「何してるの? 三珠君」
「いや……あー……」
首をかしげるなのはも、どこか呆れたようなシンも、口を開けたままにしている雄介も。
初夏の太陽は平等に見下ろし、日差しを降らせていた。
「……」
白い紙の上をコンテの先が走るたび、ごく薄い線がその数を増やしていく。細かく細かく銜えられていく線が段々と長く広く重なり、形を作っていく様は、彫刻のようでもあった。
「……ぬ」
一度顔を離し、画用紙全体を視界に入れてバランスを確認。写真ではないから多少の歪みはあるが、それでも不自然な程の偏りは見られない。『見て欲しいところ』が強調されている程度なら大丈夫だ。授業が終わったといってもまだまだ日も高く、校舎の3階の端ということもあって窓からの明かりでも不足はなかった。
「ん――」
一度石膏像へと目線を移した後、さらさらと再び鳴り出すコンテの摩擦音。天井に反響する外からの物音――体育館でバスケットボールが叩きつけられる重々しい音も、列を成して窓の下を通り過ぎていく野球部員立ちの掛け声も、今の雄介には無音に等しい。
絵を描くのは元々好きだった。小学校では動物的な感性を持つ同年代の男子達に馬鹿にされたり、そのせいで男子よりむしろ女子との仲が良くなり、そしてその結果ますます男子が彼を馬鹿にしたりと言ったありふれた経過をたどりつつも、結果的に雄介は環境に屈さずに済んだ例だった。
それは何故か、というと。
「――何、書いてるの?」
ちょうど同じ登場人物でこういう事があったからだと、雄介は記憶していた。
――何、書いてるの?
――絵。
――何の?
――河の……なんだよ、見るなよ。
――え、上手なのに。どうして見ちゃだめなの?
そんな短いやりとりで心持ちも変わってしまうあたり、自分でも安い人格だとは思う。多分それは今も変わっていない。人によっては卑屈とも言うだろうが、どちらかといえば自分に無理な高値をつけるほど自信過剰ではないだけだ。
生まれも平凡、業績も平凡、能力も平凡。ナンバーワンでなくオンリーワンであること自体に価値がある? 否、『価値』という考え方そのものが比較で成り立つ認識方法だ。周囲と比較してオンリーワンだからこそ価値があるというだけで、オンリーワンしかいない中での『周囲と同じオンリーワン』はむしろ無価値だろう。
「デッサンの練習。コンクール向けのほうはまだ早いし」
「へえ」
風を通したくて扉を開けっ放しにしていたのは失敗だったかも知れない。何の準備も出来ていないのに、上手く会話を続けるなどということはとてつもない無理難題だ。少なくとも、今の雄介が彼女を相手にする分には。
立てかけられているイーゼルや棚の上の石膏像を楽しげに眺めている彼女は、しばらく見たこともないくらい上機嫌なようだった。あの時転校生に向けていた視線のような、おかしいところは何もない。何も、ないと思う。
「見てもいい?」
そんな事を考えていても答えを待たずに近づいてくる『ただのオンリーワン』にはたまらない価値を感じさせられてしまうあたり、我ながら実に安いことだと雄介は内心だけでため息をついた。
「……たいしたもんじゃないから恥ずかしいんだけど」
「いいからいいから。どうせ私よりずっと上手いんだし」
「そりゃ描いてる数が違うからだって」
そこまで答えて、自然に話すことができている自分に驚いた。先週の休日、帰り道に会った時のようになるかと思って萎縮していたはずなのに、すらすらと言葉が口をついて出てくる。突拍子もない事でも面白い事でもないが、無難な会話を続けることこそ難しいと思っていたのだが。
「それもそ、う、だ、ね……真正面? なんか、珍しいね」
歩いてきて画板を覗き込む彼女は、なんでもなさそうに雄介に触れそうな距離まで身を寄せてきた。彼女としては単に画板が良く見える位置に来ただけなのだろうが、そんな理由はともかくとして、彼女がその距離にいるだけで雄介には十分すぎた。
近くにいる、彼女の呼吸音が聞こえる。たったそれだけで直接触れているわけでもないのに、心臓はその鼓動を否応なく速めてしまう。この状況でどの部分がそんなに酸素と栄養を必要としているのか、雄介は自分の身体をこそ問い詰めたい気分だった。
