鎮魂歌_第07話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 19:20:35

「一人で飛べるかね?」
「は、はい…ありがとうございます…」

まるで夢の中にいるような気分で、クルーゼの腕からフェイトは離れた。

銀の甲冑から現れたヴィータ。
レヴァンティンなる杖を操る仮面の男、トライア。
プレシアの杖を手に、フェイトを助けたクルーゼ。

目まぐるしい状況の変化に、ついていけない部分もある。それでもしっかりと空を踏んでフェイトは、敵対する者たちへと刃を向けて構える。
しかし、

(痛っ……)

表には出さないが、フェイトはグラーフアイゼンの一撃によるダメージに歯を食いしばった。
シグナムの剣が後も先もなく一刀で敵を斬り伏せるものだとすれば、ヴィータの鉄槌は後に響いて
くる重い攻撃だ。特に仲間たちの中でも防御面で不安要素が多いフェイトにとって、ヴィータの攻撃
を受けた事は大きなマイナスだった。

すっと、ヴィータが一歩前に出た。
手には、鈍い輝きを揺らめかせる赤い球体。

「ヴィータ!」

フェイトが叫んでも、眉ひとつ動かさなかった。

「ヴィータ! なんで……どうしたの! ヴィータ!」

きっと、青く大きな瞳がフェイトとクルーゼを見据えた。
そこに宿る光は敵意しかない。

間違いなく、ヴィータだ。
行方不明だったはずの、ヴィータなのに。

「ヴィータ!」

赤い球を、グラーフアイゼンが叩いた。
フェイトがその場を飛びのき、クルーゼが身構える。

光と音が、当たりを包む。
まるで叩いた球が破裂したかのようだ。爆弾が爆発したかのような強力な閃光と轟音が広がった。

痺れるような耳と、ぼやけて仕方がない目の神経を必死で集中させてみれば、そこには赤、赤、赤、赤。ファイアガトリングが雨あられと横殴りに降り注ぐ。
防御魔法陣を展開しながら、とにかく足を使って上下左右前後を駆け、フェイトは逃げる。
防御魔法陣に赤い魔力が叩きつけられるたびに、秘められた熱量と破壊力を肌で感じて冷や汗が
流れた。防御魔法陣が砕かれそうになりながら、懸命に魔法陣を維持。その時間に比例してどんど
ん魔力が削られていく。
クルーゼも似たような状況だが、もう1人をフェイトは見失っていた。

(ヴィータは…どこ?)

「下だフェイト=テスタロッサ!」

クルーゼの大声とほとんど同時だっただろうか。
海から、高速でヴィータが飛び出してくる。
その手にはラケーテンハンマー。

上昇しながらカートリッジを何発もロードして、加速し続けているのがフェイトの目に映る。直線速度だ
けを考えれば、おそらくフェイトのマックススピードと同レベルだ。

本気だ。

躊躇なく、フェイトの命さえ奪って構わないと言わんばかりに力が籠っていた。
ラケーテンハンマーが、とっさにヴィータに対して展開した防御魔法陣に突き立てられる。ハンマーの
スパイクが停止したのは、一瞬。一瞬の停止の後、無残にもフェイトの防御魔法陣は叩き砕かれて、
フェイトは宙を舞う。
そんなフェイトへと、赤い弾丸の嵐が無慈悲に吹き荒れた。

「チィッ…!」

クルーゼの焦りを読み取ったかのように、プレシアの杖が変わる。
杖は鞭と化し、それを振るえばフェイトへと巻き付いた。そのままクルーゼが力を込めれば、鞭に撒き
付いたフェイトを遥か後方へと放り飛ばす。適当なところで鞭から杖へと戻せば、フェイトはもう戦闘
の手に届かない距離だ。

何発ものファイアガトリングを身に受けてしまい、やぶれたバリアジャケットから酷い火傷が体のあち
こちから覗いていた。失神しておかしくない激痛であろうに、フェイトは朦朧とさせながらも意識を保っ
てどうにか空に踏みとどまっている。
だが徐々に高度が落ちている。5分としないうちに、海に落ちるのが目に見えた。

「ふぅ……ここまで手こずるとはね……しょうがない。ここは退こう」

トライアがレヴァンティンで肩を叩きながら嘆息。
もはやクルーゼにもフェイトにも興味を失くしたと言わんばかりに背を向けた。
それに倣い、ヴィータも。

「待て」

それに声をかけたのは、クルーゼだ。

「私を知っている魔法使い……お前は、何者だ?」
「……そんな事よりいいのかな? 彼女、落ちちゃうよ?」
「必要ないな。もう、管理局の仲間が来るのだろう? お前はそれを見越して逃げようとしている……
違うかな?」
「……ふん」

