鎮魂歌_第09話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 19:21:41

「フェイトちゃん、リンゴむいたるで」
「ありがとう、はやて」
「いっぱい食べて、早く元気になるんだよ」

本局の医療施設の一室で横になるフェイトへと、はやて一行が到着して少し経つ。
フェイトの回復の様子は上々で、シャマルとしてはもう何もする事がないほどだった。
まだまだ火傷や衰弱が残る顔色だが、これ以上魔法の行使も逆に体の負担になる。
あとは自然回復を待つだけだった。

待つだけならば、とシャマルは一歩控えてフェイト、はやて、アルフ、エイミィがじゃれるのを眺めていた。
その間に考えるのは先ほどのフェイトの戦闘映像の事だ。

(光の卵……)

トライアという仮面の男がエヴィデンス01なる生命からリンカーコアを奪うのをシャマルもザフィーラも確
かに見た。そしてそのやり方は、彼女らの知るロストロギアのやり方そのものである。
間違いなかった。
光の卵の起動について、ここでシャマルとザフィーラはは確信している。
はやては闇の書の蒐集した魔法の運用と使用法こそリインフォースより受け継いでいるが、永い闇の書
への恨みの歴史まで知るに及んでいない。だから、シャマルは伝えていない。
光の卵を知らせる事は、もう間違いなくシグナムとヴィータを失ったと断定できてしまうからだ。
ここまでの経緯を見れば、ヴィータとシグナムの失踪は間違いなく光の卵が絡んでいる。
そして、記録を見て確信する。
ヴィータは光の卵のゾンビースレイヴと化している。
光の卵に従う人形。
おそらく、シグナムも。
光の卵側の戦法は即刻理解できた。
そもそもの目的が闇の書の破壊なのだ。しかし闇の書は特に広域への対応が抜群である。雑魚を集め
るのは得策ではない。ならば、一騎で千に値する者たちを従えるのが上策。

シグナムと、ヴィータである。

もともと、主を護る役目をヴォルケンリッターは負っている。それに加えて、リンカーコアの蒐集もほとんど
の時代に任務として遂行しているのだ。だから、実はヴォルケンリッターは「攻め」に向いていない。あくま
でリンカーコアを目的とするための殺さぬ手加減と、主の守護を第一に考える「守り」にばかりその力の
ほとんどを割いているのだ。

576 名前:失われた者たちへの鎮魂歌[sage] 投稿日:2007/05/12(土) 16:26:12 ID:???
だから本来の持てる力を殺戮だけに回せば、いかに天賦の才があるフェイトといえども、幾星霜の戦い
に身を置いたヴィータにはかなり劣る。

はっきりと、事態の悪さにシャマルは嘆き、ザフィーラは怒り狂っていた。
そう、このメンツで最も怒っていたのはザフィーラだった。
そんな感情を態度に出さないが、誇り高き仲間たちを辱めるような行為にクロノ以上の怒りを内包してい
た。
そのザフィーラは、今リンディへと光の卵について報告に行っている。
現在の悪い面と、良い面についてだ。

そう、良い面も、ある。
ヴィータとシグナムについてはこちら側に引き戻せる可能性があるのだ。
光の卵がリンカーコアからゾンビースレイヴを作り出すのだから、それを回収さえすれば、はやてに転写
されたリインフォースの記憶から2人の再生も叶う。いつかの、闇の書の闇の決戦前の召喚のように。
2人の騎士からリンカーコアを摘出する事が出来る、出来ないかは問題の外に置く。
今は、可能性があるという事だけを考えた。

『深刻な顔で何を考えている?』

思念通話。
強張った顔をしていたのをシャマルは、その一言で自覚し、恥ずかしげにクロノの方へと視線を向けた。

『今日の献立です』
『あの仮面の2人について、何か心当たりがあるんだろう? 隠してるつもりだろうが、映像を見ている時
の君は尋常ではなかった』
『もう少し、考えが纏まれば伝えます。それまで、どうか……』
『僕はそれで構わないが……あれでははやてにも気付かれているだろう』
『………』
『まぁ、いい』

はやてやエイミィたちを眺めるシャマルは、ますます気分が重くなっていく一方だった。
壁にもたれていたクロノがため息をついて、病室の外へと出ていく。
そして、黒服へ手を入れれば、出てくるのはU2Sの待機状態であるカードである。
カードを媒体に、通信の回線を開く。クロノの眼前に、小さな四角が生まれて、その中で砂嵐。
少々の時間をおいて、画面が鮮明になれば誰かの顔が浮かぶ上がった。
無限書庫に勤務中のユーノである。知己の突然の通信に、ちょっと戸惑っているようだ。

