鎮魂歌_第16話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 19:26:22

「君は本当に素人か?」
「え?」

眼下で腕を組む黒衣の執務官へと、キラは素っ頓狂な声で返事した。

「だから、君は本当に素人かと聞いてるんだ」
「えっと、なのはちゃんから基礎は教わって……でも飛翔魔法だけは今日が初めてで……」
「……」

模擬戦もできる広さを持つトレーニングルームにいるのは2人。クロノとキラである。
本局へとキラがやってきて初日。さっそくクロノはキラをトレーニングルームへと連れて行き、現状で出来る事の全てを確認。
初級の魔力の運営や維持や放出、術の構築や展開を完璧にこなすのを見て思わずクロノは唸った。
さらに、初級最後と言っていい難度の飛翔魔法の扱いを教えれば、4時間足らずでキラは自由に空を飛べる始末。
そうして今に至るのだが、本当に魔法も何も知らなかった人間がこんな短時間でここまで出来るものなのか、とばかりクロノは思う。

異常だった。
魔力が、おかしい。
才能が、おかしい。
キラ自身、魔法について理詰めで考えて構築、運営を行うのだが、その演算速度や理解度はデバイスなしにしては異常と言う他ない。

さらには扱う魔力が、変だった。
どう変なのかクロノには理解できないが、感情的に言えばキラにこの赤い魔力が似合わないような気がしてならないのだ。
極めつけは飛翔魔法の会得についてだ。
普通、飛翔魔法を覚えたてのヒヨッコであればただ飛ぶ事だけを考えて高度や視界、姿勢などに気を遣うほど余裕がない。
それがキラの場合、空での動きがかなり堂に入っている。
高度と速度の関係をしっかり把握しているし、魔力だけでなく両手両足の動きによる反作用で姿勢を正し、さらには自分の巡航速度を確認してたりと初めて飛ぶような素人ではしない動きが満載だった。

一応、デバイスなしでもバリアジャケットを構成できるようなので、飛翔中は絶対に着用する事と念を押したのだが、そのバリアジャケットというのも青いラインが入った、白基調のバリアジャケットである。
見ようによっては軍服に近い雰囲気があった。

いろいろと総合してキラを見るクロノは、少なからずキラは戦争に関わっていたようにしか見えなかった。

「クロスケーやってるー?」

初級を全てクリアした、と言って過言ではないキラに休憩を入れようとクロノが指示してすぐだ。
トレーニングルームに入ってきたのはリーゼロッテとリーゼアリアの2人である。
何とも嬉しそうに尻尾をフリフリ、ロッテが大きく手を振って笑っている。

「お!」

ずいっと、ロッテが嬉しそうな顔をキラの顔の前までもってくる。
鼻と鼻がぶつかりそうなその距離に、たじろぎ、赤らみながらキラが退いた。

「この子がキラ=ヤマト君?」
「そうだ。ヤマト、紹介しておくよ、この2人はリーゼロッテとリーゼアリア。僕の先生だ」
「よろしく、あたしがリーゼアリアよ」
「キラ=ヤマトです」

差し出された手を握り、キラはぺこりと頭を下げた。

「っで、あたしがロッテ」
「僕がつきっきりで訓練を施せるわけじゃないから、2人に頼んだ。仕事の合間を縫って、ローテーションのようにこの3人の誰かが君を鍛える事になる」
「はい」
「別に、そうかしこまらなくても構わないよ。楽に喋ってくれればいい。ただし、訓練に手心は加えないが」
「それで、どうなのこの子?」

キラを指差すロッテに、クロノは少し考えた風にして口を開く。

「なかなか出来るがまだ初心者の素人だ」『異常だ。素人と思えないぐらい飛翔に慣れてる』
「まだまだってわけね」『魔力量が多いのは分かるけどね。飛翔はどのくらいのもんよ?』
「これから基本を教えていく事になる」『常に戦闘を念頭に置いた飛び方をするんだ。基本が要らないくらいだな』
「それじゃヤマト君、一回飛んで見せて」

普通の会話と思念通話を併せて行うロッテとクロノの横で、アリアがキラの肩に手を置いた。
一気に人数が増えて緊張したキラだが、問題なく飛翔。
それに合わせてロッテも飛んだ。