正解だったのだろう。不機嫌そうに鼻を鳴らしてトライアは飛んで逃げる。
それにヴィータが続く。

クルーゼは1度だけフェイトを振り返り、無言のままトライアを追った。

海に落ちるスレスレの所で、クロノとアルフの救援が到着したのだが、全ては終わった後であった。

「…これで、戦闘記録全部」
「クソッ!!」

エイミィがモニターに映し出した一連の戦いを見おさめて、壁に拳を叩きつけながらクロノは叫ぶ。

アースラのブリッジにて、フェイトを医務室で寝かせた後の事である。
クロノたちの救援が来るまで気丈にも意識を保っていたフェイトは、2人の姿を見るや気絶。そんな
フェイトを即座にアースラへと運びこみ、今はアルフがフェイトのそばにいた。全身にくまなくつけられ
た火傷と、グラーフアイゼンによるダメージで酷い状態だ。
そんなフェイトを船医とアルフに任せてから、クロノはブリッジにてフェイトの戦いに目を通したのだっ
た。

「僕がもっと早くついていれば……」
「クロノ、あなたたちはあれが最速だったわ。あなたのせいじゃないのよ…」
「それでも……」
「あと、クロノ君、これも見て」

船橋前面にあるモニターに、新たに映し出されるものは先ほどのラウ=ル=クルーゼという男と、トラ
イア=ン=グールハートとヴィータの空の追いかけっこの続きだった。
追撃するクルーゼは、プレシアの杖からなかなかの精度で稲妻や雷電を伴う魔法でトライアを撃つ。

「これは……」

その戦闘スタイルこそ違うものの、使用する魔法の種類はフェイトのそれとかなり似通っている。
いや、折を見て生成するスフィアなどは、フォトンランサーのものではないか。
プレシアの杖を使っているからなのか、クルーゼの魔法のほとんどが「テスタロッサ」のものだった。

追われる側の2人は防戦一方だ。
クロノには、まるでもう弾も矢も少ない状態に見えた。
間違いなく、トライアは消耗していた。ヴィータはまだ戦える状態に感じられるが、画面から伝わる空
の飛び方を見る限り、トライアの方は余力がない。

「やはり…僕がもっと早くついていれば……」
「クロノ!」

クロノがもっと早くついていれば、フェイトを傷つけることなくトライアとヴィータを確保できたかもしれ
ない。両方が無理でも、トライアの消耗の度合いを見れば、片方は確実にバインドをかけることがで
きただろう。
それを悔み、唇をかみしめるクロノへと、リンディは声を荒げる。荒げてしまう。
現場において、悔やむことは多い。多いが、今はその時間ではないのだ。
やがて、画面の中に新たな人物が登場する。

女の子だ。
年のころ、15歳前後であろう体つきの。
ただ、その顔は仮面にすっぽりと覆われて見えない。仮面の隙間から零れる金髪ぐらいが申し訳程
度に見えるだけだった。そして全身におびただしい切り傷をつけて、バリアジャケットであろう衣服に
赤がべったりと染みついていた。

なんとも、奇妙な光景だ。
ヴィータ以外の人間全てが仮面をかぶり、顔を隠していた。

どうやら、トライアとヴィータより先にここで逃げる準備をしていたらしく、大きな橙色の魔法陣が空に
描かれていた。それが次元跳躍用である事をクロノは見抜いて苦々しい表情になる。つまるところ、
これを見ている今はもう次元を超えた後ということなのだろう。

ふと、トライアとヴィータが魔法陣へとたどり着いた所で、仮面の女の子がクルーゼへと何かつぶやいた。

『―…』

しかしクロノには聞こえなかった。

「もっと音は大きくできないか?」
「ちょっと待って」

少し、画面が巻き戻る。
トライアとヴィータが魔法陣へとたどり着き、クルーゼが3人を逃してしまいそうな場面へと。
仮面の女の子が、クルーゼへと呟いた。

『ネ…』
『リリィ! 何をやっているんだ! 跳躍するぞ!』

呟きはトライアの怒号にかき消されてしまう。
クルーゼは何発か閃光のような魔力の弾丸を撃ちだすが、結局は3人の次元跳躍を許してしまう。
その後、クルーゼも次元跳躍をこなし、そこで記録は終わった。

