運命のカケラ_短編その2

Last-modified: 2008-08-31 (日) 23:20:50

 
『……なのは、もう一度作戦の確認しておくぞ』
「ん」

 

 銀色のパックを握って流動食を押し出しつつ、頭に響くシンの声になのはは軽く頷いた。
 作戦前ということで基地の食堂には誰もおらず、キッチンも灯が落とされており、暗い中で自動販売機だけが低い唸りを上げている。

 

『目標は第24世界所属超兵器、<ホムラダマ>。超兵器だから当たり前だが空間振動兵器搭載型だ』

 

 空間振動兵器。その言葉にわずかに顔をしかめ、低出力モードのバリアジャケット姿のままでゴミ箱に流動食のパックを投げ入れて踵を返した。
 どちらかといえば重装備なほうである普段のバリアジャケットに比べて、自販機の光に照らされている今のなのはの姿は随分と薄着だ。首の後ろで長い髪を一つにまとめ、黒を基調にしたビスチェと同色のミニスカート、そしてそのミニスカートにかぶさる様に膝丈の前垂れ。十代半ばの、女性らしさを備えてきた腕や脚が露出する格好はどこか陸上や球技といった競技用のユニフォームにも似ている。

 

「護衛艦はなしのパターン?」
『現在観測されてる限りではそうだ。今回は外装ブースターをクライアントが用意してくれたんで、内部突入戦法だな。ブースターで一気に接近、中に突っ込んで動力部分を吹っ飛ばすぞ』
「いつも思うけど……無茶だよね。えーと、今回は四千人対一人と一機?」
『それでもやらなきゃ、な。そろそろ時間だ』
「おっけ。じゃ、そっちに行くね?」
『ああ』

 

 暗い廊下を進み、金属製の重い扉を押し開けた途端。

 

「ん……」

 

 暗闇から雲ひとつない、真っ青な空へ。
 跳ね上がった光量と吹き付ける冷たい風に、なのはは片手をかざして目を細めた。

 

 

 
 
 ある世界の少女、高町なのはが『魔法』と出会ってから既に5年。あの時たった9歳だった少女は14歳になり、そしてその年齢でありながらいくつもの戦いを潜り抜けた彼女は身体的成長だけでなく魔法技術においても著しく成長していた。
 そして、そんな個人の変化とは別に『世界』も大きく変化していた。
 とはいえ、誰も予想だにしなかった大事件が起きた、というわけでもない。単純に言えば管理局体制の崩壊、それに伴って、今までは一応表立ってはいなかった各世界間の明確な緊張状態。導かれた当然の結果としての武力衝突の頻発である。
 管理局が言うところの質量兵器の規制など形骸どころか影も形もなくなったように各世界は手段も種類も選ばずに武装し、次元間航路の支配や次元世界そのものを巡って争い、またその争いから自身の暮らす世界を守る為に更なる武装化を推し進めた。
 魔導師の戦闘様式も管理局による『教育』が緩んでからは質量兵器との融合が進み、自然とその姿も、攻撃手段もがらりと変わったものになった。具体的に言えば、質量兵器と魔法それぞれへの耐性を持つ装甲やフィールドの普及、それに対抗するための質量兵器と攻撃魔法の使い分けが要求されるようになったのだ。当然、非殺傷のスタン設定などという慣習は、当の旧管理局に所属する者たちですら忘れたようになっている。魔導師同士の戦闘でも、その死亡率は以前と比べて跳ね上がっていた。
 要するに半端な魔導師や兵器はほとんど戦力にすらならず淘汰され、質量兵器も魔法も、どちらを使われたとしても相手を抑え込むことが出来る少数の強力な魔導師や強力な兵器が戦局を決めるという、見方によっては数百年――それこそ群雄割拠する領主たちが勢力を争っていた時代まで――のオーダーで戦争の様式が後退したと言える。

 

 
 
 流れる髪を押さえながら建物の外へ出て、なにやら白い煙の上がっている方向――駐機場へと向かう。まったく人気のない敷地内、コンテナや車両の傍を抜け、開けた視界の中央に飛び込んできたのは無数のパイプやコード、鉄骨が繋がれた白い異形の機械。最もそれが何なのか、なのははよく知っているのだが。