さりげない動きで座りなおして椅子を遠ざかる方向にずらし――自分でやっていて情けないが――雄介はそうでもないよ、と言葉にあわせた表情を取り繕った。
「正面とか真横とか、そういうズレてない視点ってごまかし効かないからさ。だから、結構ね……ああ、練習。練習になる」
「そうなんだ。私のイメージだと逆なんだけどな」
内容にさして意味はない。そもそもこんなやりとりは雄介が絵の練習を本格的に始めてから何度も繰り返している。その事を知っていて、しかし忘れているようにまた話す。話すために話すといった風情だが、必要性にかられての情報伝達ではないじゃれあいにはそれでいいのだろう。まして、この学校に入学してからはその他愛ないじゃれあいすら出来ていなかったのだ。仰々しい言い方をすれば、スムーズに会話ができる今の状態が望外とも言える。
椅子を引きずってきた彼女が雄介の隣に陣取ろうとした時を見計らって、お決まりの一言を投げつける。
――そういえば、これを言うのも随分久しぶりなんだな。
「なら、描いてみる?」
「あ、思い出した。ちょっとこれから用事が」
「逃げた!?」
瞬間、軽やかに身を翻した彼女に雄介が大げさに合いの手を入れると、彼女はけらけらと笑って扉のほうへ踏み出していた足を戻した。椅子の頭に手をかけてぐりんと回り、今度こそ雄介の隣に腰を下ろす。
「――なんか、久しぶりって感じするなぁ。こういうの」
「っ」
それを聞いた時雄介が感じたのは……安堵、だろうか。彼女も『この状況』を覚えくれていて、そして疎ましいやりとりではないと思ってくれていた。それだけで――
「……こ、こういうのって?」
勝手に浮き上がりそうになる腹の中と一緒につばを飲み込み、雄介はどもりながら聞き返した。
肩にかかった髪を両手で持ち上げ、背中へ落とす。それだけの仕草で、彼女の香りが漂ってくる気さえした。いや、実際に清潔感のある石鹸の香りが漂ってくるのだが。構成物質は自分のものと変わらないはずなのに、何故彼女の髪の毛はこんなにやわらかく風に踊ってみせることができるのだろう。
時間にして3秒もなかっただろうが、ずっと彼女を見ていたような気恥ずかしさを感じて雄介は慌てて画板へと向き直った。彼女に見えないように顔をそらしつつ、視線をあちこちへとさ迷わせる。
彼女が指している内容はわかりきっている。わかりきっているが、それでも彼女の口から言って欲しい。わざわざ聞き返したのは、そんな浅ましい、だが雄介にとっては非常に切羽詰った感情からだった。
「うん。こうやって三珠君と普通に話すのがね……えっへへ。やっぱり、結構いいなってさ」
「…………うん。う、ん。こっちも、そう思ってた」
「そうなんだ? 良かったぁ! と、それでね――」
浮ついていた腹は完全に浮き上がり、そして今度は雄介もそれを止めようとは思わない。次々に湧き出すままに言葉を紡ぎ、笑い、小さな頃のことを持ち出してからかいあう。
いつの間にか絵を描く手が完全に止まってしまっていたことに雄介が気づくのは、それから暫くしてからのことだった。
「うわぁ」
すっかり暗くなってしまった窓の外をみやり、雄介は足早に校舎の廊下を進みながら息を吐いた。時間を忘れて話し込み、頑張ってねなどと発破をかけられて更に時間を忘れて画板へと向かってしまい。結果、日が暮れたどころか校内にに人気すらほとんどない今の時間と相成ったわけだ。
「まっずいなあ、一応家に電話……ん?」
中央廊下へと出たところで、雄介は広い中央廊下を伝わって聞こえてくる物音と漏れている光に気づいて足を止めた。
この学校の校舎は、中央廊下をその名のとおり中心として『王』の字のように3つに分かれている。校門側から職員室や通常の教室のある棟、今まで雄介がいた特別教室の棟、そして最後に体育館や倉庫の棟。
一定間隔で床を叩くようなその物音は、体育館のほうから聞こえてきていた。バスケットボール部あたりが練習を延長しているにしては、数がやけに少ない。というか、せいぜい一人分、というくらいにしか聞こえない。
