鎮魂歌_エピローグ

Last-modified: 2007-12-09 (日) 10:04:47

「派手にやらかしたわね。死者2名? それも、片方は最初から死んでいたから実質この事件で死んだのは1名だけって? 本気で言ってるの?」
「本気よ。だって本当なんですもの」

本局。レティの執務室での事だ。
椅子にもたれかかりながらも隙のないレティが、デスクをはさんで起立する同僚に鋭い眼差し。
それを受けてリンディは涼しい顔だ。炭化しかけた両腕を吊っている姿は痛々しいが、それでもなおにこやかである。

「どちらも管理局で雇っていたとはいえ、局員全員が無事だったと考えるといい噂にならないわよ?」
「あ、そうそう、それについてはね、責任を持ってアースラの艦長を退こうと思うの。流石に2名も死人を出したのは指揮官の責任ですものね、責任」
「……成程、そう言う事ね」

闇の書事件で死者0名だった事を考えれば、今回のリンディの落ち度ではまだまだ大きな責任問題にはなるまい。あらゆる方面の人間が「まだリンディは使える」と思っているはずだ。そのしがらみを切って艦長を辞めようとしていたリンディにとって、今回の失敗はいい逃げ道である。

「それじゃ次はジュエルシードについて聞かせてもらいましょうか」
「合計5つきちんと封印完了し終わってるわ」
「そうじゃないわよ。何故プレシア=テスタロッサの杖に封じられていたのが8つだったか、よ」

ジュエルシードは、合計21だ。
12をアースラが確保していたのだから、自然プレシア=テスタロッサの元には9個である。
次元振は結局抑えられた事を考えれば、消費はされていないだろう。
つまり9個全部を伴ってプレシア=テスタロッサは虚数空間に落ちた。
そしてそれをラウ=ル=クル-ゼが手に入れたのだから、

「虚数空間脱出に1つ使った……と言う予測が自然だわ」
「成程、消費…」
「そう、消費」
「そして、残り8つのうち3つはシグナムたちの復活に消費。虚数空間脱出に、復活。ジュエルシード級の魔力をして、消費せざるを得ないか」

ジュエルシードにて願いがかなったとして、消費してしまう事は稀だと言う。
大概はジュエルシードが核として働き、術者は莫大な魔力の恩恵を受けるぐらいであるが今回は消費するに至る大事として頷けた。なにせ、復活だ。普通の死者蘇生とは違う意味合いになるが、復活とほぼ同義である故、ジュエルシードを使いきってしまっている。

「ま、それはもう終わった事だし、言及される事もないわ。というか私がさせない。あの3人にしても、使える戦力だから有難いわ」
「シビアねぇ」
「本当なら、さらに2人増えるはずだったのにねぇ」
「仕方ないわ」
「……」
「……」
「……」
「……」

無言で、レティがプレッシャーを放ち続けるが、リンディはひるみもしない。
レティの傍らには、ホログラムでクルーゼとキラの詳細データが浮かんでおり、2人ともに大きく赤く「死亡」と印を押されていた。
そして、その横にさらに2枚の詳細データが浮かんでいた。
今回の事件で巻き込まれてしまった『2人』の民間人だ。
その欄にはアリサ=バニングスという名と、そして『ソウイチロウ=ホシ』という名が記されていた。
資料右上には、例えばキラをベースに変身魔法を使ったかのような特徴のない顔の写真が表示されている。

「話は変わるんだけど、このソウイチロウ=ホシ君についてもうちょっと詳しく聞かせてくれないかしら?」
「今回の事件でトライア=ン=グールハート一味に襲われていた所を保護した少年よ」
「『リンカーコアがない』人間があの一派に襲われていたの?」
「人質にでも使おうと思ったないじゃないかしら?」
「ところで、このソウイチロウ=ホシ君とキラ=ヤマト君の身体データの大半が一致するのは何故かしらね?」
「偶然じゃないかしら?」
「リンカーコアの有無を除けばほとんど同一人物みたいだと思わない?」
「いいえ、全然思わないわ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「っで、この子の処置については?」
「特に魔法について深く関わらなかったから、すぐに元の世界に返すわ。第83管理外世界に」
「へぇ、キラ君とラウ=ル=クルーゼと同じ出身なのね。すごい偶然ね」
「すごい偶然でしょう」
「……」
「……」
「……」
「……」
「今回の事は、私の方で止めておくわ。帰りたがってるんでしょう、キラ君」
「いつも悪いわね」