 

「お疲れ様です」
「ああ、タカマチさん……どうか、よろしくお願いします」

 

 なのはの声に振り向き、どこか憔悴した顔で敬礼を返してくる整備員。彼だけではない、目の前の飛行機の先端を切り取ってゴテゴテと装置を増設したような機械に取り付いている整備員も、小銃を首から提げて周囲を警戒している警備兵も、皆同じような表情だ。
 当たり前といえば当たり前だ。この世界、この惑星が消滅するかの瀬戸際であるのだから。

 

「はい!」

 

 
 更に悪い事に次元世界という精神的にも物質的にも隔絶した領域同士の紛争は、しばしば占領という概念が消滅した殲滅戦の様相を呈することがあった。資源が欲しい、領土が欲しいといった野心ばかりでなく『奴らが存在することが許せない』為に戦い始めるならば、それこそ最後の一人を殺すまで止まらなくなるわけだ。
 そんな狂気の果てにあるのは大量破壊兵器……核分裂弾から有毒ガス弾、微生物兵器といったそれこそ忌まわしき質量兵器に加え、即効性と単純な威力という点ではそれらを上回る空間転移弾アルカンシェルや、アルカンシェルを基により『効率よく』破壊する為に作り出された広域空間振動弾が躊躇なく使用される、現在の状況だ。
 その威力が及ぶ範囲は、最大クラスのものならば半径100キロメートルに及ぶ。そんなものを惑星表面に撃ち込まれた日には大抵地殻が吹き飛ばされ、その孔から内圧が噴出して惑星表面が丸ごと『めくり返される』事になる。そこに生きていたものたちがどうなるかなど、わざわざ考えるまでもない。
 そして、効率がいいとはいっても破壊の規模が規模なために相応のサイズであるそれらを搭載・運用できるのがいわゆる『超兵器』と呼ばれる超大型次元航行艦だ。
 多少の差異はあれどキロメートル単位の全長と小さな町ひとつに匹敵する乗員数を持ち、魔力と物理エネルギーのハイブリッド機関を用いて無数の兵装を稼動させる、動く要塞。またその動力、特に魔力機関は出力を大きくしようとすればするほど極端に機関のサイズが肥大化するため、それを搭載するために更に艦が大型化した側面もある。
 圧倒的なサイズと攻撃力、防御力。そこらにいる魔導師や兵器が束になって掛かったところで意に介さず薙ぎ払われるだけという、聖王時代の伝承をそのまま再現したかのような戦場の支配者である。

 

 
 
 テーブル状の高地の縁から突き出すようにして前方に長く伸びるカタパルトのレールを眺め、一つ頷いてなのはは機械を固定しているタワーに上った。飛行機ならば機首の付け根に当たる部分にグローブをはめた手を触れ、感触を確かめる。人間の上半身を膨らまし、無理矢理埋め込んだような青色のそのパーツを囲むようにして、ミサイルや魔力砲、機関砲や大口径砲といった、不安定な空中で運用される飛行兵器が積み込める限界を明らかに超えた武装が半ば無理矢理取り付けられていた。

 

「この『身体』、どう? シン君」
「別に問題はないさ。故障さえしなけりゃな」

 

 答えは念話ではなく目の前の機械の中央部、青いパーツと白い本体の間にある人一人が納まるかどうかの隙間が開いた場所から返って来た。なのはの持つデバイス、レイジングハートの管制AIであるシンは、今はこの巨大な『レイジングハート』全体を制御していた。
 つまり、今なのはの目の前にあるこの巨大なボディ全てがなのはのデバイスなのである。

 

「……がんばろ」
「ああ。守ってみせるさ」

 

 
 
