第12話 約束の場所、終焉の場所

Last-modified: 2018-12-02 (日) 20:36:33

第12話 約束の場所、終焉の場所

 

ガスーン!ガイーン!ガゴーン!
モビルスーツのパンチが荷物搬入用の外壁ハッチを何度も殴りつける。
しかし外から補強、溶接されたそのハッチは、モビルスーツのパワーをもってしても
ビクともしない。
「・・・ここも、ダメ。」

 

 あれから何時間になるだろう、セリカは旧ザクに乗り込むと、宇宙港の外殻付近の
出入口や壁の薄そうなところを、片っ端から殴り壊そうとしていた。
しかしそのいずれも破壊は敵わなかった、見送りデッキのガラスまで殴ってみたが同じことだった。
まぁ、ああいう所のガラスは普段の万が一を考えて、下手な隔壁より丈夫になっているのが普通なのだが。
「・・・どうして?コロニーの外壁、固すぎでしょ?」
息を切らせて嘆くセリカ。疲労は肉体よりも精神的なものが大きかった。
最悪でも落下までになんとか脱出しなければいけない。いや、出来れば少しでも早く脱出して
このコロニーの落下を止めさせなければ、万が一にもトオルの所に落ちたら-

 

 しかしコロニーは無情にも脱出の口を開けなかった。
セリカは知らない、ジオン軍の目的が、このコロニーを連邦軍の地球最大の拠点、南米ジャブローに
正確に落とそうとしていることを。
そのために大勢の技術者がこの計画に動員されている。彼らが恐れた事柄の一つが、外壁の破損による
大気圏突入後の乱気流による軌道の狂いだった。
もし何らかの理由で宇宙港のような大きな部分に穴が空けば、大気圏突入時の空気がそこに流れ込み
気流の渦となり、コロニーの進路を曲げかねないことを懸念していた。
ベースボールのボールの縫い目が空気の影響を受けて曲がり、変化球を生み出すように。
だから宇宙港のようにコロニーに影響を与えかねない外壁の部分は、より念入りに補強されていた。
その事実がセリカの乗る旧ザクをして、穴をあけられない理由だった。

 

もはや場所を選ばず、外壁のそこかしこを殴りつける旧ザク。どこか1か所でも
ヒビのひとつでも入れば、そう思って手当たり次第に破壊を目指すセリカ。しかし隔壁はその優秀性を
示すがごとくビクともしなかった。
「ダメだ、ダメだよ・・・どうしても開かないんだ・・・トオル、ごめん。」
コックピットでうなだれるセリカ、おそらくもうコロニーの落下には間に合わない。
仮に自分がなんとか脱出できるとしても、もしトオルが死んでしまったら私には何もなくなる。
両親も、友人も、仲間も、そして愛しい人もすべて失って、私は一体どう生きていけばいいというの?

 

 もう、駄目だ。トオルにはもう会えないかもしれない。そう思うと、彼女はトオルとの思い出を求める。
そうだ、日記帳。コロニーの内部、父と母の眠る居間に置いてきた、彼との交換日記・・・
せめてあれを抱きしめていれば、トオルを近くに感じられるだろうか。そう思ったセリカは
ザクをターミナルのエレベーターまで移動させる。
「・・・あれ?」
来た時には気づかなかったが、よく見るとエレベーターのドアが無い、正確にはドアごと破壊されている。
入り口はぽっかりと大穴が空いており、その下に続くエレベーターの通路が剥き出しになっていた、
下は底なし沼のように深く奥まって、はるかコロニー内部まで繋がっているようだ。

 

 セリカは決意する。もう半分はヤケだ、このままこの機械ごと下に降りてしまおう。
このモビルスーツが上で何かの役に立たないとも限らない。むろんこのエレベーター内を伝って
コロニー内に行けるとは限らないが、もし上手くいけば走るよりはるかに早く、そしてラクにいける。
エレベーターの際に立ち、背中のバーニアをふかす。噴煙で見る間に煙に覆われるターミナル。

 

そして踏み出し、落下する。!トンネルに突入した旧ザクは、そのまま落ち続け、下を目指す。
バーニアの噴射で落下速度は抑えられてはいるが、重力の加速により次第に落下速度を速めていく。
と、その時、重力が反転、一転してザクの落下速度に急激なブレーキがかかる。、
外側の重力圏を超え、上下の重力が逆転する。
「あ、大変!」
重力が反転したということは、今までの下降から上昇に変わったということ。ここからは加速しないと
重力の中心点に捕われてやがて止まってしまう。
あわててザクを制御し、反転させてバーニアを噴射。重力に逆らってロケットのように上昇を続ける。
ザクの噴射による上昇力は、なんとかコロニーのGコンが生み出す重力を上回れた、
コロニーが回転が止まっており、遠心力が働いてないことも幸いしたようだ。
どうにかエレベーターの頂点、コロニー内のエレベーター出口まで辿り着くザク、
垂れ下がるワイヤーに捕まってドアを蹴り飛ばし、コロニー内のターミナルに飛び移る。

 

 ターミナルから出て、アイランド・イフィッシュの街を闊歩する旧ザク。そしてそれに寄り添うように
無数の魂が集まってくる。聞こえるのはジオンの破壊兵器に対する非難、憎悪、嘆きの声。
セリカの家の前まで歩き、ハッチを開け、丸1日ぶりにコックピットから降りるセリカ。
周囲の霊たちの、驚いた様子も意に介さず家に入り、歩みを進める。
居間に到着し、父と母の遺体の間に置かれた日記帳をそっと手に取り、抱きしめる。
「トオル、ごめん、私もうダメだよ。せめて、幸せになってね・・・」
セリカは泣いた。涙を流し、彼との思い出を邂逅する。
初対面、赤ずきんの朗読、二人三脚、空港でのばったり再会、そしてプロポーズ・・・

