鎮魂歌_第11話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 19:22:54

その男が画面に現れた瞬間、キラは雷に打たれたかのように身をすくませた。
そして、もう目が離せなくなる。

「ラウ=ル=クルーゼ!」

知ってる。
僕はあの人を知っている。

「場所は?」
「第34管理外世界……戦闘場所のすぐ近くに跳躍可能な世界です!」

リンディの声も、エイミィの声もキラには遠く聞こえる。
ただ、食い入るように、画面の中にいる仮面の男だけを見ていた。

知っている。
僕は彼を知っている。
彼も僕を知っている。
思い出せない。
思い出したい。
誰だ?
僕は誰だ?
彼は誰だ?

「なのはさん、お願いね」
「はい!」

自分を通り過ぎて、駆けていくなのは。
どこへ行くの?
そこへ行くの?

―――僕も。
―――僕も!
―――僕も!!

気付けば、キラも駆けていた。なのはを追って。

「エイミィ、止めて!!」
「え」

リンディが気付く。遅い。
なのはも気づく。遅い。
飛び込んだ。光の中。転送の輝きの中に。
考えなど、あるものか。ほとんど、本能に従っただけの行動。後も先も考えない。
ただ、ただ、記憶の欠片のために。

巨大な生物が死ぬ。
まさに命の灯が消えようとするその瞬間、リリィの手にひとつの煌きが流れた。
リンカーコア。
手に溢れる輝きは、やがて胸元へと吸い込まれて消えた。

「回収……」

幽霊よりも希薄で、奇妙に捻じれた声だった。
茫洋とした立ち振る舞いは、今しがた命を壊した感慨など微塵も匂わせない。

「!」

それが、即座に戦う獣の俊敏さとなってその場を飛びのいたのは、閃光が幾筋も彼女を襲ったから
だ。
さながら猫科を思わせるような動きの後、空で止まった。掌、足の裏を中空に展開した魔法陣につけ
て、本当に獅子か虎のような四つんば態勢だ。
見据えるのは、空に立つラウ=ル=クルーゼ。その周囲には、フォトンスフィアが浮かぶ。

「またリンカーコアの収集かね」
「偽物……お前……お前えええええええええええ!!!!」

先ほどの儚いまでの気配はもうない。殺意の冷風と戦意の熱風を踏み、リリィは弾丸のようにクルー
ゼへと飛んだ。クルーゼはその直線的な攻撃をあらかじめ想定していたのか、即座にプレシアの杖
が振るう。突如、リリィの進行方向にうっすらと魔法陣。それに、リリィが触れた瞬間、

「!!」

拘束具のようなリングが現れ、右手を縛る。
ライトニングバインド。

「こんなもの!」

さらに左手にバインドがかかる寸前、リリィの手の甲――手袋に取り付けられた宝玉型デバイスが輝け
ば伸び出すのは魔力の爪。指の数だけ伸びた爪は、バインドを切り裂き、魔力の霧と散らせてしまう。
さらに、その要領で右手も解放すれば、バインドの魔力が弾けて霧のようにリリィに降りかかる。
再度、リリィが突撃しようと構えれば、しかし先んじてクルーゼのフォトンランサーが飛来。
バインドの残滓による霧から飛び出して、数条のフォトンランサーを避けようとすれば、

「何!?」

まるで追尾するかのように、何本かのフォトンランサーが緩い曲線を描いてリリィへと迫る。
フォトンランサーについては、直線の軌道しか見ていないリリィとって驚愕であった。
実際はリリィ本体に引かれているのではなしに、リリィの浴びたライトニングバインドの残滓に吸い寄
せられたフォトンランサーは、リリィが咄嗟に広げた防御魔法陣に防がれてしまう。苦悶の表情が仮面の
下から見てとれる。明らかに防御が不得手だから、回す魔力を惜しんでいるのだろう。
そして、全弾を捌ききったリリィがクルーゼを睨みつけようとして、