「……一人で特訓、とか?」
そこまで結論を出してしまえば、もう気になって仕方ない。大会が近いわけでもないこの時期こっそり一人で追加練習、などという今時珍しい真似をしているのは誰だろう、などと興味にかられて覗きにいってしまったのは、無理もないことだろう。
「――くいかないねー。ねえ、もしかしてガンダ――」
「システムは至って正常。お前の入力誤差がいつもより悪いだけだっての」
「えー」
はっきり聞こえてきた声は転校生、高町なのはと……誰だろう。雄介は首を傾げて記憶を穿り返したが、しばく考えても、ちらりともこんな声の男性を見た記憶がない。聞き覚え自体を考えてみてもやはりわからない。生徒にしては大人びているが、さりとて教師の声ではない。生徒よりは数が少ない分、教師のほうの記憶には自信があった。
会話の内容もわけがわからないし、行き交う単語の雰囲気からすれば体育館はまったく似合わないようにしか思えない。わからないづくしだ。
「よ、い、しょっと」
「修正値、言ってやろうか?」
「……大丈夫だもん」
『わからない』を解消しようと雄介は開いたままの入り口に膝を突いて覗き込み、そして固まった。結構な勢いで投げられたバスケットボールがゴールのリングに跳ね返りながらネットを潜り、反転したボールが弾みながら制服姿のなのはの手の中に収まる。
一度だけならそういうこともあるだろう。だが体育館の真ん中近く、スリーポイントシュートの位置から更に遠くから一つだけのボールを投げては受け止め、また投げるなのはとその隣に行儀よく座るシンは、雄介が見ている前では一歩も動いていなかった。
「よっ!」
時折なのはが足を踏みだしたり姿勢を崩したりはするものの、何度も何度も片手で投げ上げられるボールは正確無比にゴールリングとネットを揺らし、きっかり5回のバウンドで元の位置――投げ手であるなのはの手元に戻ってくる。
体育の時間に見せた制御不足の馬鹿力っぷりはなんだったのかというような繰り返し精度にただぽかんと口を開けていた雄介は、はっと我に返った。
なんだ、と声に出さずに安堵と残念さを転がす。何のことはない、体育館にいたのはなのはとシンだった。動物を学校に入れていいのかどうかとか、そんな基本的な疑問は彼女相手に通じないことはもうわかりきっている。何をやっているのかはよくわからないが、話をしながらでもバスケットボールを――話をしながら?
見る。
なのはは相変わらず軽々とバスケットボールを投げている。ひょっとしたら雄介より腕力があるのかも知れない。
シンは相変わらずボールの軌道を軽く目で追いながら犬にとっての正座をしている。
そして声は、相変わらず二人分。からかうような調子で聞き覚えのない青年風の声が響き、なのはは頬を膨らませてシンに向かって文句を言ったり大丈夫といったり、ガンダムがどうのと言ったりしている。
シンに向かって。声に対する答えを、シンに向かって。
シンに、向かって。
「――で、アレはどうするんだ?」
「えっ?」
心底不思議そうななのはの声に視線を向けると、右手でバスケットボールを掲げた姿勢のまま固まっているなのはと目が合った。何かが違うが、何が違うかはっきりしない。シンのほうは特に変化は見られない。我関せずというかどうでもいいというか、とにかく平然と座ったままでいる。雄介も動かない。動けない。どうしたらいいかわからない。UFO? 宇宙人? まさか本物? いや、でもやっぱり腹話術なんてことは……
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙が続くうち、雄介の背中に次々と汗が噴出し始めた。無機質なシンの瞳、何を考えているかわからないが、何かをじっと考えているように見えるなのはの視線。未知すぎる存在から向けられる、赤と紫色の視線。あからさまに『見てはいけないもの聞いてはいけないもの』に遭遇してしまった雄介をどうしようというのだろうか。
