聖戦士ダンバインSEED DESTINY_01話

Last-modified: 2011-07-28 (木) 19:18:42

 地上……シン・アスカの知らない、もう一つの地上を舞台とした戦いは、彼の属するアの国とその同盟国であるクの国、そして敵対するナの国とラウの国との決戦を迎え混迷の渦の中にあった。
 戦場は、大海原の上空。バイストンウェルの人型兵器オーラバトラー……自軍のドラムロやビランビーと、敵軍のボゾンやボチューンが入り乱れて飛び交い、剣を交わらせ、炎を撃ち合い、時に討たれた兵が砕け散りながら落ちていく。
 シン・アスカもまた自ら乗る、黒い装甲に赤いラインの刻まれたダンバインを戦場に飛ばせていた。
「退け! 邪魔をするな!」
 行く手を遮ろうとするボゾンがオーラソードを上段に構えて切り込んで来るのを、ワイヤークローを射出して牽制し、一瞬の隙が生まれたと見るや肉薄してオーラソードで腹を横薙ぎに切り捨てる。
 シンにあったのは焦りであった。
 戦無き世界を作るには、強き真の王が世界を統べなければならない。そう信じて戦ってきたが、忠誠を誓ったアの国の王ドレイク・ルフトは討たれ、シンが信じたドレイクの覇道も潰えた。
 ドレイクを討ったボチューンは、直後にドラムロに落とされている。
 ドレイクの御座艦ウィル・ウィスプに近衛としてついていながら、それを防げなかったシンの不覚。自らの手で仇も討てなかった不甲斐なさ。
 その後悔と、信じた道を見失った事への絶望が、シンを戦いに駆り立てていた。
「シン! 落ち着かないとダメよ!」
 戦場だけを見据えるシンの頬を小さな手がペチペチと叩き、少女の声が兜越しに耳を打つ。
「フレイ、黙ってろよ!」
 シンは、コクピットで騒ぐ背に羽根をもつ小人の少女、伝承の羽妖精のごとき姿のミ・フェラリオであるフレイに、苛立ちも露わに声をぶつけた。
 それを真っ向から受け止め、フレイはシンを怒鳴りつける。
「オーラ力が膨らんで弾けちゃうわよ!?」
「それで戦いに片が付くなら本望だ!」
 フレイの言う通り、オーラ力がシンの全身から溢れ出すようだった。
 強くなりすぎたオーラ力がもたらすハイパー化というものと、それがもたらす結末は知っている。巨大化して強くなる事は確実……その後の戦いを生き延びた者はまだ居ない為、戦いの後にどうなるかはわからない。
 しかし、今は最終決戦だ。自らの命が代償であっても、力が欲しい。
「もう嫌なんだよ! この手で誰も救えないなんてのはさ!」
 故郷で妹を失い、そして忠誠を捧げた主君を失った。まるで、守りたいと思う者を守れない運命にあるかのように、命は全てシンの指の隙間をこぼれ落ちていく。
「だからって……もう、シンってば!」
 フレイはまだ不満そうに騒いでいるが、シンは気にせず新たな敵を探す。直後、味方のブル・ベガー型オーラシップがボチューンに追われているのを見た。
「戦場を離脱しようとしてるのか?」
 オーラシップは、戦場の外へ逃れようと移動をしている。しかし、オーラバトラーの追撃から逃れられるわけもない。
「そこの! 戦場から逃げるな!」
 通信機を使い、オーラシップに向けて怒鳴りながらシンは、オーラシップを追う事に夢中になって背を見せているボチューンに向かった。
 高速で接近するダンバインに、ボチューンはオーラシップに攻撃を仕掛けようとした直前になって気付く。しかし、遅い。ダンバインがオーラショットを撃ち放つと、ボチューンは背に直撃を受けて炎を背負い、墜ちていく。
 それを見送る事もなく、シンはオーラシップに向けて声を荒げた。
「まだ、戦いは続いているんだぞ!」
『いや、もう終わりだ聖戦士殿! 国王陛下が倒れた今、するべきは戦力を集め、立て直す事だ!』
 通信機越しに聞こえたのは、凛とした女の声。その声の強さに、シンは一瞬たじろぐ。
「聖戦士と呼んだ……俺を知っている?」
『訳有ってな。聖戦士シン・アスカ殿には、興味があった』
 そう言う女の声が、親しみを帯びて僅かに軽くなった気がした。すると、肩の上のフレイが途端に気を悪くする。
「まーた、シンってば!」
「そんなじゃないだろ!? 黙っていてくれよ!」
 シンは向こうに聞こえぬようマイクだけを切ってから、フレイを黙らせた。いつもの通り、あまり効果はないのだが。
 と、通信機から続けて女の声が響く。
『今、一騎でも多く戦場を脱するべく、味方に呼びかけて戦力を再集結させている。聖戦士殿も、このドミニオンに着艦しろ。今はまだ死ぬ時ではない』