「!! いない……!」

対象を見失う。
しばし、静寂。
ただ、動揺して上下左右前後を絶え間なく確認するリリィのみが空にいるだけの状態。

「そこか!」

また宙空の魔法陣に四つんばで構え、そしてある一点を睨んでリリィが跳んだ。

「クッ!」

虚空へと爪を立てれば、何もない空でひと筋の赤が流れる。
クルーゼだ。
ミラージュハイド―――姿を透明にする魔法をやすやすと見破られ、後手に回ったクルーゼはそこか
らリリィの両手の爪を防ぐのに手一杯になった。速い。魔法陣を手早く組み立て、杖を防御に用いて
クルーゼは離れようとするが、リリィの両爪は捌ききれない。接近戦でのスキルの幅は間違いなくリ
リィに劣っていた。
3、4度はバリアジャケット突破スレスレのところを引っ掻かれながら、どうにかクルーゼは空を蹴って
リリィから距離を取る。即座に、フォトンスフィアを6つ展開。その内3つにミラージュハイドをまぶせて
不可視にして飛ばした。

「チィ!」

見える3つのフォトンスフィアをリリィの視界に配置し、見えない3つを後方や真下に回してその死角
をフォトンランサーで射抜くが、どれもこれもしなやかに動くリリィには届かない。どうにかかすったり、
バリアジャケットの端を破るが、届かないのだ。速い。
フォトンランサーの射撃をくぐってクルーゼへと跳びたいと感じているリリィだったが、最終的には今ある
フォトンスフィアを叩き落とす結論に至ったようである。それまで回避に専念していた動きが、鋭くな
る。的がフォトンスフィアという小さいものだ、小刻みに揺れるような動き。
そして、発射されるフォトンランサーをくぐりぬけて可視のフォトンスフィアをリリィが捉えた。すれ違い
ざまに、1つを切り裂いたのだ。切られたフォトンスフィアはあっけなく霧散し、攻撃の瞬間に合わせた
はずの別のフォトンスフィアが放つフォトンランサーもリリィの影しか射抜けなかった。速い。
リリィの機動を予測してフォトンランサーを撃っているつもりでも、これがなかなか難しい。
プレシアの杖を握る手に力を込めた。杖が、鞭になる。また、可視のフォトンランサーが1つ切り裂か
れたのが見えた。
フォトンランサーと連携して鞭による攻撃を仕掛けるが、やはり捕らえきれない。ただ、鞭の曲線的な
動きに、リリィの動きがぎこちなくなる。先ほどトントン拍子に切り裂いていたリリィも、フォトンスフィア
に手が出せなくなっていた。

「この! このおおおお!!」

しゃにむに、最後の可視できるフォトンスフィアへとリリィが跳んだ。
そのタイミングに合わせて、クルーゼは鞭を振るったのだが、リリィはその鞭を受け止めてしまう。リ
リィの後ろで、発射されたフォトンランサ-が防御魔法陣にかき消されるが、魔力を速度に回している
リリィにとってこの防御は大きく魔力が削れている様だった。
リリィが手で掴んでしまえば、鞭はピンと張り詰める。張り詰めた鞭は、振るえないのだ。
舌打ちするクルーゼは、鞭を手元に引き戻して鞭に弛みをつけようとするが、リリィの方が速い。
手の魔力爪が、クルーゼの顔面ギリギリのところを通過する。髪が何本も切られて舞った。
そのまますれ違う勢いだが、リリィはさらに足の甲――ブーツに供えられた宝玉型デバイスからも魔力爪
を形成。クルーゼへと引っ掛けるつもりだ。

「―――!!!」

泳ぐ体をさらにひねったが、クルーゼの胸元がバッサリと裂けた。血が飛沫く。
バリアジャケットが切り開かれ、クルーゼの胸には2本の裂傷。

「消えろ!! 消えろおおおおおおおおお!!!!」

方向を急転換し、さらなる追撃でクルーゼを襲おうとする。再び突っ込むつもりだ。迎撃の鞭に、フォ
トンランサーは十分セットできている。リリィの速度を捕らえられるかどうかは分らないが、これまでの
戦闘でそろそろ慣れてきた。速度に緩急をつけられる前に、ここで叩く。

「これなら、どうだ……」

クルーゼの呟き。仮面の奥の瞳が細る。最良のタミングを見誤らないように。

そして、フォトンランサーの照射に一拍をずらした鞭を振るい―――間に入った影に妨害されてしまっ
た。

「なにぃ!?」

突然の妨害に、リリィの攻撃に身をすくませたクルーゼだが、そのリリィも別の妨害にあって進路がそれ
ていた。

「時空管理局執務官クロノ=ハラオウンだ! 詳しい事情を聞かせてもらおうか!」

クルーゼの攻撃を叩き落としたクロノが叫ぶ。
リリィの進行をいなしたのは、アルフだ。
まずリリィの空気が変わった。逃げる気配がちらりとよぎったのだ。それをクルーゼ、アルフ、クロノは
敏感に察したか、睨むようにリリィへと第一の警戒をする。