「それじゃ、今から鬼ごっこだ」
「え?」
「だから、鬼ごっこ。まずはヤマトが鬼ね。あたしをタッチすればいいって事。そうそう、手で触れても、足で触れてもいいよ」
「はい」
「だからそんなに固くならなくてもいいてクロスケも言ってるだろ。よし、アリア、合図お願い」

アリアの手が挙がる。
今、キラとロッテでは手を伸ばし合えば届く距離である。
ぐっと、キラが中空であるのに足に力を込めた。ただの条件反射だろう。

「スタート!」

「アリア、どう思う?」
「とんでもないわね」
「僕もそう思う」
「魔導師じゃなかったとして、あの子、絶対に空で戦ってた事がある。そうね、例えば戦争」
「同意見か」

地上から鬼ごっこを観戦している2人の目には、ちょうどロッテがキラにタッチを返したところが映る。
噴き出る汗を腕で拭い、肩で息をするキラはもうほとんど余力がない。
それに対してロッテは悠々と空を駆け、動きはスタートから変わらずにのびやかなものだ。

そこは、問題ではない。

問題はこれで、キラが3度目の鬼という事である。
つまり、ロッテが2度タッチをされているという事実にクロノもアリアも驚きを禁じ得ない。
そもそもロッテが鬼ごっこをするとなると、まずロッテは鬼が絶対に捕まえられないようなレベルで飛ぶ。
それも「捕まえられるか捕まえられないかが微妙だ」と鬼に思わせながらだ。
巧妙に相手にレベルの一枚上の飛翔をこなすロッテに、鬼はタッチさせてもらえない。
それがキラには通じなかった。

1度目のタッチまでは、明らかにロッテが手加減しているのがクロノには分った。
本当に、初心者を相手にして鬼ごっこをするつもりで油断したのだろう。

だがしかし、ロッテとて加減こそしているが手を抜いていない飛行なのだから、キラが2回目にタッチできたのは本当に彼の実力だ。

1度タッチされたロッテは、すぐさまキラへとタッチを返し、キラを2回目の鬼にする。
そんなキラの2度目の鬼から逃げるロッテは、この時のキラ相手に実戦レベルのマニューバまで混ぜて飛んでいるのだ。
たまにロッテのバリアジャケットから発生している薄いバリアが、かなり飛行に適した形に整えられたりするのをクロノは見た。
軌道や機動にいくつもフェイントも織り込んで飛んでいたロッテだが、それもキラはきっちり見破って的確な飛行をこなしてロッテをタッチしたのだった。
ロッテの姿勢や自分の位置と速度等々を、かなり精密に頭に入れてキラは飛んでいる。

クロノ、ロッテ、アリア3人共通の思いはただ一つだ。
素人では、ない。

「うん、じゃ、ここまでしようか」

ぴたりと、ロッテが空で急停止。
そしてクルリとキラの方へと転回した。

「う゛あ゛ぁ!?!」

後ろで追従していたキラは、この急ブレーキに遅れが出る。
当然、前と衝突するのだが、

ふに

眼をつむって、顔を守るように突き出した手がOから始まってπで終わる女性に神秘を掴んだ。
心地よいその感触に、キラはそろりと目を開けて( ゚д゚)←本当にこんな顔になった。

「ごごごごごごごごごめんなさい!?」

この鬼ごっこ中最速の動きで手を放してロッテから距離を取るキラだが、当のロッテは小悪魔チックな笑顔だ。

「はは~ん、ヤマトはお年頃だもんねぇ」
「ごめ、ごめんなさい! そ、そんなつもりじゃ……」
「健全な男の子だもんねぇ。こういう事に興味があっても仕方ないよねぇ」

楽しそうにロッテがにじり寄れば、キラがその分だけ赤い顔であとじさる。
そんな空は、アリアもクロノも「まぁいつものこと」と放置である。

「一連の戦闘記録はアースラから引っ張ってきてるんだろう?」
「ああ、あとでロッテと一緒に見てくれ。特に、トライア=ン=グールハートとリリィ=クアール=ナノーファーについては変身魔法の可能性も、君たちが教えてくれたからな、2回の映像で違和感があれば教えてくれ」
「それよりもあたしはリンカーコアについて聞きたいんだけど」
「……不明だ。トライア一行が収集した死者のリンカーコアは、もう相当な数に上るが今のところどう使うのかも、どう使われたのかも分かっていない」
「仕事のしようがないね」
「デュランダルはどうなった?」
「これから組み立てる。と言っても、シュベルトクロイツの修理とレティちゃんのレヴァンティンをロッテ用に調整するために、人が分散して手が足りないわ。父様はシュベルトクロイツ、マリーはレヴァンティンを担当してるから、デュランダルはあたしとクロノで手分けよ」
「どれもこれも、扱いの難しい特注ばかりだからな」
「レヴァンティンを仕上げるのが一番速いだろうから、それが終わり次第マリーもデュランダルを手伝ってくれるはずよ」
「シャマルに声をかけてみるか」