 
 資源として圧倒的に不足し、行動も不確定な『個』に頼らない『集団』に押される形にはなっているものの、魔導師は戦場から姿を消してはいなかった。低ランクのものは集団の一部として戦艦に乗り組み、機動力と判断力のある砲台や迎撃機として。そして、高ランクの中でも一部の者は更なる力を備えて『超兵器』にすら対抗しうる程の戦力として戦い続けていたのだ。
 その更なる力の最たる物が、先の巨大な『レイジングハート』のような外部拡張デバイスである。魔導師とデバイスのシンクロ制御を用いて多数の兵装、大出力の推進器や高機動ユニットを操縦ではなく自分の身体のように扱い、『超兵器』の巨体からすれば針の穴程の突破口から高威力の攻撃を叩き込んで破壊するのだ。とは言っても、個人としては桁が違うとはいえ魔導師の持つ防御力など『超兵器』の巨大な総火力に比べれば存在しないに等しい。あくまで破壊が可能、というだけの話ではある。
 しかし、分が悪いとはいえ高ランク魔導師は個人という不安定の極みに位置しながらコストパフォーマンスだけを考えるならば『超兵器』を遥かに上回る。なのはの言葉どおり、魔導師対『超兵器』の戦いは人数差で一人対数千、稀に万に届くのだ。『超兵器』はその人数、サイズから容易にわかる通り、恐ろしく金と資源と人を浪費する。十分な体力のない組織がそれを作ったところで、維持できずに建造費をどぶに捨てる事になる。同時に、それは『超兵器』への対抗手段が自前では用意できないと言う事にもなる。
 そういった余裕のない小さな世界は、魔導師にすがるしかなかった。体制復活への協力を条件に旧管理局に残った高ランク魔導師を頼るか――なのはのようなフリーランスを雇うか、であった。

 

 
 
 
<『ホムラダマ』、予想進路、速度共に変わらず。各員作業を続けろ>
「フェイトちゃんたちもどこかで戦ってるのかな……うわ、緊張してきた」
「だったら復習でもしてろ。俺に言ったってどうしようもないだろ」
「えー、冷たいよシン君。映画なんかだとこういう時はシン君みたいな人ってちょっとこう、ジョークとかで緊張をほぐしてくれるものじゃないのかな?」

 

 『レイジングハート』に腰掛けたまま、敷地内放送から流れた声に身を震わせたなのははそっけないシンの声に唇を尖らせた。相当前ならば真面目に考え込んだりしていたシンも、もうこんな受け答えは慣れている。わざわざ鼻で笑う音声を出力してなのはの目の前に巨大な楔形の映像を映し出した。
 ワイヤーフレームで構成されたそれに無数の赤い光点が灯り、武装名がそれに続く。どれもこれも搭載数が頭のおかしい数字としか言い様がない。しかもこれはあくまで予想なのだ。

 

「とりあえず最初に飛んでくるのは滑腔砲だろうけど……なんと口径110センチ。アホだな」
「当たったら血煙だね」
「煙だって残るかどうか……OSがあるって言ったって、結局お前が鍵だ。任せる」
「うん。でも細かいところはシン君の担当だからね」

 

 わかってる、と答えるシンの方向から目を外して、なのはは視線を水平に飛ばした。円柱型をした巨大な高地がジャングルからいくつも立ちあがっているという、陸の孤島と言う言葉がぴったり似合う光景。眼下に広がるジャングルは低い場所に溜まる湿気でうっすらと靄が掛かっており、反対に空はどこまでも何もなく、大小二つの太陽だけが光っている。

 

<『ホムラダマ』、作戦区域に侵入。迎撃担当は出撃を>
「タカマチさん! 時間です!」
「……了解です!」

 

 口元に手を添え、下へ向かって叫び返したなのはが腰をかけていた場所のすぐ前、青色をした人の上半身のようなパーツが開く。機械が剥きだしになっているその中にするりと身を滑り込ませると、ゆっくりと戻るパーツが胸元を中心になのはの身体を固定した。もはや乗り込むといったレベルではなくぴったりと『着ている』格好になったなのはがグローブ状の部分に手を突っ込み、脚も同じように半ば固定される。

 

「いいよ、シン君」
「了解。『GUNDAM』起動」

 