せめて彼らの思考を読み取ろうとする雄介を前に、一人と一頭はやはり沈黙を守っている。
やがて、ぽす、とバスケットボールを胸元に抱えなおしたなのはが、死を告げる天使のように無表情で口を開いた。
「……シン君」
「ぁん?」
もはや隠す気もないらしく、明らかに面倒くさい、という態度のままでシンが短く答えた。ついに何かをされてしまうのか、頭に金属球埋め込まれたらどうしようなどとつばを飲み込む雄介の前で、アメジストのように紫色に光る瞳――そうだ、違和感の原因はそれだ。高町なのはの瞳は、藍色だったはずなのだ。
透き通りすぎて異様な光を放つ瞳は、雄介を捉えて離さない。その隣に光る濁った血色の瞳は、もっと雄弁でわかりやすかった。馬鹿らしくなるほどの体力を持つ少女と3階建ての建物の屋上まで平然と跳び上がってくる猛獣の二人と雄介の運動能力を考えれば、彼らの意思はほとんど事実と同義だろう。要するに、今ここで雄介が逃げ切れる可能性は天変地異でも起こらない限りゼロだということだ。
「シン君って、確か……えーっと、くちゅくちゅあっあって奴、できたよね?」
「……くちゅ? って、え?」
いきなり飛び出した間抜けな言葉に、雄介は追い詰められている状況も忘れて聞き返した。恐らくは擬音なのだろうが、元の行為がまったく想像できない。
「あ? ……あー。アレか」
「うんそうそう、アレ。できたよね?」
くちゅくちゅ。何だか水っぽい擬音だが、それが何なのかは雄介にはまったくわからない。そして一人と一頭は納得したらしく、雄介を置いて頷きあっている。間抜けな雰囲気だが、それでも二人は雄介から片時も視線を外さない。
――何なんだ。本当、何なんだ。いいよもう。
腹を括ったというのか諦めたというのか、もし『世界征服をたくらむ悪の組織の尖兵がぐはは見られたからには生かしておけんとかいいつつ一から十まで説明してくれる』んだったらそれはそれでもういいやなどとわけのわからない気分になってきた雄介は体育館の入り口でずるずると座り込んだ。心の中で家族に当てた手紙の文面など考え始める。
――拝啓、いや親愛なる……いやいや敬具だっけ? あれ?
「けどマッピングデータがないぞ。実測しながらやる事になるけど、いいのか?」
「え、でもシン君ってやったことあるんでしょ。そのデータって」
「『ここの』じゃないんだってーの。サンプリングしたとして最低3回やりなおし、全部復元不能。それでいいなら」
「えー、それじゃ駄目だよー」
ちゃんと戻さないと駄目だもん、とバスケットボールを片手で持ち直し、なのははまたいつか見たときと同じようにシンの耳を弄り始めた。
頭皮ごとぐにぐにと弄られるシンは迷惑そうな顔をしつつも振り払おうとはせずため息一つで済ませ、明らかに現実逃避真っ最中で視線を飛ばしている雄介の方を見た。
「あー、簡単に言うとだな。見なかったことにする」
腹が立つほど落ち着いた表情の巨狼は長めの瞬きをすると、人とはまったく違う構造の口で流暢に話し出した。さっきから喋っているのはわかっていたが、『口で』話しているのを近くで見るとやはり違和感が先にたつ。
簡単な事は簡単だが別の意味でわかりづらい表現に、雄介はどこか拗ねた気分で狼に視線を返した。どうせ現実に引き戻されて楽にされるなら、それこそあっさり風味にしてもらいたいものだ。
「……何されんのさ。金属頭に埋め込んでで○×凸△、とか?」
「ンな事するかよ。脳味噌バラバラにして弄るだけだ。やらないけどな」
「!?」
牙の並んだ口から飛び出す直接的に危険な表現に、雄介は目を剥いた。その様子がおかしいからというわけではないだろうが、なのはが気楽に笑って手をぱたぱたと振って見せる。
「うん、記憶消したかったんだけどちゃんとできないみたいだから。やらないよ?」
――いや、そんな明るい笑顔でそんな怖いこと言われても。
やらないよ? などとニコニコ顔で言われても、その直前にあっさりと『バラバラにして弄る』事を決めていた人間の言うことでは説得力がないと言わざるを得ない。
そんな扱いをされた以上、何を言われようが許容するわけには――