「ユーノ、頼みたい事がある」

「そんな事が……」

なのはからの話を聞き終えたリンディは、難しいような、困ったような顔になる。
それを見て、今の今まで出来るだけ考えないようにしていた、「魔法を教えた事は間違いだったのかもし
れない」という思いがなのはを襲う。叱られる直前であるかのように身をこわばらせるなのはに、リンディ
はぽつりぽつりと語ってやる。

「感心できない事だわ。確かに、それでヤマト君の記憶が戻りそうだけども……せめて私たちが帰ってくるまで待っていてほしかったわ」
「ごめんなさい……」
「教えてしまった事は……仕方ないわ。それに、現にキラ君にとっては記憶が戻っているんですもの。悪
人であった可能性だってあるけど、今回はアースラが間に合ったとしましょう。キラ君は、まだアリサさん
の家に?」
「はい。屋敷のお手伝いしてます」
「……わかりました。闇の書の時と同じく、アースラは地球に停泊する状態になるから、いつでもヤマト君
を連れてくるといいわ。さ、フェイトのお見舞いに行ってあげて」
「はい!」

元気よく、去っていくなのはの背中。
フェイトの所へと一直線である。
本当に、彼女らしい元気さだ、とリンディは思う。
そして、

「提督」

また、リンディに訪れる。
ザフィーラだ。

「ザフィーラ? どうしたの?」
「お話しておきたい事が」

能面のようだった。
常日頃であれ表情が豊かとはいえないザフィーラだが、今回は違う。
底冷えした心を具現したような顔だ。

「……重要そうな、お話のようね」

こめかみに指をあてて、リンディは息子と同じようなため息を吐く。

「ゴッフ……ガァッ…ッホ……グハ……グ」

四つの月の下、どこかの世界、どこかの森。
服の上から胸を鷲掴み、尋常ではない様子で咳き込む男がいた。
クルーゼである。
呼吸さえ忘れるほどの苦痛の最中、ただプレシアの杖を握りしめてクルーゼは耐えた。
波のように来る苦痛だ。早く、早くその苦痛の波が穏やかになるよう、祈るような気持ちで耐えた。

「ガハッ……グ……ッハッ……!」

近くの木全体重を預け、息も絶え絶えに何節かの言葉が零れる。
呪文だ。
集中力は零に等しく、詠唱も咳に埋もれながら、どうにか何工程かの魔法の構築を成せば、杖の先端に
埋め込まれた宝玉から淡やかな輝き。それが天の川のようにクルーゼへと流れていけば、幾分かクルー
ゼの体が楽になる。

「ハッ……ハッ……ハッ……クックックッ…」

木に預けた背がずるずると下がっていく。そうしてぺたりと木の根に座り込んでしまえば、クルーゼの口
から自嘲気味な笑い声が漏れた。

「便利なものだな……魔法、か」

未だ、落ち付かない呼吸で光に包まれる自分の体を億劫に見下す。
死んだはずの体だ。
死ぬべきだった体だ。
ふと、このまま治癒の輝きを遮断して、命を永らえる道を閉ざそうかと考える。
それが、自然だ。そもそもここで生きていると言う事がおかしいのだから。
在ってはならぬ存在。
死人が動き回っていい道理はない。
死人はただ、見守る事しかできないのだから。
いつかどこかで、人類の最高傑作へと叩きつけた言葉が、違う意味で自分に返ってくる。

―――在ってはならない存在

それがおかしくて、滑稽でまたクルーゼは笑った。

「クックックックッ……それに対して、私の体のなんと不便な事か……」

依然として、クルーゼの肉体は短命の因子に蝕まれたままだ。
いつ死んでもおかしくないと、クルーゼ自身で実感できる。
そんな命をどうにかつないでいるのが、魔法なのだろうか。
輝きが、消える。クルーゼを優しく包んだ光が消えれば、森を駆け抜ける風が彼の身を撫でては去って
行った。冷たい。そうだ。冷たいと感じるのだ。フリーダムに貫かれたこの肉が。ジェネシスに焼かれたこ
の体が。
死んだはずの自分は、今を生きている。
もう1度、自分の次元世界へと帰って生きる事もできた。しかし彼はしない。
死んだのだから。
あの世界は、ラウ=ル=クルーゼを乗り越えた。
ならば、もう見守るしかできないのだ。