 声にあわせて目を閉じ、開いたなのはの瞳は、いつもの藍色からまるでシンのそれのようなような血色に変化していた。
 ディスプレイでなく網膜に直接情報が投影され、OSの起動プロセスと共に『レイジングハート』の全てがなのはに繋がっていく。
 起動完了の画面に表示される文字は『Generation Unrestricted Network Drive Assault Module』――GUNDAM、無制限ネットワーク駆動型強襲モジュール。遥か昔にシンが使っていた機体のOSと同じ名を持つ制御システムである。
 デバイスではなくなのはの中に直接存在するその魔法はシンの一部から作られており、これを用いるが故の緻密な制御は、フリーランスの中では言うに及ばず、旧管理局という組織のバックアップを受けたフェイト・テスタロッサや八神はやてといった同年代の高ランク魔導師と比べてもなのはが抜きん出た戦果を見せている理由の一端を支えていた。
 無数に存在する兵装が、各部に備え付けられたブースターやセンサーが、全てがなのはの身体になっていく。二つのアンテナが突き出した白い装甲の中で薄く開かれた瞳は、狭いコクピットではなくどこまでも広がる高地の景色を映し出していた。

 

『カタパルト準備、完了。発信準備よし』
「よし。行くぞ、なのは。作戦開始だ」

 

 センサーの一つが送ってくる映像の中で、整備員たちがあわただしく退避していくのが見える。足元――とは言ってもブースターだが――からまっすぐ伸びるカタパルトの先に広がる空の先、まだ見えないその方向には『超兵器ホムラダマ』がいるはずだ。
 棺桶のように暗いコクピットの中で、薄い唇が言葉を紡ぐ。

 

「高町なのは――行きます!」

 

 巨大な外装ブースターの点火と同時に、絡みついた慣性の鎖を引きちぎって『なのはの身体であるレイジングハート』は猛然と加速した。

 

 
 
『んっ』

 

 加速度センサーが一瞬ぶれ、混じった感触に意識が震える。姿勢制御ブースターの出力やフラップにまで及びそうになったその震えを、なのはの意識を大きく包み込む別の意識――シンが遮った。

 

『初めてでもない癖に、何やってんだ。なのは』
『うぅ、だって……』

 

 柔らかい液体のように包み込まれ、境界で溶け合う感触は、戦闘中だというのにやけにリラックスできるのが不思議だった。全身から取り込まれ、背骨を伝って送られてくる情報は熱を持って脳に届く。熱い芯が腰から頭まで、突き抜けて身体の中にあるような感覚だ。

 

『何か慣れないんだもん』
『ったく。目標の予想索敵距離にひっかかるまで、あと1分』
『もー……フェイトちゃんたちもこんななのかなあ……今度聞いてみよ』

 

 気の抜けたやりとりをする二人の意識を乗せて、白い機体は噴射煙を引きながらジャングルの上空を切り裂いて飛んでいく。空中に飛んでいるゴミか何かに反応しているのか、普段は視認できないはずの、機体を覆う球状の魔力フィールドが時たま発光していた。

 

『アクティブ・レーダーを検知! 来るぞ!』
『うん!』

 

 遥か彼方、それこそ豆粒のような大きさの物体から放たれた波が身体の表面センサーを叩く。周波数からして索敵用のものだと言うことはわかる、そしてそれが来たということは次は。

 

『滑腔砲の発射炎を確認。着弾まで3――』
『――!』

 

 機体側面が爆発するように炎を吹き、強力な推進力で突撃する機体の軌道を強引に逸らす。それに2秒近く――加速された感覚の中では意外に長い――遅れて機体の斜め前方、そのまま前進していたらちょうど機体のあった位置を巨大なエネルギーを持った物体が突き抜けていった。
 その一発が徒競走の合図に使うピストルだったかの如くその艦体から火線を撒き散らし始めるホムラダマの舷側を視界の中央に納め、なのはは意識の一端を火器制御に触れさせた。
 砲撃の余波をシンがコントロールした姿勢制御スラスターの噴射で乗り越え、再びなのはの手に戻ってきた機体から数本の細長い物体が切り離され、一瞬落下したその物体はすぐさま内蔵のロケットエンジンで加速を始める。

 

『多弾頭ミサイル、誘導開始』

 