「……それで?」

クロノの静かな声。
相当感情を押し殺しているのが、長い付き合いのエイミィじゃなくとも分かるだろう。

「うん、このリリィって呼ばれた女の子なんだけど…」

また少し画面が巻き戻る。
仮面の女の子――リリィがアップで映し出される。

「この子の転移魔法が発動した時、ロストロギア反応があったんだ」
「何だって!」
「ほら、波長も同じ。間違いなく、あたしたちが調査してるロストロギア、この子が持ってる」

最初に観測したロストロギアの反応をデータや数値化したものと、リリィなる女の子の魔力等の分析
を照らし合わせれば、かなりの部分で噛み合った。ほとんど間違いなく、この女の子はロストロギアを
所有している。

「行方は…!」
「2度の跳躍までは追いかけられたけど……見失っちゃった。クルーゼって人も、徐々に離されてる
みたい……」
「そうか…」

やはりあの時僕がもっと早く到着していれば。

クロノは、出かかったそんな言葉を飲み込んだ。
そして、強く強く歯をかみしめる。

(次こそは……)

医務室に眠る義妹を思いながら、クロノはそう意を固く結ぶのだった。

「まずは…状況整理ね」
「…はい」

リンディが重く切り出してから、エイミィの情報を元に現状を把握する事にスタッフは努める事になる。
現地にいたフェイトがダウンしている中、生の意見はゼロだったが、それでも見直すべきものは多
い。

ロストロギア。
行方不明となったシグナム。
エヴィデンス01と呼ばれた現地魔法使いの死亡。
ヴィータ、トライア、リリィから成る3人組。
ヴィータによる攻撃。
クルーゼとプレシアの杖。
クルーゼとトライア。

いろいろと要点を挙げてみてクロノはげんなりする。
理解できない事ばかりだった。

まるでつながりが見えないし、どう解釈すればいいのか分らない事だらけである。
唯一、ヴィータが無事だったのは喜ばしいはずなのだが、その代わりに今度はシグナムが消えた。し
かも、ヴィータがこちらへ攻撃を加えてくるというオマケつきだ。
クロノの見立てとして、フェイトに対するヴィータの攻撃は加減なしの全力だった。まるで、見たことな
い敵に対する攻撃だ。

(偽物か…?)

と首をひねったが、クロノとしてはシグナムにグラーフアイゼンがヴィータ専用である事を聞かされて
いる。そうでなくとも、あれほどの突撃力はヴィータにしか実現できまい。

「魔力光もヴィータちゃんと一致……ほとんど確実に本物だよ」

エイミィが苦しそうに言った。
クロノもリンディも、苦い思いだ。

「はやてに何て言えばいいんだ……」
「……」

敵対する振る舞いのヴィータに、いなくなったシグナム。
家族のこんな状況を、人一倍家族を大切に思うはやてに伝えるのは気が重い。

「はやてさんは、今どこに?」
「えっと、ザフィーラとシャマルと一緒に捜索隊に組み込まれてますけど……ここからじゃ遠い次元世
界です」
「この位置じゃ通信は無理ね……適当な合流地点はあるかしら?」
「本局ぐらいしか……」
「そう……」

渋い表情でリンディは少しだけ考えた。
そんな思案もすぐに終わる。

「わかりました。まずは捜索隊のはやてさんたちに本局へ戻るよう、本局から連絡してもらいましょう。
本艦も7日を使って本局へ戻ります」
「待ってください艦長! ヴィータたちを追わなければ!」
「それについては、必要最小限の調査にとどめます。本局への規定進路にいくつか修正を加え、トラ
イア以下3名の足取りを追いますが、20時間以上の時間はとりません」
「艦長!」
「これだけヴォルケンリッターに異変がおきているのです。はやてさんたちに危険が及ばないうちに纏
まらなければいけないわ」

「トライアら3名を僕たちが追えば、はやてたちの危険も減ります! ラウ=ル=クルーゼにも接触で
きれば、上手くいけば多くの情報も手に入る!」
「落ち着いてクロノ君、敵は4名以上かもしれないんだから。それに、これまでシグナムたちは単体の
時に異常が起こったんだ。3名で固まっているはやてちゃんたち相手には敵も慎重になるよ」
「しかし……!」
「クロノ、もうこれは決定よ。意見は許されません」
「……わかりました」

握りしめる拳に力を込めて、クロノは呻くように返事をした。
フェイトに対する仕打ちに、クロノは我慢ならぬ思いだが、それは彼だけではない。
その上で、リンディたちはこの決を下す。
今は、激情をこらえる時間だ。いずれ、必ずこの感情をぶつけるために。