 

 そんな幸せな思い出を、無粋な轟音と振動が遮断する。え、もう落下?
セリカは日記帳を抱えたまま外に出る。はるか遠くの町はずれ、コロニーの地面に大穴が空いていた。
空いた穴付近は火と、煙と、その向こうに宇宙が見える。ついさっきまで行きたいと願い、行けなかった空間
そこへの出口がぽっかりと大きく口を開けている。これは一体・・・
そう思った瞬間、巨大な炎の筒がコロニーの外から飛来し、別の個所にまた大穴を開ける。
炎の筒は反対側のコロニーの地面まで飛び、そこにも穴をあけて地面を消し去る。
これは・・・巨大なビーム兵器だ。コロニーの外側から発射されたビーム兵器が、コロニーにチーズのような
穴を穿っているんだ。

 

 それはコロニーのジャブロー落下を阻止せんとする連邦軍艦隊の攻撃だった。
彼らにとっては何よりコロニーをジャブローに落とさないことが第一だ、あそこには自分たちの
基地があり、仲間がいる。そんな彼らにとってもはやコロニーは単なる災厄の塊であり
そこに人がいるという思考はすでに抜け落ちている。
だからこんな攻撃ができる、メガ粒子砲によるコロニーへの攻撃が。

 

 その穴が開いた時、突如轟音がコロニーに鳴り響く。爆発や破壊の音ではない、黒板をかきむしる様な
軋みやねじれの音を何万倍にもしたような、嫌な轟音。それと共にコロニーの景色が歪んでいく。
いや、正確には本当にコロニーが歪み、ねじれていく。先ほどの攻撃で空いた穴のせいでコロニーそのものが
まるで「裂けるチーズ」をゆっくり引きちぎっていくかのように、地面にヒビが入り、割れていく。
まさに非現実的な光景だった。天空の地面がゆっくりと裂け、開き、亀裂が天地を走る。
人類の英知の結晶のコロニーが今、人類の手によって、自然災害以上の人災によって壊れようとしている。
言葉もなく立ち尽くすセリカ、その頭に言葉が響く。
『早く!あの機械に乗るんだ!!』
父の声だった。母の声がそれに続く。
『ほーら、脱出口ができたじゃないか!さっさとトオル君に会いに行きな!』
「あ・・・うんっ!」
ひとつ頷いて、ザクのコックピットに走る。その周囲を無数の、そして大量の霊が付き従う。
彼らの思いは一つ、このアイランド・イフィッシュで唯一生き延びた少女の奇跡の生還。

 

 ザクに乗り込み、走る。すでに足元にもヒビ割れは来ており、そこから外側がのぞき込める。
コロニーの外殻と内殻、その隙間の100メートルほどの空間にザクをすべりこませる。
外殻は熱を持っていた、すでに外は暗黒の宇宙から暗い群青へと変わりつつある。
「大気圏に入ってる!」
ザクは走る、コロニーの端、巨大なレーダーのような先端に向かって、人体で言うなら
皮と肉の隙間の部分を、進行方向の先端に向かって駆け抜ける。
先に行くほどその空間は狭くなっていく、各所で冷却材が猛烈に噴射されている。
大気圏突入の熱をセンサーが感知し、人の住むコロニーを守ろうと、コンピューターは
全力で冷却処理をする。
 ザクもまた、温度の上昇を感知し、空いていたハッチを閉め、空調を効かし始める。
コロニー、そしてモビルスーツ。人の使う機械は常にその人の求めるものを与えてくれる。
だがこの巨人は人殺しの道具、コロニーも今や大量殺戮のための隕石代わりでしかない。
道具の、そして技術の価値は、つねにそれを使う人によって決められるのだ。

 

 やがて先端部分に辿り着くザク。ここはコロニーを管理する限られた人間しか立ち入れないエリア。
ザクのハッチを開け、降りる。熱い、猛烈に。冷却材がそこかしこで噴出されてはいるが
それでも人が素でいるには相当キツい。通路を進み、「管制室」と書かれたドアを開き、中に入る。
その部屋にも数人が倒れていた。熱波にさらされながらも部屋の電源、機械、システムは生きている。
正面のモニターが青い地球を大写しで表示しているのがその証拠だった。
 その画面に見入るセリカ。周囲にはずっと付いてきていた無数の魂、その部屋の魂も合流し、
後から追いかけてきていた霊魂もどんどん詰めかけてきている。
その霊の存在がセリカの感度を上げ、さらなる能力を引き出す。今の彼女には
未来を予想する力さえ備わっていた。だが、それは必ずしも幸せなことではないかもしれない-

 

 目を閉じ、心を開放し、このコロニーの行く末を、未来を読み取る。
「そんな・・・どうして・・・」
驚愕の表情で目を開ける、熱さも忘れ、絶望に放心して、ゆっくりとヒザを付く。
このコロニーの落下地点、そこに見えたのは雲をも貫く建造物、トオルとの愛を誓う、約束の場所

 

 -クラウド・カッティング-

 

「このコロニーは」「シドニーに」「落下する」

 

悪夢は連鎖する。不幸は折り重なる、悲劇は畳みかける、世界の現実は「非情」の文字で
塗りたくられていた。

 

 セリカは叫ぶ、涙を流しならら、絶望に身を浸しながら、それが無駄だとわかっていても、叫ぶ。

 

「トオルーーーっ!!逃げてーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

 
 

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