 シンの確認メッセージと共に、視界に写っていた赤いサークルが黄色に変わった。早々にミサイルの制御から手を離し、なのはは機体に集中した。スプレーのように群れを成して飛んでくる機関砲弾は無視。少々出力を上げた魔力フィールドで減衰し、装甲で弾く。むしろそれに混じって見づらくなる滑腔砲弾に集中。今度は3連続。今度はずらして放たれた3発の軌道予測を見ながら、高度を落とす。また余波で機体が揺れ――る前にシンがブースターを吹かし、姿勢を制御した。先ほどの一発でデータでも取ったのか、ほとんど完璧に運動差し引きをゼロにしている。
 いくつもの子弾に分裂した多弾頭ミサイルにホムラダマの火線が集中し、お返しのように発射されたミサイルがゆるい曲線を描きながらなのはに迫ってきた。

 

『ありがと』
『ああ。距離、4千切った。外装ブースター使用限界まで10秒』

 

 肩口で魔力駆動の機関砲が唸り、光弾の壁が機体以上の速度で前進していく。それに触れたのだろう、遥か前方で数発のミサイルが弾けとんだ。
 正面以外が引き伸ばされた視界の中央は、既にホムラダマの巨体に占領されている。全長2キロメートルのその巨大な戦艦に対するには、なのはとシンの身体は余りにも小さい。
 だがここまで近づけば、もう少しで『詰み』だ。拡張デバイスで強化された高ランク魔導師の防御能力は超兵器の攻撃力には及ばなくとも、そこらの魔導師や近距離でも使えるような兵器で撃ちぬけるものではない。

 

『一寸法師と鬼……より、もうちょっと大きいかな』
『オニ?……と、ブースター使用限界だ。切り離すぞ』

 

 
 外装ブースターの火が小さくなると同時に炸裂ボルトが点火され、がくりと状態情報密度が変わった。前方に向かって歪んでいた視界が一気に開け、後下方カメラの視界の中でばらばらになって落ちていく外装ブースターの破片が回避したミサイルに激突して爆炎になる。
 速度は落ちたものの、それでも今のなのはが突撃する速度は時速数百キロメートル。決して遅くはないが、加速され超高速に慣らされた感覚ではどうにももどかしいのも事実だ。

 

『ミサイル。数32。おお、後滑腔砲がこっち向いてるな。突っ込むか?』
『もっちろん!』

 

 糸を引いて迫るミサイルの大群に、ぐるりと身体をひねってなのははメインブースターを弾けさせた。迂回するのではなく直線、弾幕を張りながら正面から突っ込む。ミサイルの一発や二発より、この半端な距離でちんたら時間をかけて艦砲を食らう方が危険だ。
 外装ブースターつきより遥かにマシではあるが、それでも前進以外には鈍重な身体を迎撃で開けたミサイルの隙間にねじ込んでいく。砕けたミサイルの破片が装甲に当たって甲高い音を立てた。

 

『距離、千を切った! 砲撃の照準角を――OK、外れた。後は』
『艦載魔導師と兵器に注意して全力突撃!』
『その通り! 行くぞ!』

 

 今まで迎撃重視に傾いていた鬱憤を晴らすかのごとく、なのはの全身に取り付けられた武装が一斉に火を噴いた。俯角の限界でこちらを向けない主砲塔に大口径魔力砲の一撃を叩き込んでひしゃげさせ、ミサイルランチャーを舐めるように機関砲で破壊し、艦体表面のレールを走る軌道砲塔は押し包むように発射した多数のミサイルで回避の余地もなく吹き飛ばす。

 

<相手は同じ人間だ! 一人を相手にやれないわけがない!>

 

『――ん』

 

 目の前で虫食い穴を空けられていく艦体から漏れ聞こえてくる念話は、暗号化もされていなかった。現場はそれどころではない、と言ったところか。舷側に取り付き、艦尾の方向へ向きを変えながらホムラダマの表面を削るたび、怒号や悲鳴が流れてくる。
 船底にあいた穴から爆発で吹き飛ばされ落ちて行くのは――人間だ。

 

『カットするぞ』
『ん……んーん。いい。聞かなきゃ、ダメだと思うから』

 