「く……」
「大人しくすれば危害を加えるつもりはない。だが、抵抗するようならばこちらも相応の対応を取らせ
てもらう」

S2Uを構えたクロノと対峙し、リリィは逃げられないとでも悟ったか、構えに移る。
そして、アルフはクルーゼに。

「さて、あんたの方も話を聞かせてもらおうか。特に、その杖についてね」
「そんな悠長な時間などない。早く、あの女を捕らえるなり殺すなりした方が賢明だがね――アルフ、
だったか」
「!? なんであたしの名前を……」

アルフの驚きも戸惑いも、クルーゼにとってはどうでもよかった。
ただリリィをどうにかするか、リリィがどうなるのかだけを見ている。

「ちょっと、あたしの話を聞いて……」
「チッ! もたもたしているからだ! 来たぞ!」

クルーゼが叫ぶ。
クルーゼの声よりも早く、クロノもリリィも動いていた。アルフだけが気を取られていたのだ。
上空から飛来したのは、2本の矢。
1本は正確にクロノを狙って降り、もう1本はやや狙いが甘いがクルーゼにだ。
クロノは3重に防御魔法陣を敷き、矢の速度を落としてどうにか回避。クルーゼは自身の反応速度を
魔法で強化してなんとか逃げ切った。そのまま大地へと突き立った魔力の矢は着弾とともに爆裂。下
からの熱風がクロノたちを叩いた。

見上げた先にいたのは、手にした弓を剣へと戻す、

「シグナム……」

烈火の将。

(フン、狙いを私か執務官のどちらかに絞れば仕留められていたものの。よほど戦力を減らしたくな
いのか、それとも……)
(シグナム?! あのシグナムが不意打ちだって!?)
(もうゾンビースレイヴにされているな。狙いを僕かラウ=ル=クルーゼに絞らなかったのは、おそら
くリリィを助けるのを優先した……光の卵のマスターはリリィ、か?)

三者三様の苦渋の表情を表しながら、まずクロノが動いた。
それと同時にシグナムも。

「アルフ! ラウ=ル=クルーゼの事はひとまず置いといていい! リリィを追うんだ!」
「でも………わかった」

レヴァンティンの刃が、クロノの脳天へと降ってくる。それをS2Uで受け止めながら叫んだ。
アルフへの指示はそれだけ。それだけしか、出す余裕はもうない。
アルフは一瞬の躊躇の後に、全力でリリィへと飛んだ。
速度はリリィがやはり抜きん出ているが、疲れがあるのだろうか、万全の状態であるアルフならば追い
付けそうだ。

「チィ!」

それを肌で理解できたリリィが逃げるのを止めて、アルフへと襲い掛かってきた。

「速い!」

魔力の爪をアルフは防御魔法陣で防ぐが、その威力に魔法陣はひびが入って割れてしまう。
攻撃は届かなかったが、さらに連続して繰り出される爪の速度は目を見張るものがある。堅牢なアルフ
であっても、2、3度肝が冷える位置とタイミングがあった。

「消えろ!! 消えろおおお…………ぐッ!」

ピタリと、アルフへの攻撃が止まって、リリィが上空へ跳んだ。
一瞬を置いて、リリィがいた場所にライトニングバインドが何もない空間を捉えて消えた。
クルーゼだ。

「一時、共同というわけにはいかないかな?」
「成程ね。でも、あの女を捕まえたら話を聞かせてもらうよ」
「………いいだろう。捕らえる事が出来ればな」

上空から、リリィが突っ込んでくる。並の突貫ではない。
クルーゼ、アルフは即座に散ったが、はずれれば魔法陣を踏んでリリィが方向を変えてまた跳んでく
る。狙いはクルーゼ。プレシアの杖を鞭へと変化させ、振るった。鞭に合わせて、リリィが体を捻り、足
を前に出してくる。その足の甲からも、魔力の爪が伸びていた。見ただけで分かる。込めた魔力の密
度が強い。蹴りの要領で足の魔力爪は鞭を切り裂き、勢いも死なないままクルーゼへと手の魔力爪
を突き出してくる。

「クッ……」

とっさに防御魔法陣を展開。しかし突き破られる。プレシアの杖と、魔力の爪が接触した。まるで火花
のように魔力が小さく爆ぜて散る。
どうにか、リリィの攻撃をしのげば、そこにアルフのチェーンバインドが飛んだ。それも、リリィは足の
魔力爪で切り裂く。

