待てよ! それじゃあ、どうすれば……
「こっちへ!」
え? 強化人間と御一緒しろって? 勘弁してくれよ。そんな事したら……
強化人間に助けられる→俺がコーディネーターってばれる→ヌッ殺される。
……のコンボが決まっちまう。
あ~~もっと早くこの日を予測できてたら……今の俺じゃあ、絶対に強化人間に勝ち目は無い。確か前期型の強化人間って薬中だろ?
「急げ!……ハマダ!」
強化人間が俺の手を引きながら、撃たれた仲間の名を叫ぶ。
その時、急に思い出した。この前期型の強化人間の名前を。
たしか……
「ブース…」
「あぁん!」
死んだ。俺は死ぬ。殺気の篭った視線に俺は生を諦めた。
「うわぁ!」
だが、その時、奇跡は起こった。
誰だか知れないが勇敢なザフト兵の銃弾がブーステッドマンの肩を掠めた。
「えーい!」
しかも、ソイツはナイフを片手に突っ込んでくる。
俺はこの勇者に眼が釘付けになった……そして、その顔を見て驚愕する。
「アス…ラン!?」
「……キラ!?」
その懐かしい姿を見た俺は自然に笑みが零れるのを感じた。
本当に懐かしい……いや、アスラン自身は最後に会ってから1年も経ってないけど……
アスランの前髪を見たのは何年ぶりだろう?
……本当に懐かしいなぁ……
続く