メガネを外し、レティが苦笑した。その時のレティの表情は、同僚に対する顔ではなく友人に対したそれだった。

「え、リンカーコアを自分で取り除く事って出来ないんですか?」

無限書庫にて。
ユーノの指揮のもと、なのは、フェイト、そしてロッテがお手伝いをしながらおしゃべりをしていた。
最終決戦の後、アリサを勝手にアースラに連れてきた事について3人はこっぴどく怒られた。
それはもうこっぴどく。
具体的に言うとリンディが3人を正座させて説教を長時間叩きこみ、彼女が疲れると次にクロノがやってきて3人に説教。そしてクロノが疲れるとリンディが返ってくると言うツイン・ハラオウン・地獄の説教天国である。
ちなみにこれから遠い未来にて、エイミィの生んだ双子がやんちゃをやらかしてエイミィ、クロノ、リンディ、フェイトの親類計4名によりテトラ・ハラオウン・インフィニット説教ニルヴァーナが発動する事を考えると、なのは達はまだマシであったかもしれない。
さて、説教の後、罰として3人に命じられたのは無限書庫の整理の手伝いである。ユーノの下につけた辺り、名目上の罰と言う感じだ。
という流れで仕事中であるのだが、彼女たちも女の子。手よりも口の方が動いてしまう。

「そりゃそうだ。リンカーコアも器官の一部なんだから。あんたは自分の心臓を自分で取り出せるかい?」
「む、無理ですよ」
「そんな感じだね。臓器だから、他人のを移植できるって話さ。フレイって娘がキラにしたように」
「でも今キラさんは……」

キラのリンカーコアは、ない。
フレイ=アルスターの物であったリンカーコアが、あの最終決戦中にキラの中から消えたのだ。
ロッテの言う通り、リンカーコアは臓器と言うイメージが強い。それを考えるとシャマルでさえ首をかしげた事だ。

「と言っても、リンカーコアってまだまだ謎が多いからね。不思議な事が起こる余地はあるんだ」

ユーノが降りてくる。即座、3人が「仕事してます」と格好をするが話に入り込んでいる時点でユーノにさぼりが見つかってます。

「きっとフレイさんの魂がキラさんにリンカーコアを預けていたんじゃないかな」
「お、ユーノのクセにロマンチックな事言うじゃん」
「ロ、ロマンチックですか……?」
「好きな人を死んだ後でも護るって、素敵だと思うな」
「フェイトは死んでも護りたい人、いる?」
「うん。みんな……みんな、護りたい」
「わたしも」

凛と微笑むフェイトと意志強く手を挙げるなのはに、しかしロッテは人差し指を立てた。

「チッチッチッ、お嬢ちゃんたち。違う。違うよ。全然違う。ズバリ! 好きな男の子はいるかって意味よ!」
「「「えぇ?!」」
「ん~、どうなんだい? お姉さんに言ってみなさいな。クロノとか、どうよ? ひと通り女の子をエスコートできるように仕込んどいたよ? ん~、どうなんだい、どうなんだい?」

猫の本性をさらけ出さん勢いで尻尾を振り振り、まだまだ幼い魔法少女たちの肩を抱き寄せていやらし~い吐息。
2人とも何とも言えない表情である。

「いえ……そんな、まだ」
「わたしも……好きな男の子とかは……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……え、マジ? 特になのは」
「え、は、はい……そういう事は、まだです」
「……ユーノ、どう思う?」
「え、そりゃなのはくらいの年齢なら、まだだと思いますけど?」
「……お前は、好きな子いないの?」
「いや、僕もそう言う事はまだ……」