 ちりちりと小さなトゲが刺さるように、なのはの意識に魔導師たちが放つ断末魔が突き刺さる。意識の中で顔を少しだけうつむかせるなのはをシンは無言で包み込み、制御を支え続けた。

 

<なんでだよ畜生、不公平じゃないか。なんで俺たちが――>

 

『……っ! それを始めたのは――』

 

 また聞こえてきた一つの悲鳴。誰もが持つであろう感情が発露した悲鳴。だがそれが無性に気に障り、なのはは『手』を握り締めた。強く握り締められたその指令に従って大口径魔力砲の砲身が伸び、桜色の粒子が集中していく。

 

  
『始めたのは、あなたたちの癖に!』

 

 
 叫びと共に放たれた高圧縮魔力の奔流はドリルのように回転しながらホムラダマの外装に突き刺さり、大爆発を引き起こした。
 耐久限界が来た魔力砲の砲身や撃ち切ったミサイルランチャーを切り離しながら、なのはは誘爆が続く中へと突っ込んでいく。閉じていた両腕、メインアームで人間の腰に当たる部分に固定されていたスマートガンとグレネードを引っ張り出し、なのはとシンはホムラダマの内部へ突入した。
 戦艦の中にしては広大な内部へ乱気流に煽られながら入り込んだ途端、出迎えといわんばかりに弾丸と魔力弾が殺到する。

 

『くっ……!』
『敵確認、前方に13、後方に7。ダメージは軽微』

 

 がんぎんとフィールドがエネルギー干渉し、装甲が弾を弾き返す音を聞きながらなのはは前方の敵――人間と自律砲台に『両手』の武器を向ける。同時に、シンが制御する肩や背中につけられた機関砲塔が後方の敵に向けて一斉射撃を始めた。
 ずどん、とメインブースターが炎を吐き出し、射撃で隊列の崩れた部分を強引に突破する。長引けば長引くだけ、なのはとシンは不利になるのだ。こんなところでいちいち細かい連中の相手をしている暇はない。
 内部輸送用のシャフトらしく、床に伸びる自動輸送用のレールに沿うようになのはは飛び続けた。閉じかけていた隔壁がグレネードで吹き飛び、ねじれた残骸をスマートガンの斉射が押し広げる。一定間隔で壁からせり出す自動砲台と扉から姿を現す兵士達をなぎ払いながら、なのはは叫ぶ。

 

『ルートは!?』
『……OK、内部マップ掌握した。ナビゲーション始める』

 

 視覚センサーの情報に黄色い光の帯で道筋が表示され、3次元マップにも同じような案内が灯る。そう距離はない。だが余裕もない。

 

『フィールド強度40%減少、装甲レベルイエロー』

 

 着弾のたびに見えるフィールドの光は弱まり、視覚では確認できないが装甲もあちこちで損耗警報が上がってきている。残弾も多いとは言えない。
 ぎん、と頭部装甲のアンテナ部分がへし折れた。発したノイズをすぐさまシンが飲み込み、フィールド制御や通信系を再調整。余裕のない隔壁の隙間を無理矢理に通ったとき、機関砲塔のひとつが引っかかってねじれ飛んだ。
 そうして数十秒のジェットコースター飛行の後、直線通路が唐突に途切れ、警告表示色の黒と黄色の縞模様に塗りつぶされた分厚い壁がなのはの前に姿を現した。

 

『――あった』
『動力部隔壁を確認。なのは、胸の魔力砲でいけるはずだ』
『うん』

 

 なのはが頷いて集中を始めると同時にちりちりと光っていた魔力フィールドが完全に消え、身体のメインアームが人間の手のように左右に広げられた。
 いわゆる機首、帆船の船首像の如く青、赤、白のカラーリングに片方のへし折れた1対の頭部アンテナを備える人間型の部分――なのはを収めている操縦席の前に、外で放った魔力砲や魔力フィールドと同じ桜色の光が集まり始める。
 フィールドの制御ユニットを転用した、無砲身魔力砲。収束率とチャージ速度では劣るが、威力自体は専用に作られたものにまったく引けを取らない。