「だ、か、ら……お願いっ、三珠君。内緒ね! 内緒!」
「…………っ、いやいやいや」
両手を合わせて首をかしげ、ウィンクまでする仕草はきわめて『普通に可愛らしく』、
思わず頷きそうになった雄介は慌てて首を振った。見た目に騙されてはいけない。この一人と一頭が何が目的かも、そもそも何者なのかもわからないのだ。雄介がうっかり返事をして、それが笑えない結果を招くことだってあるかも知れない。
しかし。
『自分に何ができる?』そう思い至った途端、雄介の中で膨らみかけていた虚勢が一気にしぼんだ。
何も出来ない。比喩でもなんでもなく、何も出来ることがないのだ。雄介には、昔見た変身ヒーローや小説の主人公のように特殊な能力があるわけではない。こちらを静かに見ているシンには――もしかしたらその隣にいるなのはにも腕力で勝てないかも知れない、そんな程度の存在でしかない。
そんな雄介が今『お願い』を断ったところで何が変わるというのか。変わらない。断れば断ったで自分がどうにかされるだけだろう。
――なんだ、いつもと変わらないじゃないか。
どんどん馬鹿らしくなり、雄介は大きく息を吐いて諦めだか開き直りだかわからない感情に思考の主導権を明け渡した。
「いや……うん。わかったよ」
「お?」
急な態度の変化に戸惑っているのだろう、目をぱちくりとさせるなのはに投げやりな笑いを返す。そうしているうちに自分でもおかしくなってきて、雄介はいよいよもって笑いをこらえるのに苦労した。
「え、っと。内緒にしてくれるんだよね? ……その。だ、大丈夫?」
「くくっ……あっは。大丈夫大丈夫。どーせシンが喋ってたなんて僕が言ったって」
なんじゃこいつ、と目だけでなく全身で言っているシンにも笑いかけた。腹の中から衝動が湧き上がり、抑えていられない。顔が勝手ににやけてしまう。横隔膜が踊る。喉がひくつき、息が細切れになる。
とてもとてもとてもとても可笑しかった。可笑しすぎて、涙が出てくる程。
「誰もさ、信じない――内緒にしてもしなくても……くくっ。結果は同じだろうしね」
「そうかなぁ?」
「そうなんだってば」
突発的な発作はおさまったものの、まだ息を切らして涙をぬぐっている雄介に、なのはは首をかしげていた。
わからないだろう、とは思う。けれど、わかってもらえないと困る。『お願い』してきたのはなのはの方なのに、いざこちらが頷いたらそうかなぁと首を傾げるというのも少しどうかとは思うが。
「うーんーんーんー」
鼻筋にしわを寄せ、口元に手を当てて真剣に考え込んでいるなのは。まだ納得してもらえないようだが、まあ仕方ない。納得しないにしろ納得するにしろ、彼女が何かを決めてくれるまで待てばいいだけだ。その結果どうなるかは、まあどうなろうが仕方ない。何かあったとしても、雄介にできるのは言葉を重ねる程度だ。
不健康に軽くなった気分のまま待ちに入った雄介は、立てた膝に頬杖をついてなのはを眺めた。
――見た目は普通なんだよな、この子。あ、さっきの目はちょっと違うか。
冷静になって気づいたが、先程まで紫色の透き通った輝きを放っていたなのはの瞳は、いつの間にか元の藍色に戻っていた。その光が何だったのか気にならないわけではないが、それもまたどうでもいいと言えばどうでもいい。どうせ答えてはくれないだろう。
「ん~~?」
「……そういうもんなんだろ、なのは。楽になったんだから気にするな」
「そうそう、そういうもん」
何故かあっさり同調してくれたシンと一緒に頷いて見せると、なのはは納得いかないながらも理解はしたようだった。暫くうんうん唸っていたが、やがてそれならいいや、とボールを両掌に挟んだまま回す。
くるり、とボールの縦回転と同調して悩みを放り捨てたように、なのはがにっこりと笑った。
「――ありがと、三珠君!」
「あー。うん」
「はン」
輝くようなその笑顔に何かが耐えられなくなって、雄介は思わず視線をそらして頭を掻いた。理由を理解したらしいシンの小さな笑い声が少しだけ耳障りだ。
――喋る動物の分際でこんな可愛い子とくっついてる癖に。ああ何かムカつく。