「……いや、俺は戦う。陛下の仇はとれなくとも、敵を一人でも多く討ってやる。だが、戦うなら意味を見つけたかった。ちょうどいい、あんた達の逃げる時間を稼いできてやる!」
 マイクを取り、それだけ言い切って、シンは通信を一方的に切った。
 覚悟は決めているのだ。今まで何一つ守れなかった自分が、最後にもう一度、味方を守る為に戦えるのならば本望だ。
 そんな覚悟を察したのか、フレイがいつになく心配そうな声を出す。
「シン、死んじゃ嫌よ?」
「…………」
 そのつもりはないと言いたいが、退く気が無い以上、結果としては死ぬのではないだろうか? そんな事をぼんやりと考え、シンはフレイに答える事は出来なかった。
「行くぞ」
 呟くように言って、シンはダンバインを飛ばせる。戦場の中心に向けて、敵を求めて。
 シンは、離脱しようとする味方を攻撃している敵を落とす。手が空いていれば、戦場に残る味方も援護し、離脱を勧めて回る。
 守る事が出来た味方もあれば、シンが間に合わなかった味方もいた。守れない事が、シンを苛つかせる。ドレイク陛下が生きていれば、この様な戦いも終わっただろうに。
 そう考えてシンは、ふとおかしな事に気付いた。
 何故、戦いは終わらないのか? ドレイク陛下を討たれた時点で、アの国は負けた筈だ。そろそろ降伏勧告なりがあっても良い筈。
 なのに、まだ戦闘は続いている、まるで、一人の生存者も許さないかのように。
 敵の将、ナの国の女王シーラ・ラパーナは何を考えている?
「いや、敵将か……討てば、陛下への手向けとなるな。それに、敵が動揺すれば逃げやすくなる!」
「シンってば、また無茶な事考えるー」
 思わず漏れた言葉に、フレイが呆れたような声を上げるが、シンはそれを気にする事無くダンバインの進路を変えた。戦場の奥深く、敵将の住まうオーラバトルシップ、グラン・ガランの浮かぶ方向へと。
「あれは……ショウ・ザマ!」
 戦場を飛ぶダンバインから遠く、自軍のオーラファイター、ガラバと死闘を繰り広げるビルバインが見えた。
 聖戦士ショウ・ザマ。同じ時にバイストンウェルへと召喚された、シンとは異なる地上から来た男。そして、ドレイク・ルフトに弓引いた裏切り者。
 今まで幾度と無く戦い、幾度も敗北を味わわされてきた相手。
 今なら、その剣が届くか? しかし、それを試みるより先に、フレイの声がシンの注意を奪った。
「シン! 空にオーラ力が満ちてるみたい!」
「ああ、俺にもわかる!」
 言われて気付く。強いオーラ力が辺りに満ちている様だ。
 ビルバインとガラバの戦いの影響……そして、奥に見えるグラン・ガランが原因か?
「グラン・ガラン! シーナ・ラパーナか!」
 何が始まっているのかはわからないが、決定的な何かが起こりつつある事をシンは直感で悟り、ダンバインの速度を上げた。
 しかし、敵の本拠の前での事、たちまち多くの敵がダンバインに押し寄せる。
「通せええええええっ!」
 3騎、4騎と、まとまって襲いかかってくるボチューンやボゾンを、時に撃ち、時に切り伏せて進む。だが、十重二十重と囲まれては聖戦士が乗るダンバインとてその足は鈍る。
 シンは必死に足掻きながら、遠く見えるグラン・ガランを睨み据えた。
「くそ! ここまでなのか……くっそおおおおおおおっ!」
「シン! オーラ力が……!?」
 シンの中からオーラ力が溢れ出す。そのことに気付いて、フレイは悲鳴混じりに声を上げたが、シンは気付く事もないままに戦いを続けていた。
 振り抜いたオーラソード。剣の間合いには遠い。しかし、剣は届いて、ボチューンを3騎まとめて横薙ぎに斬り裂く。
 気のせいか、シンには敵が少しずつ小さくなっていくように見えていた。
「ははっ……小さく見えるぞ!」
「何言ってんのシン!? シンってばぁ!」
 シンから、オーラ力は溢れ続けている。
「この力があれば守れる! 俺は望む全てを守る!」
 守ると叫びながら、明らかにその機影を大きくしたダンバインは、守備のオーラバトラーを蹴散らして突破する。
 グラン・ガランは眼前に迫った。シンは、オーラソードを大上段に構えて叫ぶ
「もうお前に、俺の守る者を殺させはしない!」
 剣を振り下ろす瞬間――
『シーラ・ラパーナ……浄化をっ!!』
 ショウ・ザマの声が届いたような気がした。
 そしてその直後、全てがグラン・ガランから発された光に包まれる。
 ああ、これだ。シンは悟った。これが、自分の恐れたものだと。全てを終わらせるものだと。シンが守るべきもの全てを奪い去るものだと。
 シンもまた、その光の中に呑まれ……
「フレイ――!」
 最後の瞬間、シンは肩にしがみつくフレイを掴み、かばうように抱きしめた。