 

『発射後、機体は放棄。接続と一緒に精神持ってかれるなよ、なのは』
『あは、もしもの時は助けてね?』
『生きてれば、な。行くぞ――』
『――発射!』

 

 
 なのはは頷き、シンの言葉に続けるように励起状態でうねる魔力の塊に最後の一押しを加えた。圧力に指向性を与えられ解放された莫大な魔力は奔流となって隔壁に突き刺さり、じりじりと熱と圧力、さらには分解作用でもって頑丈な複合素材を抉り溶かしていく。
 周囲を圧するような光の洪水が収まったとき、ところどころが焼けた機体の前には隔壁に開けられた大穴と巨大なシャフトが駆動するハイブリッド機関があった。

 

『よ、し……あと、ちょっと、だね』
『ああ、締めだ。レイジングハート、外装パージ』

 

 ばちん、と意識に響く痺れが走り、なのはの意識は『身体』に戻った。全身に感じた機体に固定される圧迫感と暗闇は炸裂音と共に消え、随分と情報量の減った感触に少しだけふらつく。

 

『なのは』
「――ん、うん。終わらせないとね」

 

 今は実体のないシンに促され、なのはは目を閉じた。軽く開いた唇から息を吐き、指先からつま先まで人間としての全身を意識する。
 光と共に再装着されたバリアジャケットは、シンがバリアジャケット部分に加わる事によって作られる鎧のような形態をしていた。上着は青を基調にした硬質の素材になり、袖飾りは鱗を重ねたような装甲になって肘までを守っている。
 何より特徴的なのは、その背中にある『翼』だった。エネルギーを蓄積しておくバッテリーであり、推進器であり、魔力流の制御端末でもある炎のようにゆらめく翼は、高町なのはと言う少女の外見と相まって『天使』という言葉を容易に想像させる。
 槍のような姿になったレイジングハートを構え、なのはは深く息を吸った。

 

――これで、4千人か。

 

 動力炉から流れてくるぬらぬらとした魔力に眉をひそめながらも、なのはは周囲の魔力素に意思を飛ばし従えて行く。ミッドチルダ式の魔法陣が展開し、周囲から集まる魔力の流れが加速した。
 徐々に徐々になのはの前の空間に桜色の光が集まっていく。
 星の名を冠する大規模収束砲撃。なのはの持つ魔法の中でも最大の威力を誇るこれならば、元々堅牢とは言えない上に隔壁を破られた複合動力炉を破壊するには十分だ。

 

「スターライト――」

 

 がん、と魔力カートリッジが吐き出され、解放された魔力が破裂寸前の魔力球を包み込む。他の魔法との決定的な違いだ。体内から搾り出した魔力にカートリッジの魔力を上乗せするのではなく、集めに集めた魔力を更に高圧で押し込める為にカートリッジを使う。
 反動を受け止めるべく、背中の翼が更に大きく広がった。

 

「――ブレイカー!」

 

 
 
 
 
「……終わったね」
『ああ』
 
 ばさり、と翼を広げて爆発の影響区域から脱出したなのはが振り返ると同時、艦体のあちこちから火を吹いていたホムラダマが爆発した。兵装の誘爆を繰り返して巨大化していく爆炎の周囲に白い壁、衝撃波が立ち上って広がっていく。

 

「……っ、と」

 

 プロテクションで衝撃波を受け止め、なのはは吹き上がる炎とそれに照らされる煙を眺めた。4千人分の命の炎。自分たちの数を何桁も上回る破壊をしようとしていた命の炎。そして、なのはとシンによって消された命の炎。
 唐突に、なのははぐるりと身体ごと仰向けになった。首の後ろでまとめた髪が、尻尾のように垂れる。
 血色から藍色に戻った瞳が陽光を反射し、まぶしさに目を細めた。

 

「こんな事、ってさ」
『ん?』
「こんな事って。自分のせいじゃなきゃ、やってられないよね」

 

 そう言って口をつぐみ、なのはは青空を眺め続ける。
 何かを思い出すような沈黙の後、シンはたった一言だけを返した。

 

 
『……そうだな』