虚空、果てなく_~SEED OF DOOM~_josyou_1

Last-modified: 2008-03-01 (土) 21:48:33
 

     第一序章 「再会、ならず」

 
 

「クォヴレーっ!」

 

怒気すら感じさせる裂帛の叫びとともに彼女はクォヴレー・ゴードンの胸の中へと飛び込んでいった。

 

「おっと」

 

並外れた身体能力を持つクォヴレーがあやうく倒れこみそうになりつつ、辛うじて彼女を支える。
彼女の「突進」が予想以上の勢いだったことに加え。
彼自身が、文字通り浮き足立っていた。
それは決して重力ブロックの調整ミスではなく、今のクォヴレーは心が躍り、体が浮き上げる気分。

 

「どこに行っていたのっ! 心配したのよっ!」

 

言葉の調子は依然として怒声のように激しい。
しかし、彼女の目には喜びの涙が浮かんでいる。
あの日、クォヴレーが彼女たちの前から姿を消してから「あの世界の時間」がどれだけ過ぎ去ったのかはわからない。 
一方でクォヴレーの主観時間では数年ぶりの再会だった。
千日を超える日々の間に、破滅の因子を有する百近い並行世界を旅してきた。
その中には、彼女やそのパートナー、そしてその他クォヴレーの仲間であった者達と同じ名と顔、そして限りなく同一に近い精神を持つ者達がいた世界もたくさんあった。
だが、クォヴレーにとってかけがいのない仲間達、いやその限りなく相似な存在が誰一人欠けることなく存在する世界は一つもなく。
またそれらの世界では彼を「クォヴレー・ゴードン」と呼ぶ者は誰もいなかった。

 

当然といえば当然だ。
彼は旅してきたありとあらゆる並行世界で、他人に名乗るどころか顔すら見せずにいたのだから。
ただ、ただその世界に存在する不穏なる異物を、彼自身の邪悪なる創造主であるユーゼス・ゴッツォの撒いた災いの因子をディス・アストラナガンと共に消去することにのみ心を砕いて来たのだから。
かつての彼、アイン・バルシェムと呼ばれていた頃の彼なら。
あるいはアインとしての記憶を失いベルグバウを駆っていた頃の彼なら。
その孤独な任務を平然とこなしていただろう。
しかし今のクォヴレーは、人との絆を知り、人のぬくもりを知っている。
正直に言えばこの数年間ずっと会いたかったのだ、仲間たちに。
αナンバーズという名の彼らに。

 

その願いは今、叶えられた。
まだ心が凍っていた彼に、初めて「パートナー」という絆を意識させてくれた少女が自分に抱きついている。
どの並行世界で見た彼女とも違う。
自分を「クォヴレー」という、偽りでありながら彼と仲間たちにとっては真実の名で呼ぶ彼女、ゼオラ・シュパイツァーが。
その容姿は、クォヴレーが最後に見た時と少しも変わっていない。
自分があの世界を去ってから、彼女たちの時間は一年と経っていないらしい。

 

「ゼオラ、どうしてお前たちがこの世界にいるんだ?」

 

再会の喜びはクォヴレーにとってもひとしお。
しかし、今は確認しなくてはいけない事がある。
なぜ、彼が旅立った元の世界に戻って来たわけでもないのにゼオラ達がここにいるのか。
そう、この世界は並行世界を乱す因子に呼応して転移するディス・アストラナガンに導かれるままに、クォヴレーが辿り着いた数多の並行世界のひとつ。
そしてここはαナンバーズの所有する戦闘母艦中の一艦にして、クォヴレーとゼオラが出会った場所でもあるラー・カイラムの機動兵器格納庫。
新たなる並行世界に到着した直後に、忘れもしない、決して見忘れない艦を目にし、かつてのコールナンバーで通信を送った彼にラー・カイラムはゲートを開いてくれた。
そしてディス・アストラナガンから降りたクォヴレーに、ゼオラは一目散に飛びついてきたのだ。

 

「ラーカイラム以外も来ているのか?」
「ええ」

 