どちらも、マジだった。
ロッテが「え、こいつらマジ?」という顔をフェイトに向けると「はい、2人とも本気で親友という関係です」という顔で苦笑した。

「それで、キラの奴はどこにいるんだい?」
「アリサちゃんの家ですけど……?」
「そっか、お別れ…かな」
「いえ、多分違うと思います」

しんみりと漏らすロッテに、しかしなのはは、フェイトは、ユーノは首を振る。
きっとあの2人にとって、これは「さよなら」じゃないはずだ、と。

「おーっす、アリア。体はどうだ?」
「こら、ヴィータ。病室だぞ」

本局に備えられた病室の一つ。
そこで安静にしているのはアリアである。光の卵最終決戦、死亡寸前までダメージを負ったアリアはまだ動けずにいた。特に、故意ではないと言えその責任に一端を有するヴィータが見舞う回数は多い。

「あぁ、いいよシグナム。ヴィータは元気が一番だ」
「八神一家の到着だな」

ベッドで横になるアリアと、その傍らの腰かけているのはクロノ。
続々と入室してくるはやて、シャマル、ヴィータ、ザフィーラ、シグナムにクロノが片手を挙げる。
応じてシャマルが果物の入ったバスケットを掲げて微笑んだ

「食べられるかしら?」
「もう大丈夫だよ、ありがとう」
「アリア、何剥いて欲しい? 今日はあたしが剥いてやるよ」
「ヴィータが? 変な形にならないだろうな」
「うっせー! シグナムよりマシなんだよ」
「な! ヴィータ、秘密だと言ったろ…」
「へぇ、剣の騎士は果物ナイフの扱いは苦手なのかい?」

クスクスと、控えめに一堂が笑顔。赤い顔をするシグナムが、意地を張るようにヴィータの手から果物ナイフをひったくり、リンゴの皮へとおしあてた。

「はやて、シュベルトクロイツの様子はどうだ?」
「ばっちりや。グレアムおじさんがかなり密に設計しなおしてくれてて、今度のはちょっとやそっとじゃへこたれへん」
「そうか……人脈をフルに使って部品を調達したと聞いているからな、またチーム戦でもしようか」
「そうや、その前にな、シュベルトクロイツが落ち着いたから新しい人格型のデバイスに取りかかろうと思うんや」
「……リインフォース、か?」
「せや。可愛い娘にするで。なにせ、うちの末っ子になるからね」
「今度こそ、幸せであるといいな……」

こつんと、ザフィーラがクロノの頭に軽いゲンコツを落とす。唐突なこの優しい一撃に、クロノもはやてもきょとりとしてしまう。

「あれとて……主より名をもらい、涙してもらい、短い時間でこそあったが幸せだった」
「……そうだな」

少し、ザフィーラに似合わぬ物言いだと思ってクロノは苦笑する。はやては、柔らかな目でザフィーラとシュベルトクロイツを愛でる様に見つめた。
そこに、不格好に切られたリンゴが差しだされる。失敗か成功かで言えば、成功ではあるまい。

「なかなか上手だぞ、シグナム」
「同情はいらん」
「ほら、アリア、口開けろ、あーん」
「いいよヴィータ、一人で食べられるよ」
「どっか痛い所あったら言えよ、すぐにシャマルが治すからな」
「ヴィータちゃんも回復魔法覚える?」
「あたしはアタッカーだから必要ねぇよ」
「そんな事言って。将来、一人で敵陣深くに乗り込んで後ろから刺されても動力炉を潰さなきゃいけない場面があったら困るわよ?」
「いやに具体的だね」

にぎやかだが、きっと暖かい空間。
これが八神家と言うものかと、ぼんやりとクロノがはやて達を眺めていた。

「ところで、キラ=ヤマトはどこだ?」

シグナムが壁際へ。クロノの横へともたれた。

「今、世話になっていたバニングスの家にいるよ」
「アリサ=バニングスか……奇妙な縁だな」
「奇妙だから、縁かもしれない」
「面白い解釈だ。できれば、もう一度会っておきたい」
「あれ、もう話をした事はあるのか?」
「戦闘終了後のごたごたの最中だ。礼も済ませていない」
「なんだ、キラ、アリサの家なのか?」