 

 

 シンの視界の片隅、充電する術を失い沈黙した携帯電話がコクピットの中で揺れる。それはシンに過去の記憶を蘇らせた。
 地上界で最後に見たのは、千切れた妹の手……そして、家族を皆殺しにしたモビルスーツ。
 そして、直後に起こった爆発が、シンを吹き飛ばした。
 それが誰の手によるものかはわからない。戦場だったのだから、流れ弾でも当たったのだろう。ひょっとすると、家族を殺したモビルスーツが、シンを家族の元へと送ろうとしたのかも知れない。
 何にせよシンは、爆発に吹き飛ばされた後、懐かしきCE世界から呼び出されたのだ。魂の還る世界、バイストンウェルへと。
 シンは、光が乱舞する空間を……巨大な海藻に似たスィーウドーが支える空を落ちていったのを少し憶えている。次に気がついた時には、アの国はルフト領の城の一室に寝かされていた。
 そうしてバイストンウェルに召喚された地上人シン・アスカは、覇王ドレイク・ルフトに仕える聖戦士となり、オーラバトラー“ダンバイン”の試作4騎目となる黒の機体を与えられ、そして幾多の戦いの果てに何も守れぬまま死んだ。
 ……死んだ?
「どうなったんだ!?」
 死んだという思考に、自ら驚いてシンは跳ね起きた。
 横倒しになったコックピットの中、シンは確かに生きている。腕の中には、ぐったりしたフレイがいた。
「フレイ!?」
「んん~……シン~。最後にプロポーズなんて大胆~」
 死んだかと思って声をかけてみれば、随分、暢気な寝言が返ってくる。
「何言ってるんだ、こいつ」
 呆れつつも安堵の息を吐き、それからシンはダンバインの状態を確認した。
 ……特に問題はない。最後にハイパー化していたような気がするが、今はそんな状態にはないようだった。
 モニターからは、海が見える。舗装された地面と海を隔てる柵……駐車場か公園かと考えながら、シンは横倒しになったダンバインを立たせた。
 何か石碑のような物に突っ込んだらしく、ダンバインの上にも瓦礫が乗っていたが、そんな物は何の障害にもならずダンバインは立ち上がる。
「どこだここは?」
 戦場から叩き落とされたかとも思ったが、あの戦場の下にこんな場所は無かったはずだ。
 考えながら、何気なく瓦礫を見下ろし、シンは息を呑んだ。
 そこに書かれていた文字は、普通に読む事が出来る。オーブで使っていた物と同じ物だ。
「……慰霊碑。ここは、オーブなのか?」
 シンは辺りをもう一度確認する。舗装された広場、海、粉々に破壊された石碑。この場所が何処かを確認するには、情報が少なすぎる。
「フレイ起きろ! 飛ぶぞ!」
「……え? なっ――きゃあっ!?」
 フレイを軽く揺すって起こしてから、シンはダンバインを飛ばせた。シンの膝の上で寝ぼけていたフレイは、その拍子に転げ落ちそうになって悲鳴を上げる。
「酷いよ、シン……」
「黙っててくれ。それより、ここは……」
 飛ばせてみると、見覚えのある地形が見えてきた。間違いない。ここはオーブだ。
「なんだ……今度は、こっちの地上に送られたのか?」
 前の時は、ショウ・ザマが来た地上だったが、今度は自分の地上というわけだ。
 が……戻ったからといって嬉しくもなかった。この世界に、自分が守りたいと思う者はもう存在していない。この地には悲しみだけがあった。
「……いや、そうでもないか」
 悲しみの記憶に浸りかけたその時、沸き上がってきた思いにシンは苦笑する。妹と両親の命を奪ったモビルスーツ……あの敵に対する怒りはまだ燻っているようだ。
「ねぇシン、ここ何処? 地上みたいだけど」
 フレイの質問が、シンの意識を現実に引き戻す。