クォヴレーの胸で涙を拭いたゼオラが答える。

 

「αナンバーズはみんなここに来ているわ、あなたはここがどこだか知っているのクォヴレー?」
「ここは並行世界の一つだ、しかし、メンバー全員が?」

 

αナンバーズは再編成されたのかと聞こうとした時に。

 

「おいおいゼオラ、クォヴレーに会えて嬉しいのはわかるがそりゃちょっと熱烈すぎるんじゃないの?」

 

抱き合う二人に、当然といえば当然ながら突っ込みの声が入る。
いつの間にか二人の周りにラーカイラムのクルー達が集まってきていた。

 

「クォヴレー、命令、いや約束を守ったくれたな」
「アムロ大尉……」
「俺の部下なんだから、決して死なないで帰れと、ちゃんと帰ってきたじゃないか」
「はい、大尉」
「生きて帰ってくるまでが任務だ、ようやく任務終了だな」
「お前が言うなよ、へへっ、やっぱり無事だったなクォヴレー」
「ヒイロ、デュオ……」

 

口々に「よかった、クォヴレー」「クォヴレー、おかえり」と自分との再会を喜ぶ言葉を述べながら、仲間たちは笑顔を向けて来ている。

 

「ああ、みんな」

 

クォヴレーの目からはもう少しで涙が零れそうになる。
この数年間、一日として忘れる事のなかった仲間達。
だが、その涙は零れる事はなかった。
彼が冷静さを保ったわけではない。
異変を察知した瞬間に、涙腺が凝固したのだ。

 

(なぜだ……)

 

異変は小さなものと、大きなものがある。
その小さなものの一つは。

 

「いつまでもひっついてるといくら朴念仁のアラドでも嫉妬するぜ」
「ちょっ、さっきから何を言ってるんですか中尉っ!」

 

ゼオラ以外では一番先に側によってくるなり、クォヴレーとの再会に対する照れ隠しもあるのか、自分とゼオラを冷やかし始めた男、イサム・ダイソン。
彼もαナンバーズのメンバーであり、クォヴレーの懐かしき仲間の一人。だが。
あの日、まだ元の世界にとどまって影から仲間たちの行く末を見定めていたクォヴレーの目の前で、
改めて送り出された銀河移民船団のメンバーの一人として、親友にして悪友のガルドや微妙な関係のミュン達と共に旅立ったはず。
その彼が、どうして地球圏に残ったラーカイラムに乗船しているのか。
いや、それはまだ何かの危機に際して地球に舞い戻ったと解釈してもいい。
異変のより大きなものは。

 

「また会えて何よりだ、クォヴレー」
「そうね」

 

顔に傷を持ち、義手をした青年と、短い金髪の美女が寄り添いながら近づいて来た。
クォヴレーはその二人を知っていた。
そう、知ってはいた、単なる知識として。
「バルマー戦役」ではロンドベル隊の一員、そして「封印戦争」ではαナンバーズとして戦った二人。
キンケドゥ・ナウことシーブック・アノーと。
ベラ・ロナことセシリー・フェアチャイルド。
かつてゴラーゴレムに所属するバルシェムの一人であった頃、連邦軍士官を装ってラーカイラムに潜入するという任務のために与えられた知識の中に、その二人に関する詳細なデータはあった。
与えられた記憶は一時は失われていたが、覚醒と共に蘇った。
そして彼らと共に戦った仲間からも、話は聞いている。
そう、確かにクォヴレーは彼らを知ってはいるのだが、当然会話を交わしたことなどない
もちろん封印戦争後にαナンバーズを離れた彼らの方もクォヴレーを知る筈はない。
クォヴレーが旅立ってから彼らが再結成されたαナンバーズに復帰し、そんな人物がいたと聞くことはありえるが、まるで一緒に戦った戦友のように振舞うはずがない。
そしてより大きな異変も彼を襲う。

 

「よかったね、クォヴレー、やっぱりイルイが言ってたとおりだね。クォヴレーはこの世界にいるって」

 

