運命のカケラ_短編その1

Last-modified: 2008-08-31 (日) 21:53:54

 右腕が奔る。剥き出しのフレーム、側面の排莢口、人にはありえない素材――金属で構成された、異形の右腕。
 戦闘機人としてのシンの象徴。単一の機能を突き詰めた故の、人の姿から外れた形。
 全身を使ってドラグーンの射線からかばい続けたそれを、相手を捕らえる鋭い鉤爪を備えたそれを、ネクスト――新世代の戦闘機人の完成型であり、元親友のレイ・ザ・バレルでも『あった』そいつの胸板に叩きつける。

 

「パルマ――」

 

 言葉と共に吐き出される大口径カートリッジ。元々機械的に魔法を行使する技術は確立されている。デバイスと異なり制御に問題がある為に射程は零距離のみとなった、魔法もISも持たないシンが持つただ一つの『機能』。
 手のひらと胸板の間で膨れ上がる青い光。だが足りない。ネクストの体表シールドと装甲化された胸板を撃抜くには、まだ足りない。
 ネクストが振り下ろした魔力刃が左肩に食い込み、めりめりと音を立てて肩のフレームが歪んでいく。構うものか、どうせ右腕以外は既に付いているだけと言ったほうがいい状態なのだ。
 機械は性能の99%しか発揮できない。シンは既に人間ではなく、機械の詰まった戦闘機人でしかない。潜在能力を発揮してスペック以上の力を搾り出す事などできない。
 ならば、どうするか。
 簡単だ。自壊をいとわなければいい。
 続けて排出された、もう一発のカートリッジ。余熱の排出どころかエネルギーの解放が済んでいない時点で叩き込まれたエネルギーは過剰入力となり、手のひらどころか手首、腕、肩を稲妻となって走り回る。
 ろくなメンテナンスも受けていないパーツは至極あっさりとひびが入り、砕けてゆく。人工皮膚や装甲が剥がれ、蒸発するのにも構わず、さらに右腕を押し付け。
 ネクストの魔力刃が腹を抉った。暴れまわる灼熱感に押し出されるように、口からは血が零れ落ちた。それら一切を吐き捨て、シンは最後の言葉を紡いだ。

 

「――フィオキーナ!」

 

 
 
 
「…………」

 

 酷い頭痛だ。『レイ・ザ・バレル』が意識を取り戻して最初に思ったのは、そんな感想だった。
 無言で立ち上がる。ダメージは深刻、だが動くこと自体はできる。
 状況は理解している。今までの記憶もある。

 

「――よう」

 

 だからそれを見たときも、レイはいつかと同じように冷静な顔を崩さなかった。

 

「やっと起きたか、レイ」
「ああ」

 

 肘から吹き飛んだ右腕。穴だらけになり千切れかけた脚。肩から切断された左腕、そして大穴が開いた右わき腹。破断面からはフレームと神経ワイヤがからまりひしゃげながら覗いていた。
 そんなボロボロの状態にもかかわらず安らいだ顔で、シンは壁にもたれていた。

 

「まったく、起こすのにこんな苦労するとは思わなかったよ……意外とネボスケだったんだな、レイって」
「今回だけだ」
「ははっ、そうか。じゃあ今度はもっと簡単に済むな」
「……その、つもりだ」

 

 答えながらシンの横に、同じように脚を投げ出して座る。先ほどまでと違い、今はお互いの声以外にはまったくの無音だ。外がどうなっているのかも判らない。

 

「……そうだ、レイ」
「なんだ」
「ここを出たら、機動6課に行け。バカみたいなお人よしばっかりだから悪いようにはならないさ」
「ああ」
「あと一つ……ええと、その辺りに俺のカートリッジ、転がってないか?」
「――ああ、ある」

 

 すぐ近くに、シンの右腕に使われていた大口径カートリッジが転がっていた。
 シンの目は開かれていても何も写してはいない。軍人の基礎だ、自分の状態がもうわかっているのだろう。赤い瞳は左右に動くこともなく、じっと一点に留まっていた。

 

「そいつを届けてほしいんだ。名前は――」

 

 
 
 
 一般的に言うならば、屋敷と称されるであろう大きな家。
 その窓の一つに頬杖をつき、金髪の少女が月の浮かぶ空を眺めていた。
 明るい月明かりが満たされている今日はちょうど満月。数ヶ月前、今はもういない居候が住み着く事になったある事件を思い出すような夜だ。

 

「あのバカ、何してるのかしら」
「――シン・アスカが世話になっていた家は、ここか?」

 

 なんとなくわかっていたからかも知れない。あまりに突然だったから感情が付いていかなかっただけかもしれない。だがとりあえず彼女は突然降ってきた声にも動揺せず、落ち着いて答えを返した。

 

「赤い目で黒い髪の毛で、変わった手をしたシン・アスカならしばらく家で飼ってたわ」
「……あいつからの預かり物だ」

 

 落ち着いた男性の声と共にきん、と済んだ音を立てて少女の前に落ちてきたのは、いわゆる薬莢。だが一般的な銃に用いるものとしては大きすぎるし、なにやら宝石のような光るものが篭められていたりはしない。
 不可思議なその薬莢を、しかし少女はそう、と軽く頷いて拾い上げた。

 

「ね、一つ聞いていいかしら」
「答えられることなら」
「あいつ、笑ってた? ちゃんと笑えてた?」

 

 数秒の沈黙。答えられないことか、と少女が落胆のため息を付いた瞬間、その答えは降ってきた。

 

「ああ」
「そ、う」

 

 あふれ出しそうな感情を平坦なイントネーションで押し殺した声はそれきり聞こえなくなった。
 少女はしばらく薬莢を手の中でもてあそび、そして手の中に握りこんで抱きしめる。
 ごつり、と窓枠に頭を載せた少女は、小さく小さく呟いた。

 

「――バカ」