「俺の故郷だよ。あそことはまた違う地上って所かな」
「へぇー……シンが生まれた所なんだぁ。案内してくれるよね?」
 フレイは物珍しそうに辺りを見回す。
「観光じゃないんだぞ? それに、ダンバインでうろついていたら、地上の軍隊がまたうるさいだろうし……」
 アの国の軍勢が地上に上った時、初期に起こった大混乱の事を思い出して、シンはこれからどうするか考え込んだ。
 それに、ショウの地上はまだ技術力が低かったが、ここにはオーラバトラーとは全く別の人型兵器が存在している。そいつ等を相手にするのは面倒だった。
 と……フレイが突然、声を上げる。
「あっ! あそこにオーラバトラー!」
「何!? どこの国のだ!?」
 フレイが指し示す方向を慌てて見て、シンは違うと確信した。
 確かに、遠く海上を飛ぶ機体はある。だが、直線的なフォルムをもつそれは、オーラバトラーとは明らかに印象が違う。それに……
「あいつは……」
 まだ確信はなかった。しかし、シンはその機体を追ってダンバインを飛ばせる。
「シン、どうしたのよ? 敵なの?」
「……ああ、あいつは敵だ」
 距離を縮めて、疑念が確信に変わっていく。
 そう、あの機体。妹と家族を殺したモビルスーツ……同じパイロットが乗っているとは限らなかったが、仇が故郷の空を飛ぶ事は許せなかった。
 我ながら狭量だと思いながらも、機体を追う事は止められない。
 下手をすれば……つまりあの機体がオーブ所属だったりすれば、オーブを敵に回す事になる。常識的に考えれば、たまたま目にしたモビルスーツが単機侵攻してきた敵機という事もないだろうから、ほぼ確実にそうなるだろう。
 それでも構わなかった。オーブになど未練はない。敵にしてしまったなら、何処か別の国へ逃げるまでだ。帰るなら、バイストンウェルに帰りたい。
 そんな事を考えている間に、あの機体は神殿の上空へと向かい……そこで、警備についていたらしいモビルスーツ、M1アストレイをビームライフルで撃った。
「!? あいつ、オーブの敵だったのか!?」
 まさか無いだろうと思っていた展開となり、せっかくした覚悟が無駄となった事に、シンは思わず声を上げる。
「え? 最初から敵でしょ? それより、あのオーラバトラーおっきいよ? 大丈夫?」
「あれはあんな大きさの物だし、オーラバトラーでもないんだよ」
 フレイが何やら問いかけてくるのに適当に答え、シンは残りの距離を一気に縮めるべくダンバインを更に加速させた。
 敵の機体は、護衛を蹴散らした後に神殿上空で止まろうとしていた。その下、何かの式でも行われていたのか、人々が逃げまどっているのが見える。
 そんな中、ドレスを着た女が立ちつくしているのが印象に残った。側に男がいた事を考えると、結婚式か何かなのか?
「……何にしても遠慮はしないぞ」
 シンは呟き、止まっている機体に対してやや上空から急降下をかける。機体がこちらに気付いてダンバインの方を向くが、構わずにオーラショットを放った。
 直撃を受けた機体は、神殿の上から弾き飛ばされる。予想通り、地上では武装の威力が桁違いに上がるという現象が、こちらの地上でも起こっているようだ。
 シンはダンバインを神殿上空に止め、コックピットハッチを開け放つ。
 主に、敵の機体に聞かせる為。そして、この世界での自分を再確認する為。
「アの国が聖戦士シン・アスカ! 故有って貴殿に戦いを挑ませてもらう!」
 高らかな名乗りと宣言が、カガリ・ユラ・アスハとユウナ・ロマ・セイランの結婚式会場に響き渡った――

 
 

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