その女性のことも、クォヴレーは存在だけは知っていた。
旅した並行世界の幾つかに存在した人物であり、その中の幾つかではゼオラ達と共に戦っていたこともあった。
その世界のαナンバーズのメンバーであった事すらある。
しかし、クォヴレーがαナンバーズとして戦った世界に、彼女は存在しなかったはず。

 

「どうしたのイルイ?」

 

彼女、アイビス・ダグラスが、手をつないでいる小さな少女、イルイの様子がおかしいことに気づく。
イルイはクォヴレーをじっと見つめていた。
何かに気がついたように。

 

(彼女はガンエデンの巫女…… 気づいているのかも知れんな、俺が、みんなの知っているクォヴレーではないことを……)

 

そう、ここまで来れば結論は一つ。
ここにいるのは自分ではない別のクォヴレー・ゴードンと共に戦ったαナンバーズ。 

 

(しかし…… どういうことだ) 

 

クォヴレーの脳内を疑問符の嵐が吹き荒れる。
自分はどの並行世界においても一人しか存在しない「並行世界の守り人」のはず。

 

「アイン・バルシェム」が存在した世界は幾つもあるだろう。

 

それが「クォヴレー・ゴードン」の偽名でラーカイラムに潜入した世界もあるかもしれない。
しかし名実ともにクォヴレーという一人の人間になった世界は自分が元いた世界だけのはず。
そのはずなのだが。
目の前の現実は、それが間違っていたことを厳然と示していた。

 

「おかえりなさい、クォヴレーさん」

 

イルイはアイビスが訝しがっている事に気がついたのか、すぐに笑顔を見せた。
アイビスはその笑顔を見てわき出そうとしていた疑問を掻き消す。
あとはただひたすら、クォヴレーの生還を喜ぶ空気が周囲に充満する。
彼らの知るクォヴレーがどのような存在だったのか、それを知る術は、今のクォヴレーにはない。
だが、自分と同じように彼らに大切な仲間として受け入れられていた、それだけは事実だ。

 

「もういなくならないでよ、クォヴレー」

 

さすがに自分が何をしているのか冷静になって考えて気恥ずかしくなったのか、クォヴレーから体を離しながら言うゼオラ。
その彼女に対して。

 

「ああ、もうどこにも行かない」

 

クォヴレーは言うことが出来なかった、俺はお前の知っているクォヴレーではない、とは。
ラー・カイラムが航行していたのは月軌道の外辺だった。
火星と月の中間点に指定された合流ポイントで大空魔竜と会合し、そちらに乗っていたメンバーからも熱烈な歓迎を受けたクォヴレーは、大空魔竜の頭脳といえるサコン・ゲンに相談を持ちかけた。
自分が「別のクォヴレー」だと言う事のみを隠し、この数年間並行世界を旅してきた事を語った。
ディス・アストラナガンの出自やその異能を知っているサコンはそれを拍子抜けするほどあっさりと事実として受け止めた。
一方このαナンバーズのおかれている状況を、情報を一番確実に把握しているだろうサコンから聞いた。
そして今ここにいるαナンバーズの時間軸は「銀河殴りこみ作戦」から十日後だと知った。
つまり「クォヴレー」がケイサル・エフェスの爆発に巻き込まれて彼らの前から姿を消してから、まだ十日しか経っていないのだ。
それでも、死んだと思った自分が生還したことをメンバー達が喜んでくれたのは、クォヴレーにとっては歓喜と共に重荷でもあった。
実際には彼らの知るクォヴレーの生死は不明なのだから。

 