やる事の多さと、人の少なさにクロノは思わずため息をつくが、管理局では日常茶飯事ではあるのだから、今回は猫先生の手を借りれたから良しとした。

「おーいクロスケベ、食事にしようぜ」
「誰がスケベだ!」

ゆっくりと、ロッテとキラが下りてくる。
今日の訓練はここまでだ

「ふぅ」

休憩室の一角で、湯気の立つ小さなカップを両手に握りシャマルは浮かない顔。

これまでの経緯ではやての事を思うと心が痛むばかりである。
ヴィータが行方不明になったという発端から今日まで、はやてのストレスは相当なものになっている。
それにシュベルトクロイツが砕けたのが加わり、到底少女が耐えられるようなものではなくなった。
待機命令が出て3日ほどになるが、はやては割り当てられた部屋にずっと閉じこもっている。
食事を運ぶシャマルが見るはやてはこちらが悲しくなってしまうほどの姿だ。

『大丈夫ですよ』
『きっと何とかなります』

いくらでも慰めの言葉が浮かぶが、どれもこれも本人を前にして効果があるはずがなかった。
体力魔力や肉体の傷を治せよるシャマルは、心労まで手が出せない自分が歯がゆかった。
ザフィーラはザフィーラで話をしても、「待機命令の今、俺たちで出来る事はない」と言ってトレーニングルームに引きこもる。

シャマル自身、何か出来るかと言えば何も出来そうにないと思う。
そして、そう思えばふつふつと怒りに近い感情が湧いてくるのだ。
情けないとも、悲しいとも思うが、それ以上に、怒りが湧く。
何も出来ない事と、トライアに。

(見てなさいよ……!)

『大丈夫なように、します!』
『きっと何とかします!』

どう大丈夫にするのか、どう何とかするのかは、現状シャマルで思いつかない。
それでも、大丈夫にしてやろうじゃない。
それでも、何とかして見せようじゃない。

後方支援なんてほっぽり出し、現場に出てシグナムを一発ひっぱたいてからリンカーコアを抜き出したい気分に駆られる。
無論、強さに天と地の開きがあるのだからそんなイメージは夢物語だろう。
しかし、そんな過激な想像をしてしまうほど今のシャマルは現状に憤っていた。
ギュッと、カップを握り潰してしまうほど。

「あっつ~い!」

中身がぶちまけられ、アツアツの液体が迸れば高音の悲鳴。

「大丈夫かね、さぁ、これを使いなさい」
「まぁ、これはご親切にどうも」

差し出されるハンカチを手に、シャマルが一瞬固まる。

「グ、グレアム提督……お見苦しい所を……」
「元提督だよ、シャマル君」
「あ……えっと、グレアム…さん?」
「はは、その方が気が楽で、いいね」

シャマルの横の席に腰かけて、グレアムがほころんだ顔を見せる。
少し、シャマルは居心地が悪い。
ヴォルケンリッター一同、グレアムに対してまだしこりが残っている。

「随分、怖い顔をしていたね」
「……私が一番、何も出来ないですから、情けなくて」
「……」

シャマルがうつむく。
どうにかして、グレアムと目を合わせまいとしているようだ。

「戦闘技能がなくて、悔しいかね」
「…はい」

長くヴォルケンリッターとして身を置いてきた。
そんなシャマルにとって、補佐し補助という事が彼女の戦いである事はよくよく身に染みている。
それでも、そんなシャマルが戦闘をできない事に歯がゆさを感じて止まなかった。
それだけはやてが好きなのだ。今の八神家が好きなのだ。

「それでは君は君で戦ってもらおうかな」
「…?」
「シュベルトクロイツを修理するのに、手が足りないんだ」
「あ………はい!」

思わず、立ちあがってしまう。
そんなシャマルに、グレアムは微笑むばかりだ。

(何よザフィーラったら、すること、あるじゃない)