「なんて反応だい!?」
「フォトンランサー!」

急いでクルーゼがフォトンスフィアを2つ生成。間髪入れずにフォトンランサーを発射するが、やはり
簡単にかわされる。アルフもフォトンランサーを放つが、リリィを捕らえるには足りない。
またクルーゼへとリリィが飛ぶ。間にアルフが入って、現時点における最固の防御魔法陣を展開。
奇妙な擦れる音とともに、リリィを弾き飛ばす。

「よし!」

いなされたリリィが機動を取り戻す前。
そんなタイミングを狙って再構成されたクルーゼの鞭が、リリィを叩こうと風を切った。
だが、それも泳ぐように四肢を跳ねあげたリリィの魔力爪によって切り裂かれてしまう。
虎や獅子よりも獣らしい動きだ。
とんでもないボディバランスである。それに加えて、空間認識能力にも優れていた。クルーゼの空間
認識能力が敵の位置を捉えるものであれば、リリィのそれは自分の位置を捕らえるのに優れたもの
だ。
距離を置いて、魔法陣の上で四つんばの構えを取る。仮面の下で覗く唇が、弧を描いた。
クルーゼたちを嗤ったのだろう。

「この……!」

アルフが掴みかからん勢いで前に出ようとした時だ。
空の一角が、開く。
光、光だ。
転送魔法と気づいた時には、もう向こう側からやってきた人間の姿が見える様になっていた。
なのはと、キラだ。

「うわああああああああああああああああああ!!」

放り出された。
浮遊感。
落下。
背筋が凍りつく。
脳が煮えたぎる。

「ヤマトさん!」

聞こえたなのはの声が高速で遠のいていく。
転送魔法で空に現れたキラは、そこに地面がないと言う事に一瞬気付かなかった。
そして気づいた時には絶叫。

死ぬ。

そう感じた時、急に頭が冷静になった。

本当にそうか?
この程度が本当に危機であるか?
これ以上に危険な事はなかったか?
本来ならば死んでいたような場面を生き抜いてこなかったか?

もう、焦りはなかった。
近づく地面も目に入らなかった。
瞳を閉じる。
詠唱。
術式を組む。
魔力を解放する。
赤い魔法陣。
強く想像。
生み出すのは、赤。
大きな、大きな翼。
鳥の、翼。

「うああああああああああああ!!」

バサリ。
キラの背に、赤い赤い大きな大きな翼が現れる。
赤い翼。
灼熱の情熱を色にしたかのように赤い翼。
さらに、魔力を放出し続けてキラは自分の周囲に膜を作った。魔力の膜、その形はまさに鳥の形だ。
魔力の翼。
魔力で編んだ鳥の体を模した殻。
この2つが出来上がった時、キラは風を切って飛んでいた。もう落ちない。
微妙な翼の調整で高度を上げた。なのはが、飛んでくるが、キラは止まれない。
魔法による飛行ではなく、言うなればハングライダーのようなもので、停止が出来ないのだ。
高度が上がれば自然と速度も下がる。なのはがキラに並んだ。

「大丈夫ですか?!」
「な、何とか……」

普通、飛行の魔法にはバリアジャケットが必須になる。
人の形というのは飛ぶのに不適切極まりないのだ。だからバリアジャケットが作り出す魔力の障壁が
飛行の時に風を切る形となり、空気抵抗を抑える。
普通はデバイスがバリアジャケットを記憶しているものだから、高速の出し入れができる。しかしデバ
イスのないキラがバリアジャケットを纏うとなると時間がかかる。
だから、バリアジャケットの代わりが魔力による翼と鳥の体をした殻。これで空気を泳げる。ただ、バ
リアジャケットが魔力を維持して形となるのに対して、キラのこの魔力の殻は絶えず魔力を放出して
形にしていた。当然、魔力の燃費が悪い。悪いが、バリアジャケットなしで空を飛ぶ苦肉の策である。

「どうしてこんな無茶したんですか!?」
「ごめん……でも」

キラには、魔導師として必要最低限のものさえない。
裸で戦場に転がり込んできたようなものだ。

「でも……」

視線は、クルーゼに。
赤い魔力の鳥の中にいるキラに、クルーゼが驚いているのがよく見えた。

「でも、どうしてもあの人に会わなくちゃいけないんだ」