世界を憎いと思った。
そして、起こした行動の結果が人類の傑作による敗北だ。
それならば。それで構わない。

後世の歴史家に―――
君になら討たれても―――

後の世よ、在れ。そう思っていた自分も、確かにあった。
それが世界の行く先ならば、もうクルーゼがあの世界で出来る事など、ない。

「ゴ……ホッ」

ならば、出来る事はあるのだろうか?
命が燃え尽きる前に。

「トライア=ン=グールハート………リリィ=クアール=ナノーファー……」

ある。
プレシアの杖を支えに、クルーゼが立った。宙空に描くのは魔法陣。
脳裏に描くのは、ヴィータを操る仮面の男女だ。

「リリィとやらは分らんが………」

一歩、魔法陣に踏み込んだ。
白い輝きが闇夜を押しのけて、一層美しく咲く。

「トライア………あれも、死人だ」

魔法陣が回る、廻る。
クルーゼを運ぶために。

「私と同じ、在ってはならない、存在だ……」

キラとアリサの朝食はそこそこ早かった。
まだ登校には時間に余裕を持って、食事を共にするのだ。
そんなキラの視線は、フォークとスプーンを手にしたまま窓の外。
空。
鳥を、ぼんやりと眺めていた。
奇麗に、優雅に風を切る姿に、見とれていたのかもしれない。
だから、スープの皿が手前に置かれるまで、キラは鮫島が近づいてくるが気付かなかった。

「いい天気ですね」
「はい。鳥が、凄く気持ちよさそうですよ」

一緒になって、窓の外へ瞳を向ける鮫島は何とも穏やかな表情だ。
たっぷりと、雲の流れと鳥の羽ばたきに見とれてから、キラはスープと向き合った。
湯気の向こうには、アリサ。その足元には、飼っている犬が一匹じゃれついてきている。
甘えたい盛りなのか、食事をしているアリサの周りを嬉しそうにウロウロしていた。
邪見にせず、食事につかず離れず、アリサは相手をしてやっている。
随分と、バニングスでの生活にも慣れ、もはやどの犬が自分に、鮫島に、真由良に、樹理に、朝木に懐い
ているのかも見極められる。アリサは、別格だ。全ての犬に慕われていた。ちなみに、今アリサにじゃれ
ついている犬は、まだキラに慣れていない。

「あ、そうだヤマトさん」

犬の頭をうにうにしながら、思いだしたようにアリサがキラへと向き直る。

「今日、なのはから大事な話があるみたいだから、街の方に来てくれませんか? 学校が終わったら、鮫
島に送らせますから」
「うん。それはいいけど……何だろう?」

何だろう? などと思案する素振りを見せたが、どう考えても魔法か記憶に関するものとしか考えられな
かった。それは、アリサも理解しているような表情だった。

「あ、そうだ。ちょっと、図書館に行ってみたいんだけど……大丈夫かな?」
「それなら、図書館を待ち合わせにしましょう。何かあるんですか?」
「ちょっと、なのはちゃんからの宿題の参考にね」

砂や紙が水を吸うように、キラの魔法に対する吸収力は並々ならぬものがあった。
というのも、理論の話だ。体力、魔力についてはまだまだだが、頭で考える分には素晴らしいほどの理解
力を示す。だからまず、なのはは兎にも角にも初歩の魔法について、キラに理論構築を率先させてみ
た。結果、学生のレポートや課題まがいの「宿題」が数々だされて、キラは時間があればそれに没頭して
いる。
手慣れたものだった。
まるで、身近なもので、何度もこなしているように、なのはのレポートや課題という形式をキラはこなす。
ここにきてなのはは、兄や姉の話と取らし合わせて、キラを学生として確信している。そしてキラ自身も、
自分が学問に身を置いていたと完全に把握できていた。

昼ごろになるまで、屋敷の掃除と鮫島の洗車の手伝いだった。
次々と迫りくる「遊んでオーラ」を纏った大型犬、小型犬、仔犬たちを鬼の精神で振り解いては窓を、廊下
を、庭を美しくしていく。ちょくちょく真由良も樹理も脱落して犬と遊んでる姿が見受けられた。どうにか我
慢できたのは、キラと朝木だけであったという。
洗車では何台かの車を、次々と磨く姿は、鮫島をして堂に入っていると言わせるほどだった。
さながら、自分の機体を持ち、手入れした事があるかのよう。
それが終われば、やはりティータイムだった。
ただし、今日は緑茶である。
驚くほど、美味かった。
茶碗を握ってぬるいとばかり思ってれば、口に含んだ時、これが最良の温度であると本能で理解できる
のだ。
理屈抜きに、その温度で、この葉は活きるのだと解る。
丸い渋味が先行しそれから甘味が残るという、味の過程はまさに緑茶なのだが、開いた葉は舌の根に甘
味を離さない。他に、何も口に入れたくなくなるほど鮮烈な印象だった。

お茶の後に、図書館へと鮫島に送ってもらった。
まだ学校の終わりには遠い時刻。調べ物をするだけの時間はあるだろう。
いろいろと読み漁っているうちに、なのはも来るはずだ。
とりかかるのは、数学、物理を中心とした、物事を数字や記号で表す学術書。
何が書かれているのかはほとんど理解できるキラにとって、これがかなり魔法の術式を積み上げる助け
となる。そして、小脇に抱えるのはもう2種類。鳥類の辞典と航空力学の本だ。

「さてと」

着席。
そして、キラは本に埋もれた。