また、彼らがこの並行世界にいる理由も知ることが出来た。
クォヴレーと共に戦ったαナンバーズ同様、彼らも「銀河中央殴りこみ作戦」を成功させ、ケイサル・エフェスとの戦いに勝利した。
違いはバスターマシン三号の爆発による影響。
一万二千年後の地球に飛ばされ、そこでケイサル・エフェスを倒し、イデの導きで首尾よく元の時代の地球に戻れたクォヴレーの知るαナンバーズと違い。
彼らがケイサル・エフェス率いるまつろわぬ悪霊達を撃破したのは、銀河中央に開いた巨大なブラックホールを外から見る島宇宙と島宇宙の間の虚無の宙域。
そしてナシム・ガンエデンに誘われ、彼らを応援すべくシティ7やマクロス等が駆けつけた。
同じようにケイサル・エフェスをクォヴレーの捨て身の行動もあって葬り去り、同じようにイデの導きを受けながら、彼らが辿り着いたのは元の世界の地球ではなくこの世界の地球だった。

 

そう。

 

アステロイドベルトより外に恒久的な有人建造物がなく。
地球引力圏には砂時計のようなスペースコロニーが宙に浮かぶ。
新西暦180年代ではない、そしてそれより過去でもなく、宇宙開発の遅れから見て未来とも思えないこの世界に。
それから十日、彼らはこの世界の人類がまだほとんど到達していないアステロイドベルトに臨時の基地を建造しつつ、この世界の地球圏の偵察を行い始めていた。
平和裏に事情を説明して受け入れてもらえる世界かどうかを検討するための材料を集めるために。
さらに、このサコンとの会談で、クォヴレーはまた一つ自分の知るαナンバーズと彼らの違いを知った。

 

「あの砂時計はプラントに似てる」

 

そのクォヴレーの言葉に。

 

「プラント? ああいう形状のコロニーを並行世界で見たのか?」

 

サコンは「プラント」を知らなかった。
念のため、クルーのリストを確認させてもらった。

 

「お前以外は全員無事だよ」

 

そう言ってリストをアウトプットしてくれたサコンから受け取ったデータ。
そこには彼が知っているαナンバーズには在籍していなかった者や、元の世界にはいなかった者の名がかなりあると同時に。 
幾つかの名前が存在しなかった。
まずは戦闘母艦が三つ増え、二つ消えていた。
封印戦争の時にαナンバーズの一艦として戦った「マザーバンガード」が再びαナンバーズに加わっているという。
そしてクォヴレーが別の並行世界で見知ってはいるが、クォヴレーの元々いた世界では存在なかった二艦もある。
「ヒリュウ改」は元の世界では戦闘艦艇に改装されて改名される前に廃棄された艦であり。
「クロガネ」にいたっては、そのクラスそのものが計画だけに終わっていた。
また戦闘艦艇ではないが、最終決戦時にαナンバーズの関係者を乗せて応援に駆けつけた艦の一つとして加わっていたものもある。

 

「オルファン」が。

 

それは船というにはあまりに巨大だった。
元の世界ではかつてのリクレイマーの投降を受け入れ、彼らの協力の下で宇宙船としての機能を回復する研究が続けられていたが、別の世界ではいち早く銀河を飛翔する能力を取り戻したらしい。
その一方でクォヴレーの知るαナンバーズに所属していた戦闘母艦アーク・エンジェルとエターナル、そしてそのクルー達が存在しない。
MSパイロットでは、キラ・ヤマト、アスラン・ザラらのコーディネイターパイロットを中心に両艦を母艦としていた者達が所属していない。

 

間違いない。

 

このαナンバーズの世界にはコーディネイターやプラントが存在しなかった。
そして多分、コーディネイターの受け入れにより技術大国として独立を維持していたオーブもまた。
その違いが歴史の分岐を生み、すでに部隊を離れていたものや、存在しなかった者がメンバーとして名を連ねている理由の一端だろう。

 

しかし、それでも。
クォヴレーにとって彼らは仲間だった。
たとえ彼らの知るクォヴレーが自分でなくても。

 

(俺を「クォヴレー」の名で呼んでくれるお前たちを、見捨てることは出来ない……)

 

彼らを元の世界に戻すため出来る限りの事をしたい。
その間に自分がこの世界に呼ばれた理由、破滅の「種」がなんであるかもわかるだろう。

 

(お前たちの前からいなくなった「クォヴレー」の代わりに、俺が戦おう)

 

そうクォヴレー・ゴードンは決意した。 

 
 

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