ヴィータが割り込んできた。口に頬張られたリンゴの残りがシャリシャリと音たてる。

「そうだ」
「お別れってわけか」
「いや……」

実質、お別れだ。もう、自身の世界に帰るキラにアリサはもう会えまい。
でも、

「……お別れじゃ、ないさ」

クロノはこう言った。

「これで、僕の話はお終い」

うららかな日差しの中、庭のテーブルにはキラ、鮫島、そしてアリサ。
もう熱かったお茶も冷めてしまっていた。
長い、キラの話をしていたから。
誕生から、現在までのできる限りの物語を鮫島とアリサに聞かせたのだ。
ティーカップを口にしてキラが一息つけば、鮫島が新たに注いでくれた。

「そっか、戦争に、魔法に……あたし、平和な今に生まれて良かったです」
「うん、振り返りながら話したけど……アリサちゃんと一緒だった時、とっても安らげてた。きっと、クルーゼさんを殺してからずっと、いつも心が重かったから」
「記憶喪失も、悪い事ばっかりじゃないんですね」
「……そうだね。そうかも、しれないね。こうやって、アリサちゃんに、鮫島さんに、なのはちゃんに、クロノ君に…みんなに出会えたの、記憶喪失だったからかもしれないね」
「みんなに出会えたのは、きっとフレイさんのおかげですよ」
「僕が生きているのも、フレイのおかげだから……ずっと、いろんな人に助けてもらって……そのくせ、みんなを不幸せにしたり、死なせたり……」

少しだけ、アリサがしまったという顔。
鮫島は、ずっと穏やかな表情だった。

「大人になるまでは、人間そのようなものですよ。戦争なんて、異常事態ならなおさらです。だから、その分キラさんはこれからの人生で、いろんな人たちに死んでいった者たちから受けた恩を巡らせて下さい」
「重い、ですね……責任」
「ふふ、人間なかなか頑丈にできているものです。幸せを受け継がせるなんて重み、耐える事もきっとできますよ」
「はい……殺した命と、死んだ命を無意味だったものにしないためにも……これからの命を……」

まろやかな鮫島の声に感化されてか、キラにも微笑みが戻ってくる。
アリサのカップに鮫島がお茶を注げば、少しだけ沈黙。
ざぁ、と風が吹いてアリサの髪が弄ばれるのをキラはじっと眺めていた。
もう、会えない。
短い時間だったが、バニングス家のぬくもりは心の深くにキラにしっかりと宿っている。
元の世界に帰りたいと言う想いと、留まりたいと言う想い。
答えは、決まっている。

「僕は、もう行くよ」

とても自然に、とても突然。キラは声をかけた。
驚くほど日常的な言葉の調子に、アリサも極々普通の態度だった。
涙を流して、抱きあってのお別れなんてしないと、アリサが自分で決めていたから。
まるで帰ってくる人を送り出すように、と。

「うん、行ってらっしゃい」

とても寂しい気持ち。
とても誇らしい気持ち。
キラはバニングス家を己の家のように想ってくれているのだから、それが嬉しくて、そして悲しい。
立ち上がるキラがアリサの手に乗せるのは、フリーダム。蒼穹の宝珠。

「これ……」
「アリサちゃんに、預けておく。僕と、フレイの最後の絆……いや、絆はある。ずっと。だから、僕とフレイの最後の絆の形、かな?」
「もらえません……こんなの」

キラが、苦笑した。
違うよ、と言う風に。
もう、会えない。
そう思っていた、フレイとキラは出会えた。
だから、きっと誰にでもどこにでも、いつか、どこかで……

「これは、預けるんだ、アリサちゃん」
「気休め……ですか」
「違うよ、アリサちゃん。だってアリサちゃんに、教えてもらったんだもの、この家を出ていく時に言う言葉」
「……あ」

アリサとキラの目が合う。
膝を折って自分の目線に合わせてくれるキラは、太陽のような笑顔。

「行ってきます」